$雑食食堂

★★★★☆

レコード屋もライブハウスもない田舎町を舞台に、ラッパーを目指す若者たちの奮闘を描いてロングランヒットを記録した青春映画「SR サイタマノラッパー」のシリーズ第3作。仲間と別れ東京に出たマイティは、「極悪鳥」というヒップホップグループに入れてもらおうと努めるが、苦渋を味わった挙句に怒りを爆発させてメンバーの1人に大怪我を負わせてしまう。栃木へ逃亡したマイティは、盗難車の転売など違法行為で商売するグループの一員として働き始め、そのグループが開いた詐欺まがいの音楽イベントでかつての仲間のイックとトムと再会するが……。(http://eiga.com/movie/57627/より)

一時期は監督が資金繰りが困難なあまりこの先映画を撮れないと言っていたシリーズも、今や公開前にめざましテレビに取り上げられる程の知名度に。
映画としては珍しく続編の方が面白くなるシリーズで、3作目となる本作もシリーズで一番見応えのある作品だった。

基本的に映画鑑賞前は情報は一切目にせずに作品を観るのだが、本作は新気鋭の監督が行いそうな「震災後を舞台にした準フィクション」かと思ったのだがこの作品内ではイックとトムも相変わらずお気楽な珍道中を続けているみたいで安心した(まぁ震災後の日本を舞台にしても面白そうだけど)。しかしラッパーでの成功を夢見て上京した元SHO-GUNのメンバーのマイティーを取り巻く現実は従来のシリーズとは一線を画した切迫感があり、区役所でノー天気にラップしていた「1」のマイティーを観ている身としては胸が苦しくなった。

うだつの上がらないイック達よりイケイケの先輩と共に上京したはずのマイティーは、経緯は不明だが如何にもヒップホップが嫌いな人がイメージしそうなハードコアグループの下っ端として物販やパシリなどの雑用に勤しむ。
しかしそれを嫌がる素振りも見せず、ステージに立つ日を夢見るマイティーに極悪鳥のメンバーが「今度のMCバトルで決勝に出たらステージに立たす」と約束する。

早速MCバトルにエントリーするマイティーだがこのバトルで繰り出されるラップはかなり上手い。
1と2を観たのが大分前なので記憶があやふやだが、イックとトムのそれより確実に上手い。上京の理由もSHO-GUNを見捨てたようなものなのでマイティーには良い印象が無かったが、「上京してきてぶっ飛んでただけ」では決してないのに結構好感が持てた。また音響とカメラワークがかなりカッコ良く、こちらも見ごたえばっちりだ。

見事決勝にまでコマを進めるのだが、クルーから決勝戦は負けるように言われる。
決勝相手のラッパー(なんとTAKUMA THE GREAT!)の所属グループとライブブッキングを組んでいる為、相手の心証を悪くしたくないからだ。
つまりマイティーに「決勝まで出るよう」伝えたのは仕事相手に確実に優勝してもらうためだったのだ(と、ハッキリ言うわけでないが恐らくそうだ)。

汚い取引を目の当たりにしたマイティーは激高し、ライブ当日に極悪鳥のリーダー格を殴打し大怪我を負わせる。
そんな事件を起こし東京にはいられないと悟った彼は弁当屋に務める彼女を連れて栃木へ逃げる。
しかしそこでも地元の中高生らしき不良を使って盗難車を売り飛ばす仕事に手を染め、底辺の生活を送ることになる。

北関東ラッパーシリーズ最終作となる本作は「いかにも」なワルを売りにしたヒップホップグループや、外国人労働者を不法に働かさせる(暗に原発の作業員として売り飛ばす発言を劇中で匂わす)やくざめいた人間が出てきたりと、何かと浮世離れしていたこれまでのシリーズとは一線を画してダークな部分が押し出されている。
この後も先述したやくざグループ主催の栃木で行われる大々的な音楽フェスも出演者側から高額な出演料を払わせたり、マイティーの彼女にまつわるトラブルでシリーズ史上最もシリアスな展開になったりと、きな臭い要素が非常に多いので、今までのシリーズファンは結構な衝撃を喰らうのではないだろうか。

しかし個人的には本作がシリーズもっとも面白い作品で、堂々たる3部作のラストを飾ってくれたと思う。

具体的な成功は手にしなくとも、栃木のクルー征夷大将軍(メンバーにはHI-KINGもいる)とユニットを結成し、心の底から楽しそうにラップするイック達と、そんな彼らがフェスに出る事も知らずやくざグループに混じり悪徳な音楽フェスを運営するマイティーとが交互に映画では映し出される。

マイティーは金にならないラップを辞め、違法スレスレの事で金を稼いで食いぶちには困っていないが彼もラップが好きだからこそ夢見て上京した青年の一人だ。熱意だったらSHO-GUNGにも負けていなかったはずだ。
やはりつまらない大人への階段をのぼる身としては、物質的に充実していなくてもイック達に羨望の眼差しを向けてしまうし、マイティーに感情移入してしまう。

「1」とも「2」とも違うジレンマを抱えながら観客は映画を観進めることになるが、クライマックスののマイティーの逃亡シーンはところどころ笑える要素を散りばめつつも、なんだか必死な場面ほど客観的に観るとひどく滑稽な部分が妙に現実的で、シリアス一辺倒な演出よりも感情をよりかき乱される。

ラストはお馴染みの号泣フリースタイルラップで幕を下ろすが、シリーズ通してラストの展開は同じなのでここが人によっては冗長に感じるかもしれない。だがスタッフロールと共に流れるラップとも語りとも言える(ヒップホップでよくある曲のイントロのアドリブ風)歌がカッコ良く、泣けるので問題なし。

昔からの夢や憧れを追い続ける事は周りから見れば痛々しく滑稽なものかもしれないが、目指し続ける事/取り戻すで生まれる美しさを今作で完璧に入江監督は描き切ったのではないだろうか。
とにかく今年の邦画ベスト級。