沖縄二高女看護隊 チーコの青春

沖縄戦で犠牲になった沖縄県立第二高等女学校(白梅の塔)の生徒の物語です。

2001年の9月、初めて沖縄に行った時、私は沖縄戦の事をよく知りませんでした。

勿論、ひめゆりの塔の話は知っていました。知ってはいても、詳しい事は何も知らなかったのです。

観光のついでに、ひめゆりの塔を見て行こうと軽い気持ちで行きました。

ひめゆりの塔を見てから資料館に入り、写真や説明を読んで行くうちに、私の中に衝撃が走りました。

これは是非とも、書かなければならないと強く、心に感じました。

沖縄から帰って、私は沖縄戦に関する資料を片っ端から読み漁りました。

そして、書き上げたのが、長編小説『沖縄二高女看護隊 チーコの青春』です。

沖縄二高女は戦後、白梅学徒と呼ばれ、犠牲になった女学生は白梅の塔に祀られています


この小説は沖縄の酔雲庵でも公開しています。よろしかったら、そちらも御覧下さい。


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沖縄二高女看護隊 チーコの青春


沖縄二高女看護隊 チーコの青春」 がアマゾンのキンドルから電子書籍として発売されました。

よろしくお願いいたします。




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 沖縄県立第二高等女学校は琉球松の生い茂っていた松尾山の高台の上にありました。白壁の美しい近代的な二階建て校舎だったようです。

 昭和19年10月10日、突然の大空襲で那覇の街は焼け野原と化し、二高女の校舎も焼け落ちてしまいます。その後、焼け残った建物を仮校舎として授業を続けますが、翌年の3月になると米軍の攻撃が迫って来て、四年生は補助看護婦として、お国のために働く事になります。二高女は山部隊(第27師団)の第一野戦病院に配属されました。

 戦後になって、師範学校女子部と一高女は校友会誌の名前から「ひめゆり学徒隊」と呼ばれ、二高女は白梅の校章から「白梅学徒隊」と呼ばれるようになります。他にも、首里高女は「ずいせん学徒隊」、昭和高女は「梯梧学徒隊」、積徳高女は「積徳学徒隊」、三高女は「なごらん学徒隊」と呼ばれ、皆、看護婦として働いて、犠牲者を出しています。




二高女跡地に建つ「白梅の乙女たち」





目次




   第一部



1.愛国行進曲     県立第二高等女学校も兵舎に使われ、生徒たちは‥‥ 昭和19年10月9日


2.十月十日     防空頭巾を抱え、モンペ姿に救急袋とリュックを背負‥‥ 10月10日


2.十月十日(続き)     母親の実家である首里の祖母の家は『三箇村』と呼ばれ ‥‥‥10月10日


3.焼け跡から     廃墟と化した那覇の上空を美しい編隊を組みなが‥‥ 10月14日


4.仮小屋住まい     友軍機は大戦果を挙げたと大本営は発表した。‥‥ 11月13日


5.ああ紅の血は燃ゆる     対馬丸の沈没後、県外疎開は減っていた‥‥ 12月11日


6.黒砂糖     第32軍の陸軍病院は熊本で編成されたので九州出身者‥‥ 昭和20年1月21日


7.タコ八の歌     高峰三枝子が歌った「湖畔の宿」って発売禁止に‥‥ 2月6日


8.風と共に去りぬ     夏目漱石、森鴎外、泉鏡花、島崎藤村、中里‥‥ 3月4日




   第二部



1.看護教育隊     一つ、軍人は忠節を尽くすを本分とすべし。‥‥ 3月6日


2.内務班     起床ラッパに起こされた。寝ぼけ眼でキョロキョロし‥‥ 3月7日


3.陸軍記念日     我が大日本帝国陸軍が日露戦争最後の大会戦で‥‥ 3月10日


4.外出許可     東風平から北上して南風原に出た。南風原の山中には‥‥ 3月18日


5.敵襲     硫黄島が玉砕したと知らされた。敵はいよいよ日本に近づ‥‥ 3月24日


6.山部隊第一野戦病院     八重瀬岳はこんもりとした緑に覆われて‥‥ 3月25日


7.最初の負傷兵     空襲は毎日続いていた。那覇や首里、それに港川‥‥ 3月28日


8.第一坑道     胸の所の大きな傷は皮がめくれて中の肉が見え、血が‥‥ 3月30日


9.米軍上陸     壕内の第三外科病棟は少しづつ患者の数が増えて行‥‥ 4月1日


10.神風特攻隊     4月8日の大詔奉戴日、菊の御紋入りの落雁が‥‥ 4月6日


11.第六外科病棟     伊良波看護婦は去年まで仏印の野戦病院にいた‥‥ 4月15日


12.直撃弾     日の丸の旗を振りながら那覇に凱旋する事を夢に見て‥‥ 4月23日


12.直撃弾(続き)     四時頃、小百合に起こされ、千恵子たちはトヨ子を誘って‥‥ 4月23日


13.天長節     爆弾を背負った兵隊が戦車の通り道にタコ壷を掘って‥‥ 4月29日


14.新城分院     埋葬地にも艦砲弾が落ち、大きな穴がいくつもあい‥‥ 5月2日


15.東風平分院     沖縄救出のために出撃した戦艦大和を中心とした‥‥ 5月5日


16.下痢     特攻機が敵艦に命中して、火柱が上がり、黒い煙が舞い上‥‥ 5月9日


17.蛆虫     包帯を外し、膿に濡れたガーゼをはがすと、艦砲の破片に‥‥ 5月12日


18.破傷風患者と脳症患者     婚約者は李香蘭のような美人なんだよ‥‥ 5月15日


19.梅雨     艦砲の嵐は凄まじく、八重瀬岳を覆っていた樹木は吹き飛‥‥ 5月25日


20.海軍記念日     男子中学校は各学校で鉄血勤皇隊を組織して戦争‥‥ 5月27日


21.解散     大きな水溜りには、捨てられた死体が膨れたまま放置され‥‥ 6月4日




   第三部



1.真栄平     艦砲弾が次々に落ちて来た。ヒュッと音がしたかと思う‥‥ 6月5日


2.真壁     焼夷弾にやられたのか、ほとんどの民家は焼け落ち、焼け‥‥ 6月6日


3.波平     上原婦長は背が高くて、美人で優しそうな婦長さんだった‥‥ 6月7日


4.伊原     第三外科壕は伊原部落からかなり離れていて、しかも、松林‥‥ 6月7日


5.奈津子    突然、敵機が北の方から何機も飛んで来た。糸洲部落の辺‥‥    6月8日


6.空襲    近くの民家にも爆弾は次々に落ちて来た。地面が揺れ、黒い‥‥ 6月9日


7.榴散弾    道には崩れた石垣が散らばり、血だらけの死体がいくつも‥‥ 6月10日


8.山第二野戦病院    武器を手にした衛生兵たちが斬り込みに行く最中‥‥ 6月10日


9.雑居壕    真栄里の部落はすでに米軍に占領されていて、敵の戦車や‥‥ 6月14日


10.逃避行    岩山の方を見ると、武器を手にしたアメリカ兵らしい人影が‥‥ 6月18日


11.米須海岸    沖に敵の軍艦がずらりと並び、絶え間なく艦砲を撃って‥‥ 6月19日


12.国吉    息もできず、目も開けられず、苦しんでいる所を火炎放射を‥‥ 6月21日


13.摩文仁    手榴弾で自決したのか、血だらけになっている岩陰が‥‥ 6月22日


14.捕虜    アメリカ兵が近づいて来た。自動小銃の音が響いて、悲鳴が‥‥ 6月23日


15.収容所    いよいよ、海に捨てられるのだろうかと不安な気持ちで船‥‥ 6月24日


15.収容所(続き)    九月になるとマラリアが蔓延した。 米軍はマラリアの特効薬‥‥ 9月7日





主要登場人物



沖縄戦関連年表1 (~昭和14年)


沖縄戦関連年表2 (昭和15~17年)


沖縄戦関連年表3 (昭和18年~19年)


沖縄戦関連年表4 (昭和20年)



流行歌年表




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1月22日の空襲で、二高女の仮校舎だった若狭町のお菓子工場も焼け落ちてしまって、授業は中断してしまいました。

2月になって、松尾山にある知事官舎が仮校舎に決まりました。知事官舎は前の知事さんがいなくなってから空き家になっていて、新しく来られた島田知事さんのために綺麗にしたんだけど、島田知事さんは食糧営団の理事長さんのお宅を宿舎にする事になって、二高女で借りる事になりました。

そして、2月5日から看護教育が始まりました。男子中学生たちは立派な兵隊になるために通信訓練や戦闘訓練を始めていて、女学生も立派な看護婦になって、お国の役に立たなければならないというわけです。

看護婦と聞いて、私は喜びました。姉や浩子おばさんと同じように陸軍病院の看護婦になれるんだと思うと感激でした。

私たち松組はその日は作業日だったので、6日から看護教育が始まりました。教官は南風原の陸軍病院から派遣された野口少尉さんと鮫島軍曹さんでした。野口少尉さんは東京の人で、背がスラッと高くて格好いい青年将校でした。鮫島軍曹さんは鹿児島の人で、体つきはごっついけど優しそうな顔をしていました。


昭和20年2月の出来事

2月1日、宮古島の第28師団参謀長福地春男少将、在南支第23軍参謀長に転じ、後任に一瀬寿大佐が発令される。
2月3日、《台湾及南西諸島方面作戦に関する陸海軍中央協定》が結ばれる。
2月3日、沖縄県下の学徒動員が強化され、通信・観測・看護婦などの特別訓練が実施される。
2月3日、米軍、マニラ市内に侵攻する。
2月4日 米・英・ソの首脳(ルーズベルト・チャーチル・スターリン)、ヤルタで会談を開く(対独戦後処理、ソ連の対日参戦を協議)。
2月7日、第32軍参謀長、沖縄県庁を訪れ、緊急に6カ月分の住民の食糧を確保すること、ならびに本島中・南部地区の住民を北部地区に疎開させることを島田知事に要請する。
2月7日、沖縄県、平時行政から戦時行政へ切り換える。
2月7日、第28師団の新参謀長一瀬寿大佐、広島から宮古島へ着任する。
2月10日、県立第二中学校で緊急市町村会議が開かれ、第32軍の木村参謀が米機動部隊の沖縄来攻見通しについて公式に発表する。
2月10日、沖縄県中南部住民の北部疎開計画決定。
2月11日、沖縄県、人口課を新設し県内外の人口移動業務に当たらせる。
2月11日、米・英・ソ、ヤルタ協定成立。ソ連、対日参戦を決定。
2月12日、牛島第32軍司令官、海上挺進基地大隊の改編を命じる。
2月12日、宮古島の全守備部隊に迎撃戦闘準備令が下される。
2月15日、米機動部隊の接近により宮古島の守備隊司令部、野原越に移動する。
2月15日、第32軍、《戦闘指針》を沖縄県下の軍民に示達する(《1機1艦船、1艇1船、1人10殺1戦車》が標語となる)。
2月15日、沖縄県下に市町村単位の国土防衛義勇隊が編成される。
2月15日、那覇市役所、真和志村の安里八幡宮近くの民家に移転する。
2月15日、女師・一高女生徒に南風原陸軍病院での看護実施訓練始まる。
2月16日、米機動部隊、艦載機延約1200機をもって関東、東海地方を攻撃する。
2月19日、米軍、硫黄島に上陸する。米軍75000、日本軍23000。
2月19日、沖縄県下男女中等学校単位の防衛隊の結成が始まる。
2月20日、B29、100機、東京を空襲。
2月22日、東京に二・二五事件以来の大雪。
2月25日、米機動部隊、東京および八丈島を攻撃する。
2月26日、B29、130機、東京を空襲。
2月、   台湾の陸軍第9飛行師団、石垣島白保に駐留する。
2月、   島田知事、決戦施策の三大目標(国土防衛の強化・食糧自給の達成・自主輸送の確立)を発表。
2月、   沖縄本島の全学校の《御真影》を北部の稲嶺国民学校に移す。
2月、   沖縄県学務課、県下男女中学校単位の防衛隊組織を決定。
2月、   沖縄県の官公吏や教員の県外疎開続出。
2月、   飯米配給の停止・減配を行う。


あゝひめゆりの塔  赤い天使  ひめゆりの塔学徒隊長の手記新装版  従軍看護婦物語

ニューギニア軍医戦記  台湾人従軍看護助手と日本人軍医  従軍追憶の道  戦場に於ける看護日誌

僕は少年通信兵だった
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沖縄に新しい知事さんがやって来ました。後に「沖縄の島守」と呼ばれる島田叡(あきら)知事さんです。

前の知事さんは去年の暮れに出張と称して本土に帰ってしまいました。当てにならない知事さんなんか用はないって、沖縄の人たち言っていましたが、知事さんに続けと本土出身の県庁の偉い人たちがみんな、沖縄を去ってしまい、沖縄出身の議員さんたちまで、何だかんだと理由をつけて沖縄から出て行ってしまいました。

県庁に勤めていた父は毎日、情けないと愚痴ばかりこぼしていました。新しい知事さんが任命されるはずだけど、戦場になるかもしれない沖縄に来てくれる知事さんなんていないだろうって言っていました。

きっと、誰かが来てくれるわよって、私は父を励ましましたが、私も命を懸けてまで沖縄に来てくれる知事さんなんていないかもしれないと思っていました。

ところが、1月31日、新しい知事さんがやって来ました。その日、私たちは作業をしていましたが、ブラスバンド部員は急遽、県庁に行くようにと言われて、どこから集めたのか楽器を借りて、知事さんを歓迎するために演奏をしました。

チラッとしか見られませんでしたが、新しい知事さんは背が高くて頼もしく感じられました。愚痴ばかりこぼしていた父も、島田知事さんが来てからは、「ほんとに偉いお人だ」とやたらと褒めて、毎日、楽しそうに出勤して行きました。



昭和20年1月の出来事

1月1日、米誌『タイム』、日本製風船爆弾が太平洋を越えてモンタナ州に落下したと報じる。
1月3日、米艦載機、台湾・奄美・宮古・八重山・沖縄本島を攻撃する。
1月5日、米艦隊、小笠原および硫黄島を砲撃する。
1月7日、第32軍、士気昂揚大会を開催する。
1月9日、米軍、ルソン島に上陸する。
1月10日、第9師団、沖縄からの移動を終え第10方面軍の戦闘序列に編入される。
1月10日、第32軍司令部、安里の蚕種試験場から首里の沖縄男子師範学校付属国民学校に移転する。
1月12日、島田叡大阪府内政部長、沖縄県知事に任命される(泉知事は香川県へ転出)。
1月13日、東海地方に大地震(三河地震。死者1961人、全半壊17000戸)。
1月16日、宮古島駐留の第28師団の新師団長として納見敏郎中将が台湾から着任する。
1月18日、最高戦争指導会議、《今後採るべき戦争指導大綱》を決定する(本土決戦即応態勢の確立など)
1月20日、閣議、《沖縄県防衛強化実施要綱》を決定する。
1月21日、米機動部隊、台湾と南西諸島を襲撃する。
1月21日、米艦載機56機、宮古島を空襲し船舶・陸上施設に損害を与える。
1月22日、米艦載機延約900機、奄美・宮古・八重山・沖縄本島を攻撃する。
1月22日、大本営、第32軍に対し第84師団の編入を電報で内報する。
1月22日、空襲で女師・一高女の図書館・寮・校舎の一部が破壊され、生徒4名が生き埋めになる。
1月23日、大本営、海上輸送の危険と本土兵力の不足を理由に第84師団の沖縄派遣を中止する。
1月23日、女師・一高女、寄宿舎足りず、離島を除き、下級生は帰郷させ、通学可能の上級生は家から通わせる。
1月25日、最高戦争指導会議、《決戦非常措置要綱》を決定する(軍需生産の増強、生産防衛体制を強化)
1月25日、首里高女は石部隊(第62師団)の野戦病院に配属される事となり、学校で軍の教育を受ける。
1月26日、第32軍司令官、沖縄本島の配置変更を配下部隊に通達する。
1月26日、軍・公務要務者以外、京浜地区通過・着の乗車券発売を禁止。
1月27日、大本営、南方軍の任務を変更する(本土決戦が第一義、南方軍の作戦は第二義となる)。
1月27日、県庁の各部課を城岳および与儀周辺に分散移転する。
1月27日、野口雨情(62)没。
1月27日、B29、70機都心を爆撃。本土空襲本格化する。
1月31日、沖縄県の新知事島田叡が着任する。
1月31日、第32軍、第2次現地防衛招集を実施する(満17歳から45歳までの男子)。


沖縄の島守  語り伝える沖縄(第5巻)  平和博物館・戦跡ガイド(3)  図説沖縄の戦い  激動の昭和史 沖縄決戦
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昭和20年のお正月はB29の襲来で始まりました。被害はありませんでしたが、空襲警報が何度も鳴って、元旦を祝う事もできませんでした。

2日は何事もなくて安心していたら、3日、4日と敵機が襲撃して来て、飛行場と港が爆撃されました。近いうちに大きな空襲があるに違いないと疎開する人たちが増えました。

1月21日の日曜日、私は友達と一緒に大里村まで黒砂糖の買出しに出かけました。お昼頃、空襲警報が鳴って、私たちは南風原にできた陸軍病院の防空壕に避難しました。その日も飛行場と港が爆撃を受けました。

そして、次の日です。朝早くから空襲警報が鳴り響いて、敵機が襲撃して来ました。私は父と一緒に城岳(ぐすくだけ)の下にある県庁の防空壕に逃げました。

その日の空襲はしつこく、日が暮れるまで一日中続いて、敵は8回もやって来ました。十・十空襲の時に無事だった家々もやられてしまい、那覇の街は再び、メチャメチャになってしまいました。


昭和20年1月の出来事

1月1日、米誌『タイム』、日本製風船爆弾が太平洋を越えてモンタナ州に落下したと報じる。
1月3日、米艦載機、台湾・奄美・宮古・八重山・沖縄本島を攻撃する。
1月5日、米艦隊、小笠原および硫黄島を砲撃する。
1月7日、第32軍、士気昂揚大会を開催する。
1月9日、米軍、ルソン島に上陸する。
1月10日、第9師団、沖縄からの移動を終え第10方面軍の戦闘序列に編入される。
1月10日、第32軍司令部、安里の蚕種試験場から首里の沖縄男子師範学校付属国民学校に移転する。
1月12日、島田叡大阪府内政部長、沖縄県知事に任命される(泉知事は香川県へ転出)。
1月13日、東海地方に大地震(三河地震。死者1961人、全半壊17000戸)。
1月16日、宮古島駐留の第28師団の新師団長として納見敏郎中将が台湾から着任する。
1月18日、最高戦争指導会議、《今後採るべき戦争指導大綱》を決定する(本土決戦即応態勢の確立など)
1月20日、閣議、《沖縄県防衛強化実施要綱》を決定する。
1月21日、米機動部隊、台湾と南西諸島を襲撃する。
1月21日、米艦載機56機、宮古島を空襲し船舶・陸上施設に損害を与える。
1月22日、米艦載機延約900機、奄美・宮古・八重山・沖縄本島を攻撃する。
1月22日、大本営、第32軍に対し第84師団の編入を電報で内報する。
1月22日、空襲で女師・一高女の図書館・寮・校舎の一部が破壊され、生徒4名が生き埋めになる。
1月23日、大本営、海上輸送の危険と本土兵力の不足を理由に第84師団の沖縄派遣を中止する。
1月23日、女師・一高女、寄宿舎足りず、離島を除き、下級生は帰郷させ、通学可能の上級生は家から通わせる。
1月25日、最高戦争指導会議、《決戦非常措置要綱》を決定する(軍需生産の増強、生産防衛体制を強化)
1月25日、首里高女は石部隊(第62師団)の野戦病院に配属される事となり、学校で軍の教育を受ける。
1月26日、第32軍司令官、沖縄本島の配置変更を配下部隊に通達する。
1月26日、軍・公務要務者以外、京浜地区通過・着の乗車券発売を禁止。
1月27日、大本営、南方軍の任務を変更する(本土決戦が第一義、南方軍の作戦は第二義となる)。
1月27日、県庁の各部課を城岳および与儀周辺に分散移転する。
1月27日、野口雨情(62)没。
1月27日、B29、70機都心を爆撃。本土空襲本格化する。
1月31日、沖縄県の新知事島田叡が着任する。
1月31日、第32軍、第2次現地防衛招集を実施する(満17歳から45歳までの男子)。


沖縄の島守 三河地震60年目の真実 ひめゆりの塔 火垂るの墓 八月の風船

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