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2009年11月20日 posted by sugarmountain

大瀧詠一の日本POPS伝Ⅱ 第一夜その2

テーマ:大瀧詠一の日本POPS伝Ⅱ
大瀧詠一の日本POPS伝Ⅱ第一夜その2です。
記事中に貼り付けているYOUTUBEの動画は実際の番組で使われた音源が見つからない時は同じ曲の違うバージョンや違う人が歌うものを貼っていますので大瀧/ささのの会話内容と微妙にイメージが違う場合があるかと思いますがご容赦をお願いいたします。
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大瀧 このようにオーケストレーションなんかを日本に入れたと、それと同時に様々な楽器が入ってきますね、それまで日本に無かったオーケストラの楽器が入ってくるようなことで、だんだんその歌舞伎にある長唄とかああいう浄瑠璃的なものとか、あのー和風なものの中に洋風な音がだんだん入っていくわけなんですよ。それから軍隊だけじゃなくてその軍隊が例えば日曜日、日比谷公園とかああいうようなところに行って音楽をやってみんな聴きに来る。そういうようなことで日比谷公園が最初に出来た時には瀬戸口藤吉が棒をふって、みんな観に来てね、日曜日そんな音楽を聴くという。
ささの 最初のホコ天ですね。
大瀧 まぁそういう意味合いではね。人が集まってやってたということで、ロックじゃなかったという・・・
ささの なるほど。
大瀧 っていうことでみんな楽団を楽しみに観にいったんですよ。で、その軍隊だけじゃなくて、そういうプロフェッショナブルなものじゃなくて市民楽団ってものが徐々に出来ていくわけですよ。俺たちもやろうじゃないかということで。それで例えばデパートとかいろんなところが自分達の楽隊をもつんです。
ささの へぇー
大瀧 大阪に出雲屋さんという鰻屋さんが以前ありまして、もう無いですけどね、
ささの 鰻屋さん、出雲屋。
大瀧 出雲屋さんが、そのー、宣伝をしようということでオーケストラを楽隊を作って・・・。
ささの ヘェー。
大瀧 それでその街の中を行進して歩くわけですよ。で、そこの中でクラリネットを吹いていたのが服部良一さんなんですよ。
ささの へぇー そうなんですか。
大瀧 そうなんですね。でこういう小編成の楽団とか市民楽団をジンタと呼びます
ささの サーカスの?
大瀧 まったくおっしゃるとおりです。で、これがいちばん。ジンタといえばこの曲と。

美しき天然(天然の美) 作曲:田中穂積


大瀧 えーいかにも染みる。
ささの なんか涙出てきますねコレ。
大瀧 市民楽団の楽しい様子というかね素人的なところがやっぱりね。
ささの はい。
大瀧 別段その・・・この楽曲名は知っていますか? もうサーカスの・・・
ささの いやこれは「ジンタ」というものだと思っていました。
大瀧 ものだと思っていましたよね。これはサーカス用の曲でもないしジンタで演奏されるために書かれたの曲でもないんですよ。
ささの はぁ、なんだったんですか?

$鳥肌音楽 Chicken Skin Music-tあなか佐世保の丘に立つ田中穂積の銅像

大瀧 最初は、まぁ諸説あるんですけど、佐世保の軍楽隊の学長さんで田中穂積(たなかほづみ)さんという方がいらっしゃって。佐世保の方なんだ、九州の方なんだと思いますけど、この人が女学校の校歌に書いたという説と。
ささの (驚いて)女学校の校歌!
大瀧 女学校の校歌という説とそれから佐世保の景色が美しかったので思いついたメロディーだという説が二説あるそうです。
ささの どっちにしろ何かかけはなれているイメージですけど。
大瀧 このメロディーに「天然の美」という詞がついたんですね。
ささの へぇー。
大瀧 それでコレは一応「天然の美」と呼ばれる曲なんですけれども。
ささの 「天然の美」!
大瀧 メロディーがあまりにも好まれたもんで、サーカスでよく使われるようになってみんな「サーカスの唄」だと後で思うようになったという。あのー後でも出てくるかもしれませんが「タブー」という曲が浅草のそういう小屋(ストリップ劇場)でかかるというのも、別にそういった小屋のために作られた曲ではないのにというのに近いですねこれは。
こういう、その軍隊としてまず洋楽を輸入しましたけど、明治政府としては学校制度も始めるんですよね。
ささの はいはいはい。
大瀧 それまでには、だからまだ政府がまとめて教育をするなんてことが無かったわけなんですよね。
ささの そうですね、寺子屋ですもんね。
大瀧 寺子屋、そうですね。寺子屋は町の規模とかね、商家の人とかそういう裕福な人が行っているぐらいなもんですね。あとはまぁお坊さんが集まってそういう講話を聞かせるとかいうようなことで。もちろん武家の人はいろいろな作法とかそういう教養を身につけるというのはありましたけれども。で音楽教育を入れるか入れないかでずいぶん議論があったそうです。
ささの へぇー。
大瀧 非常に健全な人間を育成するには音楽がいいなんてこととかね。
ささの あーなるほど。
大瀧 だから今音楽が学校の教科に入っている国ってそう多くは無いんですよ。
ささの えっそうなんですか。
大瀧 そうなんですよ。日本はほら必ず入っているから当たり前だと思うでしょ。
ささの えぇ。
大瀧 世界各国を調べるとそんなことないです。
ささの あぁそうなんですか。
大瀧 だからその時にも入れるか入れないかということで。そこで教育に入れたっていうのが良くも悪くも日本の近代の音楽というのに関して非常に大きな影響をもったんですね。
ささの ははぁー。
大瀧 それを名づけて唱歌と呼んでいます
ささの あぁ、はい。
大瀧 今でも文部省唱歌というのがあって我々もそれで育ちましたけれども、で唱歌教育というのを始めるんです。その時に呼んだのが今度はアメリカです。
ささの ほう。
大瀧 もうね並べるよ。
ささの 出てきますね。
大瀧 イギリス、フランス、ドイツと来たからやっぱりアメリカ並べないとね。
ささの ふーん。

$鳥肌音楽 Chicken Skin Music-masonメイソン

大瀧 アメリカでメイソンという人が来まして。この人が日本人に音楽を教えようと、そこで初めてピアノが輸入されました。
ささの あっ、そこでねぇ、はぁ。
大瀧 そこで初めて。その時にピアノと同時にねバイエルというものも
ささの はい、やらされましたね。
大瀧 やったでしょ。
ささの やらされました。
大瀧 バイエルというのはドイツのバイヤーという人が、その入門するには分りやすく、どういう風にしたらいいかというのを編纂した一種の「本」で。だからその音楽教育に関して決った形というか教則って無いんですよ実は考えてみると。
ささの はぁーそうか。
大瀧 無いんですよ。で当時のアメリカも無かったんでドイツの教材を使ってたんです。
ささの なるほどね。
大瀧 でそれを入れて、後生大事に百何年も。いまだにこのバイエルをやってるようですけど。
ささの やってますね。
大瀧 これがあのメイソンさんが違うものを持ってくりゃね。
ささの そうか。
大瀧 今バイエルじゃないものでやったかも知れませんね。
ささの そうですね。
大瀧 えぇ。もっと言えば唱歌教育じゃなくって、この時にみんな雅楽の教育をするとか三味線の稽古をみんなやらねばならないとか、そのーそういうようなことだったらまた大きく変わっていたのではないかと・・・
ささの そうですね。
大瀧 いう風に思うんです。
ささの 面白いですね。
大瀧 で当初、唱歌といいましても日本人に作曲家がいませんでしたから外国のメロディーを持ってきました。外国のメロディーで原語で歌うわけにはいきませんので日本語の詞をのっけましてですね。さっきの「抜刀隊」みたいな形ですけれどもね。
ささの はい。
大瀧 外国のメロディーに日本語の詞をのせるという、当時の童謡で「見わたせば」という童謡があります。覚えてます「見わたせば」?
ささの 「見わたせば」?どんなんですかね。
大瀧 コレ聴いてみましょう。

見わたせば 作詞:柴田清照/稲垣千頴 作曲:ルソー


ささの 大瀧さんコレ「むすんでひらいて」じゃないですか
大瀧 そうなんです。コレが「むすんでひらいて」になったのはちょっと後なんですよ。最初は「見わたせば」というこういう詞だったんですよ。
ささの そうだったんですか。
大瀧 えぇ。
ささの 何でそんなん変わるんですかね。
大瀧 最初の頃はだからまぁ殿様の話ですからね。
ささの あぁそうかそうか。
大瀧 忠君愛国的なその愛国心を植えつけようという教育だったんですよ。
ささの ははぁなるほど。
大瀧 えぇ。で次にも出てきますけどコレはスコットランド地方ではある種国歌とでも言われているような曲があるんですが、それが「蛍の光」という曲になりました。
ささの ほぅー、はいはいはい。
大瀧 でコレの最後のバースって言うのはですね戦後歌われませんでしたが、当初最後の方にはこういう詞がついていたというその最後のバースを聴いてみたいと思います。
ささの ドキドキ。

蛍の光 作詞:稲垣千頴 作曲:不詳 スコットランド民謡 Auld Lang Syne

(番組内では2分40秒あたりからの4番が流されました。歌詞は以下の通り。「千島の奥も、沖縄も、八洲の内の、守りなり、至らん国に、勲しく、努めよ我が背、恙無く」)

ささの すみません大瀧さん、これどういう意味のこと歌っているんでしょうか?
大瀧 分りませんでしたか。
ささの 日本語だってこと分ったんですけど(笑)
大瀧 あぁそうですか。千島も沖縄も八島のうちの守りであるということで、あのーそういう立派な兵隊を(育て)出征を見送ると、学校で作るのは兵士であると・・・
ささの なるほど
大瀧 で、学校のただ先生と別れを惜しんで歌う歌ではなくて
ささの はい。
大瀧 コレはその兵隊さんとしてお国のために戦うという心を教育しようということでこういう詞がついていたのであります。
ささの なるほどね。
大瀧 でも1945年の8月以降は無くなりまして最初の部分だけが残ったわけなんですけれども。まぁそういうようなことで最初のうちはそうだったんですけれどもね、あんまり固い詞ばかりでもなんだろうということで徐々に改定されるんですよ、詞が何度も変わっていく。
ささの なるほどね。
大瀧 それでさっきの「見わたせば」もいつの間にか「むすんでひらいて」。明治の間だったと思いますけどね「むすんでひらいて」に変わったりする。他にもこういうケースはけっこうあります。
ささの はぁー。
大瀧 さっきの瀬戸口藤吉と同じようにそろそろ自前の作曲家を持とうじゃないと。
ささの うん

$鳥肌音楽 Chicken Skin Music-taki滝廉太郎

大瀧 やっぱり必ずこうなります。唱歌の分野でも同じようになりました。でそこで出てくるのが滝廉太郎という人です。
ささの はい。
大瀧 この方も九州の方ですけれども・・・
ささの はぁそうですか。
大瀧 そうですね。自前の作家を持とうということで作られた曲がこの曲でした。

 作詞:武島羽衣 作曲:滝廉太郎


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本日はこのあたりで、続きはまたの日に。

補足です。

★★★「見わたせば」~「むすんでひらいて」について★★★

「見わたせば」の歌詞は「古今和歌集」の素性法師”花ざかりに京をみやりてよめる みわたせば柳桜をこきまぜて宮こぞ春の錦なりける”(遠目より都を眺めわたしてみると、柳の緑と、桜の紅が混ぜ合わさって、都は春の錦となっている)という歌をベースにして音楽取調掛の職員であった柴田清照(きよてる)と稲垣千頴(ちかい)が書いたとされます。その歌詞は以下の通りです。

見わたせば あをやなぎ 花桜 こきまぜて 
みやこには みちもせに春の錦をぞ さほひめの おりなして ふるあめに そめにける 
見わたせば やまべには をのへにも ふもとにも 
うすきこき もみぢ葉の あきの錦をぞ たつたびめ おりかけて つゆ霜に さらしける


古今和歌集を元にしたというとおりみやこの自然の美しさを歌った歌でしたが日清戦争から第二次大戦までの間には鳥居忱によりあらたな歌詞がつけられ「戦闘歌」という軍歌として歌われていました。その歌詞は以下のようなものでした。

見渡せば 寄せて来(きた)る 敵の大軍 面白や スハヤ戦闘(たたかい) 始まるぞ  
イデヤ人々 攻め崩せ 弾丸込めて 撃ち倒せ 敵の大軍 撃ち崩せ


これが戦後になり「むすんでひらいて」として1947年(昭和22年)小学校1年生の教科書に登場します。

むすんで ひらいて 手を打って むすんで またひらいて 手をうって
その手を 上に むすんで ひらいて 手を打って むすんで


以上が歌詞の遍歴ですがでは曲の方はというと作曲者のクレジットはルソーとなっています。ルソーというと僕は真っ先に大好きな画家アンリ・ルソーを思い出すのですが、このルソーは歴史の教科書にも載っているフランスの哲学者ジャン・ジャック・ルソーのことです。なんと作曲家でもあったのですね。ただし作曲のクレジットとしてはルソーなのですが「むすんでひらいて」のメロディーはドイツ生れでイギリスで活躍したヨハン・バプティスト・クラーマーが書いた変奏曲「ルソーの夢」の導入部の旋律そのままです。

Rousseau's Dream


となると作曲はクラマーが正しいのではと思うのですが、まぁタイトルが「ルソーの夢」ということで元々ルソーのメロディであったものをクラマーがアレンジしたのかそれとも単純なクレジット・ミスが定着したのか調べ切れませんでした、すんません。

戦時中軍歌であったものが戦後の平和教育の中「むすんでひらいて」という歌として生き残ったのはやはりその親しみ易いメロディのおかげかと思います。ただ人々の心を揺り動かすメロディの曲が自然の美を讃える歌~闘争心を高揚させる歌~子供の遊び歌と変遷していったのはひとえにその歌詞のせいです。例えば言葉だけを読むとナンセンスと思うような「戦闘歌」の歌詞であっても「むすんでひらいて」のあのメロディと結びつくことで毒性が中和されてしまうというか、左脳で理性的に判断しようと思いながらも情緒的な右脳に流されるなんてことが起こってしまうのが<歌>というものの怖さかもしれませんね。

ところでナイアガラ・ファンであれば「むすんでひらいて」というとこの曲を思い出すかもしれませんね。1分30秒あたりからの間奏をお聴きください。ギターは村松ちゃんです。

松田聖子 / Rock'nroll Good-bye 作詞:松本隆 作曲:多羅尾伴内 

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さて以前からやるやるといいながら先延ばしにしていた「大瀧詠一の日本POPS伝Ⅱ」の文字おこしに挑戦したいと思います。今から10年前の99年のお正月に5夜(各95分)に渡りオンエアーされたものなので一気にと言うわけには行きません。細切れになって全体像が見えづらくなるかもしれませんが、10分~15分ずつ位を文字にしてアップしていきたいと思います。

そんなの音源自体をアップすりゃいいやんと思われるむきもあるかと思います。でもこれは般若心経の写経のようなもので文字おこしをすることで大瀧師匠のありがたーい言葉(思想)を心に刻んでいくということが僕個人にとって意味があるのです。お勉強ですよ勉強。ではでは。

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ささのみちる(以下ささの) どうも。
大瀧詠一(以下大瀧) また、聴いてもらいます。(京都弁のイントネーションで)
ささの えーよろしくお願いします。
大瀧 ひとつよろしくお願いします。
ささの 大瀧さん、あたし全く緊張してドキドキしてるんですけど。
大瀧 いえ誰でもしっかり分る様にという風に出来ておりますのでひとつお任せをいただきたいと思います。
ささの これはどういう番組なんでしょうか?
大瀧 聴いていただけると分るようになっております。
ささの なるほど。
大瀧 また、聴いてもらいます。(京都弁のイントネーションで)

維新マーチ(註:番組ではインストが流れました)


大瀧 前回の放送もですね、このように明治維新の頃から始めました。日本の近代音楽の始まりというのが明治からですから、それの一番最初に官軍のマーチですね、官軍マーチは「トンヤレ節」といわれてましてですね。このピーヒャララの後には”宮さん宮さん”というそういう歌が入るんですが、これが官軍によって進軍されて。行進されて、東海道をずっと行進してきたということでずいぶんいろんな人に広まったというか皆さんがこの歌を歌ったという。「宮さん宮さん」という歌ですけど、まずはですね当時どういう風に歌われていたかという、今のはね新録でしたからこういう風になってましたけど、当時「トンヤレ節」がどのように歌われていたかという録音がね、珍しいものが見つかりましたのでそれをちょっと聴いてみましょう。

トンヤレ節


大瀧 ええご丁寧な方で”これでお仕舞いでございます”まで入っていましたけれど。
ささの 入ってましたね
大瀧 こういう風に「トンヤレ節」で官軍を讃歌したというかね、そういう歌なんだと思います。それで日本中が官軍の天下になってですね、徳川の幕府軍は会津から北海道へと追いやられた、えーだんだんアレですね追い込まれていくというそういう歴史がありましたけど。さて今のようなマーチですね、行進曲。これは日本人が最初から持っていたものではなくてこの時に軍隊の方式とかいろんなものを近代の方式を持ち込むわけですが、音楽の方式というか音楽も洋楽を持ち込んだわけですね。で教師を連れてきましてというか呼んでですねやったんですけど。当初いちばん最初にはイギリスのフェントンという人が呼ばれましてですね,この人が軍隊の儀礼やその他には必ず国歌というものがいちばん最初に必用だということで、なんと国歌がなかったんですね。国旗も無かった。
ささの そうか、それまで無かったんですね。
大瀧 ありませんでしたね。だいたい日本なんて自分達を呼んでませんでしたからね。
ささの あっそうなんですか、知りませんでした。
大瀧 えー だからね名前も一人でもしいるんだったら、名前も必要ないんでしょうね。
ささの あぁなるほどね。
大瀧 相手がいた時にはじめて自分の名前が必要になるということで、ここで初めて国歌なり国旗を制定するわけなんですけれども、そういう軍隊の儀礼の時の国歌とかそういうのはまだ作曲する人が(日本には)いなかった。
ささの そうかぁ-。
大瀧 それでイギリス人のフェントンという人に国歌を作ってもらいました。それが「君が代」の第一バージョンで今のものとはちょっと違います。
ささの あぁそうなんですか?
大瀧 そうです。それから例えば軍隊の士気を鼓舞するためっていう意味合いがありまして、今度は「抜刀隊」というマーチを聴いてもらうんですけど、刀を抜く隊です。これは今だと六大学(野球)の応援なんかにありますよ。
ささの あぁそうなんですか。

$鳥肌音楽 Chicken Skin Music-rruシャルル・ルルー Charles Edouard Gabriel Leroux,

大瀧 ブラスバンドが演奏します。これが作曲者がフランスから来たルルーという人が作曲をしたんですね。で、それに歌詞がのっております。でこれは当時の録音ではなくて新録ですけれども、どんなものだったのか、明治(時代)のマーチを聴いていただきます。

抜刀隊 シャルル・ルルー作曲


大瀧 途中からメジャーになって。
ささの 急に明るくなりますね。
大瀧 明るくなったでしょ。でね最初の哀調を帯びたメロディはみんな覚えたらしいんですよ進軍の時に。ところがメジャーなところになるとみんな音がとれなくてね。
ささの メジャーが入ってなかったんですか日本人には?
大瀧 あまりああいうメロディーってなかったんですよね、それまでに。
ささの そっかー。
大瀧 作ったルルーにしてみればこの辺で明るくテンポを変えてみようというっていうようなアレだったんですけどね。
ささの ええ。
大瀧 日本の人は行進も初めてだし。
ささの メジャーも初めて。
大瀧 武士の人なんてのはアレですよね、刀が当たらないように右手と右足一緒に出したりするような歩き方してたような人が
ささの 大変ですね。
大瀧 右左を歩くって言う、行進さえ勉強しなくちゃいけないところへあの突然の転調で驚いたんじゃないかなと思いますけどね。
ささの 面白いですね。
大瀧 ですからこの曲はそういう意味では前半の方だけは割合有名になったんですけどね。イギリスからフェントン、フランスからルルーといろんな人を呼びましたけれどドイツからもまた呼びました。もう各国から・・・
ささの 世界中。
大瀧 そうです。オリンピックの時に万国旗って並ぶでしょ。とにかくああいう風に列強に伍するためにいろんな国からいろんなものを一挙に明治の時に持ってきたわけですよね。でドイツのエッケルトという人が来るんですけど、この人は今の「君が代」をアレンジした人です。
ささの そうなんですか。
大瀧 ええそうなんです。だから多少ドイツ的な重厚な感じのサウンドになっていると思います。
ささの なるほど。

$鳥肌音楽 Chicken Skin Music-setoguti瀬戸口藤吉

大瀧 エッケルトに師事を受けた日本人の人が出てくるんですね。でこの人が瀬戸口藤吉(せとぐちとうきち)でこの人は日本の×××(聞き取り不能)と呼ばれましたけど、ここでその外国人ばかり作っているものではなくて自前のものを作ろうと。だいたい輸入のパターンとは外国の人から教わってそれをこなしているうちにだんだん自分達で独自のものを作っていくという、こういうスタイルっていうのは芸事に限らず必ずありますよね。
ささの うぅん。
大瀧 そういうことで自前のマーチを作るんです。
ささの ほ~ぅ 
大瀧 これがまぁ非常に名高い自前のマーチです。

軍艦マーチ 作曲:瀬戸口藤吉


ささの わーこれが自前だったんですか。
大瀧 自前ですね。
ささの 「軍艦マーチ」!
大瀧 「軍艦マーチ」。 これで1945年の8月まで勇壮に明治から戦っていたんですよ。
ささの なるほど。
大瀧 この瀬戸口藤吉って人は軍楽隊の隊長をしてたんですけど、鹿児島の方ですけど、作曲をした初の自前のマーチということです。その人の弟子のまたさらに弟子、孫弟子ですけれども古関裕而(こせきゆうじ)という方がいらっしゃいまして、この人は東京オリンピックのマーチを作った人ですけれども。古関裕而さんという人は瀬戸口藤吉の孫弟子にあたるということなんですね。

$鳥肌音楽 Chicken Skin Music-kseki
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本日はここまで、明日に続く。

<日本>の音楽というのは維新の後、列強に伍する近代国家を作ろうとした明治政府が英仏独(ここでは出てきていませんが米も)の音楽家を招いて作られていきます。大瀧師匠の分母分子論で言えば新しい分母として欧米という世界史を日本に招き入れたということです。フェントンが来日したのが1868年、メジャーな旋律が歌えなかった日本人が「軍艦マーチ」を産み出すのが1897年。この間30年。30年っていうのは今の感覚からするとえらくゆっくり変わったものだと思いますが、当時としては恐るべき速さでの変化という感じだったのではないでしょうか。

それにしても「君が代」が実は外国人の手によるものだというのが興味深いですね。憲法はGHQの押し付けだから日本人の手による憲法をと言うナショナリストたちがいますが、国歌を日本人の手で作り直そうと言い出さないのが不思議に思えます。それはむしろサヨクの方が言ってることですよね、なんか転倒してる気がしますが日本人は曲より詞を問題にするということでしょうか。和魂洋才なんて言葉もありましたしね、形はどうあれ魂が日本的であれば良いのかな?いわゆるJ-HIPHOPなんかも音楽的にはRAPの形をしてますが歌われている内容はどうしようもなくヤンキー的な演歌なんかとも大差ない日本人の世界ですもんね。

2009年11月18日 posted by sugarmountain

エルヴィス普及企画第2弾!いかすぜエルヴィス!Part2

テーマ:ナイアガラ関連
昨日の続きです。あんまり面白くありません。(by枝雀)

$鳥肌音楽 Chicken Skin Music-ikasuze

昨日はプレスリーの楽曲のタイトルをつなぎ合わせて作られた大滝詠一の「烏賊酢是!此乃恋」のもともとの原題をルビ代わりにふってみました。今日はそうやって原題をつなぎ合わせてつくられた「烏賊酢是!此乃恋」の英訳(?)バージョンのようなものを、もひとつひねって王様のように直訳してみました。果たしてどのようなものになることやら・・・

俺をやさしく愛してくれよ Love me Tender
無常な女だけど お前に夢中なんだぜ Hard Headed Woman, Stuck On You
今夜は独りなんだろ?  Are You Lonesome Tonight?
燃えちまうぜ Fever
お前のテディ・ベアにしてくれよ Let Me Be Your Teddy Bear
冷たくするなよ 俺の天使 Don’t Be Cruel, Angel
気づかせてくれ  Make Me Know It
俺の心がどうであれ  Any Way You Want Me
お前は俺を求めてるのさ  That's How I'll Be
気分もすっきりさ  It Feels So Right
マリー それがお熱の名前 Marie's The Name His Latest Flame
忘れられない誰かだよ That's Someone You Never Forget
何処へも行かせやしない 可愛いお前 I'll Never Let You Go,Little Darlin'
驚きだぜ  All Shook Up
恋に落ちてしまうとは Can’t Help Falling in Love
ジムがよろしく言ってたと伝えてくれ Just Tell Her Jim Said Hello
その時が来たと思うだろ Doncha' Think It's Time
俺の望みが現実になるんだよ My Wish Came True
恋の相手にはぴったりの男だぜ A Big Hunk o’ Love
指輪をはめさせたいのさ たくさんな Wear My Ring Around Your Neck, Too much
愛して 赤ちゃんみたいに すばやくキスして Love Me, Like A Baby, Kiss Me Quick
今夜お前の愛が必要なんだ I Need Your Love Tonight
今がその時今度は無し It's Now Or Never
幸運を 可愛い娘ちゃん  Good Luck Charm
お前が欲しい お前が必要 お前を愛してる I Want You I Need You I Love You
俺はお前のものだぜ  I'm Yours
こんな夜なのに 踏んだりけったりなんて Such A Night、 When It Rains It Really Pours
拾った物は俺の物だが 失くしたら泣くだけさ Finders, Keepers, Losers, Weepers
俺みたいな男には お前のような女 A Boy Like Me, A Girl Like You
悪銭は身につかないとはいうけど Easy Come, Easy Go
口笛吹いて  A Whistling Tune
家に帰れば愛がある Home Is Where The Heart Is
ポケットは希望の虹でいっぱい  Pocketful Of Rainbows
傷つけたこともあったけど I Got Stung, Yeah
ハッピーなエンディングだぜ Happy Ending
いかすぜ!この恋 It Feels So Right

どうでしょうか、なんかちゃんとした歌詞っぽく思えないでしょうか。ってそれだけのことなんですけど。

2002年にHIPHOP風にリミックスされたこの曲がラジオから流れてきた時には本当にびっくりしました。死後25年目にして見事全英NO1を獲得するとは誰が想像しえたでしょうか。しかし元歌でも充分かっこいい曲であります。

Elvis Presley / a little less conversation


PS.ここからはエルヴィスとは無関係です。ちょっと下ネタはいっていますので18才未満の方はご遠慮ください(笑い)。

先週後半にロン・ウッドが離婚か!というゴシップ記事がネットにのっかりました。

$鳥肌音楽 Chicken Skin Music-えか

ローリング・ストーンズのロン・ウッド、離婚へ!20歳ウエイトレスと不倫(シネマトゥデイ)

ローリング・ストーンズのロン・ウッドと妻ジョーの離婚を認める仮判決が、ロンドンの高等法院で出された。 ロン・ウッドは1985年にジョーと結婚し、2人の子どもをもうけているが、ロンが20歳のロシア人であるバーのウエートレスと不倫をしたことから、離婚がささやかれていた。
ロンは昨年、ドラッグ、アルコール、セックス依存のためのリハビリ施設に入所しており、その出所と共に、妻の元へ帰ると考えられていた。しかし、出所後もロシア人ウエイトレスとの交際を続けたため、ジョーは「彼がいなくてさみしいけど、今はそれ以上にわたしのための時間があるの。わたしは家に帰って、彼がお酒を飲む心配をしなくていいのよ」とロンとの別れを示唆するコメントをしていた。
今年中には正式にロンとジョーの離婚を認める判決が出される予定だ。(BANG Media International)


ドラッグ、アルコールの依存症は分るけど、セックス依存症のリハビリをしてたってなぁ。何やってんのロン・ウッド。おまけに20歳のウェイトレスと不倫をしたのが離婚の原因って、全然(セックス依存症の)リハビリが出来てなかったいうことやないですか。それよりも何よりも62歳という歳をわきまえなさいといいたいですね。

しかし、相手のロシア娘というのもとんだくわせものっぽいですね。ゴシップをネタに芸能界(?)でも入ろうとしているのでしょうか?→●大御所ギタリストを虜にした ロシア人少女エカテリーナ・イワノワ


Faces / I Wish It Would Rain
2009年11月17日 posted by sugarmountain

烏賊酢是!此乃鯉! Elvis! Forever!

テーマ:ナイアガラ関連
エルヴィス普及企画第2弾!いかすぜエルヴィス!

$鳥肌音楽 Chicken Skin Music-aloha
Aloha from Hawaii Via Satellite

前回のエントリにいただいたコメントの中に「エルヴィス・イン・ハワイ」を見たという方が結構いらっしゃるようなのですが、僕もリアル・タイムではありませんが高校生くらいの時に「イン・ハワイ」もしくは「マジソン・スクエア・ガーデン」のコンサート中継を観た記憶があります。その時はみなさんと一緒で、白いジャンプ・スーツの胸をはだけて間奏でへんなカラテのポーズをとりながら歌うエルヴィスにえらいかっこ悪いオッサンやなぁと思いました。ただバックのギターが一聴でテレキャスと分るパキパキしたギター弾いていて、ロビー・ロバートソンあたりと通じるカッコよさやなぁと思ったのですが後から思えばあれはジェームス・バートンだったわけですね。

そんなダメダメの印象だったエルヴィスを何故聴くようになったかというと、こりゃあもうひとえに大滝詠一師匠(珍しくナイアガラーな呼び方してみます)のおかげです。周知の通り大滝師匠は大のエルヴィス・ファン、「ハウンド・ドッグ」(リバイバル)で産湯を使い三度のメシよりエルヴィスが好き、江戸っ子だってねぇ、おうエルヴィス聴きねぇっていうお方です。そんな大滝師匠のエルヴィス愛に溢れた音楽や文章に接しているうちにいつしかエルヴィスを口ずさんでいたのでした。

そんな師匠の曲の中でも特にエルヴィス愛に溢れた、ただしエルヴィスのことどうでもいいよという人からみたら意味分んないよ-という世紀の問題作をご紹介したいと思います。歌詞に注目してお聴きください。

大滝 詠一 / 烏賊酢是!此乃鯉!(いかすぜ!この恋)


頭の「やさしく歌って」でピンと来られた方もいらっしゃると思いますが実は歌詞が全てエルヴィスの歌った曲のタイトルをうまいこと(時に無理やり)繋ぎ合わせたものなのです。師匠の頭の中には小林旭の「自動車ショー歌」や「恋の山手線」あたりがお手本としてあったのではないかと思いますが、思いつきそうで思いつかないというか、思いついても誰もやらない音楽への愛が溢れたお馬鹿な企画です。

あらためて歌詞に盛り込まれたエルヴィス・ナンバーを数えてみたらなんと40曲!以下にその歌詞と引用されたエルヴィスの歌をYOUTUBEからリンクはってみましたのでエルヴィスをあまり聴いたことが無いと言う方はぜひその素晴らしい歌声に触れてみてください。

Love Me Tender
やさしく愛して
Hard Headed Woman Stuck On You
冷たい女 本命はお前だ
Are You Lonesome Tonight?
今夜はひとりかい?
Fever (Let Me Be Your)Teddy Bear
胸が燃えるぜ Teddy Bear
Don’t Be Cruel Angel
冷たくしないで 僕の天使
Make Me Know It
きみの気持ち教えてね
Any Way You Want Me (That's How I'll Be)
どっちみち俺のもの
It Feels So Right
いかすぜ!この恋
(Marie's The Name) His Latest Flame That's Someone You Never Forget
マリーは恋人 忘れ得ぬ人
I'll Never Let You Go (Little Darlin')
あなたを離さない
All Shook Up
恋にしびれて
Can’t Help Falling in Love
好きにならずにいられない
Just Tell Her Jim Said Hello Doncha' Think It's Time
内気な打明け チャンス到来
My Wish Came True
望みがかなった
A Big Hunk o’ Love
恋の大穴
Wear My Ring Around Your Neck  Too much
思い出の指環 Too Much
Love Me,Like A Baby,Kiss Me Quick
I Need Your Love Tonight
It's Now Or Never,Good Luck Charm
I Want You I Need You I Love You
I'm Yours
僕はきみのもの
Such A Night When It Rains It Really Pours
キッスにしびれた 恋は激しく
Finders, Keepers, Losers, Weepers
君と僕はいつまでも
A Boy Like Me, A Girl Like You
似合いのカップル
Easy Come, Easy Go
気楽にいこうぜ
A Whistling Tune Home Is Where The Heart Is
口笛ふいて 愛が棲み家
Pocketful Of Rainbows
ポケットに虹がいっぱい
I Got Stung, Yeah
Happy Ending
It Feels So Right
烏賊酢是!烏賊酢是!此乃鯉! Elvis! Forever!

なんか、こんなことやってる僕が一番お馬鹿な気がしてきました

おまけ
文中にあげた小林旭の「自動車ショー歌」と「恋の山手線」です。ご存じない方がいたら人生に潤いをもたらすためぜひお聴きください。

小林旭 /自動車ショー歌.............................................................恋の山手線
 

追記
小林旭がお手本だろうと書きましたが、「日本ポップス伝2」で引用していたフォークルの「雨を降らせないで」からのインスピレーションかも知れません。
2009年11月16日 posted by sugarmountain

恋はいばらの道を

テーマ:SONGLINES 歌の道
ライヴは観にいきませんでしたがライ・クーダーとニック・ロウのCDを聴く事が多くなっています。せんだっても何年ぶりかで引っ張り出したニック・ロウの94年のアルバム『インポッシブル・バード』を通勤のJRの中で聴いていました。

椅子に腰掛けたニックの右足がニワトリの足になっているという、タイトルにかけたなんとも奇妙なジャケットですが、中味の方は頭と最後含めた数曲は80年代までのお馴染みのPOPなニックなのですが大部分の曲はぐっと落ち着いた渋さを感じさせるカントリー・ナンバーで”ニックどうしちゃったの?”と物議をかもしたようですが、いいんですよねこれが。そんな中でも3曲目の「True Love Travels on a Gravel Road」、ニックのささやくようなヴォーカルが胸にぐっとくる名曲です。

Nick Lowe / True Love Travels on a Gravel Road
 $鳥肌音楽 Chicken Skin Music-im
The Impossible Bird

サテンやレースがよりどりなのに
木綿のドレスを選ぶ娘なんて いるのかい?
良き日も悪い日も いつだって笑顔のまま
恋人の横にいられる娘も

何度も冬を過ごした後でも
冷え切ってしまわない そんな心を持てるのか
本当の愛は砂利道を進むもの

黄金で舗装された平らな道の上にいては
愛はよそよそしく 心は危なっかしいまま
本当の愛は砂利道を進むもの

歳月を共にし
困難の時や涙を 二人過ごした
だけど それが愛を育て
どんなに強い風が吹き荒れようと 共に生きるだろう
一度たりとも おまえの青い瞳のなかに
ねたみや迷いがよぎるのを 見たことは無い

本当の愛は砂利道を進むもの

黄金で舗装された平らな道の上にいては
愛はよそよそしく 心は危なっかしいまま
本当の愛は砂利道を進むもの

本当の愛は砂利道を進むもの
本当の愛は砂利道を進むもの


この歌以前からどこかで聴いたよなぁと思いながら僕としては珍しく放りっぱなしにしていたのですが、今回はこれまた最近よく聴いているエルヴィス・プレスリーのCDの中に答えがありました。

ELVIS PRESLEY / True Love Travels On A Gravel Road
 $鳥肌音楽 Chicken Skin Music-えl
エルヴィス・イン・メンフィス・レガシー・エディション

69年発表の名盤『エルヴィス・イン・メンフィス』に収められた「恋はいばらの道を」がオリジナルだったんですね。もっと早く気がつけよなと言われそうですが、聴いていただいたら分るようにエルヴィスのバージョンは少しアップ・テンポで耳元で諭すように歌っているニックに比べ、ねぇみなさん聴いとくれこんな素敵なお話があったんだよみたいな歌い方ですぐには同じ歌とは思えませんでした。

ニックとエルヴィスのバージョンのどちらが好きかと問われればニックの方に軍配あげるかな。ただしエルヴィスは69年でニックは94年とその間に25年という時間があって、その間に様々な音楽の表現方法が現れニックはそういったものを意識的/無意識的に踏まえた上でこの歌にいちばんふさわしいと思われるスタイルを選ぶことができた。録音したのがエルヴィスは34歳の時、ニックは45歳で人生経験が違っている。ようは大人が子供に対しておそだしジャンケンしているようなものでニックの方が良いと思うのはいたしかた無いことだよなぁと思います。

あのアップテンポの歌をテンポを落としてあんな風に歌ったニックが素晴らしいで締めようかと思ったのですが、たまたまYOUTUBEにアップされていた没になった別テイクを聴いて考えが変わりました。

ELVIS PRESLEY / True Love Travels On A Gravel Road (Takes 6 & 7)


テイク6は途中で止められてオフザケで終わっていますが、気を取り直したテイク7は心の入った素晴らしい歌唱が続くのですが途中からあきらかに流している感じになり結局は途中でストップ、これでちゃんと歌いきっていたら。テンポといい押さえた歌い方といいニックはこのバージョンを下敷きにして歌ったのではないかと思えてきたのでした。

YOUTUBEにテイク8とテイク9もあったのでそちらも聴いてみましょう。

ELVIS PRESLEY - True Love Travels On A Gravel Road (take 9 & 8)


テイク7の最後で”同じテンポでもう一回”といっているようにスロウ・テンポで歌っているのですが、テイク7とは歌い方がかなり違っていますよね。テイク7は内に向かうような歌い方でしたがこちらは外に向かっているというか。ちょっとした気持ちの切り替えでこれだけ表現を変えてしまえるエルヴィスってやはり凄い歌手だと思います。歌の前後にネコの真似なのかニャーニャーと叫んでいますが、こんなオフザケ状態からイントロの間に歌の世界にどっぷりと入り込んでいくのが分ります。

以前記事にした雑誌「大人のロック」のランキングでもエルヴィスは24位と予想以上に低いランキングでした。54年デビューというエルヴィスのキャリアを考えると全盛期はシングルの時代であり、アルバムというのはヒット・シングル2,3曲と棄て曲(?)を集めただけのシロモノという時代ででいわゆるアルバムの<名盤>という概念のない時代でした。そのためアルバムの<名盤>の有る無しによってアーチストが評価されがちな現在のロック・ファンの間では不当に低い評価になってしまうのは致しかたが無い気もします。それに加え60年代に入るとエルヴィスの活動の主体は映画に移ります。英国からやって来た若者達が”犬みたいに働き尽くめのきつい一日 僕は丸太のように眠る”とライヴで歌うのとスクリーンの中でブロンドの可愛い子ちゃんに”やさしく やさしく愛して”と歌うのとどっちが若者達にリアリティがあったかは言うまでもないかと思います。

「恋はいばらの道を」が収録された1969年のアルバム『エルヴィス・イン・メンフィス』のためのセッションはエルヴィスが歌手としてスタートした地元メンフィスで初心に戻って行われたものでしたが、そのカントリーとR&Bをあらためて融合するというスタンスは図らずも前年のザ・バンドの『ビッグ・ピンク』やバーズの『ロデオの恋人』に通じるものでしたが、従来のエルヴィス・ファン以外にはほとんど注目を集めませんでした。現在はルーツ・ミュージックというジャンルが確立したおかげもあってエルヴィスのメンフィス・セッションは高い評価を得ていますが、それでもなお一般的な評価は低いままという。

僕も昔からエルヴィスを聴いていたわけではないので偉そうなことは言えませんが、おそらくベスト・アルバムですら真剣に聴いたことがない人がほとんどなんじゃないかなと思います。とっかかりはどこからでもいいのですが、拙ブログの読者であればルーツ・ミュージック好きの方が多いかと思いますのでとりあえずメンフィス・セッションの音源がほぼ全て聞けるようになった『エルヴィス・イン・メンフィス・レガシー・エディション』を聴くことをお勧めいたします。もちろんベスト・アルバムでもOKですが、とにかくエルヴィスの歌を一度ちゃんと聴いてください。サウンド的には古くさいものがあったとしてもその歌は正真正銘の本物ですから。(というかR&R自体がエルヴィスから始まったと言っていいわけですからね)

では、最後にメンフィス・セッションから,全米1位にもなった大好きなナンバーを聴いて下さい。

Elvis Presley / Suspicious Mind
$鳥肌音楽 Chicken Skin Music-evis
MEGAエルヴィス~エルヴィス・プレスリー・エッセンシャル・コレクション


P.S.mmmさんへ、今回のエントリをライについて書いエントリ「バック・ドロップ・デラックス」に対していただいたコメントに対する返答コメントの代わりとさせていただきます。エルヴィスもいいですよ。
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