ひまわりと子犬の7日間

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ひまわりと子犬の7日間という映画を観ました。
実話に基づいて描かれた飼い主を失い保健所に保護された母犬と子犬。
保健所職員と家族に生まれた素敵なストーリー。

僕も保健所に行き犬を引き取ったことがあります。
捨てられた犬や保健所で殺処分をされる前に救われた犬や猫を保護している施設にボランティアで行ったこともあります。

今でこそ知られるようになりましたが、保健所に入った犬や猫の命の期限は7日間なのです。
つまり7日間を過ぎたら殺すのです。

人間は餌代が大変とか面倒だと言って済ませているけれど、とても違和感を感じます。

動物が住めない環境を作り、高いお金を出して命を売買して、飼ったと思ったら面倒だと捨てる。
ペットショップも仕入れた動物が大人になってきたら冷蔵庫に入れて殺したり保健所に連れて行って殺したりしているのです。

僕が施設にボランティアで行った時。
人間に対して強く怯える犬が何頭かいました。
その中でも印象深かった犬が一匹。

人間が怖くて体が避けてしまうのですが、それでも近づこうとがんばっていたのです。

僕が歩み寄ると寄って来ようとするけれど体が避けてしまう。
それをずっと繰り返していました。

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懐かしいけど今は亡きラブ。保健所から連れてきた子です。
この子は吠えるくらいで特別障害がなく愛想も良く一緒にいられましたが、保健所で見た犬の中には人間を憎しみの目で睨み吠える犬もいました。

人間に何かされたのでしょうね。犬は賢いので無意味に攻撃的な姿勢ではいないことでしょう。

ひまわりと子犬の7日間の主人公は宮崎の中央保健所の職員さんだそうです。

命を大切にしようと諦めず行動し続けた結果、動物の譲渡をする施設を作ることが出来たそうです。

多くの大人達は仕方がないとすぐに諦めてしまう。
自分には何も出来ない。出来るはずがない。やめた方がいい。
子供の頃、そんな言葉を何度聞いたことか。

そんな夢も希望をない大人でいたくはない。
自分の言っていることを冷静に考えた時に情けないと思わないのだろうか。

ひとりひとりが諦めずに何かを変えようと行動した時。
ひとりひとりが言葉にするだけでも世の中は動き始める。

変わらない理由は多くの人が「自分が言っても変わらない。」と思っているから変わらないのは当然だ。

先日面談などなどあって先生と親達で話し合うことがありました。
ある学科が全体の平均より少し低いことをある親が問題なのではないかと指摘しました。

小学校の勉強の平均がちょっと低いことで何か問題が出るのだろうか?
全体の平均が少し低いことを問題視する暇があるなら子供に熟に通わさずに勉強を見てやれば良いのではないだろうか?遊んであげれば良いのではないだろうか?

自分達が子供の頃、何をしてもらったら嬉しくて何をしてもらったら嫌だったのか。
何が為になり、何が為にならなかったのか。想像が出来ないのかな。

僕は人生で勉強が為になったのは字を書いたり読んだり、数字を足したり引いたり出来るようになれたこと。英語もね。

他はまるで意味がなかったよ。
努力することを知ったでしょ?と言われたこともあって「そうかも。」と思うこともありました。
しかし努力しなくてはならない瞬間というのは人生で何度も巡ってくる。
好きなことをしていても死ぬ気でやらなくてはならない時がある。

僕の人生ではそうやって学んだことの方が断然意味が深かった。

社会に於ける理不尽を子供に突きつけて良い子にしなさいと言う大人。
放射能撒き散らして安全ですとか動物を殺処分は仕方がないという大人。

根本的な本当に大切な物を思い出す必要があるのではないだろうか。

お金はいつか紙切れになるよ。
権力もお金がなくなればあなたを救わないよ。

賢くない人というのは、自分の意見が間違っていると言われても間違っていることを認められない。
自分が間違っているということが嫌なのだろう。なぜ嫌なのか心に聞いてみる必要がある。

多くの人が言いたいことを言い、意見を出し合い、本当に大切にしたいものをみんなで決める話し合いが出来たその瞬間こそが。 多くの人が殆どの不自由から不合理から開放される瞬間。

僕はどんなことがあってもこの主人公のように、心が正しいと示す行動をしていこう。



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