ダラスTPP12ラウンドがはじまるとき、ある記事の中に気になる表現があった。
「オバマ政権はTPA(大統領貿易促進権限)を6月1日に議会へ申請し、90日後の9月承認まで交渉を中断する可能性がある。」
The Obama Administration is honoring a provision of the now expired Trade Promotion Authority requiring a 90-day notice to Congress before beginning negotiations on a FTA. If the Administration gave approval on June 1, a country could not join the talks until September.
http://westernfarmpress.com/government/trans-pacific-partnership-talks-critical-point

 前から疑問に思っていたUSTRの通商権限問題をもう一度調べた。説明や文献引用に一部、既出のブログと重なるところがあるがご容赦を。

 2月29日の下院歳入委員会公聴会で、USTRのカーク代表が議員の質問に答えて、TPAの承認を議会に相談していると証言。
House動画(長いのでロイター記事をご覧下さい)
http://democrats.waysandmeans.house.gov/Hearings/hearingDetails.aspx?NewsID=12044
ロイター記事
http://www.reuters.com/article/2012/02/29/us-usa-trade-kirk-idUSTRE81S1FF20120229

 3月7日上院財政委員会公聴会でHatch議員(共)がTPA承認申請を促している。
http://www.finance.senate.gov/imo/media/doc/03%2007%2012%20Hatch%20Statement%20at%202012%20trade%20agenda%20hearing.pdf
 ブッシュ政権でFTAを推進してきたBoehne下院議長も5月初旬、オバマ政権のTPA申請を促す発言をしている。
http://www.reuters.com/article/2012/05/08/usa-trade-boehner-idUSL1E8G81HM20120508

 Hatch議員も指摘している「合衆国憲法第一章第8条」とは、通商交渉の権限は議会にあり、大統領府(行政)にないことを指している。議会がこの権限を大統領府に委任することをTPAと言い、2007年7月より失効している。現在のUSTRは、正式な権限を持っていなく、昨年署名のACTAについても違法性を問われている。(3月7日上院公聴会Wyden議員の指摘)
合衆国憲法 http://aboutusa.japan.usembassy.gov/j/jusaj-constitution.html
(注;通商は議会、外交は(上院の助言を受け)大統領府に権限がある。日本は両方とも内閣に権限がある)

 FTAの交渉権限を与えたTPA法はブッシュ政権時代の911の翌年の2002年であった。多くの(12の)FTAをUSTRが署名、発効まで持ち込んだが、ペルー、コロンビア、パナマ、韓国とのFTA署名が残り、2007年6月までの延長は認められたものの、再延長は民主党の反対で採決されなかった。そのかわり、ブッシュ政権と民主党が貿易協定について契約を結び4ヶ国の案件処理の延長を認めた。(2007年超党派合意)実際には、3ヶ国は6月30日までに署名終了。コロンビアだけが2007年末署名を行った。

2007年超党派合意
American Society of International Law  http://www.asil.org/insights070529.cfm
笹山氏ブログ http://www.sasayama.or.jp/wordpress/?p=741
USTRの概要説明 http://www.ustr.gov/sites/default/files/uploads/factsheets/2007/asset_upload_file127_11319.pdf

 民主党は労働問題、環境問題などの理由でFTAに反対であった。(オバマもカークも)現在も民主党の自由貿易反対派は多い。昨年韓国などとのFTAを発効するにあたって、米国内の影響を緩和するTAA(貿易調整支援法)に、Hatch議員を中心とする共和党が「2002年のTPA法を部分修正(対象をTTP、期限を2013年6月)した上院修正案を追加し、2011年9月20日採決に持ち込んだ。結果は多数派の民主党が反対し否決された。

 共和党もUSTRもTPA法案成立を望んでいて、新しい法案(2002年のTPA法の修正ではない)の準備をしていることを、3月、4月の公聴会で証言している。
 
 TPAの効力のある場合、協定批准と実施法案の議会審議は「FTA協定及び実施法案(国内法)が提出されれば、下院では60日、上院では30 日の期間内で審議しなければならない。審議ではFTA 協定に対する修正は許されず、賛否いずれかの単純多数決によって批准か否かが採決される。提案した実施法案が否決されれば、長年の交渉努力が無に帰してしまうため、政府と議会は綿密な協議を重ねて実施法案を作成する(これを模擬的立法手続きという)。」
(桜美林大 滝井教授、研究レポートより)
http://www.iti.or.jp/kikan84/84takii.pdf

 TPAが無い場合は、大統領府(USTR)が議会と綿密に協議して交渉を進めざるを得ない。しかし、議員全ての同意を得ているわけではないので、協定批准および実施法案が修正なしに可決される保証はない。(滝井教授は、不可能だと言われている)この状態が現在のUSTRの置かれた立場だ。
 つまり、外国から見たら、TPAの効力を持たないUSTRは全権大使ではなく、交渉した条文が覆る可能性がある。
(注;滝井教授のレポートに、カークUSTR代表は、以前、上院議員選挙に出馬し落選した。そのときTPAに反対したと紹介がある)

 最初の「オバマ政権はTPA(大統領貿易促進権限)を6月1日に議会へ申請し、90日後の9月承認まで交渉を中断する可能性がある。」の記事に戻り、その意味を考えてみた。
 英文の表現も省略が多いので、If the Administration gave approval on June 1のapprovalが何を対象としているのか理解に苦しむところであった。米国在住の友人にも確認し、TPAであると教えられた。5月18日の三橋貴明氏のブログでも同様の表現であった。
http://ameblo.jp/takaakimitsuhashi/day-20120518.html

 この記事から推測すると、USTRは、昨年秋のハワイAPECでTPPを2012年7月までの合意を得るとのオバマ大統領の宣言をうけて、TPP-P9の基本合意を5月中にまとめ、6月1日に、合意文書、協定条文、TPA法案原案を議会に提出し、90日ルールでTPAの承認を得ようとした。日本、カナダ、メキシコとは、協議も始まっていないので、TPP-P9を優先した。9月のウラジオストックAPECで合意発表ができればと考えていたに違いない。
 ところが、5月8日~16日までカーク代表(元ダラス市長)の故郷ダラスで行われた12ラウンドの交渉が不調で、7月にカルフォルニアのサンディエゴで交渉を続けることにした。紹介した記事にあるように議会に申請して「90日間」は交渉ができない。ということは、TPAの申請も7月交渉以降になる。8月に申請できたとしても11月、大統領戦の最終局面、TPPどころの話ではない。全ては大統領戦後に先延ばしされる。
 18日からはじまったキャンプデービットのG8に、プーチン大統領が欠席、それを受けて、オバマ大統領は、ウラジオストックAPECの欠席を発表した。

オバマもカークも政治理念としては、反自由貿易主義なのだが、どうしてTPPにのめり込んでいったか、ダラス交渉の不調の原因についても、別の機会に紹介する。