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新宿駅に着いた私は、駅から会社への道を急ぐサラリーマンにまじって高速バスの発着所を目指した。ここに着くまでに、私は行き先を確定していた。
行き先は――
昇仙峡 である。
昇仙峡(しょうせんきょう)は、山梨県甲府市、甲府盆地北側、富士川の支流、荒川上流に位置する渓谷である。1923年(大正12年)に国指定名勝に指定され、さらに1953年(昭和28年)に特別名勝に格上げされている。
(ウィキペディアより)
どうして昇仙峡を目指すことにしたのか。
目的はハッキリしていた。昇仙峡にはかねてから行きたいと思っていた「昇仙峡影絵の森美術館」があるからだ。
一緒に行ってくれる人もいないし、大好きな影絵を堪能するには観光客の少ない平日に行くのが一番だ。なんというナイスアイデア!
発着所で甲府行きのチケットを求めると、窓口の男性が「甲府行きはあと3分で出ますから、乗り場に急いでください」と言った。
自動販売機でお茶を買うと、急いでバスに乗り込んだ。車内には空席が目立つ。乗客は3割程度しかいなかった。
窓際の席をキープしてお茶を一口飲んでから、取引先のD社に、今日行くことが出来なくなった旨を連絡した。
さあ、これで私をかまう人は誰もいない。
完全にフリーな一日の始まりだ
甲府までは約2時間。
昇仙峡へはそれからさらに数十分、バスで山登りをしなければいけないはずだ。
バスが動き出すと目を閉じる。
揺れが心地よくて、いつの間にか眠ってしまった。
目を覚ましてあたりの風景を確認しては、また眠る。それを幾度も繰り返しているうちに、甲府の駅に到着した。
11時25分。
バスを降りると、はじめて訪れる町、甲府の街並みを眺めた。どことなく懐かしいような、そんな感じだ。
さて、昇仙峡へのバスはどこから発つのだろう。ぐるりと見回したが、それらしきものは見当たらない。
そのとき「観光案内所」の看板が目に入った。私は迷わずそちらに向かっていった。
窓口には私の母と同年代と思われる小柄な女性がちょこんと座っていた。
「すみません。昇仙峡へ行きたいのですが…」
声をかけるとその人は私を少し驚いたような表情で見上げ、すぐに笑顔になった。優しい笑顔だ。なんだかホッとする。
「昇仙峡ですね。ちょっと待ってね。何が見たいの?」
「あ、美術館を見に来たんです。藤城清治先生のファンで…」
ああ、いいわね。アタシも影絵大好き。
そう言うと、引き出しからバスの時刻表とパンフレットを取り出した。
「あそこに、バス停が見えるでしょう。あのバスで30分くらいね。帰りのバスは、これ。13時51分か、14時51分。美術館見るだけなら、これくらいがちょうどいいでしょう。
ねぇ、あなたどこからきたの?」
私は、彼女が○印を付けてくれた時刻表を受け取って
「ありがとうございます。東京から来ました」
「東京」
大げさに思えるほどの大きな声を出してから
「ありがとうね。こんな遠くまで」
と嬉しそうに言った。
私も笑顔を返し、それじゃ…。と頭を下げて立ち去ろうとすると
「ちょっとまって!」
と呼び止められた。
彼女は、ニコリと笑って話し出した。
「おばちゃんね。今日、5時までここにいなきゃいけないの。
いま時分はね、お客さんも少ないし、退屈なの。でもね。たまにはあなたみたいに若い人が来てくれることもあるから、これはこれで、まぁいい仕事だとは思っているんだけどね」
「はい…」
私は曖昧に笑顔を返した。
「おばちゃんね、あなたのこと気に入っちゃったの。だからね、さっき○をつけた14時51分のバス。あれに乗ってきてくれたら、まだアタシここにいるから、もう一度寄ってくれる?」
「…はい。わかりました」
絶対ね。約束よ。
おばちゃんはそういうと両手で私の手をとって握りしめた。
昇仙峡行きのバスに乗り込むと、ちょっと観光案内所の方を振り返った。
バスからは見えなかったが、まだあのおばちゃんが手を振っているような気がした。
『捨てる神あれば拾う神あり』
ということわざが、頭の中に浮かんでいた。
私よりお母さんをとったTさん みたいな人もいれば、あのおばちゃんみたいに私を気に入ったと言ってくれる人もいる…。
もしかしてあのおばちゃん、息子の嫁に私を、とか思っていたりして。
まさか、まさかね。
そうだったらどうしよう。甲府は住むには良いところかしら…。
まんざらでもない気分で、そんなことを考えた。
(続く)
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読んでくださってありがとうございました。
「婚活珍道中」 のぞいていってくださいね♪