村上春樹インタビュー(2008年3月) 下 | 苺猿の咆哮

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2008年3月30日 信濃毎日新聞に掲載

団塊世代としての落とし前

村上春樹さんは一九四九年生まれの団塊の世代の作家だ。この世代の問題に対する思いも深い。
 「僕らの世代は大学時代に理想主義を掲げ、革命というものを信じてないのに革命闘争をやったような”いいとこ取り”したような面があると思うんです」
 ところが、学生時代が終わると、多くは会社員となっていった。
 「もうこれは終わったのだとと思って、今度は企業戦士となり、どんどん経済を発展させてバブルを作り、次にはそれがはじけてチャラにしてしまった。この中核にいるのは団塊世代です。だから誰かが責任をとらなくてはいけないと思うんですよ」
 深い自省の念も持たずに、新しい事態にパッと変わってしまう人たち。団塊の世代もまた典型的な日本人なのだ。
 「僕もその団塊世代の一員ですから、小説家として、その落とし前はつけなくてはいけないと思っているんです。日本の戦後の精神史における落とし前ですね」

■ 人を救う

日本のバブルが崩壊した一九九〇年代前半は世界的にには冷戦構造が崩壊した時期だった。誰もが平和がやってくると思った。だがやってきたのは混沌たる世界だった。
 「特に9・11以降、次に何が起きるか分からない、予測のつかない世界を生きている。僕の書く小説には次に何が起こるか分からないという物語なんです。共感を呼んでいるとすれば、そのあたりかもしれません」
 日本人もこれまでは一生懸命は働けば、生活が豊かになり、幸せになって行くんだという幻想を持っていた。だがそれも全部砕かれてしまった。
 「だから自分とは何かという事実に向き合わなくてはならなくなってしまった。でもそれはすごく不安なことなんです」
 だが村上さんはそういう時だからこそ、物語が力を持つという。
 「人というのは、そんなに上とか下とか、前とか後ろとかで決められるものではないんです。それぞれの人には物語があり、その物語の中で生きている。それが人を救うんです。僕の書きたいのはそういう物語。明るい物語ではないけれど、ある暗さの中で共振するものを見いだすことで、救われるような物語です」

■ 総合小説

 かつて村上さんは「世界の混沌をそのまますっぽりと呑みこんで、しかもそこにひとつの明確な方向性を示唆するような、巨大な『総合小説』を書いてみたい」と記したことがある。
「僕の考える総合小説はいろんな人のいろんな視線があって、いろんな物語があって、それが総合的なひとつの場を作っている小説です。そのために三人称にならないと書けないですね」
 村上さんの初期作品は「僕」という一人称の主人公が特徴的だった。だが二〇〇〇年以降刊行の「神のこどもたちはみなよく踊る」「アフターダーク」は、三人称で書かれている。今、書いている「やたら長い」作品も三人称の総合小説だろうか。村上さんはその質問には直接答えてくれなかったが、作品の大事なポイントを教えてくれた。
 「それは『恐怖』です。手応えはある。僕の重要な作品になるような気がする」とのことだった。
 村上さんは現在五十九歳、来年は還暦。「でも枯れたくはないですね。『悪霊』を書き、『カラマーゾフの兄弟』を書いたドストエフスキーのように年を取るごとに充実していきたい」と語った。

(聞き手は共同通信編集委員 小山鉄郎)


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