鳥肌音楽 Chicken Skin Music

WRITING ABOUT MUSIC IS LIKE DANCING ABOUT ARCHITECTURE.


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この間の日曜日の「山下達郎のSUNDAY SONG BOOK」を聴いていて「あぁ、そういうことだったのか」と溜飲を下げたお話です。大滝詠一師匠の『ナイアガラ・カレンダー』がらみです。



番組の方は前週に引き続き、今年が酉年ということで「CHICKEN」しばりの特集でした。その8曲目にかかったゴーゴーズGO GO’Sの「チキン・オブ・ザ・シー」についての達郎さんの解説を文字起こししてみました。

お次は歌ものでございますが、歌っているのはゴー・ゴーズ。あのべリンダ・カーライルのいたGO GO’Sじゃありません。あの80年代のグループじゃありません、60年代中期にですね何枚かシングルを出しましたグループですが男性3人組のウェストコーストのグループです、日本ではこれ割と有名な曲であります。ビクターがけっこうプッシュしました。タイトルが「Chicken Of The Sea」という、日本題が「チキン・オブ・ザ・シー ~スイム」B面が「悲しきロンリー・ガール ~スイム」、ようするに「スイム」のブームだったんですね「スイム」というダンスがありまして、ですからまぁオリジナルのタイトルに「スイム」ってつけりゃいい。しかもこれ多分、こっちのB面の、日本のB面のこの「ロンリー・ガール」って曲がたぶんA面として扱われたんだと思いますが日本ではこの「Chicken Of The Sea」というのは比較的あのその当時ラジオでよくかかった曲であります。



えぇ「Chicken Of The Sea」というのは「カナヅチ」、泳げない人のことだそうです。臆病者のチキンのニュアンスが反映された、Chicken Of The Driveというと何だっけな、車が怖くて運転できない人とかそういうことだそうでございますが、まぁどうでもいいです・・・。要するにカナヅチで、浜辺で俺は馬鹿にされているというそういうような歌でございます。

達郎さんも触れているように65年に日本では「スイム」というリズムが流行します、というかビクターが流行させようとしたみたいで、一番有名な曲としては大瀧さん監修でCD化もされていた「あの娘と僕(スイム・スイム・スイム)」で65年の6月に発売されています。同じく6月にはジャニーズによる「チキン・オブ・ザ・シー」のカバーもB面曲ではありますがシングルとして発売されていて、リアル・タイム世代はこちらのカバーでご記憶の方も多いのではないかと思います。




橋もジャニーズもビクター所属であり、ウィキによれば”ビクターはこの年、スイムリズムに力を入れ、対象楽曲を7枚購入で、(東レの)ピチ水着が当たるキャンペーンを行っている”となっていますので、ゴーゴーズの「チキン・オブ・ザ・シー~スイム」もおそらくはキャンペーン対象商品として6月に日本発売されているのではないでしょうか。それにしても6月発売で水着があたるキャンペーンって7月末くらいまでにシングル7枚買わないとシーズンに間に合わないわけでわずか2か月で7枚のシングル買うというのはかなりきつかったんじゃないかと想像いたします。

閑話休題

達郎さんの解説でひっかかったのが次の一文。

>「Chicken Of The Sea」というのは「カナヅチ」、泳げない人のことだそうです。

「カナヅチ」と聞いて思い出すといえば、そう大滝さんの『ナイアガラ・カレンダー』の7月の歌「泳げカナヅチ君」のことです。カナヅチ君の歌とはいえテーマとしてはビーチ・ソングということでビーチ・ボーイズを思わせるJack Tones=大滝さんの一人多重コーラスが印象に残るナンバーです。そのコーラスの合間に入るギター(村松邦男)がアストロノウツやヴェンチャーズ、ディック・デイルなどのサーフィン・ヒットのフレーズを弾いているのも洒落ているのですが、最後のほうで何故かチキン・ピッキングのフレーズが出てきて「これだけサーフィンと関係ないのは何故?」とずっと思っていました。

ちなみにチキン・ピッキングというのは番組の4曲目で紹介されていたドン・リッチーの「チキン・ピッキン」というそのものスバリの曲を聴いていただければ分かる、ニワトリのコケーッみたいな音を出す弾き方のことです。




なんでこのチキン・ピッキングが出てくるのかと言えばカナヅチ=チキン・オブ・ザ・シーだからだったというわけですね、なるほど。サーフィン・サウンドにのってスイムしたいと思っても結局はカナヅチで沈んじゃうってことをギターのフレーズで表していたということだと思います。さすがは大瀧師匠と思いクレジットを見ると・・・。



アストロノウツやヴェンチャーズ、ディック・デイル、デュアン・エディという名前の後にゴーゴーズの名前がしっかりと書かれていました。ちゃんとネタばらししてあったんですね。気づかなかった自分が恥ずかしい。

お釈迦様の鼻を明かそうと筋斗雲に乗って何千里も空を飛び、そこにあった大きな柱に自分の名前を書いて鼻高々で戻った孫悟空が、その柱は自分の指だとお釈迦様に明かされぎゃふんと言わさせられたように、僕たちはいつだって大瀧さんの手の平の中。すごいお人です、まったく。



大瀧詠一「泳げカナヅチ君〜真夏の昼の夢」Moment String Quartet(Strings Cover)
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あけましておめでとうございます。今年もブログ鳥肌音楽をごひいきによろしくお願いいたします。





例年、1月1日に干支に絡んだ内容の記事をアップしてきていました。今年2017年は酉年ということで、「ブルー・バード」や「ブラック・バード」「電線の鳥」といった鳥がタイトルの歌やザ・バーズやイーグルスといった歌手名が鳥のものなどけっこう沢山浮かんできて何にしようかおとそを呑みながら考えているうちに意識を失ってしまい、気が付くと日付が変わっていました。

と言うわけで気勢をそがれてしまったこともあり、今年の一発目は少しテーマを変えてみました。やっぱり1月1日はすべての仕事(ブログが仕事かという疑問はありますが)はお休みすべきですよね。

ところが、世の中には元旦からお仕事、それもハード・ワーキングをされているお方がいるようで全く頭が下がる思いです。その一番有名なものはビートルズのデッカ・オーディションです。

Besame Mucho - The Beatles



このセッションに至る物語はトミー・バーロウ (Tommy Barrow)という人物から始まります。バーロウはリバプール出身の文筆家でディスカー (Disker)という名前でリヴァプール・イブニング・エコー紙にレコード評のコラムを持っていました。同じリバプールの名士であるブライアン・エプスタインはビートルズを何とか有名にしようとバーロウのコラムでビートルズのことを取り上げてくれるように頼み込みこみます。しかし、バーロウはレコードを出していないバンドのことを記事にはできないと申し出を断わりますが、かわりに自分がライナー・ノーツを書いている関係でコネクションのあるデッカ・レコードのA&R部局を紹介してくれます。

ビートルズの名もエプスタインの名もデッカで知る人はいませんでしたが、エプスタインが経営するレコード・チェーンの名前NEMSのことはデッカでももちろん有名でした。そのためデッカのA&Rのトップであるディック・ロウは部下のマイク・スミス (Mike Smith) にリバプール出張を命じます。1961年の12月13日、リバープールに赴いたスミスはエプスタインと共にキャバーン・クラブで行われているビートルズのセカンド・ステージを体験します。

ビートルズの演奏やお客の反応に好印象を得たスミスですが、その場での即断はせずロンドンのデッカ・スタジオであたらめてオーディションを行うことを約束します。




そして行われたのが1962年1月1日のデッカ・オーディションだったわけです。それにしても何故1月1日という日本で言えば「元旦」の基本的には誰もがお休みの日にオーディションは行われたのでしょうか?

気になって、欧米では年末年始のお休みはどうなっているのか調べてみました。よく耳にするホリデー・シーズンという言葉がありますがだいたいクリスマス・イヴあたりから実質的なお休みが始まりクリスマス・デイ、ニュー・イヤーズ・イヴそしてニュー・イヤーズ・デイまで休んで1月2日が仕事始めという感じのようです。仕事始めが4日ごろからという日本からすると「おとそ気分」の抜けていないのにという気がしますが、長期休暇のピークが元旦の日本と違い欧米はクリスマス辺りがピークということなのでしょうね。

とはいえ、欧米も1月1日は祝日でお休みではあるようですので、何故そんな日にオーディションというのはまだ解決されていないですね。

これって12月13日にオーディションの約束をしたという日付が関係しているんじゃないかと推測いたします。もちろんエプスタインからしたらすぐにでもという気持ちが強かったのでしょうが、デッカのスタジオのスケジュールは埋まっていたでしょうし、エプスタインにしても本業のレコード店の最大の稼ぎ時であるホリデイ・シーズンはビートルズにばっかり関わっている訳にもいかない。じゃぁ本来は祝日ということでスタジオが空いている1月1日が設定されたのではないでしょうか。後で出てきますがエプスタインがNEMSのオーナーであったという事実はデッカにとってはかなりのプライオリティであったと思われ、エプスタインがもし「ホリデイ・シーズンはデッカのレコードをガンガン売るからオーディションを年明け早々にお願いします」みたいなことを言われていたとしたら、ディック・ロウも「スミス君悪いが休日出勤してくれ」くらいのことはあったんじゃないかと思います。

こうしてローディのニール・アスピノールが運転するバンに乗り込んだジョン・レノン、ポール・マッカートニー、ジョージ・ハリスン、ピート・ベストの4人は吹雪にたたられ約束の11時ぎりぎりにスタジオに滑り込みます。

初めてのオーディションということで緊張する中、約一時間で、キャバーンでいつも演奏していたお得意のナンバーがテープに収められることとなります。テープに残っているのは次の15曲でした。

The Beatles - The Decca Audition (1962)



"Like Dreamers Do" (John Lennon/Paul McCartney)
"Money (That's What I Want)" (Gordy/Bradford)
"Till There Was You" (Meredith Willson)
"The Sheik of Araby" (Smith/Wheeler/Snyder)
"To Know Her Is to Love Her" (Phil Spector)
"Take Good Care of My Baby" (King/Goffin)
"Memphis, Tennessee" (Chuck Berry)
"Sure to Fall (In Love with You)" (Cantrell/Claunch/Perkins)
"Hello Little Girl" (Lennon/McCartney)
"Three Cool Cats" (Leiber/Stoller)
"Crying, Waiting, Hoping" (Buddy Holly)
"Love of the Loved" (Lennon/McCartney)
"September in the Rain" (Warren/Dubin)
"Bésame Mucho" (Consuelo Velázquez)
"Searchin'" (Leiber/Stoller)


この日、実はもう一組のバンドがオーディションを受けていました。ビートルズが11時からでスミスは二日酔いのため遅刻したという記述もみかけますので、たぶん午後からの時間でセッティングされていたバンドはトレメローズというロンドンのバンドでした。

ロンドンのバンドが午後で遠方のリバプールのバンドが午前中にという予定の組み方から憶測するとひょっとしたら先に午後のトレメローズのオーディションが決まっていて、そこに無理矢理午前中にビートルズをねじ込んだという考えもできるのではないかなどと妄想。




ビートルズのように当日の音源が残っていない(すみません確認しきってません)のでどんな演奏であったのかは知る由もありませんが、地元ロンドンのバンドということでデッカのスタッフもトレメローズのことは少なからず知っていたのではないかと思われます。

こうして、同じ日にオーディションを受けた二つのバンドのテープを聴いたロウはスミスに対し二つは契約できないからどちらがいいかお前が選べと指示を出します。それに対しスミスは「どっちもいいのですが、違いがあるとすればトレメローズはロンドンでビートルズはリバプールのバンドということでしょうか」と暗にトレメローズの方が使い勝手(!?)がいいという返事をします。

ただし、公式には「ギター・コンボはもう時代遅れだからね」ということがエプスタインには落選の理由として伝えられていたようです。その事を正当化するためではないのでしょうがトレメローズもギター・バンドじゃなくて歌手とバック・バンドということで売るためにブライアン・プールとトレメローズという名前に改名させられています。

Brian Poole And The Tremeloes - Twist Little Sister



とにかく、これによりディック・ロウはビートルズを蹴ってトレメローズと契約したことについて、死ぬまで「ビートルズを蹴った(馬鹿な)男」という汚名を着せられてしまうことになるのです。

あきらめきれないエプスタインはデッカと再交渉を行います。もしデッカがビートルズと契約してくれたら、シングルが発売されるたびにNEMSが必ず3000枚仕入れるという条件を切り札として提示します。この3000枚買い取りという数字は、それだけで録音やプレスの費用がペイできる数字だったようでまさに破格の申し出だったようなのですが、残念ながらロウのところにはその話は伝わらなかったようでロウは後年、以下のように述懐しています。

私はそれを聞いていなかった。当時のレコード業界の常識から言えば、3000枚の売上げが確実であれば、たとえそれが誰であっても、そのレコードを出さざるを得なかっただろう。

まぁ、全ては後の祭りだったのですが・・・・。


とは言え、もしデッカと契約していてビートルズがジョージ・マーティンというプロデューサーと出会っていなかったら、どうなっていたか。ピート・ベストを首にしてリンゴ・スターが代わりのドラマーになることも無かったでしょうし、ロイ・オービソンの曲のようなスローなテンポであった「プリーズ・プリーズ・ミー」がアップ・テンポの楽曲に生まれ変わることも無かったでしょう。それを思うとディック・ロウがアホで良かったなぁといます(笑)。

The Beatles - Please Please Me


この話には後日談があります。それは「ノーザン・ソングス」というビートルズ楽曲を管理する出版社について書かれた同じタイトルの書籍「ノーザン・ソングス」(ブライアン・サルソール著)の中に書かれています。

ノーザン・ソングスはATVという放送局が買収していたのですがATVの経営状態が悪くなり売りに出された時にポール・マッカートニーから著作権の重要さを教えられていたマイケル・ジャクソンによって買われていました。ポールからすれば裏切りとも言える行為によってビートルズの楽曲の権利はマイケル・ジャクソンの手に渡ります。しかし、マイケルもご存知のようにいろいろな事件を起こしノーザン・ソングスを所有し続けるのが困難になっていきます。その時にノーザン・ソングスを買おうとしていたのがソニーで、その交渉の中心人物だったのがリチャード・ロウと言うソニーの重役でした。

>「他のソニーの重役たちもニューヨークに行って彼と対面したがっていたと思うが、彼の宿泊先のホテルのスイートに夜の十一時半にいたのは私だけだった。マイケル・ジャクソンと彼の弁護士に対して、私がひとりきりで膝を交えるというのは、人生の中での栄光の瞬間だったよ。
 ビートルズの楽曲を持っているというのは彼にとってとても大切なことだった。私は身の引き締まる思いで座っていた。」とロウはいう。
 「その晩は彼の歌に対する思い、出版ビジネスにかける意気込みを聞かせてもらった。EMIより大きくなりたい。それがあの晩、彼が口にした最終目標だったよ。『僕はEMIよりビッグになりたいんだ。音楽出版でナンバー・ワンになりたい。』と言っていた。

 ジャクソンが歌とポピュラー音楽の歴史について語ってるうちに、ロウの父親の話題になり、ビートルズを却下しブライアン・プールと契約した話になった。

 「どうやら例のエピソードを知ってたみたいなんだ、ブライアン・プールの初ヒット「ドゥー・ユー・ラヴ・ミー」のことを話してるうちに彼はあの曲を歌い始めた。
 私はもう腰がぬけそうになった。一介の会社員に過ぎない私がいるホテルの一室で、マイケル・ジャクソンが「ドゥー・ユー・ラヴ・ミー」を唄っている。それがまた素晴らしい歌いっぷりで。」




僕は 今 踊りだしたい気分さ


そうなんですこのリチャード・ロウは、あのディック・ロウの息子だったのです。全ては結果論でしかないのですが(だって「ラヴ・ミー・ドゥー」よりは「ドゥー・ユー・ラヴ・ミー」でしょ)、1962年にビートルズをものにできなかった男の息子が33年後にニューヨークでビートルズ楽曲をものにしている、まさに「江戸の仇を長崎でうつ」っていう浪花節的エピソード。泣けてきます(笑)ディック・ロウは86年に亡くなっていますので、亡くなる直前になると思われ、心置きなく天国へ向かったのではないでしょうか。



以上、やっぱりみんなが休んでいる元旦に働くくらいじゃないと世界的な人気者にはなれないってことなんでしょうね。実はビートルズ以外にも元旦に働いて大ヒットをだしたバンドがあります。それはビートルズの2年後の1964年の1月1日のことです。

The Beach Boys - Fun,Fun,Fun


1964年1月1日 12:30-7:00pm
年が明けてまだ数時間だというのに、ビーチ・ボーイズはさっそきスタジオに入り精力的なレコーディングを開始した。彼らの5枚目となるアルバム『シャット・ダウンVol.2』に向けて、この日まず「ファン・ファン・ファン」と「太陽あびて」からレコーディングが行われた。(ザ・ビーチ・ボーイズ・ダイアリーより)

Al Jardine – harmony and backing vocal, electric bass guitar
Mike Love – lead and bass vocal
Brian Wilson – harmony and backing vocal, producer, piano, Hammond B3 organ
Carl Wilson – harmony and backing vocal, electric lead and rhythm guitars
Dennis Wilson – harmony and backing vocal, drums
Hal Blaine – tambourine, drums
Steve Douglas – tenor saxophones
Jay Migliori – baritone saxophones
Ray Pohlman – 6-string electric bass guitar

結局「ファン・ファン・ファン」はこの日はオルタネイト・テイクが録音されただけで聞きなれたテイクは7日、8日のセッションで完成されています。そしてそこで録音された「恋はくせものの」のカバーをB面にして2月の3日にシングルとして発売されています。これだけだと余裕があるスケジュールのように思われるのですが、1月13日~2月1日はロイ・オービソンらとオーストラリアでツアーがあったため、ブライアンは1日のBB5から始まり2日にはポール・ピーターセンの「シー・ライズ・ウィズ・ミー」を録音。そして7,8日のBB5を挟み10日にはキャステルズの「アイ・ドゥ」のボーカル・セッションを終えてオーストラリアへとまさに休む暇なく働いています。

Paul Petersen - She Rides With Me


誰もがチャートのNO.1は間違いないと思った「ファン・ファン・ファン」ですが、フォー・シーズンズの「悲しき朝焼け」と「ファン・ファン・ファン」を録音した時にはまだチャートにも入っていなかったもうひとつのハード・ワーキング・バンド=ビートルズの3曲(「抱きしめたい」「シー・ラヴズ・ユー」「プリーズ・プリーズ・ミー」)にはばまれて5位が最高位でした。この結果によりブライアン・ウィルソンはイギリスからやって来たモップ頭のバンド以上の曲を作るためにさらにハード・ワーキンを続け最終的にはダウンしてしまうのですが、それはまた別のお話ということで。


PS.ビートルズの最初のマネジャー、アラン・ウィリアムスに捧げます。RIP



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シャット・ダウン(2)/ザ・ビーチ・ボーイズ

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冬の大瀧詠一週間 その4です。



すでにヤフーのニュースなどでお知りの方も多いでしょうが米女優デビー・レイノルズDebbie Reynoldsがお亡くなりになりました。享年84歳。R.I.P.

そのニュースで初めて知ったのですがデビー・レイノルズってキャリー・フィッシャーのお母さんだったんですね。当り前ですが父親であるエディ・フィッシャーの苗字ということもあり全然気づいていませんでした、お恥ずかしい。

オールデイズ・ファンには57年の映画「タミーと独身者Tammy and the Bachelor」(日本未公開)の主題歌で全米NO.1となった「タミーTammy」を歌った歌手としてお馴染みかと思います。映画では17歳の役でしたが、実際は25歳ですでにキャリー・フィッシャーを産んだ後だったというのはちょっとびっくりでした。


Debbie Reynolds - Tammy



「タミー」の作者はジェイ・リヴィングストンJay Livingstonとレイ・エヴァンスRay Evansのコンビで、この二人ナット・キング・コールでお馴染みの「モナ・リサ」やクリスマス・ソングの「シルヴァー・ベルズ」、ドリス・デイの「ケ・セラセラ」など印象に残る名曲を書いています。あとモータウンを作ったベリー・ゴーディJrは自分のレコード会社を作るに際し名前を当時ヒットしていた「タミー」からとってタミー・レコードにしたのですが、版権の問題でクレームが入り「タムラ」にしたのだそうです。

閑話休題。


歌手としては「タミー」が一番有名ですが、女優としては何と言っても20歳の時に大抜擢された「雨に唄えば Singin' In The Rain」のキャシー役につきると思われます。ということでFACEBOOKの方で追悼のコメをアップした際に「雨に唄えば」でジーン・ケリー、デビー・レイノルズ、ドナルド・オコナーの3人が歌う楽しいナンバー「グッド・モーニング」を一緒にアップしました。

"Good Morning" ~ Singin' in the Rain



Debbie:おはよう
Donald:おはよう
Gene:夜通しおしゃべりしちゃったな
Debbie:おはよう
Debbie,Donald,&Gene:君に おはよう おはよう おはよう
          夜更かしは素敵だね 
          おはよう 君に おはよう 


Donald:バンドが演奏を始めた時 太陽は輝いていた
Gene:牛乳配達がやって来る おやすみ言うには遅すぎる
Debbie,Donald,&Gene:そうさ おはよう おはよう
          お日様も微笑むよ
          おはよう 君に おはよう 
Debbie:あなたにも あなたにも そして私にも! 


三人で新しいミュージカルについてあれやこれやと楽しくおしゃべりをしている間に夜更かしをしてしまい陽が昇る時間になってしまったことを歌っています。

現在は「グッド・モーニング」と邦題も英題そのままにクレジットされていますが、公開当時はこの歌「夜更かしは楽しいよ」という邦題で知られていたようです。

うん? 夜更かしは楽しいよ、どこかで聞いたことあるような?

早速、検索してみると大瀧さんの次のような言葉がヒットいたしました。


ドナルド・オコーナーとジーン・ケリーとデビー・レイノルズが<夜更かしは楽しいよ>というのを歌ってますよね、今、DVDだと曲名が違ってんだけど。その3人とワタシ、山下、銀次の3人との夜更かしをダブらせたのよ。


そうだったんですね、名盤『ナイアガラ・ムーン』の中の「たのしい夜更かし」というタイトルおよびテーマは「グッド・モーニング」にあったんですね。ホントいろんなとこからネタを拾ってくるお方です、大瀧師匠。

ネタ元といえば、「たのしい夜更かし」に中の”午前0時は宵の口 楽しいよ””午前三時は宵の喉 楽しいよ”の元ネタについて話している音源がありました。

追悼 大瀧詠一さんの言葉2008年「楽しい夜更かしのモチーフ」


午前0時は宵の口だから、午前3時は宵の喉というね。ありゃ「雑排」なんだよねネタは。あのー〈春風亭〉柳昇のー、柳昇さんだよね。「えー口なしや鼻から下はすぐにアゴ」ってんで落ちていく。「アゴなしや・・・」ってだんだん落ちていって「ヘソなしや・・・」で止まるという。あれからちょっといただいた。 

「雑排」だったんですね、落語も好きな師匠らしいネタ元です。柳昇というひょうひょうとしたとぼけた咄家の落語からというのも、個人的に関東だと柳昇は好きな咄家だったので、なんだか分かる、分かると思ってしまいます。


春風亭柳昇(五代目) 雑俳(ざっぱい)


枕の決め台詞「わたくしは、春風亭柳昇と申しまして、大きなことを言うようですが、今や春風 亭柳昇と言えば、我が国では…、わたし一人でございます…」っていうのも懐かしいですね(笑)。

最後に曲の方の元ネタですが、これはもう大瀧さん本人がアルバム『ナイアガラ・ムーン』のライナー・ノーツでネタ明かししていますから有名ですよね。

ニューオリンズが生んだシンガー、アーニー・ケー・ドゥ(ERNIE K-DOE)の名作”いじわるママさん”をもじった曲。尚、この曲のもじりは、ニール・セダカとバリー・マンのコンビで61年にやっています。(スウィート・リトル・ユー)、僕のは二番もじりです。


ERNIE K-DOE - ''MOTHER IN LAW'' (1961)



ポップ・チャート、R&Bチャート両方で全米1位という大ヒットとなった「いじわるママさん」(「ままはは」という身もふたもない邦題もあったようです)の作者はニューオリンズの顔役、故アラン・トゥーサンです。とうさんがママの歌を作ったという分けです。

「いじわるママさん」で印象的な♪マザー・イン・ロウ♪を歌っているのはベニー・スペルマンBenny Spellmanという歌手で、この歌が大ヒットした時に”あれは俺のベース・ボーカルがあったからヒットしたんだ”と言いだして、ちょっとしたもめ事になったようなのです。で、ごねたベニーをなだめるためにアラン・トゥーサンはベニーのために「リップスティック・トレイセズLipstick Traces (on a Cigarette)」という歌を録音し、さらにはアーニー・ケイ・ドゥまでがバック・コーラスで参加してる(異説あり)というのですから、どんだけーという感じがします(笑)。

Benny Spellman - Lipstick Traces (On A Cigarette)



くりかえされる”Don't leave me no more”のところが”Mother-In-Low”そのまんまというのが、この2曲の関係性を物語っている気がしますが、流石に二匹目のドジョウはそうそう居ないようで、こちらはR&B28位、ポップ80位というマイナー・ヒットに終わっています。

ところで、この曲ニューオリンズ好きのリンゴ・スターによって78年カバーされています。




ヴィニー・ポンシアのプロデュース、いい感じなんですけど、パンク/ニュー・ウェイヴの時代にはあって無いですよね。

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冬の大瀧週間(いつの間にそんなシリーズになったんや)第三弾です。



ちょっと懐かしい映画「ゴースト~ニューヨークの幻」の中でゴーストとなった主人公サム(パトリック・スウェイジ)が恋人モリー(デミ・ムーア)の窮地を救おうとしますが実体のないゴーストであるが故に助けることができません。そこで唯一ゴーストである自分の姿が見えるインチキ霊媒師オダ・メイ(ウーピー・ゴールドバーグ)に助けを求めるのですが、なかなか手を貸してくれません。こまったサムは一晩中歌を歌ってオダ・メイを眠れなくさせます。ついにオダ・メイは根負けしサムに協力することを約束します。

映画の中でも笑いの起こるシーンなのですが、ここでサムが歌う歌はポップス・ファンであればみなさんよくご存知のあの歌です。



SAM SINGS
Second verse Same as the first

I’m ‘En-er-y the Eighth I am
En-er-y the Eighth I am, I am
I got married to the window next door
She’s been married seven times before
And ev’ry one was an ‘En-er-y
En-er-y♪
Wouldn’t have a Willy or a Sam
No, sir
I’m her eighth old ma I’m ‘En-er-y
En-er-y the Eighth I am, I am
En-er-y the Eighth I am♪

Second verse Same as the first

I’m ‘En-er-y the Eighth I am…


ODA MAY
All right! All right! Stop singing!
I’ll go anywhere you want to, just don’t sing anymore.

そうハーマンズ・ハーミッツの「ヘンリー8世君」です。

主人公サムが「ヘンリー8世君」を延々と歌いつづけ、ついにはオダ・メイが「わかった、わかったから歌うのやめて!あんたの言う通りどこでも行くから、歌うのだけはやめて!」と叫んでいます。

ヘンリー8世といえば、ロック・ファンであればリック・ウェイクマンの『ヘンリー八世の六人の妻The Six Wives of Henry VIII』を思い出す方もいらっしゃるでしょうが、16世紀のイングランド王で生涯に6人の妻をめとったことで有名です。ただこの「ヘンリー8世君」はその国王と同じ名前のヘンリー君がバツ7の女性と結婚することになります。この女性ちょっと変わってて結婚相手は必ずヘンリーという名前。そして自分は彼女の8番目のヘンリーという名前の夫=ヘンリー8世なんだと歌うなんとも他愛ない歌です。ちなみにヘンリーではなくエミリーと歌っているように聞こえますが、これはコックニーなまりというやつみたいです。

ところで、何故「ヘンリー8世君」が選ばれているのか?それにはおそらく訳があります。

実はこの歌、3番まであるのですが1番も2番も3番も全部同じ歌詞なのです。

I'm Henry the VIII - Herman's Hermits


そしてご丁寧にも1番と2番の間では

Second verse Same as the first(2番は1番といっしょだよ)

と宣言する歌詞というかセリフがはいるのです。
ということで、元々同じ歌が繰り返される作りになっている歌なのでそこに注目しての選曲であったろうと思われます。

それともひとつ歌の中のバツ7の女性は必ずヘンリーという名前の男と結婚しています。「ウィリーでもサムでもだめなんだ Wouldn’t have a Willy or a Sam」とサムが出てくる歌をサムが歌う面白味もあるってことなのかなぁと。よく考えてますよね、面白いです。

ここまで読まれて、どこに大瀧さんが出てくるの?と思われた方、も一度歌詞をご覧ください。

「2番は1番といっしょだよSecond verse Same as the first」

これなんか、聴いたことありますよね、そうですあの歌です。ただしあの歌では「2番は1番とちょっと違う」とアレンジされていますが、引用はこの「ヘンリー8世君」からだと思われます。




と書いていて気になってネットで検索すると、やはりこの2曲の関連について書かれている方が何人かいらっしゃいますね。驚いたのですがラモーンズ・ファンの方のブログでは大滝さんだけではなくラモーンズまでがこのセリフにインスパイアされていることを指摘されています。

RAMONES - Judy Is A Punk



たしかに”Second verse, same as the first ”って歌っていますね。
さらには2番と3番の間では"Third verse, different from the first 3番は1番とちょっと違う"って歌っています、こりゃまた、たまげた。

大滝さんが歌ったのが75年、ラモーンズ76年ということはラモーンズが大滝を・・・、んなわきゃないですよね(笑)。



追記:今回も2012年に書いた記事をベースにそこに寄せられたmazuさんのコメント「このネタ、大ヒット映画「ゴースト」でも使われてます。エセ祈祷師のウーピー・ゴールドバーグに自分の手助けをさせるために幽霊のサムが取った手段が、「ヘンリー8世君」をエンドレスで歌い続ける方法でした(笑) たまらず音を上げるところで大笑いしちゃいました!」を反映させてリライトさせていただきました。mazuさんありがとう。
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今週は大瀧詠一週間にするといいながら、時間がなくて記事がかけない。ってことで過去記事の再アップでごまかします。5年前に書いたロンバケについての記事の中から「冬」の歌「スピーチ・バルーン」について書いたものです。かなりの妄想が入っています。


今回『ロンバケ』30周年盤の発売に合わせて収録曲についての自分が知っている情報を備忘録的に書き留めているわけなのですが、ネットで検索しているといろいろ今まで知らなかった事が出てきます。中でも「スピーチ・バルーン」については目から鱗の発見がありました。それは後半部分で触れるとしてまずは松本隆のセンチメンタルで美しい歌詞の背景にについて松本自身が語っているものがYOUTUBEにありましたのでアップいたしました。なるほどそういう事だったのですね。(8分40秒あたりからお聴きください)




忘れていたが東京にも海がある。
気の利いた砂浜もなく 水も汚れているが
これは確かに海だ

北海道ゆきフェリーに車ごと乗り込んだ
出港を知らせる音楽が拡声器から流れる
甲板に出てふと隣を見ると
見知らぬ女の子が泣いていた
視線のいとをたどると
岸壁に男の子が立っていて
何か叫んでいたがもう声は届かなかった
彼は横に停めた車に飛び乗ると
ライトをパッシングした
岸が見えなくなるまでその点滅は消えず
彼女も動かなかった

工場地帯のイルミネーションと
巨大なタンカー越しに見える街の影は
まるで見ず知らずの都市のようだ

あとで船のロビーを横切ると
さっきの女のこが もう違う男の子と
仲良さそうにTVゲームを挟んでいた
僕は船室に戻ると
「スピーチバルーン」という詞を書いた
  - 松本 隆 -


>あとで船のロビーを横切ると さっきの女のこが もう違う男の子と 仲良さそうにTVゲームを挟んでいた
という落ち(笑)がきいてますね。確かにそこまでは歌詞には書けなかったのでしょうが次のフレーズは別れの時が終わったらあっけらかんと前向きに(!)生きる女の子とパッシングという形で過去をひきずろうとする男の子を描いているのかなと背景を知った後では思います。

君は春の客船
冬の港を見てるだけ


春は未来、冬は過去。

いかにもドラマを想像させるような二人の別れなのですが、声にならない吐息を「スピーチ・バルーン」という言葉で表現したところに松本隆の素晴らしさを感じます。この曲を聴くまでは「スピーチ・バルーン」という言葉は聞いたことがありませんでした。「言葉の風船」って何やと調べてみると「吹き出し」のことでした。漫画で登場人物のセリフが書かれているアレのことで確かに「言葉の風船」みたいです。

$鳥肌音楽 Chicken Skin Music

「言いそびれて」「声にならない」「気まずさだけ」といった男の子の気持ちが何も書かれていない「スピーチ・バルーン」として表現されています。上手い言葉を見つけてきます、何度も書くけど流石!

この曲のメロディは68年夏に帰省した岩手の海岸で思いついたもので、72年の『大瀧詠一』に「真昼時」というタイトルで収録される予定でしたが歌詞が気に入らずボツになります。その後80年3月に森雪之丞の歌詞をつけ「デッキ・チェア」というタイトルで人気声優グループであったスラップスティックに提供されています。そして松本隆の歌詞を得て「スピーチ・バルーン」という名曲へと生まれかわります。

最初聴いた時からこの曲のメロディはどこかで聴いたことがあるなぁと思っていたのですが、頭の中でテンポを少し早くして再生するとP.P.M.の超有名曲「パフ」でした。

P.P.M / Puff

  $鳥肌音楽 Chicken Skin Music
ベスト・オブP.P&M 

このことは多くの方が指摘されていてナイアガラーだったら皆さんご存知のことなのかも知れませんが、何故「パフ」だったのかも少し知りたいと「スピーチ・バルーン」「パフ」という二つの言葉で検索をかけてみましたらまんが喫茶「東京漫画探偵団」というブログで以下のような記述を見つけました。大瀧師匠の歌とはまったく関係なくマンガについて書かれたブログなのですが目から鱗というかつっかえていたものがきれいに取れたという気持ちです。

<吹き出し>について。吹き出しとは、ことばがかきこまれた雲状の空間、会話文を囲った枠線のことだ。英語圏ではスピーチ・バルーン、フランス語ではパフと呼ばれるもの。この吹き出しによって、コママンガは絵物語のように絵と言葉が空間上に分離しなくて済む。絵と言葉が一瞬に対応し、臨場感あふれる表現が可能となっている。

必然なんですね。表層的聞けば「パクり」ととらえてしまう人もいるかもしれませんが、その下またその下のと掘り下げて初めて見えてくるものもあります。人によるのだとは思いますが僕はそこがとても面白い。オマージュという言葉で誤魔化すなというご指摘もあったりしますが、やはりオマージュとしか表現できない歌もあります。この歌のように。

と書いてきてふと思ったのですがこの歌って詞先じゃなくて曲先なわけで、「スピーチ・バルーン」という言葉があってスピーチ・バルーン=パフで「パフ」に似たメロディにしたということだと順番がおかしくなってしまいます。ということは松本隆が「パフ」⇒パフ(吹き出し)⇒「スピーチ・バルーン」という流れで歌詞を書いたというのか?

それとも単なる偶然で僕が深読みをしすぎているのか???宿題がひとつ増えてしまいました。

おまけ
「パフ」に似た曲と言うことでは78年の大林監督の映画「ハウス」のサントラとしてゴダイゴが演奏したテーマ曲が有名みたいです。

House- Main Theme
-$鳥肌音楽 Chicken Skin Music
ハウス オリジナル・サウンドトラック(紙ジャケット仕様)

演奏はゴダイゴなのですが作曲は小林亜星さん。亜星さんといえば服部克久さんの「記念樹」という曲が自身の「どこまでも行こう」の盗作だと言う裁判を起こした事が有名なのですが、「スピーチ・バルーン」についても盗作だと訴えても良さそうなものなのですが、そうはならなかったのは裁判になっちゃうと「ハウスのテーマ」自体の「パフ」との類似性に話が及ぶと思ったのでしょうか(笑)。服部克久さんに対してくだされた有罪判決の根拠としては”旋律について128音中92音(72パーセント)で同じ高さの音が使われている。”という理由が第一に述べられています。この「ハウスのテーマ」も「パフ」とかなりの音が似ている気がいたしますが、はたして何%以上だと盗作になるのでしょうね?まぁ著作権者が訴えない限りは100%同じでも有罪にはならないのですけど。

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