前回の日記「アンドリ・スナイル・マグナソンという大人①」 の続きです。





船乗り日記

レイキャビックの目抜き通り。カラフルな外装のオーガニックカフェ。

Photo: Mitsutoshi Nakamura





アンドリから受けたインスピレーションはまだまだたくさんある。

彼がアイスランド最大のフランチャイズ・スーパーマーケット、BONUSについて書いた詩は秀逸だった。



「なぜBONUSについて詩を書いたかって?

 アイスランドで詩の文化が危機に瀕していたからだ。

 メディアは、アイスランドではもう、詩も本も売れないと嘆いていた。

 僕の知っている詩人たちは、出版業界や消費社会の批判をしていた。


 僕はそれに、詩の世界のルールを打ち破るかたちのジョークで応えた。

 繊細な心に訴える美しい宝物としてではなく、消費されるべき商品としての詩を作ったんだ。

 日々買い物する人のための、チープな詩だよ。それが、狙い通り、市場を席巻した。

 そのうち、BONUSが壮丁をほどこして、スーパーのレジ横でも売り出したいと言いはじめた。

 大安売りの3ドル99セントでね。


 BONUSの詩は、ダンテにインスピレーションを受けて、BONUSを神話的に歩いてみたものだ。

 Paradiso、天国であるフルーツ売り場からはじめて、Inferno、地獄の肉売り場を歩き、

 最後は Purgatorio、煉獄のクリーニング売り場。


 このジョークが、アイスランドでベストセラーになった。

 1996年、一番良く売れた小説よりも、この詩のほうが売れたんだ。

 完売して、最近、中身の詩を33%増やして増刷した。

 そう、『BONUSポエトリー、33%増量!』って感じでね。 ははは」




船乗り日記



そう面白そうに話すアンドリが読み上げた詩を聞いた。

アンドリは「消費財のジョークだった」なんていうけれど、クスっと笑いながらも、ドキッとする内容だ。


一部、私の勝手な訳をつけてここに紹介したい。 (英文のみだけど、全文はコチラ からどうぞ)



Gathering


Man's primal instinct

was not the hunting instinct

in ancient times

before man had spears and weapons

he roamed the prairies

and he was gathering!

he was gathering roots

and he was gathering fruits

and eggs and nuts

and selfdead animals


I

the modern man

I can feel how the primal man breaks forth

when I race with the cart

and I gather and gather and gather...



採集


古代、

人類の野生の本能は

狩猟ではなかった

槍や武器を持ち

平原を吠え歩く前のヒトは

採集をしていたのだ!

根を集め

果実を集め

卵と木の実を集め

自然に命を終えた動物を集めていた


近代人の自分は

原初のヒトをこんなときに感じとる

競うようにスーパーでカートを押して

採集して、採集して、また採集するときに・・・




You are what you eat


My grandfather was 70% water

he was 70% the stream that trickled past his farm

he was the 30% the sheep that grazed on his mountain

he was the fish swimming in his lake

he was the cow eating in his field

he was the stream, he was the grass, the mountain and the lake


I am not 70% water

perhaps 15% mineral water the rest is beer and coca cola

I am italian pasta, swiss cheese, danish pork, and chinese rice

american ketchup runs through my veins


you are what you eat

I am a miniature of the world

no I am a miniature of BONUS



何を食べるかがあなたを作る


祖父は70%水だった

彼の70%は、自分の畑を流れゆく川だった

彼の30%は、山を歩く羊で、

湖を泳ぐ魚で、

草をはむ牛だった

彼は小川で、草で、山で、湖だった


私は70%水、ではない
たぶん15%がミネラルウォーターで、残りはビールとコカコーラ

私はイタリアンパスタで、スイスチーズで、デンマーク産の豚で、中国産の米だ

静脈にはアメリカのケチャップが流れている


何を食べるかがあなたを作る

私は世界の縮図だ

いや、BONUSの縮図か




船乗り日記

BONUSは、こんな素敵な町並みの中でひときわ目立つ黄色い看板を掲げている。
Photo: Mitsutoshi Nakamura





アンドリは、明確に

「経済成長はそこそこでいいじゃないか。それよりも大切なものがあるんじゃないか」

というメッセージを持った人だ。


でも、講演で話すときには決して、直接的なことばで消費社会を批判しない。

そのかわり、BONUSの詩を読み上げた後に淡々とアイスランドの経済の話をしていた。



「アイスランドは、世界有数の経済大国です。

 2008年の10月に発表されたIMFの調査によると、2007年の1人当たりGDPは

 世界4位で約6万4,500ドル。ちなみに、日本の1人当たりGDPが約3万4300ドルです。



 天然資源もない。主な産業としては漁業くらい。

 そんなアイスランドが、なぜここまで経済的に繁栄できたのか。



 アイスランドの銀行は、欧州の銀行に比べて金利を約1%~1.5%高く設定していました。

 欧州の国民は、少しでも金利が高いところがあれば積極的に資金を移動させます。

 その結果、アイスランドという小さい国に欧州全土からお金が流れました。

 そんな風にして国内に流れ込んできた莫大な資金を企業や個人に貸付けることで、

 アイスランドはその経済的な繁栄の基盤を創り上げることができたのです。

 政治家たちは、この国を島ごと、金融立国しようとしていたんですね。



 ところが、昨年末の世界的な金融危機の波を受けて

 「アイスランドは大丈夫なのか?」という噂が流れ始め、

 一気にアイスランドに対する警戒感が強まりました。

 そして、こぞってアイスランドから資金を引いてしまったのです。

 結果、一番大きな銀行3行の国有化や市場の閉鎖という事態が起こりました。

 アイスランドの銀行が、1920年以降最大の倒産をした世界10大銀行のうち

 2つをしめています。 エンロンよりも巨大な倒産でした。



 経済危機後、新政府を求めるデモが起こりました。

 「投資重視ではない政府を!」というデモです。

 みんな銀行を信頼していたので、資産のすべてを銀行に預けていました。

 アイスランドでは、銀行の倒産ですべての財産を失った人が多いです。



 外貨ローンを組んでいた人も多く、その被害ははかりしれません。

 たとえば、円建てで2000万円のローンを組んでいた人の場合、金融危機以降、

 クローネが暴落したことでローン額が3000万円にふくらんだのです。



 BONUSの経営者は、銀行も経営していました。

 1996年、たった50人の従業員しかいなかったその経営者は

 2006年には5万人の従業員を抱え、ヨットやホテル、海外支店も経営を開始しました。

 それが今回の経済危機で100億ドルの負債を抱えることになりました」

 



船乗り日記

アイスランド近海で見たすごい空。厚い雲の層の下に、鮮やかなオレンジの夕日がまぶしい。

Photo: Mitsutoshi Nakamura




国の政策がゆえに、自分の全資産を失った人がたくさん出たアイスランド。

人が自然と国会の前に集まって静かにはじまった新しい政府と新しい政策を求めるデモは、

10数週つづき、ついに野党だった社会民主党と緑の党の連立新政権を誕生させた。


首相に指名されたのは、

同性愛者であることを公にしていたヨハンナ・シグルザルドッティル前社会問題相。労働組合出身。

90年代後半以降、主要銀行と政府が進めた金融立国路線からは距離を置いてきた政治家だった。



アンドリは言う。



「ヨーロッパのメディアは「世界初の同性愛者の女性首相」と書き立てていたけれど、

 アイスランドの人たちはとくに気にしていないよ。


 今、ようやく、本当のアイスランドに立ち返るときがきたと、喜んでいる人が多いように思う。

 みんな、すべての資産を失ったかもしれないけれど、

 国内で食料もエネルギーも自給しているから、日々の暮らしは貧しくない。


 これから大切な山や川、私たちをはぐくむ自然とどう共存していくのか。

 アイスランドで本当の意味でのエコロジーがはじまって、僕自身は期待に満ちているよ」



 
船乗り日記




人口31万人。

男性の平均寿命は世界1位。

GDPは世界トップクラス。

そして、電力の100%が自然エネルギーという環境先進国、アイスランド。


ユートピアにも見えたアイスランドが、実はたくさんの課題も抱えていることを知った。


でもやっぱり、

本当に大切なものと向き合いはじめたこの国が近い将来、

世界にいい変化の波を発信してくれるような気がしてならない。


それは、アンドリという人に会ったからなのか、

それとも、土地の持つパワーなのか。



ユーラシアプレートの湧き出す地・アイスランドでまたひとつ大切なものを学んだ。

私も、同じプレートの沈み込む地・日本で、できることからはじめようと思った。