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前歯が欠けていたGary Davis師

テーマはBluesですが、Gospelです。
今、聴いているのが『Complete Early Recordings』という、
Gary Davis師のゴスペル・レコーディング曲を全て一枚のCDにしたものですが、
タイトルを眺めただけでもGospelという曲がキラ星の如く並んでいます。

とはいえ、曲調は、これまさに
『ラグタイム・ブルースの真髄ここにあり』という感じで、
ブルースじゃん!というツッコミが聴こえてきますが、
これはゴスペルなんです。
だって、『神様』とか『ハレルヤ』って言っているでしょう。

16曲収録中、『あれっ?さっき聴いたけど…』という曲が何度も出てきます。
同じフレーズがこれでもかというばかりに続くわけですが、
これがまた心地良い。

作業するにしても気にならないどころか、
いつのまにか口ずさみながら仕事をしている自分に気づくほどです。
これをトランスというのでしょうか?それとも洗脳なのでしょうか?
いずれにしてもDavis師の魔力にかかっていることは間違いありません。

しかも、これ全て一人で弾いて歌っています。
嘘やろ~という声も出そうですが、本当に一人です。
ならば、親指が真ん中から二つに割れていたのか、
それとも、見えない指があったのか、
想像は果てしなく広がります。
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親しみをこめて『おっちゃん』と呼ばせてもらいますが、
おっちゃんの若い頃の写真は一枚も残っていないのですよ。
現在あるのは『再発見』後のものばかり。
若き日を偲んで生い立ちを少し説明しますね。

1896年、サウス・カロライナのローレンスで生まれたDavisですが、
何と8人兄弟のたった一人の生き残り。
レコードライナーによると、元々は見えていたそうなのですが、
『…医師が、幼子の目に何かを数滴垂らした』
ことで視力を失ったとありました。

こういったエピソードから伺えるように
母親に何らかの問題があったようで、
父親は彼を保護するために祖母に預けたといいます。
ところが、その父親も彼が10歳の時に、シェリフに撃たれて亡くなります。

Davisは6歳の頃からギターを独学で学び、
生活する術を得たわけですが、
親指と人差し指で繰出すめくるめく技はどこから学んだかというと、
本人いうところ、『私の真の師はBlind Boy Fullerだ。』だったそうです。

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Blind Boy Fuller
ラグタイムといえば、この時代Davisと同期の人たちがたくさんいます。
彼らは俗に『ピエモンテ・ミュージシャン』と呼ばれ、
一般に、指弾きギタリストを意味し、親指でベース音、人差し指でメロディラインをつまびき、
ラグタイムやストライド・ピアノサウンドを表現していたのです。
彼らの中には超絶技巧の名手たちがたくさんいました。

ざっと挙げても
Blind Lemon Jeferson、
Blind Willie Johnson, 
Blind Auther Brakeなど
本当に凄い人たちばかりです。
ピエモンテ・ブルースだけで何冊も本が書けそうですね。

20代で既に自分のスタイルを確立していたDavisですが、
ノース・カロライナのダラムにいた頃、30代半ばを過ぎてから
クリスチャンになります。かなり遅い改宗ですよね。

もちろんそれまでにもストリートで警官をやり過ごす為に、
流行歌の間にゴスペル曲を混ぜたりして歌っていたのですが、
クリスチャンの洗礼を受ける前後に、
彼にとって人生を左右する大きな出来事があったのだと思われます。
以来、本気でゴスペルを歌うようになり、37歳の頃には牧師の資格も得ます。
以後、20年はエバンジェリスト(福音伝道師)として生きるわけです。

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そして、60年代に巻き起こる『フォーク・ブーム』で『再発見』され、
1972年、心臓発作で亡くなるまでの数年間は、
幸福な余生だったのではないでしょうか。

残されたレコーディングには、
カポをまともに使っていなかったり
子供の頃、左手首を骨折したことで、
通常よりも高い位置でコードを押さえていたり、
ナショナル・ギターで弾きまくりすぎて、スタジオ録音が台無しになったりと
なかなかの武勇伝が残っています。

ギターを弾く人にとっては、どうやってプレイしているのかが
気になるところですが、まずは、癒されておくんなまし。
いつのまにか、『ハレルヤ』と歌っている自分がいますよ。