鳥肌音楽 Chicken Skin Music

WRITING ABOUT MUSIC IS LIKE DANCING ABOUT ARCHITECTURE.


テーマ:
California Dreaming


50年前、1966年5月のこの週に全米4位のデビュー・ヒット「夢のカリフォルニア」と全米1位の第2弾シングル「マンデイ・マンデイ」を収録したママス&パパスの1stアルバム『イフ・ユー・キャン・ビリーヴ・ユア・アイズ・アンド・イヤーズ If You Can Believe Your Eyes And Ears』が全米1位を獲得しています。

「あなたの目と耳が信じられるならば」これを聴きなさいという意味だと思われるアルバムのタイトルからしてママス&パパスの自信のほどがうかがえる一枚です。ただ、シングルの大ヒット2連発で自分たちの実力と人気を過信しすぎたのか、このアルバムは発売後すぐに店頭から回収されるという憂き目をみます。

その原因はジャケットの写真にありました。



バスルームのバス・タブの中に4人が体を寄せ合いというか3人がバスタブの中にしゃがみ込みその膝の上にミッシェル・フィリップスが乗っかっています。そしてバス・タブの横には便器が写っています。2016年の目でみれば特にどうってことないように思える写真なのですが、なにせ50年前のことですから、まずは便器が問題になります。大勢の人々の目に触れるLPジャケットに便器のような「下品」なものが写っているのはけしからんというわけです。

上にも書いたアルバム・タイトルを考えれば、グループ・サイドの思いとしては品のないジャケットだけど中身は保証付きだから信じてねということであえてこのような「下品」なジャケットにしてたと想像できるので、この回収は納得の行かないものだったのじゃないでしょうか。

それもあって、十全を期すのであればジャケットの写真をまるごと変えてしまうのが良いのでしょうが、グループの抵抗があったのか「夢のカリフォルニア」「マンデイ・マンデイ」そしてビートルズ・カバーの「アイ・コール・ユア・ネイム」というみんなが知っている収録曲を記したバナーを上から印刷するというやり方で便器の部分だけを隠して再度出荷されています。



確かに便座の部分は隠れているのですが水洗用の水道管は隠れず写っていて、そこに何があるのかは隠れていても誰もが分かる写真で果たしてこれで「修正」といっていいのか疑問が残る、臭いものにフタをしたのが一目瞭然のジャケットといえるんじゃないでしょうか。このへんママス・アンド・パパスなりの意地だったんじゃないでしょうか。全米ヒットがあったとは言え新人バンドがデビュー・アルバムでそこまで意地を張れたのは発売元がメジャーではなくロックを理解するルー・アドラー社長のダンヒル・レコードであったというのもあるかも知れません。

I CALL YOUR NAME


新しいジャケットにして再発売されたアルバムは文頭でも書いたように見事に全米NO.1を獲得することになります。めでたしめでたし。

なのですが、このアルバムにはもう一種類のジャケットがあります。それが下の画像です。



見てもらえばお分かりのように便器だけでなく、バスタブの部分もすべて黒い枠で隠されていて、バスルームで撮影したことが全く分からないものになっています。何故ここまで隠したのかを想像すると、男女四人がひとつのバスタブに入っていることがオージーを思わせふしだらであるみたいなことではないかと思われます。おまけにミッシェルの態度はSMの女王様なんてことも妄想させます、ってそんなこと思う方がふしだらなんだと思いますけど。

ダンヒル・レコードのファンのサイトの記述を見るとこのジャケットは一般流通ではなく通販用のジャケだったんじゃないかみたいなことが書かれています。店頭で直にジャケット写真を見て納得して買うのと違い、通販で到着後にジャケを見て「なんじゃこりゃ」となるのを恐れてのことなのでしょうか。とにかく見た目は「健全」なジャケットになっています。

画像は帯付きの日本盤なのですが、日本ではこの「健全」ジャケットで発売されていたんです
ね。

Prodigal Son - The Rolling Stones



ところでジャケットにトイレの写真と言えばローリング・ストーンズの『ベガーズ・バンケット』の事件を思いだす方もたくさんいらっしゃるでしょうね。

疲れてきたのでウィキの解説をそのまま引用させていただきます。




現在の本作のジャケットとして採用されている「汚れた便所の落書き」の写真は、映像監督のバリー・フェスティンとニューヨークのデザイナー、トム・ウィルクスによってデザインされた。だがデッカ・レコードは、バンドから提示されたこのジャケットデザインを拒否した。バンドはこれに抵抗し、茶色の紙袋に入れて「Unfit for Children(子供達には不向き)」というラベルを貼って出すという代案を提示するが、これも却下される。アメリカのディストリビューターであるロンドン・レコードもデッカの決定を支持し、バンドの不満は高まった。ストーンズはその報復としてデッカとロンドンの態度が軟化するまでアルバムを提供しなかった。しかしながら11月までにストーンズは招待状を真似た単純なジャケットでリリースすることを渋々認め、屈服することとなった。




金色で縁取られた薄クリーム色のジャケットには「Rolling Stones Begger's Banquet」と真ん中に、左下隅に「R.S.V.P.」('Reponse s'il vous plait, ご返事願います、の略)と黒字の筆記体で記入された。見開きジャケットの内側には、タイトルどおりこじき(Beggar)風の格好をしたメンバー5人が宴会(Banquet)を開いている情景が写されている。ビートルズが二週間前に『ホワイト・アルバム』をリリースしていたことで、幾人かの評論家はストーンズが再びビートルズを今度は単純なジャケットで真似たとして非難した。1984年のリマスター盤でようやく当初の写真が採用されるようになった。この一連の論争についてジャガーは「全くの時間の無駄だった」と振り返っている。





『ベガーズ』のジャケットについては中学生の時に元々は便所のジャケットだったということを知りますが、ジャケの写真とかも見ることができずモヤモヤしていて高校くらいで実際の便所ジャケを見ることになります。ストーンズのイメージからとか、ロック的なのやっぱコッチでしょと便所ジャケの方が絶対いいと思っていたのですが、CDで発売される際に招待状ジャケから便所ジャケがオフィシャルなジャケにされた頃からだんだんコレはやっぱり招待状ジャケの方が良かったなぁと思うようになってきて今に至ります。根がひねくれ者であることもありますが、当初ストーンズが便所ジャケでどんなタイトルにするつもりだったのか、『ベガーズ』のままだったのかは知りませんが、少なくとも『ベガーズ・バンケット』(乞食の宴会)っていうアルバム・タイトルである限りは招待状ジャケの方が相応しいですよね。皮肉も効いてるしね。

Beggars Banquet/Abkco

¥1,650
Amazon.co.jp

夢のカリフォルニア/ユニバーサル ミュージック

¥1,851
Amazon.co.jp

AD
いいね!(42)  |  コメント(4)  |  リブログ(0)

テーマ:
本日の朝日新聞のオビニオン&フォーラム「耕論」のテーマは「演歌は日本の心、か ~女心、浪花節、せつない旋律、染みいる詞。忍ぶ恋、未練の涙、恨み節、帰らない時代。日本人の心のふるさと。日本の伝統音楽。それが演歌ー。演歌を巡る言説を考える~」というもの。



なぜ、今このテーマなのかと言うと、三人の論者の一人である阪大准教授の輪島裕介さんの文中にある<この3月、超党派の国会議員連盟が発足、政治と演歌が接近しています。そこでは演歌が漠然と「伝統的なもの」と捉えられている>という胡散臭い状況に対する「?」なのは間違いないだろう。

そして続けて輪島さんが書いているようにこの動きと言うのは<右肩上がりだった昭和を理想化し、ノスタルジーを新たに記憶しなおして「伝統」と呼ぼうとする>もので。これは安倍サンが「美しい日本を取り戻そう」という時、その「日本人の心」を歌謡として具現化しているのが演歌という「伝統」なので、今こそその「伝統」を盛り立てていこうではないかというものであるように僕には思える。

本当にそうなのか?演歌は日本の伝統なのか?

そもそも現在僕たちがジャンルとして認識する「演歌」が生まれたのはいつなのか。



「演歌」という言葉が生まれたのは明治時代とされています。となれば少なくとも100年以上の「伝統」はあることにはなりますが、そうだとしても神武天皇から2700年近い歴史のあることを思えば軽い「伝統」といえるかも知れません。それどころか、元々は自由民権運動で演説会を規制された活動家たちが歌の会と称して集会を開いた時の演説歌が略されて「演歌」と呼ばれ出したもので現在の「酒涙女」とは違い痛烈な社会風刺を含んだものだったとのこと。

では一体いつ演歌は生まれたのか?



輪島さんは「演歌と言うジャンルの呼称が生まれたのは1960年代後半」だといいます。なぜ60年代後半にジャンルとして確立されたのかについては評論家のスージー鈴木さんは、ヨナ抜きという西洋音階の日本的解釈に明治以降慣れ親しんできた日本人に、ビートルズの世界的ヒットを契機に日本でも7音階をフルに使うGSが登場し日本の音楽業界を席巻した、そのときに「洋風」のGSに対抗するための論理として、復古派が持ちだしたのが「演歌は日本人の心」という説であったといいます。

「ド演歌」が「日本人の心」という論理はやはり60年代後半に生まれたということのようです。


(ぴんからトリオ時代の映像がないのは何故?昭和47年(1972年)のヒットで、この映像自体は昭和55年(1980年)の放送からのようなのですが、曲前のコントで「こんなけなげな女性はいなくなりましたねー」と、歌詞で歌われた世界観がすでにノスタルジーであることを示しちゃってますね)

つまり、演歌の「伝統」とか言ってもたかだか50年もない、もっと言えば90年代以降の演歌のシェアは数パーセントに衰退してとてもメインストリームとは言えない状態が続いていますので、演歌が日本の歌謡界の表舞台にいたのは60年代から80年代前半まで高々四半世紀くらいのものです。


そんなものを、はたして「日本の心」としてなぜ政治が後押ししようとするのか?

批評家の大澤聡さんはこう警鐘を鳴らします。

「悪しき伝統」という場合、大半はシステムの話ですね。かたや、「良き伝統」は文化の話。昔ながらの制度を守ろうと言うと反発を生みますが、文化を守ろうと言う分にはすんなり通る。

だから文化は危機の時代にこそ利用されるのです。


輪島さんもこう締めます。



演歌を伝統だというのは、音楽における歴史の読み替えです。読み替えによる新しいスタイルの創造そのものは否定されるべきではありません。ただ、70年代に(註:寺山修司のように)体制への反発として起きたのとは違い、今の政治家や業界関係者たちは体制に寄り添う形で読み替えようとしています。どのような文化的表現を、どのように読み替えるのか、その文脈こそ考えるべきでしょう。



歌謡曲ファンがよく引き合いに出す言葉に「歌は世につれ、世は歌につれ」というのがあります。歌にはその時代の大衆の心が投影されるということかなと思います。本来世につれていない「演歌」が恣意的に「つれる」世の中になったとしたら、なんとも恐ろしいことと思います。


超党派の国会議員連のおじ様たちも、大衆の前で「演説歌」を歌うくらいの気概がある人たちならばよいうのですが、せいぜいがパーティの2次会のカラオケで「演歌」をうなって「先生おじょうず」といわれて満足しているそんな人たちばかりのような気がするのは私だけ・・・。




註:貼り付けた動画は本文と直截的な関係はございません。






AD
いいね!(18)  |  コメント(9)  |  リブログ(0)

テーマ:
50周年ということで『ペット・サウンズ』について何か書こうと思っていたら、なんとガイ・クラークの訃報が飛び込んできた。




寄る年波というか、最近は中学校や高校時代に夢中になって聴いていた歌手が逝ってしまうことが本当に多く、いちいち追悼の文章を書くのはどうなんだろうなぁと思ったりもするのですが、ガイ・クラークは特別だしなぁ。

追悼として、5年ほど前に書いたガイについての記事を加筆修正して再掲載させていただきます。


■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■

レコード・コレクターズの連載「サンフランシスコ滞在記」でガイ・クラークが紹介されたことがあります。筆者であるカメラマンの渡辺真也氏いわく

”70年代になって登場したシンガー・ソング・ライターの中で、おそらく誰よりも寡黙だが、その分一番に信頼していい男が、ガイ・クラークだ。”

異議なし、まったくその通りだと思います。

僕がガイ・クラークという名前を初めて知ったのは高校1年だった75年に買ったジェリー・ジェフ・ウォーカーのアルバム『ライディン・ハイ』の中の一曲「ライク・ア・コート・フロム・コールド」によってでした。



だけど僕のそばには僕が選んだレディがいてくれる
人生を共にする寒さから守ってくれるコートのようなきみが


アルバムにはジェリー・ジェフによる短文の解説が添えられているのであるが、ガイ・クラークのこのラヴ・ソングにはこう書かれている。

バルバドスで落ち着いて安らかなハネムーンをスーザンとエンジョイしていると、ガイとスザンヌが飛んできて一緒な時間を過ごした。そしてガイは僕たちのためにパーフェクトなウェディング・ソングを歌ってくれた。

この曲も含めジェリー・ジェフの歌声に惚れた僕は遡ってアルバムを買っていきます。そして73年のアルバム『ヴィヴァ・テルリングア』を聴いた時にあぁいい曲だなぁと思ったのが「汽車を待つ無法者のように」という曲でした。



僕が「レッド・リバー・バレー」を弾くと
じいさんは台所で泣いていた
「神よどうして私が掘った油井はすべて枯れてしまうのか」
70年の人生を刻んだ指先を眺めつぶやく
僕とじいさんは友達だった
まるで汽車を待つ無法者ふたり

じいさんは流れ物の油田掘り
僕には世界を教えてくれる年老いた先生
酔っ払ってハンドルが握れない時僕に運転を教えてくれた
ウィンクして女の子と遊ぶための小銭をくれた
僕たちの毎日はまるで西部劇みたいだった
まるで汽車を待つ無法者ふたり
まるで汽車を待つ無法者ふたり

僕が世の中をよちよち歩きできるようになると
じいさんはあおがえるカフェという酒場に連れて行った
そこにはビール腹の年寄りとドミノがあった
僕がそこにいる間彼らは遊び続け
僕のことをじいさんの助手と呼んでいた
まるで汽車を待つ無法者ふたり
まるで汽車を待つ無法者ふたり

ある日僕が見上げると
じいさんは80に近づいていた
タバコの煙は彼のあごのシミとなり
僕にとってじいさんは ヒーローの一人
ビールを呑み「月と42」を演っていた
まるで汽車を待つ無法者ふたり
まるで汽車を待つ無法者ふたり

じいさんが逝く前の日 僕はじいさんに会いにいった
僕はすっかり大人になり じいさんは死にかけていた
僕たちは目を閉じあの日の台所を夢見た
そしてその古い歌にもう一つの歌詞をつけて歌った
”ほら見ろ、ジャック、親不孝ものがやってくるぞ”
ぼくらはまるで汽車を待つ無法者ふたり
まるで汽車を待つ無法者ふたり


作者のクレジットをみるとガイ・クラークの名前。こうなると俄然ガイ・クラークのことが気になったのですが今みたいにヤフーで検索して、YOUTUBEで音源聴いてなんていう時代ではないですからね、スティーブ・ジョブズがガレージで試行錯誤している時代、頼れるのはレコード店だけ。しかしながら、レコード店でエサ箱を漁ってもどこにもありませんでした。

万事休すかと思ったときミュージック・マガジンに”ガイ・クラークのデビュー・アルバム登場!"の広告が載ります。なんと、まだデビューしてなかったんですね。早速予約をして発売日には手に入れ大急ぎ(といっても1時間半くらいはかかるのですが)で家に帰ってターン・テーブルに。




ジャケからそのアルバムの中味というのはだいたい想像がつく場合が多いのですがこのガイ・クラークの1stアルバム『オールドNo.1』はジャケットそのままに、洗いざらしのデニム・シャツのように暖かく柔らかで肌にフィットするような、飾りの無い歌声に満ち溢れたアルバムでした。

ジェリー・ジェフが取り上げた2曲の本人バージョンは勿論、一曲目の「リタ・バルー」から最後の「レット・ヒム・ロール」まで、すべての曲が素晴らしく何度も何度もターンテーブルに乗っけたものでした。




くだんのレココレの記事では「ザット・オールド・タイム・フィーリング」の歌詞が紹介されていました。



ザット・オールド・タイム・フィーリングが
足をしのばせてホールに入ってくる
壁にぴたり身を寄せている
冬のさなかの猫のように

ザット・オールド・タイム・フィーリングは
通りに出てよろよろしている
足に絡みつく新聞紙を蹴散らす
年老いたセールスマンのように

そしてザット・オールド・タイム・フィーリングは
街の一郭を廻りだす
子供達がいなくなって
時計をした老婆のように


渡辺真也さんはザット・オールド・タイム・フィーリングを訳すとすれば「誰でもが思い出す感覚」としています。そして、いわゆるノスタルジックな感覚とはちょっと違うのではないかと書いています。

自分の生まれる前であったりまだ小さかった頃の洋楽なんかを聴いていると、時々”あぁ懐かしい”と思うことがあります。聴いたこともない曲なのになぜ懐かしいのだろうと不思議に思います。自分が長年聴いてきた音楽が頭の中にどんどん溜まっていくことよって、帰納的に自分が生まれる前の音楽にまで擬似の音楽体験が生じてしまい、結果的に懐かしく思うのだろうか?

なんていう風に思ったこともありましたが、それは”懐かしさ”ではなく、その歌が渡辺さんのいう「ザット・オールド・タイム・フィーリング」を含んだものだからなのかも知れません。人種や言語を越えて人間の遺伝子の中に刻み込まれた感覚、例えば動物の赤ちゃんを見たら可愛いと思うような、そんな感覚がある種の音楽の中にはある、そんな気がします。

そしてガイ・クラークの歌もそんなひとつです。



75年にガイ・クラークはデビューするのですが、35歳という遅まきのデビューでした。デビューまで時間がかかったおかげというべきか、1stアルバムは素晴らしい曲ぞろいでジェリージェフの他にも多くの歌手に取り上げられた曲も収録されていました。

そんな素晴らしいアルバムでしたが残念ながら日本ではたいしたヒットもしなかったのか、ガイのレコードはこのアルバムと次の『テキサス・クッキン』あたりが出たくらいで国内盤の発売は途絶えてしまったように思います。それはガイの盟友ジェリー・ジェフも同じで国内盤がでていたのは70年代後半くらいまでです。アメリカではこの二人のアルバムは継続して発売され続けているのになんで?と思います。

ひとつの要因としては、この二人の音楽がカントリーにカテゴライズされてしまうからだと思います。70年代に日本でも人気のあったSSW~ウェスト・コーストという音楽ジャンルの中には今であればカントリーにカテゴライズされてしまうような音楽がけっこうありました。例えばイーグルスやPOCOなんてのも、今デビューしていたらカントリーにカテゴライズされてしまっていた気がしますが、70年代当時は”爽やかなハーモニーを持ったウェストコースト・ミュージック”でした。

同じ音楽であっても、聴くほうの考えるカテゴライズが変わることで聴き方が変わってしまうというのはなんとも不可解な気がするのですが、日本人(だけじゃないか)ってけっこうこの「カテゴライズ」に左右される国民のような気がします。

SSW~ウェスト・コーストという流れがAORへとシフトし、洗練されていくなか、日本の音楽ファンの心の中にカントリーっぽいものはいなたく垢抜けないものだとして敬遠されていったのか。AORだけどルックスが南部の長髪のおっさんというポール・ディヴィスのジャケを、そのままじゃ日本のファンに敬遠されるだろうとFM雑誌についてくるカセットのインデックスのようなおしゃれな写真に差し替えて発売するなんてこともありましたが、ある意味歌の良し悪しよりイメージに左右されるようになっていく。

まぁそういったようなことでジェリー・ジェフやガイ・クラークのような田舎くさいオッサンは日本では忘れ去られてしまったのは時代の流れだったのかもしれませんが僕にはとても残念に思えます。前にも書いたけどジェリー・ジェフ=Mrボージャングルじゃないんです。

なんか酔っ払いのグチみたいになってきましたが、最後にこれまたガイ・クラークの代表曲「LAフリーウェイ」を本人とジェリー・ジェフのライヴ・バージョンで聞き比べてみてください。






君のお皿を箱詰し
希望をすべてメモして
大家にあばよと言おう
アン畜生にはいつもうんざりだった
新聞やヴァニラウェハースのカビだらけの箱を放り出し
コンクリートの街におさらば
埃だらけの裏通りが僕を待っている

もし僕が殺されたり捕まったりせず
このLAフリーウェイから抜け出せたなら
煙のような雲の下 道を下っていく
お金じゃ手に入らない場所へ

年老いたやせっぽっちのデニス 
ここはあんたのための場所だ
心配してくれるたった一人の人
壊れかけたベースの音が聞こえてくる
優しく静かに あなたからの贈り物みたいに
僕のためにもう一度弾いてくれないかい
今の僕たちのすべてを込めて
あんたの言葉を僕は信じる
お願いだから 弾き続けておくれ

もし僕が殺されたり捕まったりせず
このLAフリーウェイから抜け出せたなら
煙のような雲の下 道を下っていく
お金じゃ手に入らない場所へ

君は郵便受けにピンクのカードを入れ
ドアをロックし鍵を残す
あいつらはそれをきっと見つける
僕たちが忘れている何かがあるはずだ
ああスザンナ 泣かないでくれ
愛は手作りの贈り物みたいなもの
信じられる何かがきっと見つかるさ
だから そろそろ出かけよう

もし僕が殺されたり捕まったりせず
このLAフリーウェイから抜け出せたなら
煙のような雲の下 道を下っていく
お金じゃ手に入らない場所へ



歌詞がしみるなぁ。


■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■


ガイの一番最近のアルバムは2013年の『 My Favorite Picture оf You』となtります。



ガイが手に持っている「一番好きな君の写真」は40年連れ添いガンで亡くなった奥さんスザンヌの写真です。でもその写真は笑顔の写真ではなく腕を組みこちらを怒った顔でにらむ顔、何故これが一番好きな写真?

何でもこの30年ほど前にタウン・ヴァン・ザントと飲み明かしベロンベロンになって帰ったガイを待ち受けていたスザンヌが今まさにカミナリを落とそうとしているところを一緒にいた友達がポラロイドで撮ったものらしいのですが、ガイにとって馬鹿なことをした自分を本当に怒ってくれるのはスザンヌだけでありかけがえのない人という思いがあったのだろう。

”ほら見ろ、ガイ、親不孝ものがやってくるぞ”

ガイ爺さんよ、天国でスザンヌ婆さんとよろしくやってくれ。RIP。



AD
いいね!(35)  |  コメント(7)  |  リブログ(0)

テーマ:


プリンスの急逝もあって、すっかり放置状態にしてしまっていた4月21日のクイズの解答です。

問題は以下の13のヒット曲に共通することは何か?というものでした。

アドリブス/ボーイ・フロム・ニューヨーク・シティ
ルイ・アームストロング/この素晴らしき世界
バングルス/ウォーク・ライク・エジプシャン
シェリー・フェブレー/ジョニー・エンジェル
ハプニングス/シー・ユー・イン・セプテンバー
エルトン・ジョン/ダニエル
レッド・ツェッペリン/天国への階段
ジョン・レノン/イマジン
ピーター&ゴードン/アイ・ゴー・トゥー・ ピーセズ
ピーター・ポール&マリー/悲しみのジェットプレーン
ローリング・ストーンズ/ルビー・チューズデイ
フランク・シナトラ/ニューヨーク・ニューヨーク
ゾンビーズ/シーズ・ノット・ゼア


耕作さんから「放送禁止になった歌」という回答がありました。それでもあたっているのですが、何故放送禁止になっちゃったかということをお答えいただきたかった。この13曲に共通することは、もう上に写真をアップしちゃってるのでお分かりでしょうが2001/9/11の全米同時多発テロ事件の後で全米で放送禁止となった歌だったということです。正確に言うならば全米の1300余のラジオ局を統括するクリア・チャネルが事件後に「国民感情」を考えオン・エアーは控えた方がよい「自粛」の対象とした楽曲リストのほんの一部です。

>クリア・チャネル
米国の巨大メディア企業。何故か日本では意外にも無名。1300以上のラジオ局と30以上のケーブルテレビ局、米国最大のチケット発券企業(ぴあのような)の支配者。屋外広告看板では70万枚以上、コンサートホールも100以上と世界最大。中国やオーストラリア、ニュージーランドにも積極的に進出している。
以前の標語は「あなたの目にはいるものは全てクリアチャネルから」と言った。2001年に独占禁止法に問われたが、あっさりクリア。メディア・エンターテイメント業界に大変強い影響力を持つ。
 (Hatena Keywordより)

何故オン・エアーを自粛すべきなのか詳しい理由は書かれていないのですが、勝手に想像させていただくと。

アドリブス/ボーイ・フロム・ニューヨーク・シティ
ニューヨークから逃げてきた少年みたいなことなのでしょうか、基本的に「ニューヨーク」がタイトルに入っているものはNGっぽいです。

ルイ・アームストロング/この素晴らしき世界
”なんて素晴らしい世界なんだろう”っていうのは脳天気ってことでしょうか。歌詞の「空は青く」とか「空にはとてもきれいな虹がかかり」っていうのもひっかかったか。

バングルス/ウォーク・ライク・エジプシャン
テロの首謀者とされるアルカイダがムスリムということで、同じムスリムであるエジプト人がタイトルにはいっているからアウトなんでしょう。

シェリー・フェブレー/ジョニー・エンジェル
この曲がなんでダメなのか、うーん。しいて挙げるなら”Every time he says hello
My heart begins to fly(「やぁ」ってあなたが言うたびに 空をも飛べる気持ちになるの
)、”together we will see how lovely heaven can be(私たち二人でいれば素敵な天国にいられるの)という歌詞なのかな・・・。

ハプニングス/シー・ユー・イン・セプテンバー
”9月に会いましょう”と臨んだ相手は9月にはいなくなってしまった。

エルトン・ジョン/ダニエル
”ダニエルは今夜飛行機でスペインに向かい旅立つ””あぁダニエル 僕にとってにいさんは空に瞬く星”という歌詞がアウトか。

レッド・ツェッペリン/天国への階段
”天国への階段”っていうタイトルだけでアウトでしょうね。

ジョン・レノン/イマジン
この曲が「放送禁止」になったというのは日本でもニュースになりましたね。宗教なんてないとか国境なんてないというのが問題だったのかはたまた”地面の下に地獄なんて無いし 僕たちの上には ただ空があるだけ”っていう歌詞がアウトだったのか。ちなみにフォークランドの時ははっきりと「厭戦気分」を煽る歌とされて禁止だった記憶があります。

ピーター&ゴードン/アイ・ゴー・トゥー・ ピーセズ
失恋で身も心もバラバラな気分という歌なのですが、バラバラ(go to Pieces)という言葉がダメなんでしょう。

ピーター・ポール&マリー/悲しみのジェットプレーン
”僕はジェット機で去っていく”というのがアウトなんでしょう。オリジナルのジョン・デンバーにその意識があったかどうかは分かりませんが、この曲をヒットさせたPP&Mは大切な人と離れ”いつ戻れるか分からない”ところへ行くという歌詞にベトナム戦争への反戦の思いを嗅ぎ取っていたと思います。

ローリング・ストーンズ/ルビー・チューズデイ
ここまで見てくれば、こちらも予想がつくのじゃないかと思われますが、そう2001/9/11は火曜日でした。

フランク・シナトラ/ニューヨーク・ニューヨーク
ことさらに「ニューヨーク」が強調されていて思いだすだろうってことでしょうか。

ゾンビーズ/シーズ・ノット・ゼア
”あの娘はそこにはいない”うーん確かに恋人や娘や母親を失くした人はいたのでしょうが・・・・

オン・エアーを自粛しなければいけないという理由が分かる気もするものもありますが、どう考えても行き過ぎなのではと思えるものもあります。この件についてはいろんな問題があるかと思いますが、考えがまとまっていないので今日は触れませんがひとつだけ書いときます。

これらの曲をオンエアしないというのはおそらくはクリアチャネルの一部の人間によって決定されリストが作られ傘下のラジオ局に通達されたのでしょうが、内部通達なので聴いてる側には、ある楽曲が放送できない状態になっているということが分からなかったということ(後でアップすしますが「イマジン」をニール・ヤングが歌うということがあったのである程度情報はもれていたのかもしれませんが)。今まで無かったものが現れると人はもちろん気づきますが、今まで普通にあったものが消えてしまうと案外気が付かなかったりします。だから、9.11の後ラジオを聴いていて「ジョニー・エンジェル」が流れなかったとしても、それが「放送できない」から流れていないとは知る由がない。これって怖いことだと思います。先に「ジョニー・エンジェル」の自粛の理由が分からないと書きましたが、実際には「ジョニー・エンジェル」が自粛されていることすら分からないわけですから、「自粛の理由は?」という疑問すら抱きようがないわけです。なんか、どこかの国の「特定なんちゃら法」みたいな話ですね。

最後に、クリアチャネルの出した自粛すべき楽曲のリストを載せておきます。

3 Doors Down"Duck and Run"
311"Down"
AC/DC"Dirty Deeds Done Dirt Cheap""Hells Bells""Highway to Hell""Safe in New York City""Shoot to Thrill""Shot Down in Flames""T.N.T."
The Ad Libs"The Boy from New York City"
Afro Celt Sound System"When You're Falling"
Alice in Chains"Down in a Hole""Rooster""Sea of Sorrow""Them Bones"
Alien Ant Farm"Smooth Criminal"
The Animals"We Gotta Get Out of This Place"
Louis Armstrong"What a Wonderful World"
The Bangles"Walk Like an Egyptian"
Barenaked Ladies"Falling for the First Time"
Fontella Bass"Rescue Me"
Beastie Boys"Sabotage""Sure Shot"
The Beatles"A Day in the Life""Lucy in the Sky with Diamonds""Ob-La-Di, Ob-La-Da""Ticket to Ride"
Pat Benatar"Hit Me with Your Best Shot""Love Is a Battlefield"
Black Sabbath"Sabbath Bloody Sabbath""War Pigs"
Blood, Sweat and Tears"And When I Die"
Blue Öyster Cult"Burnin' for You"
Boston"Smokin'"
The Crazy World of Arthur Brown"Fire"
Jackson Browne"Doctor My Eyes"
Buddy Holly and the Crickets"That'll Be the Day"
Bush"Speed Kills”
The Chi-Lites"Have You Seen Her"
The Dave Clark Five"Bits and Pieces"
Petula Clark"A Sign of the Times"
The Clash"Rock the Casbah"
Phil Collins"In the Air Tonight"
Sam Cooke"Wonderful World"
Creedence Clearwater Revival"Travelin' Band"
The Cult"Fire Woman"
Bobby Darin"Mack the Knife"
Skeeter Davis"The End of the World"
Neil Diamond"America"
Dio"Holy Diver"
The Doors"The End"
The Drifters"On Broadway"
Drowning Pool"Bodies"
Bob Dylan"Knockin' on Heaven's Door"
Everclear"Santa Monica"
Shelley Fabares"Johnny Angel"
Filter"Hey Man, Nice Shot"
Foo Fighters"Learn to Fly"
Fuel"Bad Day"
The Gap Band"You Dropped a Bomb on Me"
Godsmack"Bad Religion"
Green Day"Brain Stew"
Norman Greenbaum"Spirit in the Sky"
Guns N' Roses"Knockin' on Heaven's Door"
The Happenings"See You in September"
The Jimi Hendrix Experience"Hey Joe"
Herman's Hermits"Wonderful World"
The Hollies"He Ain't Heavy, He's My Brother"
Jan and Dean"Dead Man's Curve"
Billy Joel"Only the Good Die Young"
Elton John"Bennie and the Jets"
"Daniel""Rocket Man"
Judas Priest"Some Heads Are Gonna Roll"
Kansas"Dust in the Wind"
Carole King"I Feel the Earth Move"
Korn"Falling Away from Me"
Lenny Kravitz"Fly Away"
Led Zeppelin"Stairway to Heaven"
John Lennon"Imagine"
Jerry Lee Lewis"Great Balls of Fire"
Limp Bizkit"Break Stuff"
Local H"Bound for the Floor"
Los Bravos"Black Is Black"
Lynyrd Skynyrd"Tuesday's Gone"
Johnny Maestro & The Brooklyn Bridge"The Worst That Could Happen"
Martha and the Vandellas"Dancing in the Street""Nowhere to Run"
Dave Matthews Band"Crash into Me"
Paul McCartney & Wings"Live and Let Die"
Barry McGuire"Eve of Destruction"
Don McLean"American Pie"
Megadeth"Dread and the Fugitive Mind""Sweating Bullets"
John Mellencamp"Crumblin' Down""Paper in Fire"
Metallica"Enter Sandman""Fade to Black""Harvester of Sorrow""Seek & Destroy"
Steve Miller Band"Jet Airliner"
Alanis Morissette"Ironic"
Mudvayne"Death Blooms"
Ricky Nelson"Travelin' Man"
Nena"99 Luftballons"/"99 Red Balloons"
Nine Inch Nails"Head Like a Hole"
Oingo Boingo"Dead Man's Party"
Ozzy Osbourne"Suicide Solution"
Paper Lace"The Night Chicago Died"
John Parr"St. Elmo's Fire (Man in Motion)"
Peter and Gordon"I Go to Pieces""A World Without Love"
Peter, Paul and Mary"Blowin' in the Wind""Leaving on a Jet Plane"
Tom Petty"Free Fallin'"
Pink Floyd"Mother""Run Like Hell"
P.O.D."Boom"
Elvis Presley"(You're the) Devil in Disguise"
The Pretenders"My City Was Gone"
Queen"Another One Bites the Dust""Killer Queen"
Red Hot Chili Peppers"Aeroplane""Under the Bridge"
R.E.M."It's the End of the World as We Know It (And I Feel Fine)"
The Rolling Stones"Ruby Tuesday"
Mitch Ryder & the Detroit Wheels"Devil with a Blue Dress On"
Saliva"Click Click Boom"
Santana"Evil Ways"
Savage Garden"Crash and Burn"
Simon & Garfunkel"Bridge over Troubled Water"
Frank Sinatra"New York, New York"
Slipknot"Left Behind""Wait and Bleed"
The Smashing Pumpkins"Bullet with Butterfly Wings"
Soundgarden"Black Hole Sun""Blow Up the Outside World""Fell on Black Days"
Bruce Springsteen”I'm Goin' Down""I'm on Fire""War"
Edwin Starr”War"
Steam"Na Na Hey Hey Kiss Him Goodbye"
Cat Stevens"Morning Has Broken""Peace Train"
Stone Temple Pilots"Big Bang Baby""Dead and Bloated"
Sugar Ray"Fly"
The Surfaris"Wipe Out"
System of a Down"Chop Suey!"
Talking Heads"Burning Down the House"
James Taylor"Fire and Rain"
Temple of the Dog"Say Hello 2 Heaven"
Third Eye Blind"Jumper"
The Three Degrees"When Will I See You Again"
Tool"Intolerance"
The Trammps"Disco Inferno"
U2"Sunday Bloody Sunday"
Van Halen"Jump""Dancing in the Street"
J. Frank Wilson and the Cavaliers"Last Kiss"
The Youngbloods"Get Together"
Zager and Evans"In the Year 2525"
The Zombies"She's Not There"




当時、日本でも放送された America: A Tribute to Heroesで ニールが「イマジン」を歌うのを見て‘放送禁止なのにあえて歌うってニールってすげえ‘と思っていましたが「放送禁止(自粛)」はラジオ局で、TV局の方は関係なかったってことなのか・・・。



PS.「あなたの目にはいるものは全てクリアチャネルから」という標語を聴くとジョージ・オウェルの「1984」のBIG BROTHERを思い出してしまいました、おお怖っ。
いいね!(31)  |  コメント(4)  |  リブログ(0)

テーマ:


"All Summer Long" by The Beach Boys was recorded on this date May 6, 1964 at United Western Recorders in Hollywood. The song was written and produced by Brian Wilson. Chuck Britz was the engineer. It was from their album of the same name.

The personnel on the track were:
Al Jardine – harmony and backing vocals; electric bass guitar
Mike Love – lead and bass vocals
Brian Wilson – harmony and backing vocals; xylophones or marimba; producer
Carl Wilson – harmony and backing vocals; electric rhythm guitars
Dennis Wilson – harmony and backing vocals, drums
Steve Douglas – tenor saxophone
Jay Migliori – piccolo or fife
The Wrecking Crewのfacebookより






1964年のこの日、5月6日(米時間)にビーチボーイズの「終わりなき夏」を歌った永遠の名曲「オール・サマー・ロング」が録音されました。僕の中ではこの「All Summer Long」と大滝さんの「A Long Vacation」は対になるタイトルに思えてなりません。

君の家の前に車を停め いちゃいちゃしてて
コークで君のブラウスを
ビショビショにしちゃったのを思いだすよ
Tシャツにカット・オフ・ジーンズに革のサンダル
夏の間 僕らは思いっきり楽しんだ
夏の間 君とずっと一緒だったけど
僕はまだ君のすべてを分かっちゃいない



甘酸っぱい夏の思い出を歌った歌詞はマイク・ラヴ。ビーチボーイズにとってマイクの書く詞ってのは、10代の男の子にとってのTシャツやカット・オフ・ジーンズや革のサンダルみたいなもの。素肌にぴったりくるのです。

力の抜けたマイク・ラヴのリード・ボーカルもいい感じ。マイク・ラヴが脱力して歌うと、デニス・ウィルソンが上手に歌ったように聞こえるのが面白いところ。

しかし、この曲のバックトラックもビーチボーイズのメンバーによるものだったとは、だからよけいにビーチボーイズらしい「夏」の香りがするのかも知れません。




「オール・サマー・ロング」といえば、映画「アメリカン・グラフィティ」のエンディングで印象的に流れていました。映画の舞台が1962年の地方都市で「オール・サマー・ロング」は64年の楽曲ということで時代考証がとなっちゃうとこですが、劇中じゃなくエンド・ロールで、しかも登場人物たちのその後が提示された後に流れてくるというのは、流石はルーカス狙っているなぁという感じでした。



「イノセンスの喪失」、ブライアンにとっても永遠のテーマですもんね。
いいね!(46)  |  コメント(16)  |  リブログ(0)

AD

Amebaおすすめキーワード

Ameba人気のブログ

Amebaトピックス

ランキング

  • 総合
  • 新登場
  • 急上昇
  • トレンド

ブログをはじめる

たくさんの芸能人・有名人が
書いているAmebaブログを
無料で簡単にはじめることができます。

公式トップブロガーへ応募

多くの方にご紹介したいブログを
執筆する方を「公式トップブロガー」
として認定しております。

芸能人・有名人ブログを開設

Amebaブログでは、芸能人・有名人ブログを
ご希望される著名人の方/事務所様を
随時募集しております。