「いつかかならずー・・・・」
「迎えに来るから。」
止まる事を知らない涙の奥で誰かが囁いたけれど。
ただ胸に感じる痛みに堪え切れなくて私は現実から逃げて夢の世界に迷い込んだ。
Strawberry Cake 6
ピピピピッ・・・・
「~・・・・っ。」
アラームのスヌーズが数回繰り返された警告音でやっと目覚める。
思考が働かない頭を抱えて重い身体を起き上がらせる。
こんなに寝起きがスッキリしないのは久しぶりだ。
普段どんなに夜更かしをしても朝になればアラームの前に必ずあの声が俺を呼ぶ。
その声はとにかく綺麗に俺の鼓膜を震わせて清々しい朝を演出してくれるのに・・・
「・・・・・・・あれ?」
そうだ。
今朝はその声がなかった。
リビングに行くがそこにはシンっとした空気が漂うだけだった。
辺りを見まわしても彼女はいない。
「・・・・蘭・・?」
彼女の名を呼ぶが反応はない。
ふとリビングテーブルの上にラップがかけられ綺麗に並べられた朝食が置かれている事に気付く。
その横に可愛らしいメモ紙に綺麗な字でメモが残されていた。
―朝練があるので先に行きます。
温めて食べて下さい。 蘭―
「・・・・朝練・・・ね。」
そういえば彼女は空手部だった。
しかし自分が居候させてもらうようになってから聞いたが、空手部は大会前等の前以外は特別な朝練は無いと言っていた。
もうすぐ中間考査があるため朝練があるような時期には思えないが。
まぁ、あの彼女の事だ、自主練でもしているのかもしれないと新一は納得した。
朝の時間に蘭がいないのは初めてのことだった。
正直一日の始まりに彼女に会えないのは少し残念な気もするが朝から手の込んだ朝食を自分のために用意してくれたのかと思うとどこか嬉しかった。
「・・・・・つーか、遅刻だろ。」
メモに目を向けて感動している場合ではないことに気付きすぐさま洗面台へと向かった。
:::
「らーん!!」
「園子・・・おはよ。」
「今日は蘭も朝練があったの?」
「っ・・・・ううん、ちょっと自主練。」
胴着から制服に着替えて道場から出た所にテニス部の朝練を終えた園子から声を掛けられた。
園子からの質問にどこかすっきりしない気持ちで答える。
「・・・蘭・・・最近アンタおかしいわよ。なんか隠してるでしょ?そんな顔する位ならこの園子さまに話しなさい!」
園子は私のその様子にすぐ様気付いてしまった。
そういえばまだ園子には話せていなかった。
話してもいい、聞いてくれる。
その温かい言葉、存在になんだか張りつめていたものが切れたように視界が緩んだ。
:::
HRまで時間があったのでそのまま道場のすぐそばのベンチに腰を掛けてつい最近の出来ごとを全て園子に告げる。
新一が突然自分を頼って帰国してきた事、この高校に入る目的がある事、そのため同居する事になった事、そして昨日の夜の出来事を。
「中学生のガキンチョと同棲・・・ねぇ。」
「どっ同棲って・・・・同居よ同居!」
同じ事でしょ。園子は両手を脇についてベンチの背もたれに深くよりかかった。
「親友だと思ってたのにこんな後になって聞かされるなんて・・・なんか落ち込むわー。」
「ごめんってば・・・言うタイミングがわからなくて・・・・。でも園子には話さなきゃってずっと思ってたんだよ?」
「あは!大丈夫よ、そんな顔しないでも!でもまぁ・・・そのガキンチョもやるわね、年上の好きな女との約束を果たすために海外から一人で帰ってくるなんて。」
園子のふとしたその発言はぐさっと私の胸に刺さるものを与えた。
それをごまかして静かに頷く。
「きっとすごい好き・・・なんだよね。」
口にして更に気分が暗くなり頭が下がる。
俯いた視線の先で一匹の蟻がつま先を横切った。
「で?その約束の女の子ってこの学校にいるんでしょ?」
蟻の行き先を目で追っていた所に声をかけられはっと顔を上げる。
「うん。後ろ姿だから顔はわからないけど。間違いなくここの制服だったよ。」
「中学のガキンチョを翻弄する女子高生・・・興味あるわね。ていうか・・・それでなんで蘭はあんな泣きそうな顔してたわけ?」
まるで探偵のように顎に手をついて考える仕草を見せる園子は訝しげに私を見る。
ドキッとしてうまく言葉が出てこない。
「えっ・・・・それは・・・・。」
「まだ隠してることあんの?」
「隠してるっていうか・・・自分でもよくわからないんだけど・・・。」
そして私はゆっくり言葉を選んで胸につかえる気持ちを口にしていったんだ。
「・・・最初は新一君にそんな大切な人がいるんだって・・・ただ応援する気持ちだったんだけど。
一緒に暮らして、新一君のこと知って行くうちになんか・・・
新一君のことで嬉しくなったり悲しくなる自分がいたりして・・・
夕べは新一君が用事でいなくて久しぶりに一人になって、一人ってこんなにさみしかったかなって、怖くなって・・・
そんな時に新一君が女の子と一緒にいるのを見てびっくりして。
胸が痛くて。
涙が止まらなかった。
これって家族みたいに感じてるからその家族が離れた気がしてさみしくなってるのかな・・・。」
素直な気持ちだった。
きっと一人に慣れ過ぎていたから、急に新一君みたいな存在が出来て感情が追いつかないんだ。
「・・・・蘭・・・。」
園子は眉尻を下げて心配した表情でこちらを見る。
でもそのすぐ後ー・・・
「・・・あんた馬鹿?」
呆れた表情の園子の一言。
「ばっバカってひどっ!」
「あんたそこまでわかっててどうして気付かないのよ!」
「え?」
園子は腰に手をついて立ちあがり私の前に佇んだ。
園子が陰になり目の前が少し暗くなる。
「いーい?蘭、あんたはね、
その中学生のこと好きになっちゃったのよ。」
力強く告げられた一言に一瞬驚いたけれど特に動じる事もなく落ち着いて答えた。
「え?うん、好きだよ。」
「もー!!そうじゃない!
アタシみたいな友達と一緒の好きじゃないわよ!
ラブ!恋!恋愛感情で好きってことよ!」
少しだけ苛立った様子の園子が更に顔を近づけて人差し指を目の前に突きつけて言った言葉をよく考える。
「れ・・・んあい?」
「そう、愛!!ラブよ、ラブ!!」
先程足を横切った蟻は巣まで辿りついただろうか。
それともどこか甘い匂いのする場所へと誘われていたんだろうか。
ぐらつく思考の中の隅でそんな事を考えたけれど今となってはどうでもいい事。
「えっえーーーーーーーーーー!」
「この鈍感。」
「だって、そっそんな・・・それに新一君は中学生で・・・年下で・・・。」
「恋愛に歳なんて関係ないわよ!
だいち最初あんた新一君と思い出の女の子のこと応援してた時点で歳の差なんて関係ないって思ってんでしょ?」
「そっそれはそうだけど・・・・・。私が・・・新一君を・・・・好き?」
ドキドキ
心臓の音が大きい。
こんな気持ち初めてだよ。
これが人を好きになる気持ち・・・・?
キーンーコーンカーンコーン・・・
「やばっ!HR始まる、行くよ蘭!」
頭の整理がつかないまま園子に腕を引かれて走り出す。
そっか・・・。
そうなんだ。
私、新一君の事好きなんだ。
そして新一君はあの女の子の事が好きなんだ。
新一君はあの女の子にこんな感情を抱いてるんだ。
私じゃなくて、あの女の子に。
ねぇ、園子。
どうしよう。
初めてこんな感情に気付いたけど。
はっきりわかってしまったよ。
きっと私と新一君の好きは交わる事はない。
そうでしょう?
園子。
:::
「お疲れ様でしたー。」
放課後の部活の練習を終えて帰路につく。
今日の練習は散々だった。
ぼーっとして集中出来なくて練習相手にも迷惑をかけっぱなし。
部活だけじゃない。
授業中も上の空でさされても話を聞いてなくて答えられなくて恥をかくし。
お昼にはまたぼーっとしてお茶をこぼして園子のスカートを濡らしちゃうし。
あまりにも朝の出来事が衝撃的すぎて今日の私は私でいて私じゃなかったみたいだった。
人にまで迷惑かけて。
私・・・ダメだなぁ。
「はぁ。」
思わずため息が出る。
鞄を持つ手が重い。
園子に気付かされたこの気持ち。
新一君が好きという初めての恋愛感情。
最初はドキドキして何だか顔が熱くて恥ずかしい気持ちでいっぱいだった。
自覚した途端新一君の顔がどんどん浮かんできて頭を埋め尽くして。
胸がキュゥッて締め付けられて。
でもそれは決して嫌じゃなくて。
けれど同時にもう一つ自覚する。
この恋は絶対に実らないことに。
だって新一君にはすでに好きな人がいる。
その好きな人のためにわざわざ一人で日本に帰ってきたんだ。
しかも夜遅くに好きな人と一緒にいる所も見たし。
きっと彼女も新一君を待っていたんだろうな。
すでに二人の気持ちは通じ合っていて。
多分私の入るすきなんてない。
私はただ好きでいるしか出来ない・・・・。
初恋は実らないっていうけれど。
折角初めて恋を知ったのに。
どうして初めての恋がこんなに苦しいものなんだろう。
神様はひどい。
キーンー・・・
少し離れた所から野球部のバットに球が当たる音が聞こえてきた。
音の先を見るとほどよい夕陽が目に入る。
赤いオレンジが広がる。
白いはずの雲もそのオレンジに染まってとても綺麗だった。
あぁこの夕陽をどこかで見た気がする。
そうだ。
新一君が初めて家にいた時の帰り道。
あの日もこんな夕焼けだった。
最初は泥棒って思ってビクビクしてたっけ。
私のベッドに寝転がって。
大人っぽくて中学生だなんて思えなかったな。
淡々と話して夕飯をせかす新一君に「なんなの?この子」ってちょっと腹が立ったっけ。
でも夕飯を食べて「美味しい」って笑う顔はすごく可愛くて。
出会ったばかりの時の事を思い出してクスッと思わず笑みがこぼれる。
洗濯物をたたんでくれたけどその中に私の下着まであってびっくりした事もあって。
一緒に買い物に行った時には重い荷物を軽々と持ってくれた。
ぼーっとして道路に飛び出しそうになった私を力強い腕で助けてくれた。
中学生で年下のはずなのに。
同級生の男の子よりよっぽど男の人を感じた。
「・・・・・・・。」
一緒にいたのはほんの少しの時間でしかないのに。
新一君と一緒の時間は今までで一番私の感情を動かしている。
まさかこんな感情が生まれるなんて思いもしなかった。
私がこんな気持ちだって事を知ったら新一君はどう思うんだろう。
夕陽を見たまま佇んでいた私はぐっと何かを心の奥にしまうと一歩足を前に出した。
その時ー・・・
「ーっ危ない!!」
「えっ?ー・・・っ!!」
後ろから聞こえた声に振り向くとサッカーボールが私目がけて飛んできている。
なんとかギリギリの所でそれを避けたけれどバランスが崩れて身体が傾く。
すると傾いた先にはグラウンドへ降りる階段が続いていて、私はそのまま階段を転がり落ちた。
―「・・・・危ないっ!!」
「ー・・・っ!!」―
転がり落ちる瞬間少し前に見た夢に似た景色が頭をよぎった。
大きな木がある大きなお家のお庭。
その木に誰かが昇っていて、その子は足を踏み外して木から落ちる。
私はすぐそばでそれを見てる。
落ちてしまった子の顔はわからない。
でも私はその子の名前を必死に何度も何度も呼ぶんだ。
けれどその子は芝生の上に転がって動かなくて顔はわからないままで。
ねぇ。
君は誰?
近くには苺のケーキが潰れて落ちていた。
:::
「ーり・・・っ毛利!大丈夫か??」
身体が痛い。
でも大丈夫。
動かせそう。
ゆっくりと瞼を持ち上げて視界に光を求める。
視界の先には見知った顔。
「ー・・・赤羽・・・・くん?」
「良かったー・・・意識ある・・・・・起きられるか?」
クラスメイトの赤羽君がサッカー部のユニフォームを着て私の肩と腰に手をまわして支えてくれた。
「ん、大丈夫・・・!」
「毛利!?どっか痛むか?」
「っ・・・咄嗟に身体は守ったから頭とかは打ってないよ・・・・でも・・・足は・・・ちょっとくじいちゃったかも。」
ハハッと笑って足をさする。
「まじかよっ・・・悪い、あれ俺が蹴ったボールだったんだー・・・病院ー・・・。」
「平気平気、気にしないで!足だって大した事ないよ!」
ぐっと足に力を入れて立ちあがろうとすると予想以上の痛みが走ってふらつきまた赤羽君に支えてもらってしまった。
「全然平気じゃねーよ・・・保健室、連れてくから。」
そのまま私は赤羽君に支えられて保健室に向かった。
:::
「失礼します。」
勢いよく保健室のドアを赤羽君が開くとその先には保険医の先生でなく制服を身に纏った女生徒が立っていた。
とても大人びた顔つきの女の子はとても綺麗で一瞬見惚れてしまった。
赤みがかった茶髪に夕陽が線を浮かび上がらせていてより一層彼女を美しく演出させた。
でも初めて会ったはずなのに、どこかで見た事がある。
そんな気がした。
「・・・・どうしたの?」
落ち着いた、でも感情を感じない彼女の一言にハッとする。
「この子が階段から落ちて足、挫いたんです。先生いないんですか?」
赤羽君から出てくる言葉は敬語になっていて彼も彼女の大人びた表情に年上を連想したんだと感じる。
「今、ちょうど席を外しているの・・・私でよければ応急処置位なら出来るわよ。」
そう言って彼女は私に近付いてきた。
ドクンドクン
何故か心臓が跳ねた。
緊張・・・してる?
目の前に来た彼女を見てやっぱり綺麗だと再び見惚れてしまった。
ボブの髪型もとても似合っている。
すらっと伸びた手足に、細い身体。
顔だけじゃなくスタイルもいい。
本当に素敵な人。
「腫れてきてるわね。彼女、あっちに座らせてくれる?」
「あ、はっはい!」
彼女は赤羽君に指示して私を椅子に座らせた。
靴下を脱ぐと足首が赤く腫れあがっていた。
「ひどいわね・・・。」
そう静かに呟くと彼女は素早く処置を施していく。
あまりの手際の良さに呆気にとられながら思わず口にしていた。
「どうしてこんな処置が出来るんですか?」
確かに大人っぽいけれどどうみたって同じ高校生なのに。
思わずその事実を疑いそうになる。
「少し医学を学んでいるの・・・ただそれだけよ。」
「はぁ・・・・。」
「それに私がしているのはただの応急処置にしかすぎない。出来ればすぐに病院に見せる事をオススメするわ。」
巻き終わった包帯の最後を止め具で止めると彼女は顔をあげて少しだけ微笑んだ。
「無理はしないことね。」
「はい、ありがとうございました!」
うまく固定された足から先程のような痛みは感じない。
嘘のようなその効果にただ驚く。
ゆっくりと立ち上がり保健室を出ようと振り返るとそこには制服に着替えた赤羽君がいた。
「俺、チャリだから病院連れてくよ、ついでに帰りも送らせて。」
「そんな・・・平気だよ。」
「いいんだ、俺がそうしたいんだよ。」
「・・・・・じゃぁ・・・お言葉に甘えて。」
赤羽君に支えながら保健室を出ようとしてはっと思い出したように振り向く。
「あっ・・・あの名前と学年教えてもらえますか?」
これほどの事をしてもらったのに名前を聞き忘れたと焦って問う。
すると彼女は少しだけ間を作ってその後またほんの少しの笑みを浮かべて口を開いた。
「ー・・・・宮野・・・・あなたと同じ2年の宮野志保よ。先週からE組に転校してきたの。棟が違うから毛利さんとは会う機会もないものね。どうぞよろしく。」
「宮野・・・さん。」
あ、まただ。
やっぱりどこかで会った気がする。
「毛利、早くしないと病院閉まっちまう!」
「あ、うっうん・・・。」
赤羽君の言葉に我に帰ってお礼を告げて保健室をあとにした。
廊下を歩きながらふと気付く。
あれ?
私、名前言ったっけ?
―「毛利さんとは会う機会もないものね。」 ―
やっぱり・・・どこかで会ってる・・・の?
:::
「あっ・・・・私だけど。えぇ、今日初めて接触したわ・・・・
え?・・・・馬鹿ね。あなたの頭はそれしかないの?まぁいいけど。
とりあえず忠告しておく、多分動き始めるわよ。
ー・・・まぁ、何かあれば乗り込んで助けてくれたらいいじゃない?」
志保は蘭達が部屋を出た後、器用に携帯電話を操作して目的の人物と会話を交わす。
閉まっていた保健室のカーテンを少しだけ開いて門から出て行く蘭と赤羽を見つめる。
そして完全に二人がいなくなったのを確認するとカーテンを閉じ、今度はそのカーテンに寄りかかった。
夕空は暮れはじめ薄暗くなった保健室を夜の時間に変えていく。
「そう、あなたとの約束の場所にねー・・・。」
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あとがき:::
ネット繋げた―!
まじで良かった。
本当に何をやっても繋げなくて落ち込んでました。
そしてやっとSCの続き更新です。
本当に待たせ過ぎだ。
今回新一君登場なし・・・スミマセン;;;
やっと蘭ちゃん好きを自覚です。
初恋らしいです。
久しぶりに書いたので最初の頃とかみ合ってない部分が
出てくるかも・・・
そのへんはこっそり修正しておきますので
目をつむってやって下さい。
(いいのか?それで・・・)
ここで志保さん登場です。
一体彼女はどう絡んでくるのか。
最後の電話での会話は何を意味しているのか?
ついにストーリーも山場に突入です。
これからは一気にいきたいです。(願望)
なんか書いてるうちに思っていた話とちがくなっていくんですが・・・
まぁ、いいかぁ。
でも今回はやっとここにきてちゃんとストーリーまとめましたので
とんでもない暴走はないはず。
あと・・・2~3話で完結するのでは?と思っております。
たたたたたたた多分。
ではではごきげんよう!
2012.04.22 kako