$雑食食堂

★★★★☆

「チェイサー」のナ・ホンジン監督とハ・ジョンウが再びタッグを組んだクライムサスペンス。罠にはめられ追われる身となった男が、闇に潜む真実を暴き出していく姿を描く。中国・延辺朝鮮族自治州でタクシー運転手を営むグナムは、借金返済のために賭博に手を出すが、失敗して逃げ場を失う。殺人請負人のミョンに韓国へ行ってある人物を殺せば借金を帳消しにすると言われたグナムは、韓国へ出稼ぎにいったまま音信の途絶えた妻に会うためにもミョンの提案を受諾。黄海を渡り韓国へたどり着くが、そこで罠にはめられ、警察や黒幕すべてから追われる身となってしまう。(http://eiga.com/movie/57219/より)

とにかく走って走って殴りまくりながら走りまくる映画。
乱暴に言ってしまえば監督の前作『チェイサー』の走るシチュエーションが変わっただけ。しかし大傑作だったチェイサーを超える傑作なのは間違いない。

韓国映画の素晴らしいところはハラハラさせるカメラワークと練られた脚本、そして現代の韓国(朝鮮)人が抱える問題を浮き彫りにしつつ超一流のエンタメ映画にしてしまう所で、本作も上記の全てを満たした最高の映画だ。今年初めて劇場で見た映画が本作なのでこの作品が今後の映画の基準になると思うとちょっと辛いくらい。

あらすじは上に引用した通りでどうしようもなく救いのない映画。
妻の出稼ぎの為のビザ発行で中国人に6万元と言う一生かけても払いきれない借金を背負わされ、出稼ぎに行ったはずの妻からは送金もなければ連絡もない。グナムは「嫁は浮気したに違いない!!」と怒るが借金を抱えた身であるし韓国に様子を見る事もできない。

そこに転がりこんできた話がヒットマンの依頼。韓国で殺しをすれば借金もチャラになるし、もしかしたら向こうで暮らす妻にも会えるかもしれない。八方ふさがりのグナムにとっては願ったり叶ったりの話だが、物語が進むにつれて裏社会の人間が弱みにつけこんだだけだと分かるとグナムだけでなく、スクリーンのこちら側も怒りが込み上げてくる。
そんな感情移入もばっちり済ませたところから始まる、グナムの警察の手から逃れながらの復讐劇は見ごたえたっぷり。

劇中でグナムが妻の韓国での浮気や暗殺のシュミレーションなど、様々な想像を張り巡らすシーンが多くある。
彼の強みはその常人よりも豊か過ぎる想像力だ。妻が寝取られるところをやたら生々しく妄想してみたり、韓国の妻の荒れた家に辿り着くと痛々しいDVを想像したりと時には自分にとってネガティブな事を想像しながらも、逆にそれをモチベーションに行動していく。

妻の浮気(=裏切り)に大きな怒りを抱くと言う事は、つまりはそれほど妻を愛していたと言う事だ。グナムは自分の身に危険がどんなに迫ろうとも、妻の安否を気にかける。周りは自分の利権のみを考えている中、グナムだけは他人への思いやりを見せる。

とは言っても悪役も魅力的なのが韓国映画。
殺人請負から密入国まで手掛けるミョンはある事をきっかけに、利権欲しさに延辺から韓国にやってくるが腕っ節がとにかく強い。よくあるやくざもの映画だとボスがとんでもなく強い殺し屋を配下に置いておくものだが彼は終盤で十何人というやくざ相手にも負ける事は無く、そこら辺にある道具(斧やら包丁やら骨)でぶっ殺しまくる。正にラスボスといった風情だ。

そして今回の暗殺のターゲットにミョン以外の依頼者がいたと言う設定がサスペンス要素を引き立てる。
グナムも間接的に依頼を受けただけなので誰が真の依頼者を解き明かしつつ、もう一人の依頼者の依頼理由も思わぬところで判明するのだが、ネタバレになるので伏せておく。

バイオレンス映画は暴力描写を痛々しく描く事で逆説的に暴力を批判するものだが、本作はそれ以上に「どんな人間も皮を剥がせば血と臓物の塊でしかない」事をまざまざと見せつけられる。
どんなに金を持っていて愛人がいて綺麗に着飾ろうが、圧倒的な暴力、そしてその先にある死の前には全て無に等しいのだ。
そんな死の虚無感は妻を最後まで大事に思っていたグナムにも等しく与えられる。ラストは静かに終わるが、素晴らしいシーン。後警察が無能なのは最早定番。韓国映画ファンなら笑って見られる部分だ。刑事役として大好きな『息もできない』のマンシクが『生き残るための3つの取引』に引き続き出演していたのは個人的には嬉しかった。

140分間をジェットコースターのように駆け巡るカメラワークと、その映像を見事にぶった切る編集技術で全く飽きさせない手腕も見事。韓国特有の「犬を食う文化」と、序盤の狂犬病に関するくだりも深読みすると面白いかもしれない。(というか血のめぐりの悪い僕の頭では理解が追いつかなかっただけか)
本作は監督の腕にほれ込んでハリウッドスタジオが出資したとの事。ところで『チェイサー』のハリウッドリメイクはいつなんだろう。

【補足】
本作のナ・ホンジン監督のインタビュー。
記事はこちら
「日本語が理解できないのでタイトルも分からないのだけど、かなりの数の日本の暴力映画を見て勉強してきた。韓国では、日本映画を輸入できなかった時代があったから公で見ることができない作品もあったけど、子供のころ陰でコソコソ見ていたんだ」
朝鮮族に関する描写はかなり等身大に描いたと書いてあるが、根なし草の彼らにいつか光は当たるのか。



以下ネタバレ
大好きな作品に変わりないが、正直ラストに近づくにつれて説明不足感が本作は否めない。依頼人が二組いた事は文中でも触れたが、結局もうひと組が誰なのかハッキリ分からなかったので僕の個人的な考えを書いておきます。違っていたら突っ込んでいただけるとありがたいです。

依頼者①→社長。
部下に教授(被害者/殆どやっている仕事はやくざらしい)暗殺を依頼。部下は更に他の人間に依頼。
動機は自分の愛人を教授に寝取られた為。

依頼者②→被害者の妻、もしくは彼女の不倫相手(?)の銀行員
懇意にしていた銀行の課長(不倫関係があったかは謎)が知り合いを通してミョンに依頼。ミョンはグナムにやらせる。
動機は明確にされていないが、いずれも単純に旦那である教授が邪魔だっただけ?

依頼者②がどちらにしても家族を誰よりも思いやっていたグナムが、家庭の外の女関係に踊らされる馬鹿な男共に翻弄されると言うのはのは皮肉な話。
そういう意味では原題とはまた違った邦題が胸に染みる。