$雑食食堂

★★★★★

2005年に発表され、「9・11文学の金字塔」と評されたジョナサン・サフラン・フォアによるベストセラー小説を、「リトル・ダンサー」「めぐりあう時間たち」のスティーブン・ダルドリー監督が映画化。9・11テロで最愛の父を亡くした少年オスカーは、クローゼットで1本の鍵を見つけ、父親が残したメッセージを探すためニューヨークの街へ飛び出していく。第2次世界大戦で運命の変わった祖父母、9・11で命を落とした父、そしてオスカーへと歴史の悲劇に見舞われた3世代の物語がつむがれ、最愛の者を失った人々の再生と希望を描き出していく。脚本は「フォレスト・ガンプ 一期一会」のエリック・ロス。オスカーの父親役にトム・ハンクス、母親役にサンドラ・ブロックらアカデミー賞俳優がそろう。(http://eiga.com/movie/57181/から)

若干ネタバレあるかもしれません。取り敢えず最高なんで見て下さい。
原作既読だった監督の前作『愛を読む人』(原作の邦題は朗読者)があまり良い評判を聞かなかったので少し不安だったが、劇場で見た予告で上がったハードルそのままに鑑賞した結果、間違いなく今年を代表する一本になった。
感動が感動を呼ぶ感動のオンパレード!!

原作が結構なお値段なのでまだ未読なのだが、鑑賞後に書店でパラパラと読んだところ、たんなる小説でなくかなり凝った作りになっていたので近々購入するかもしれない。

紹介文に「9・11文学の金字塔」とあるが、ハッキリ言って9・11以降のアメリカは当時のテロの被害者を遥かに上回る人数を虐殺してきているのだから、いつまでも被害者ぶっているのは如何なものかと思っていたが、普通に暮らしている民間人にとってはテロは日本で起こる地震同様理不尽なものなんだなと気付かされた。(物凄い当たり前の事なんですけどね)

そしてこの作品も「テロによって家族を亡くした少年の物語」と言うより、「とある不幸で家族を亡くした物語」の側面が強い事もあって別に宗教上の対立や、民族間の確執等に話が振(触)れなかったのも良かった。
父から何でも教わり、慕っていたオスカーは父の部屋で「ブラック」と書かれた封筒に入った鍵を見つけ、その鍵が何であるかを(持ち主がブラックであると検討を付けて)探す旅に出る事が物語の大筋なのだが、オスカー役の少年の演技が抜群に上手い。テロで肉親を失ったせいか公共機関の乗り物や危ない作りの橋にトラウマを抱えてしまっており、それらを極力避けるのだが、渡らざるを得ない巨大な橋(しかも電車が隣で走っている)を前にした時、心を落ち着かせるタンバリンを耳元で鳴らしながら走るシーンは前半の名シーン。巧みな編集とカメラワークでオスカーの恐怖心がこちらにまで伝わってくる(そして3・11の日に帰宅難民となって体育館で過ごした身としては、あれから揺れを感じると恐怖を感じるようになったので凄く共感できる)。

父への愛が膨らみ過ぎて他人に無礼を働いてしまう(記録を残す為訪れるブラック宅の住人を写真に撮るのだが、離婚が辛くて泣いている女性にもシャッターを切るシーンなど)身勝手さも、まだまだ周りを見れない年頃ならではの振る舞いでリアルだ。
虱潰しにブラック家を訪ねて行くので、オスカーは様々な人の人生を知っていく。殆どの“ブラック”が父を失いその面影を追い求める少年を憐れみ、好意的に迎え入れてくれる辺りは家族を大切にするアメリカ人の善の部分が強調されるが、決してプロパガンダ的には映らない。

途中で向かいに住む父方の祖母の家の間借り人の老人が調査の手伝いをはじめ、彼の導きによって恐怖を克服するシーンも良い。父に様々な事を教わり、大人顔負けの知識を老人に得意げに披露するが、知識では追い越せない“人生経験”を老人から逆に教わってしまう。危ない作りの橋、地下鉄を老人が背中を押してくれるお陰で克服するのだ。


ややネタバレ
物語が進む過程も一々良いのだが、調査がある結末を迎えてからが本当の感動どころ。
オスカーは父親との二人で共有した思い出が多いあまり、母親には自分の事を全く理解されていないと思い込んでしまっている。
母親も息子は父親に懐いてばかりだし、向かいにはなんと姑が住んでいる(しかも息子の相談役を務めるほどの仲良し!)ような家庭環境の中で夫を亡くし、夫の死後息子は行きい先も告げず外出を繰り返す日々。観客の目からも親子関係の再建を諦め切っているかのように見せていた母親が息子に示す最高の“愛”を知った時涙を流さずにはいられない。本当に偉大な、素晴らしい母親像をサンドラ・ブロックは見せてくれたと思う。

その後もこれまでの調査をオスカーがノートにまとめるのだが、最後のページの純粋さ、切なさにも感動する。実は原作はこの「調査ノート」のページを再現してあってそれが非常に良かった。
そして家族のピースを探しに出かけたオスカーの行く先々で出会った家族達のその後もオスカーがお礼の手紙を出すと言う形で描かれている。ありきたりに思えるかもしれないが人と人が作る絆の大切さを、この物語を見終えた後だと一層強く実感させられる。

ここまでで充分素晴らしいのに、ラストにもう一発感動の波が押し寄せてくる。
奇妙な偶然だが、被災して間もなく1年が経とうとしている今、突然家族を失う悲しみを乗り越えようとする少年の映画が日本で公開される。
震災当時は津波のシーンがショックだと言う理由で『ヒアアフター』が公開中止になったりと、やたら何事にも敏感に反応する空気が蔓延していたが、ヒア~も本作も家族を失った人を描いているという点では最も真摯に傷付いた人と向かい合ってくれる作品なのでは、と思う。