ブッシュ政権において、TPAを議会に承認させ、多くの国々とFTAを結んできた有能なUSTRのメンバーがいる。2007年6月までTPAを延長し、さらに残された韓国を含む4ヶ国のFTAの処理を当時の民主党下院院内総務ナンシー・ペロシに認めさせた。ブッシュ政権は、16ヶ国のFTA契約に成功した。この時期のUSTRは最高の仕事をした。2009年には政権交代があり、民主党オバマ政権になった。大統領選挙中「自由貿易反対」を唱え、USTR代表には、同じ反自由貿易主義の通商交渉未経験のカークを指名した。米国の雇用流出(オフショア)の原因が自由貿易であること理解していたにもかかわらず、輸出と雇用増をオバマ大統領が唱えたとき(2010年一般教書)、有能な官僚がぶら下げたTPPに飛びついてしまった。この二人は、TPA法案可決の見通しを誤り、各国との交渉をはじめ、まとまる気配が無い状態で選挙の年2012年をむかえてしまった。
 また、2011年10月には東京でACTAの署名をした。

 その優秀なUSTRのメンバーの一人が、エスピネル知的財産執行調整官IPEC(Victoria A. Espinel IPEC)である。
エスピネルIPECの挨拶
http://www.whitehouse.gov/omb/intellectualproperty/bio_espinel/
JETRO解説(PRO-IP法によりIPECが設置された)
http://www.jetro.go.jp/world/n_america/us/ip/news/pdf/080929.pdf
 ここでは、彼女が米政界で、IP、FTA、ACTA、TPPにどのようにかかわってきたか、確たる証拠はないが、各組織の情報と米国の報道から推測してみる。

これからの記事は、あくまでも私の推理と受け取っていただきたい。

 エスピネル氏は、2001年にブッシュ政権のUSTRにIP(知的財産)のシニア顧問として入所、911も記憶に残るが、WTOのドーハラウンドが始まった年でもある。
外務省解説ドーハ http://www.rieti.go.jp/jp/events/bbl/11030901_p.pdf
 ブッシュ政権は、ドーハラウンドや二国間FTAなどの交渉に重要なTPAの議会議決を働き掛けた。2002年8月に成立、その後USTRは精力的に下記の諸国と交渉を重ね、FTAを妥結した。
外務省TPA http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/usa/keizai/eco_tusho/tpa.html

2002年TPAに基づきFTAを締結した国
USTRのHPより
http://www.ustr.gov/trade-agreements/free-trade-agreements 
韓国、パナマ、バーレーン、オマーン、モロッコ、ペルー、コロンビア、中米ドミニカ(コスタリカ、エルサルバドル、グァンタナモ、ホンジュラス、ニカラグア、ドミニカ)、オーストラリア、チリ、シンガポール 、
ヨルダン(?)、(イスラエルは1980年代)
エスピネル代表補が、以上の国々とのIPに関する条文案作成や交渉を担当したと考えて良い。

ACTA(模倣品・海賊版拡散防止条約)の経緯
 USTRの資料にACTAの記載を捜してみた。
2007年10月シュワブ代表の発表(プレゼンテーション資料)
4頁に「2004年10月のStrategy Targeting Organized Piracy (STOP) initiative」が元になっていると説明がある。
http://www.ustr.gov/sites/default/files/uploads/factsheets/2008/asset_upload_file942_15207.pdf
2004年のSTOPを文科省が解説している。通商代表部、商務省、司法省、国土安全保障省が共同で公表、米国国境における模倣品・海賊版貿易の阻止、国際的な模倣品・海賊版業者のリスクを高めることを目的とする。」行政的な指針。(法律ではない)
http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/bunka/gijiroku/009/06072613/008.htm

 さらに、STOPとACTAの関係を調べると、2005年6月14日上院国土安全保障委員会公聴会の議事録を発見。USTRエスピネル代表補の証言がある。
2頁の下段「In early April, as members of the STOP! team, we began our international outreach efforts to explore how to increase cooperation,2005年4月初旬に国際的な協力を得る努力をしたと記載があり、シンガポール、香港、日本、韓国、ドイツ、EC、フランス、イギリスの方々と会った。さらにG8、APEC、OECDに協力を求めると証言。この証言にも、STOPを開発したのは、USTR、特許庁・・とUSTRを先頭に表現していることは、エスピネル代表補が強く関与していたことがうかがえる。
http://www.hsgac.senate.gov/subcommittees/oversight-of-government-management/hearings/finding-and-fighting-fakes-reviewing-the-strategy-targeting-organized-piracy
(Witnessesの下のVictoria Espinelの    Download Testimonyをクリック)

 次に、4月初旬の世界旅行の情報を捜すと、米特許庁のHPに、4月11日~21日アジア旅行と参加者にエスピネル代表補の名前を記載している。また、Backgroundには、STOPを世界的に広げることを目的としていると書かれている。
米特許庁記事 http://www.uspto.gov/news/pr/2004/04-11-05stoprelease.jsp
日本側の記事 http://news.braina.com/2005/0414/move_20050414_001____.html

 2005年のG8サミットは、7月6日~8日、イギリスのグレンイーグルスで開催され、小泉総理が、模倣品・海賊版の拡散防止に向けた法的枠組み策定の必要性を提唱した。
4月の日本訪問で、この筋書きが確認されたと見る。
その後の経緯は、上記シュワブ代表のプレゼンテーション資料と下記の外務省HPの説明をご覧いただきたい。外務省のHPにある条文(和訳)の最後のページに寄託者が日本になっている。これは、ウィキリークスの曝露によれば、USTRがSTOPや米韓FTAのテキストを日本の外務省、経産省の官僚に渡した。実際に各国と調整で走り回ったのが日本の官僚達だと言われている。そのころUSTRは、他国とのFTA交渉に手を取られていたから、ACTA交渉を日本に任したのかも知れない。この様な事情があり日本が寄託者になっている。(シナリオ+監督;USTRエスピネル代表補、配役;日本官僚という構図?)
外務省ACTA http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/ipr/acta.html
ウィキリークスの曝露(無名の一知財政策ウォッチャーの独り言さんブログ)
http://fr-toen.cocolog-nifty.com/blog/cat39552431/index.html

 USTRの2007年Special301報告(エスピネル代表補が編集責任)には、IPをFTAに強く押し込んでいること(4頁)、STOPの賛同を得るため世界の首脳会議に働き掛けていること(5頁)医薬品と医療機器について、日本に対し米韓FTAの内容に近い要求をすると記載されている。
「The United States also is seeking to establish or continue dialogues with OECD and other countries to address concerns and encourage a common understanding between developed countries on questions related to innovation in the pharmaceutical sector. The United States already has had such dialogues with Japan and Germany, and is seeking to establish ones with other countries. It also has established a dialogue on pharmaceutical issues with China. With respect to Japan, pharmaceutical and medical device issues are an integral part of the Administration’s regulatory reform work. The United States has made steady progress in helping to improve transparency in this sector, ensuring that foreign pharmaceutical and medical device manufacturers have meaningful opportunities to provide input into important regulatory, reimbursement, and pricing matters, facilitating the introduction of innovative new pharmaceuticals and medical devices into Japan's market.
政府規制改革、重要な監査機関、価格決定、償還システムについて日本に要求する。
http://www.ustr.gov/sites/default/files/asset_upload_file230_11122.pdf
(この2007Special301Reportは、USTRの戦略が明確に表現されている。貴重な文書。)

TPP
 桜美林大の滝井教授の研究ノートによれば、TPP交渉を提唱したのはブッシュ大統領であった。任期切れで、オバマ政権にバトンタッチされた。オバマ大統領は、2009年11月14日東京でTPP参加を発言、12月14日に議会に通告した。
この間の12月3日はエスピネルIPECを上院が承認した日である。
滝井教授ノート http://www.iti.or.jp/kikan84/84takii.pdf

 エスピネル代表補は、通商政策と知的財産を組み合わせた戦略を作り、米政府指針のSTOPを作り、FTAに組み込み、日本の官僚を使いACTAに仕上げて行った。IPにかかわる法律整備にも関与し議会の立法に参画し、PRO-IP法を可決させ、その法によりIPECの地位を得て、FBIなどの捜査機関を指揮し、IPに関する規制(立法)にも関与していく。上院の人事承認時の各界からの推薦状に見られるように各界からの支持が多く、与野党問わず議会の信任も厚い。また、行き過ぎたSOPA/PIPA法案に反対声明(2012年1月)やCISPA(下院通過)への大統領拒否権を予告、支持層が広い。米国では、IP Czar(知財皇帝)、または、Copyright Czar(著作権皇帝)と言われている。

SOPA/PIPA法案反対声明 
http://www.whitehouse.gov/blog/2012/01/14/obama-administration-responds-we-people-petitions-sopa-and-online-piracy
CISPA法案反対、拒否権を示唆 http://japan.cnet.com/news/business/35016617/

 昨年秋から米韓FTAおよびTPPの調査を始めて、ふと、ものすごく頭のよい参謀がいることに気が付いた。IPに関する米国の戦略を構築、FTA、STOP、ACTA、PRO-IP法、TPPのIP条項を含め、通商交渉のテンプレートを作り上げた。最高傑作は米韓FTAであり、USTRが米韓FTAがモデルだとTPP交渉相手国に説明している。

 USTRは、バーシェフスキー元代表、シュワブ前代表やカトラー代表補のように有能な女性が多い。エスピネル女史は飛び抜けて有能。USTRは元ダラス市長が勤める場所ではない。また、日本の官僚も全く歯が立たない。

 ただし、オバマ政権がTPA獲得に努力していないことが、ACTAとTPPの進行を止めた。(間もなく明確になる) 彼女にとって予想外だったと思う。ACTAについては、Wyden上院議員が主張するように、上院に批准を頼めば可決承認される可能性はある。(前出の2007年のシュワブ代表のプレゼンテーション17頁に、法改正は不要と記載されている。現在のACTA署名違憲論の出発点かも知れない)
TPAとTPPについては、11月の選挙結果に左右される。

IP、FTA、TPP、ACTAの中心にいたのが誰であるかご理解いただけたと思う。

(これで米国のIP戦略を終ります)

Victoria A. Espinel U.S. Intellectual Property Enforcement Coordinator(IPEC)経歴
正式名 Victoria Angelica Espinel(Thomas議事録より)
1968年生まれ
1989年 ジョージタウン大学卒業
1992年 ジョージタウン大学法学博士
1997年 ロンドン・スクール経済学修士
このあとDCやニューヨークの法律事務所に勤務
2001年 USTRにIPのシニア顧問として入所
2004年のUSTR幹部名簿
http://usinfo.org/enus/government/branches/docs/off_trade_rep.pdf
2006年 USTRシュワブ代表紹介IP部門の代表補就任(オバマ大統領の推薦状には2005年と記載)
http://www.ustr.gov/archive/Document_Library/Press_Releases/2006/June/USTR_Schwab_Announces_New_Office_Focused_on_Intellectual_Property.html
2007~2009年 メーソン大学准教授と上院、下院の議会スタッフのアドバイザー兼任
2009年12月3日 上院の承認を得て、正式にIPECに就任
オバマ大統領推薦状
http://www.whitehouse.gov/the-press-office/president-obama-announces-more-key-administration-posts-92509
各界の推薦状リスト
http://www.judiciary.senate.gov/nominations/111thCongressExecutiveNominations/IPEC-VictoriaEspinel.cfm
動画紹介
2010年6月22日バイデン副大統領と共にIPの共同戦略プランを発表
http://www.youtube.com/watch?v=5qS-s6dn7tM
2011年3月1日下院公聴会、ドメインネーム没収について応答
http://www.youtube.com/watch?v=XXK8hZYcc0Q&feature=related