福岡セミナーでS先生の仰った。
「精神医学は仮説の上に仮説を重ねて出来上がっている。」という言葉。
調べれば調べる程その通りだと思う。

仮説の上に仮説を重ねること自体悪いことではない。
エビデンスなどどこまで求めても行きつきはしない。

江戸時代の医術などは、何故効くのかわからない薬草を、その使用経験の積み重ねだけを頼りに使っていたのだろう。
時に医師は、日々の自己の臨床経験をもって自分の専門性を主張するが、他分野の科学者からすればそんなものは何の価値もない。
精神医学の学会の発表をみると、『~が効を奏した一例』といった発表が数多くみられるが、それはただの可能性を提示しただけで、本当の科学であれば、その可能性を他の研究者がさらに検証し、さらに統計的に検証されてはじめて実用化されるものである。そこまでやって初めて、仮説は仮説でなくなり、やっとその治療法は実際に臨床に使えるものとなる。

精神医学の中で科学的なものとはなんだろう。
科学的な装いがあるのは、製薬会社による治験におけるプラシボ対向試験である。
もちろんその治験対象者を選ぶ段階ですでに診断基準がいい加減であるから、抗がん剤のような病状が分かりやすいものなどより遥かに信頼性は低い。
この時点で既に信頼性は何割か割り引かねばならない。
さらに効いた効かなかったという結果も、曖昧。
ジプレキサの双極性障害でのうつ症状への適応の取得の際の治験データをみると、
うつ症状に対して効果があったのは、睡眠と食慾だけである。
これって、ジプレキサの主要な副作用である過鎮静と糖尿病を引き起こす作用と違うのかということである。
ちなみにデビット・ヒーリーの情報では、ジプレキサは治験至上最悪の自殺副作用を示すという治験結果を製造元は隠していたという事である。
パキシルで言えば、副作用に耐え切れなかった脱落者を効果を計算する母集団から外していたことも判明した。
つまり治験もはなはだ怪しいということだ。
だからと言って、この治験データを無視して良い訳ではない。デタラメを割り引いても数少ない統計である。
このデタラメさを知った上で、60~100人に1人自殺念慮が出るという結果をみれば、本当はもっと出るという事が想定できる。
治験データは、治療に使う場合においても、減薬の場合においても、その薬が何者であるかを知る数少ないエビデンスである。

一番信頼できるのは、私が何度もしつこく取り上げる代謝酵素(CYP)の件である。
これはまさに、人類が科学の進歩によってかちえた近年における最大の発見といって良い。何しろ、体質によって使える薬と使えない薬があることが判ったのだ。それも特異体質といったレベルではない。ジプレキサは10人に1人は使えないし、パキシルやリスパダールは4人に1人は効き過ぎることが判っているのだ。発達障害の子供には最少用量を慎重に使っていると言うが、代謝活性の低い子供は4人に1人いるのだ。
米国では、保険会社はもちろん、心理カウンセラーレベルでもCYPのことも薬物相互作用のことも知っているという。だから米国では多剤大量処方などあり得ない。しかも既に、1万円程度でこの体質は調べることができるようになっているのだ。要らないワクチンを3万円かけて打つまえに、国民全員調べた方が良い。

私には不思議でしょうがない。
医師に取って、自分がいつも使う薬の20や30くらい、治験結果やCYPを知っていてしかるべきではないか。
新薬が出たら、一度目を通せばよいではないか。私でも小一時間もあれば理解できる。
何故やらないのか。
私が薬に詳しいと褒めていただくことがあるが、それは甚だ情けない。こんなのは医療者のみならず全ての医療サービスに関わる全ての人の常識であるべきだ。多剤大量処方なんてものが、許されるなど論外である。恥を知れと言いたい。

減薬が出来る医師を紹介してくれという問い合わせは多い。
しかし、正直言って、今のところ自信を持って紹介できる医師はいない。精神医療被害に理解のある医師でも同様である。
今のところ、紹介する基準は、
・患者に親身である。
・薬に慎重である。
位しかないのである。
本当に親身であるなら、医薬品添付文書をきちんと読め。
薬力価を考慮する医師は居るには居るが、それだけでは足りない。

減薬に取り組むなら、まず患者の血中濃度を測定できれば一番良い。
効いてる薬と効いていない薬を見極めるためだ。あれこれ悩むよりそれが一番早いし正確である。
服用量と血中濃度から、CYPの活性や薬物相互作用がどう起きているかわかる。
同一効果の薬をまず一種類にするという方法が取られる事があるが、CYPや薬物相互作用を考慮しないのは甚だ危険である。
薬物相互作用の大きい薬を抜くと予期せぬ結果となる。

抗うつ剤は、治験で60~100人に1人は自殺副作用がでるのである。
殆どの抗うつ剤の代謝酵素はCYP2D6であるから、4人に1人は薬が効き過ぎるのである。
デプロメール(ルボックス)とジプレキサの併用は、ジプレキサの効果が強く出過ぎるし、その代謝酵素CYP1A2はもともと量が少ない。
パキシルの代謝酵素はCYP2D6であるが、パキシルは自身の代謝酵素CYP2D6を阻害する。だからパキシルを倍に増やすとそれは4倍にも6倍にもなる。リスパダールと併用するとパキシルはまず自分自身を代謝するためにCYP2D6を独占する。当然リスパダールの代謝は後回しとなる。
ベンゾジアゼピンは、常用量の約2倍で飽和状態となる。

これらは、仮説だらけの精神医療における数少ないエビデンスの数々である。
難しくもなんでもない。知らなければそれは専門家とは呼べない。

仮説の上に仮説を積み重ねているものであるなら、それはさらにEBMによる実証を重んじねばならない。
ジプレキサはうつの適応があるから処方するなどと言った言葉遊びはもうやめて下さい。説明書を読まないで機械を操作して、死亡事故を起こしたならそれは業務上過失致死ですよ。

今、自死者や中毒死者を研究しようとするのは、それが極めて客観的なデータであるからだ。
生活保護に追い込まれた数、休職から退職となった数。これらはなんとか医療の協力がなくても我々が得られる数少ないデータである。
医療が自ら検証するのであれば、こんな回りくどい研究をする必要などもともとないのだが、やらないなら我々は此処から解明する以外ない。
だが、社会学的見地からでも十分に被害を検証できることに我々は気が付いた。
そもそも、被害者である我々が、泣きながら被害を検証しなければならないこの状況はいったいなんだろう。
敢えて訊きたい。この研究に協力頂ける医師は居ませんか?
そして、エビデンスに基づいて、減薬治療を共に研究頂ける医師はいらっしゃいませんか?
(ちなみに厚労省は、こうした研究に予算は付けないそうです。自分たちに都合の良い研究を御仲間にやらせるだけですと。)
こうした研究は、今いる何十万もの被害者を救済するだけでなく、未来の被害者を生まないことにも通じる。
さらには、薬害から追い込まれる休職者や生活保護者を減らし、薬漬け医療の見直しにも貢献する。
最終的には精神医療そのものを救うことになるはずだ。
やるべきことは明白。やらない理由がわからない。

これほどダイレクトにまたその規模においても、社会に貢献できる研究など私は他に知らない。