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半年ほど前からなぜか本を読むスピードが遅くなってしまい、読まなければいけない本が山積み状態になってきています。ビーチ・ボーイズ特集だったレココレ7月号もようやく読み始めたような次第で、選ばれた100枚の記事を読みながら、あぁそうそうとか、ゲッそんな見方あったのかなどと、そのたびに曲を聴きなおしたりしてますますスピードが遅くなっているなんて有様です。そんな中で気になったことをいくつか取り上げてみたいと思います。まずは。

The Beach Boys - Surfer Girl


1963年の㋈に発売されたビーチ・ボーイズの3rdアルバム『サーファー・ガール』のタイトル曲である「サーファー・ガール」です。7月に先行シグルとして発売され全米7位というヒットを記録した曲です。

ビーチ・ボーイズにとって初めてのバラード・シングルとなった「サーファー・ガール」ですが作詞作曲ともにブライアン・ウィルソンの手によるものです。発表は1963年ですが作曲をしたのは1961年、ブライアンが19歳の時の作品です。




1961年、僕は生まれてこのかた1曲も書いたことなどなかった。19歳の時だった、ある日車を試運転してたんだ。ホットドッグ・スタンドまで車を走らせている途中、ピアノで弾いた訳でもないのに、なぜかこのメロディーが突然頭に浮かんできたんだ。僕はひとりで歌ってみた。車の中で声も張り上げず静かにね。家へ帰ってブリッジを書き、ハーモニーをつなげ、そして曲が完成した。僕はそれを「サーファー・ガール」と呼んだ。(ブライアン・ウィルソン、76年のCBSラジオ・インタビュー)

ビーチ・ボーイズ・ファンであれば多くの方がご存知のように、この「サーファー・ガール」は1940年のディズニー映画の「ピノキオ」の中でジミー・クリケット(吹替はクリフ・エドワーズ)が歌う「星に願いを」を下敷きにしていたようです。

When You Wish Upon A Star - sung by Jiminy Cricket (Cliff Edwards)


>「星に願いを」を下敷きにしていたようです。

と、ちょっと曖昧な書き方をしてしまったのは、実はその下敷きにしていたという一文を記事かライナーか何かで読むまでは「サーファー・ガール」のベースが「星に願いを」だったとはまったく気づいていなかったからです。

そう言われて聴くとたしかに似ているなぁとは思うのですが、映画館の闇の中で聴くために作られたクリフ・エドワースのソロ・ボーカルとカリフォルニアの陽光が降り注いだようなビーチ・ボーイズの見事なコーラスではまるっきり印象が違って聴こえてしまうと思うのですが、みなさんはどうだったでしょうか。

ちなみに家にあるビーチ・ボーイズについての書籍やCDのライナーなんかをざっと確認してみたのですが「サーファー・ガール」と「星に願いを」の関連について書かれ出すのはキャピトル時代のアルバムが93年に2in1,ボートラ付きで再発された際に付加されたデヴィッド・リーフによる解説から始まったように思われます。

ここでレココレ7月号のビーチボーイズ・ベスト・ソングス100の話になるのですが、「サーファー・ガール」は第6位とかなりの高位にランクされているのですが、曲目解説で除川哲朗さんはこのように記述しています。

ディオン&ザ・ベルモンツが歌ったディズニー映画「ピノキオ」の挿入歌「星に願いを」を車の中で聞いたとたんに閃いて、直帰して一気にピアノで書き上げたというブライアンのロマンティック・メロディーと得も言われぬコーラス・ワークの美しさ。

うん?ディオン&ザ・ベルモンツが歌っていた?何それ?ということでネットで早速探してみました。

Dion And The Belmonts - When You Wish Upon A Star


ベルモンツ版は1960年の4月に発売され最高位30位というマイナー・ヒットだったようです。上述のようにブライアンが「サーファー・ガール」を書いたのが1961年のおそらくは後半なので時期的にはちょっとズレている気はしますが、1961年という年を考えるとカーラジオから流れるとしたらオリジナルの「星に願いを」よりはベルモンツの「星に願いを」の方がありそうな気はします。米ウィキにも「要出典」の断りはあるもののラジオで聞いたのはベルモンツ版「星に願いを」と書かれています。

ピノキオの「星に願いを」と「サーファー・ガール」という関連にはピンとこなかった僕ですが、間にベルモンツ版をはさんでみると「星に願いを」がベースだったということも腑に落ちる気がいたします。もちろんブライアンはピノキオ版も知っていたはずで、1940年という自分が生まれる前のスタンダード・ナンバーをロッカ・バラードのドウー・ワップにアレンジしたベルモンツ版を聴いて、「閃いた」のは”コレだったら僕の方がうまくやれる”ということではなかったのかなと想像します。

上述のインタビューでは「サーファー・ガール」はブライアンが初期に書いた曲となっているのに実際にシングルとして発売されたのが63年7月とちょっと間が空きすぎています。実は61年11月にインディーズのキャンディックスからシングル「サーフィン」がローカル・ヒットとなる中、次のレコードのためのレコーディングがキャンディックスのオーナーであるモーガン夫妻の下で、翌62年の2月に行われ、そこで「サーファー・ガール」のオリジナルのバージョンが録音されてはいたのですが、その後のキャピトルとの契約などでいったんお蔵に入りそのままになってしまっていたからなのです。

余談ですが、このキャピトル契約前に行われた一連のレコーディングは通称「モーガン・テープ」と呼ばれており、CDの時代となった91年に『ロスト・アンド・ファウンド』というタイトルで発売されて以降、手を変え品を変え様々な会社から発売されてきましたが、きたる8月26日に2枚組60バージョン以上と言う”完全版”が発売になるということなので非常に楽しみにしています。では「サーファー・ガール」のモーガン・テープ版を。

→Becoming The Beach Boys: The Complete Hite & Dorinda Morgan Sessions

The Beach Boys - Surfer Girl Morgan tape


演奏についてはほとんど素人同然だったということもあってか、なんとも粗削りな感じのするバージョンです。これが1年半後の、あの完成度の高いシングルになるかと思うと何と言う進化のスピードよという気がします。しかし、こちらのバージョンを聴くとベルモンツ版がベースで作られたという事もより納得がいくんじゃないでしょうか。デニスのドラムとかひどいなぁと思いますがコーラスに関しては早くもベルモンツ以上に思えるのがすごいところ。

ところでモーガン・テープ版と正式版での一聴して分かる違いは、正式版ではイントロ部分でブライアンによるファルセット・コーラスが大きくフィーチャーされているということです。ビーチ・ボーイズと言えばコーラス、中でもハイトーンで縦横無尽に歌いまくるブライアンのファルセット・ボイスというイメージを持たれる方も多いことと思いますが、実はこの「サーファー・ガール」までブライアンあのファルセットはほとんど封印されているのです。アルバムで言えばデビュー・アルバムの『サーフィン・サファリ』と大ヒットしたタイトル曲を含む『サーフィンUSA』ではあのファルセットはなし。そんなアホな「サーフィンUSA」でファルセットありますやんと思われるかもしれませんが、印象とは違い”エーブリーバディーカンサーフィン”のとこの”カン”のとこだけ声が裏返っているだけで後はハイトーンではありますが、地声で歌っているのです。

後に多くのミュージシャン仲間からも「天才」と呼ばれ、デビュー当時からその才能の片りんを見せつけていたブライアンなのですが、幼いころから父マーリーに押さえつけて育てられたせいか、自分に自信が持てず、自分のハイトーンのボーカルについても女の子の様だということで積極的には歌わなかったようなのです、もったいない。そしてデビュー当時はレコード会社が決めたプロデューサーの指示に従ってのレコーディングを余儀なくされていたこともあり、思うような曲作りが出来なかったのですが、発売したシングルが次々ヒットしてその才能が認められ、次第に発言権を獲得。ついには音作りの部分でブライアン自身が実質的にプロデュースをすることが許されます。




そして、その最初の成果がシングル「サーファー・ガール」であり、直後のアルバム『サーファー・ガール』だったということになります。ブライアンからすれば「自分」に自信を持てたことで、それまで周囲に気がねをして押さえていた「自分」を解放することが出来たんじゃないかと思います。その「自分」が表に出たのが「サーファー・ガール」のイントロのファルセットだったと思います。そして自信がついたからこそ、作曲してから2年間も寝かせていた「サーファーガール」を完成させ、シングルとして持ってきたということだと思います。

そしてアルバム。一曲目に置かれた「サーファー・ガール」のフェイドアウトしていくコーラスに酔いしれている聞き手を叩き起こすようなノックのごときドラムのフィルインに続き、青い空とはじける波しぶきを思わせるハーモニーが飛び出し、その後マイクは目立ちたがり屋の自分を抑えた低音でつづき、そして空に駆け上るような開放感に満ちたブライアンのファルセットが響き渡ります。これぞ「ビーチ・ボーイズ・サウンド」です。

Beach Boys Catch a Wave 1966


「サーファ・ガール」から「キャッチ・ア・ウェイヴ」という2曲の配置はビーチ・ボーイズの独立宣言だと僕は思います。

さらに言えばブライアンのファルセットというのは、この「キャッチ・ア・ウェイヴ」や同じくアルバムB面に収録された「夢のハワイ」のような曲では「開放感」を感じさせるものなのですが、「サーファー・ガール」や「サーファー・ムーン」においては「憂い」や「切なさ」を感じさせるという二面性を持っていて、それが「サーファー・ガール」のような曲をたんなるサーフィン・ミュージックではない普遍性を持った楽曲たらしめている要因となって入る気がします。

そして、勇み足になることは踏まえたうえで言ってしまえば、僕には『ペット・サウンズ』は2分半のマジックである「サーファー・ガール」をアルバムに引き伸ばしただけなんじゃないかと思ったりするのでした。