重粒子線の先進医療部分の費用は314万円である。リング型シンクロトロンででビームを
加速する為、円周率の3.14にあやかったのだろうか?だとすると悪い冗談である。

年間運転経費は約50億円。運転時間の半分が治療に使われ残りは生物・物理実験に供せられる。
年間治療者数が500人とすると、一人当たりに要する費用は約500万円程度となる。

人件費や施設費(これらは元々国有財産なので加算しない?)の考え方にもよるが、
基本的には「経費を頭数で割ったらこの程度かな?」という額と考えて良さそうである。

この314万円が「高いか安いか?」とか「保険適用にすべきだ、イヤすべきで無い」
等、の議論は本記事では行わない。国民皆保険や混合診療の問題とも関連性がある為、
個別に議論することは出来ない。これらについては別の機会にまとめるつもりである。

私が放医研に入院し驚いた事は新患もしくは診療相談の患者が多い事である。当然ながら
314万円の治療費を惜しんでいる患者は居ない。病状の問題で非適応になる患者も
居る様だが、治療までに要する「順番待ち」のせいで断念する場合も少なくない。

現状では広範な転移があれば基本的には適応から外れる。しかし私の判断では、骨原発、
あるいは転移の患者がQOL維持の為に照射する場合や、私の様に末期癌患者でも抗癌剤と
の併用でメリットがある場合は少なくない。

近い将来、抗癌剤が世代交代する現状を考えると、こういったケースはさらに増加すると
考えるのが自然である。すなわち現在の計画台数では明らかに施設不足になると予想される。
普及を阻んでいるハードルは100億円前後とも試算される「コストの壁」である。

粒子線施設の捉え方には大別して2つの立場がある。
・一つは地元対策や大企業の思惑、などの「誘致」側の立場である。
・もう一つは故山本たかし元参議院議員が真面目にまとめた様な「反ハコ物」の立場である。

「誘致」目的の場合、施設建設のコストはある程度「高くなければ」ならない。地元への還元と
大企業の利益を考えるとこれ以上のコストダウンは厳しいと思われる。念のため弁護しておくが
日立や三菱電機が暴利をむさぼっていると言っている訳では無い。問題は一括発注にある。

発注者の立場からすると東芝を含めた重電3社は非常に有り難い存在である。
MDアンダーソンの陽子線も非常に優秀な(茨城弁丸出しの)プロジェクトマネージャーが派遣
され、良い仕事をする部隊を指揮している。恐らく間違いの無い製品に仕上がるであろう。

ただしコストはかかる。研究者(のレベルにも大きく依存するが)が手間暇かけて分割発注した
場合に比べ、30~50%は「自動的に」高くなる。施設建設費についても同様である。

一方、故山本たかし元参議院議員の主張はもっともである。医療費が切迫し腫瘍マーカですら
「保険適応は月1回」などと制限しているのに「重粒子を全国に10台。総事業費1000億円」
など認める気にならなくて当然である。

しかしながら私は山本氏と違い、厚労省の「頭の良い」試算は全く信じていない。
どう控えめに見積もっても粒子線が適応、もしくはデメリットよりメリットの方が大きい患者は
年間1万人を越えると考えている。1施設で年間1000人さばいてもギリギリである。

さらに海外、特にアジアの患者を(現在でも受け入れている様であるが)本格的に受け入れれば、
その患者需要は計り知れない。日本人の税金で開発し建設する施設である。外国人患者の医療費を
相対的に高くするのに何ら遠慮は要らない。日本人患者の費用を下げられる可能性すらある。

平尾氏の先見性のある判断により日本では重粒子線が実現した。加速器部門や治療部門の研究者、
及び医師の永年の努力により信頼性のある技術が確立した。臨床試験や先進医療に協力した患者の
命の蓄積によって貴重な臨床データも得られた。これらは国民の財産であり遂に利益が期待できる
段階に入った。(勿論「皆保険」にご迷惑をかける事無く。である。)

目先の1000億円は確かに「コストの壁」である。しかし国内で活躍する加速器研究者の協力を
得れば確実にコストは下げられる。用地買収や施設建設の「ロス」をカットすれば尚更である。
文科省と厚労省の垣根を越えたプロジェクトを発動すれば現在の技術水準でも充分に採算が取れる
可能性がある。

これは政府+政治(=国民)の先見性の「壁」でもある。従来型「誘致」の矮小な利益誘導や、
医療費の枠に捕らわれた「狭い」議論に終始し数年後の地平を見通すことが出来なくなっている。
先人が築いた重大な国益が今失われようとしている。