2008年のPRO-IP法で知的財産侵害に対する取締が強化された。その要旨は、
1.民事規定においては、著作権侵害の差押え手続き強化、商標権侵害の賠償額増加、海賊版輸出禁止明文化の強化策が加えられた。
  (著作権侵害に対する司法省への民事的執行権限の付与については、弁護士の仕事を奪うものとして、上院で削除された。)
2.刑事規定においては、模倣品・海賊版の差押え・破棄に関する刑事手続き、身体に影響のある模倣品取引の刑事罰引き上げ、模倣品の輸出禁止の明文化の強化策が加えられた。
3.大統領府に知的財産執行調整官(IPEC)を置き、関係省庁を統括する。
4,司法省、FBIなど捜査機関を増強し、州政府への助成も行う。

「FBI」
 2011年6月22日の上院司法委員会公聴会で、FBI次長が活動報告を行っている。
http://www.fbi.gov/news/testimony/intellectual-property-law-enforcement-efforts
 FBIの捜査対象は、IPの盗難、模倣品・海賊版の製造販売の犯罪組織を摘発、最優先事項は、健康と安全を脅かす偽造品、企業秘密の窃盗などである。
FBIは、移民税関局(ICE)の所管する国立知的財産権調整センター(IPRセンター)と密接な強力をしている。
 FBIは、2010年4月、IPRにFBIのIPRU(IPRユニット)を移設、5人の専門捜査官と管理スタッフ、アナリスト、専門家スタッフが含まれている。IPRUは、IPR侵害を調査する現場部門やIPR調査を行う他の部門などの調整を行っている。偽の健康商品を扱っている部門、1996年の産業スパイ法により外国人のエージェントを対象にしている防諜部門は、政府や企業秘密の窃盗に集中している。これらの部門と共同でより幅広い刑事告発が可能になる。

PRO-IP法
 この法律により、FBIのサイバー部門は、IPRUに51人の専門捜査官を21の現地事務所とIPRUに配備した。2009年4月には、26現地事務所に増加、2010年5月には20個所追加。44人の専門捜査官は、コンピュータハッキング・知的財産ユニット(CHIP)を持つ米国弁護士事務所(USAO)の20分野の事務所に配属された。ヒューストンのFBI事務所に2人の専門捜査官を配置。ロサンゼルス、ニューヨーク、サンフランシスコとワシントンD.C.もIPRの強化を行った。
 2011年5月31日の時点で、FBIは、471件の保留中の知的財産権の調査を行っていた。 2010年度では、前年度比42%増の営業秘密窃盗と安全・健康問題を捜査している。
 IPRUは、各分野のパートナーとIP問題を解決する努力をしている。最も脅威がある中国とインドにIPRのチームを60日間滞在させた。北京にIPRUを1年間活動させる過程にある。
 またFBIは、フォーチュン100社のセキュリティ担当者のWGを組織化、IPRセンターのWebサイトを引き継いだ。

トレーニングと能力向上
FBIは、個人に対し知識財産の教育と能力向上に努力している。2009年782人、2010年1678人、2011年5月現在1064人のトレーニングを終了した。2010年9月より、FBIの新しい専門捜査官に対してもトレーニングを行っている。
トレーニングでは、国際反模倣委員会(International Anti-Counterfeiting Coalition)、認証UL(Underwriters Laboratories)、医薬品のEli Lilly、ネットワークのCisco Systems、アメリカ映画協会(Motion Picture Association of America)、Microsoftの専門家が発表を行った。
FBIはアジア地区での捜査活動を高めるため、インターポール・バンコク事務所の支援を受け、2010年9月のソウルを最初としてトレーニングを開始した。

いくつかの捜査の成果
・2005年~2010年雇用されたアップルの元社員がアップル社の製品情報を他社に提供。
・2010年7月、4000万ドル以上の価値のGMのハイブリッド技術を盗んだ元従業員夫婦が逮捕され、懲役3年の判決。顧客は中国メーカー。
・2010年ゴールドマン・サックスの元従業員が、ドイツのサーバーから取引プログラムを送信。逮捕され懲役97ヶ月の判決。
・偽のガン薬をインターネットで販売したカナダ人に、懲役33ヶ月、罰金75,000ドル、賠償金53,742ドル支払の判決
・Wayne Chih-Wei Shuは偽のマイクロソフトサーバーを運営、175万ドルの没収判決。

「IPEC」
 2009年に設置された知的財産執行調整官(IPEC)は、IPに関して同調整官を議長とし、関係省庁11高官(下記)が委員を努める知的財産執行諮問委員会(advisory committee)を設置した。(関係省庁;行政管理予算局、司法省関係部局(FBI)、米国特許商標庁及び商務省関係部局、米国通商代表部(USTR)、国務省、国土安全保障省、食品医薬品局、農務省、その他大統領が必要と認める部局、米国著作権局等)
 つまり、IPECは、大統領、副大統領の下で、関係省庁の上に立つポジションである。FBI、移民税関局、USTRも支配している。次回最終回にIPECの説明を行う。
ここでは、IPECが発表した戦略と取締の実例について紹介する。
IPECの戦略(JETRO解説)
http://www.jetro.go.jp/world/n_america/us/ip/news/pdf/100623.pdf
連邦政府による模範指導、透明性向上、(政策決定や国際交渉過程での情報公開、スペシャル301条レポート海賊版サイトの公表など)、効率性と連携の確保(省庁連携やDBによる情報共有の促進)、国際的権利執行(外国ウェブサイトの対策)、サプライチェーンの保護、データ重視型政府の構築を戦略プランとして発表。
取締事例
2010年度アニュアルレポートJETRO要約版
http://www.jetro.go.jp/world/n_america/us/ip/news/pdf/110209.pdf
・USTRがACTA妥結に至らしめた。
・1億ドル相当の模倣品を含む二つの取締を実施
・4千万ドル以上の二つ事件をふくむ企業秘密の取締
・90以上の模倣品・海賊版販売サイトのDNSを没収
・偽装ネットワーク製品を摘発、1億4千万ドル以上の機器を没収。
・300以上の偽薬を販売していたWebサイトを閉鎖

2012年1月 IPスポットライト(5頁)
http://www.whitehouse.gov/sites/default/files/omb/IPEC/spotlight/ipec_spotlight_jan_feb_spotlight_2012.pdf
2012年1月、Megaupload(香港)の違法(著作権)サイトを閉鎖、関連する18のDNSと5千万ドルを没収。このサイトは1億5千万人が登録、日に5千万人がアクセス。推定被害5億ドル以上。
・Adobeのソフトをコピーして販売した被告、5年の懲役、被害推定最大100万ドル
・Ninja Videoの二人の創設者、剽窃したコンテンツを配布、一人は22ヶ月の懲役と21万ドルの返却、もう一人は、14ヶ月の懲役と17万ドルの返却を申し渡された。
・偽の集積回路を米軍に売り、20ヶ月の懲役
・Dolbyの商標を騙り、3万以上のDVDを販売、最高35年の懲役の可能性。
(以下省略)

 以上のように、著作権侵害も刑事罰が強化され、被害が大きい場合はインターネットのドメインネームまで没収される。ACTAやIP条項の入ったFTAおよびTPPが発効されると、各国のプロバイダーから違法活動した個人情報がFBIなどの捜査機関に通告されると考えてよい。通関時、強制的に荷物の検査を受け、模倣品・海賊版を持っていたら没収される。(将来はパソコンなどのデータもチェックされる可能性がある。)FBIが教育している多くの一般人が、FBIなどの捜査機関に違反を通報する。
 これまで、知的財産侵害に対し、権利者が違反者を訴追する親告罪であったが、米国のように、非親告罪の範囲を広げ捜査当局の権限が強化され、刑事罰を重くしている。(日本も同じ動き)
 IPECはFBI、税関などの捜査機関の情報管理を行い、効果的な捜査活動を指揮している。IPECは、IP皇帝と言われる所以である。
(参考資料)
IPECのHP
http://www.whitehouse.gov/omb/intellectualproperty
「Spotlight」は、下記のアニュアルレポートにバインドされている。
2010年度アニュアルレポート(英文92頁)
http://www.whitehouse.gov/sites/default/files/omb/IPEC/ipec_annual_report_feb2011.pdf
2011年度アニュアルレポート(英文123頁)
http://www.whitehouse.gov/sites/default/files/omb/IPEC/ipec_annual_2011_report.pdf

(6回目最終回、米国の知的財産の総元締め;IP皇帝)