• 25 May
    • アカシジアによる自死-たとえ裁判に勝てなくとも真実はここにある

      サードオピニオン会・講演会のお知らせ 西宮、東京、神奈川、福岡、京都、大阪、香川、静岡 減断薬読本購入希望の方 向精神薬と自死との関連は、抗うつ剤の持つアクティベーション作用で説明されることが多い。 自死と向精神薬との関連を疑う側の主張もそこばかりに注目が行く。 その他、自死にまつわる定説を上げるとざっとこんなものだ。 うつや統合失調症はそもそも自死リスクが高い病気。 (病気で自死するという考え方) 自死するだけの元気がなかったのが治りかけに企図に至る。 これはしばしば、リスパダールの目覚め現象として説明される。 (それまでセレネースなどでボーとさせていたのが、リスパダール(比較的ドーパミン遮断力の弱い薬)に変更されることによって、思考力が回復し、放置していた現実に耐えられなくて自死する) アクティベーション・シンドローム (抗うつ剤による自死副作用の惹起、服用開始直後、離脱時、若年層) そして、アカシジア(焦燥感)が重症化して自死するである。 米国での抗うつ剤SSRI訴訟の原告側の証人として、その後の和解(自死に対して1件当たり2億円の賠償金)に貢献したデビット・ヒーリーは、実によく自死と向精神薬の関連を説明してくれている。ちなみに、ジプレキサが治験時に史上最悪の自死副作用を呈していることを製薬会社イーライリリーが隠ぺいしていたことを暴露したのもヒーリーである。 ジプレキサの自死副作用は、アクティベーションでは説明しづらい。むしろ逆の作用を示すからだ。先の自死の責任を問う裁判においては、被告医師は、ジプレキサを焦燥感を抑えるために処方したと主張した。ジプレキサやリスパダールは自殺止めとして処方さするのだという。FDAの大規模副作用データベースでは、代表的なSSRIパキシルで、自殺念慮PRR8.25、自殺企図PRR5.56、自殺既遂PRR3.65である。それに対して、ジプレキサの自殺念慮PRRは2.89、自殺企図PRR4.38、自殺既遂PRR4.35となっている。*PRRとは、他の薬剤の平均に比べその副作用が出やすい指数ジプレキサも十分に自死副作用の誘発剤であることを示している。自殺念慮ではパキシルのほうが高いが、自殺既遂となるとジプレキサの方が高いのである。件数ベースでは、パキシル1522件に対しジプレキサ1029件である。 デビット・ヒーリーは、著書の中でアカシジアについて次の様に述べている。 「抗精神病薬の最も深刻な副作用としてアカシジアの症状が現れることがある。外側からはよくわからない場合もあるが、緊張、イライラ、不眠、不安といった症状である。リスペリドン(リスパダール)やオランザピン(ジプレキサ)などの高力価の抗精神病薬は特にアカシジアを起こしやすい。アカシジアの症状に耐えられないほどひどい場合、自殺するしかないという結論を出すような事態も起こりうる。自殺未遂あるいは完遂は、アカシジアの発症につづいて起きることが多い」 表2 アカシジアを引き起こす可能性のある薬剤(厚労省重篤副作用対応マニュアル)○抗精神病薬フェノチアジン系:プロクロルペラジン、クロルプロマジン、ペルフェナジン、クロルプロマジン・プロメタジン配合剤などブチロフェノン系:ハロペリドール、ブロムペリドール、チミペロンなどベンザミド系 :スルピリド、スルトプリド、ネモナプリド、チアプリドなど非定型抗精神病薬:リスペリドン、オランザピン、クエチアピン、ペロスピロン、アリピプラゾール、ブロナセリン○抗うつ薬三環系:アミトリプリチン、アモキサピン、イミプラミン、クロミプラミンなど四環系:マプロチリン、ミアンセリンなどその他:スルピリド、トラゾドンなどSSRI:フルボキサミン、パロキセチン、セルトラリンSNRI:ミルナシプラン○抗けいれん薬・気分安定薬:バルプロ酸ナトリウム○抗不安薬:タンドスピロン  日本の精神科医には、自死の副作用止めにリスパダールやジプレキサを投与するという杓子定規な対応がみられる。 これに対し、ヒーリーは次のように述べている。 「こういった反応(アカシジアでジッとしていられないこと)は明らかに、病院にやってきた人の中に時々見られる’困った’振舞と関係がある。アカシジアを発症している人は病気がより重い患者のように受け取られ、その結果処方される薬の量が多くなることもありうる。また、そういった患者本人はなるべく早く病院から出なければと感じることもあり、その患者が明らかな混乱状態にあるのでない限り、病棟スタッフは退院を許すしかないと考えるわけだ。このような状態で病院を退院した患者、もしくは自宅でアカシジアを発症した人の場合はおそらく自殺の危険性が高い。従って、抗精神病薬を服用している人が焦燥感や衝動性の高まりを訴えるような場合は、深刻に受け止めるべきなのである。だが抗精神病薬は焦燥感や衝動性を鎮める薬(そういった症状を強めるのではなく)ということになっているので、深刻に受け止められないこともしばしばである。」 自殺の副作用止めとして処方した薬が、実は自死の誘発薬であり、病状の悪化と捉えられると、さらに増量されるという危険を指摘しているのである。 また、ヒーリーは、健康人であるボランティアにたいして行われた研究で次のように述べている。 「健康なボランティアにハロペリドールを服用してもらってその反応をみるという研究がキングらによって実施された。それによると、4mgという低用量で被験者の最高50%に、不安で落ち着かない、不安定な感じ、じっとしていられないなどの感情の変化が認められたという。被験者の中には、部屋にじっとしていることなどとてもできそうもないと感じた人も居る。と同時に、なぜそのようにじっとしていられないのか訳が分からなかったとも報告している。抗精神病薬を自分で試してみた精神科医の多くがこれと同じ体験をしており、これまでの一生で最悪に近い体験として記事にまとめた人も居る。」 つまり、何の病状も無い健康人に抗精神病薬を処方すると、同じようなことになると言っているのである。 うつにも効果があるからとジプレキサを処方したり、 問題行動を抑えるための抗精神病薬の投与が、如何に罪作りか分かって頂けるだろうか。 自死の問題に限らず、うつ病診断やADHD診断が、いつの間にか統合失調症と診断される背景には、この問題が大きく関与していることは間違いない。 自死を争う裁判で、被告医師は、ジプレキサはうつ病にも効果のある標準的な治療法であると主張した。アカシジアによる不安や焦燥感を病気の悪化とし、薬を増量した。救急で訪れた際に、抗コリン薬(抗パ剤)で劇的に良くなったエピソードもアカシジアが発症していたことを強く疑わせていた。 アカシジアを中心に再構成してみると、全て整合性はピタリと符合した。 ジグソーパズルのピースが全て揃えば、それは真実である。

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  • 21 May
    • 自らを灯明(とうみょう)として今を生きる

      サードオピニオン会・講演会のお知らせ 中津川、名古屋、西宮、東京、神奈川、福岡、京都、大阪、香川、静岡 減断薬読本購入希望の方 ホワイト=エプストンは、フランスの社会学者ミシェル・フーコーの知についての議論を援用しながら、患者の状況を支配している一般的な物語を、「ドミナント・ストーリー」と呼んだ。 人は、自身の頭の中で、過去の出来事を紡いで、物語を作り上げる。 良くある当事者と家族の軋轢(家族を毒親と呼んだり、パートナーを悪者に仕立て上げる)の中でも、それぞれが紡いだ物語の違いは鮮明に表れる。 共有している同じ過去の経験は、双方から全く別の経験として語られるのだ。 ・毒親(パートナー)によって悪化されられた物語 ・社会に適応できない精神的な問題を抱えた子供への報われない献身的な物語 この2つの物語は、過去の経験を共有しているにも関わらず、全く別の物語として語られる。 当事者のドミナントストーリーで描かれた「親に対する恨み」は、今がさらに追い詰められている場合はさらに強化され、病的なまでに再生産されることもある。特に問題が、ひきこもり状態によって家族の中に内在化している場合は、そのストーリーはさらに強化されていく。実際に私の回りにはそういう人がいくらでもいるし、そうした相談も多い。互いに互いのストーリーを押し付けあい、互いに支配しようとする姿には心が痛む。 どちらのストーリーも当人にとっては紛れもない真実である。 だが、それぞれのストーリーは過去の出来事をそれぞれの現在の状況に応じて自分で書き換えたものである。 現在の状況から遡って、過去の出来事を紡いで、苦しみの物語を再生産しているのだ。 (妄想や敵意も同じことが言えるかもしれない) これは逆に。どんなに困難な状況であったとしても、もしも将来状況が好転したなら、そこからストーリーは再構成することができるということでもある。 ただの苦しみの物語(ドミナントストーリー)は、克服の物語(オルタナティブストーリー)に書き換えることは可能なのだ。 実際に、精神科サバイバーの多くは、それを達成している。 重要なのはまず現在の危機をまず乗り越えることである。過去の苦しみの物語は横においておくのが良い。今が改善しなければ、オルタナティブストーリーは描けない。 そもそも精神的な苦痛というものも何だか怪しい。 苦痛を感じる元となっているそもそも幸せの定義そのものが怪しいのだ。 例えば、人並み以上に裕福な暮らしを送っていた人が、何かのきっかけで人並みの収入に落ち込めば、この世の地獄のように嘆く。 しかし、もともと金にあまり縁の無かった人にとって見れば、何故、それほど嘆くのか理解不能なのである。 消費することで得られた幸せを、創造する幸せに転換できれば、貧乏もそれほど悪くはない。 慣れてしまえば、こっちの方が幸せな気にさえなってくる。人間は案外柔軟に出来ている。 私などは、もうどんなに収入が上がろうが、毎月会社の資金繰りに悩まされる生活は2度と御免だ。 受験に失敗しようが、就職に失敗しようが、結婚に失敗しようが、実は同じことである。 受験に失敗したから、就職に失敗したから、離婚したから不幸になる訳でもない。 こころは本来自由である。 もちろん現実は厳しい。 失敗を許さないこの日本社会において、一度外れてしまったレールにまた戻ることは至難の業だ。 精神医療の薬漬けにあい、10年、20年の闘病により失われた時間を取り戻すことは出来ない。過去は変えられない。 だが、どの時点からでも人生をやり直すことが出来るものなら、その苦しみも少しは和らげることが出来るだろう。 事実、私などは、40代後半から、新たな全く別の人生を送っている。 世間一般のいう幸せなど基準から言えば幸せなど望むべくもないが、幸せを感じることは自由である。 いや、他者からの眼差しを解除できたからこそ得られる幸せもあるのだ。 むしろ、私から見れば、人に用意されたレールに必死にしがみ付くことのほうが幸せから遠ざかっているように思える。 問題は、社会から押し付けられた言説、他人からの価値観の押しつけ、さらには、他者からの支配にあると思う。 人と比較することでしか幸せを感じられないことも、社会から押し付けられた価値観にあるのではないか。 良くある対人恐怖、敵意は、支配によって植え付けられた不安の象徴では無いのか。 うつ症状は、逃げ場のない現実からの防衛反応ではないのか。 被害妄想や幻聴や幻覚は、社会や抑圧的な対人関係から生じているのではないか? こうした精神症状は、抑圧的な他者の眼差しを内在化することで起きるのではないか(*ロジャース)。 事実、外に気を取られている間は、幻聴も幻覚も消えるのである。 抑圧的な環境の中では、オルタナティブストーリーは描けない。 他者に支配されたままでは、オルタナティブストーリーは描けない。 オルタナティブストーリーを描くには、まず抑圧を排した今が必要なのだと思う。そして、他者からの眼差しを外すプロセスが必要なのだ。 自己決定の原則、本人中心主義とは実に理に適っている。 そのためにその人やその周りの人たちを支配する言説も書き換えねばならない。 人は誰もがそんなに立派ではないこと。 人生は、想像以上にバラエティに富んでいること。 金があるから幸せとは限らないこと。 進学や就職の失敗は、人生のほんの一部の失敗でしかないこと。 結婚が幸せとは限らないこと。 幸せそうに振舞っている人ほど、それほど幸せではないこと。 人は人を支配してはならないこと。 自分の人生は自分で決めるもの。 皆が、この様に考えることが出来たなら、我々はもっと楽に生きていくことが出来る。 もっともこれは知識として知っていても仕方がない。 自分で決めて自分で責任を取ることの繰り返しの中で、自分の血と肉になるような生きた経験として学ぶ以外にない。 現代人は、こうした経験が決定的に欠けていると思う。 社会精神医学の先生が、精神症状を引き起こす原因の一つは経験不足と言っていたが、こういうことかと実感する。 可愛い子には旅をさせよとは良く言ったものだ。 2000年以上も前に、お釈迦さまも同じことを言っているではないか。我々はその時代と変わらず未だに同じことに悩んでいる。 自らを灯明(とうみょう)として今を生きることが出来たなら、人はもっと逞しく楽に生きられるはずだ。 自らを灯明とうみょう(ともしび)とせよ お釈迦さまが晩年に病気にかかられたときのことです。お弟子たちは、お釈迦さまがなくなられたら、あとは誰れをたよりにしたらよいだろうかと心配しました。そのことに気づかれて、お釈迦さまは、 「自みずからを灯明とうみょうとし、自らをたよりとして、他をたよりとせず、法ほうを灯明とうみょうとし、法をたよりとして、他のものをよりどころとせずにあれ」と語られたといいます。「自灯明じとうみょう、法灯明ほうとうみょう」の教えとして、有名なお言葉です。 とかく私たちは、人の言ったことに左右されがちです。とくに権威けんいある人に追随ついずいして、自分で考え、自分で何が正しいかを見定めようとはしません。実はその方が安易あんいだからです。しかし、結局、「信用していたのにだまされた」ということになりがちです。人間が人間を信じるということは危険性をともなうことなのです。人の言葉を鵜呑うのみにして頼るのではなく、何が正しいかを、はっきり見定めることのできる自分を確立してゆくことが、大切であることを、お釈迦さまは「自らを灯明とうみょう(ともしび)とせよ」と教えられたのでした。  それでは、私どもは何を根拠こんきょに正しいと判断すればいのでしょうか。それをお釈迦さまは「法を灯明とうみょう(ともしび)とせよ」と教えられたのです。法とは、物ごとの本当のあり方のことです。たとえば、すべてのものは変化し、永久に続くものは一つとしてありません。この事実が無常という真理なのです。この疑いようのない真理を法といいます。 また、すべてのものは依よりあって成り立っています。この事実が「縁起えんぎ」という法です。これらのことは誰れでも認める真理ですが、しかし、私たちはこの明白な事実でも、自分自身のこととなるとなかなか認めようとしません。他人は死んでも、自分はいつまでも元気でいると思っています。これが、迷いそのものなのです。私たちが自分だけは例外だ、と無意識に思いこんでいる誤りに気づき、迷いから抜け出すには、この法に根拠をおき、法に教えられて、自分自身が目覚めざめていくことが大切です。そのことを お釈迦さまは「自らを灯明とうみょう(ともしび)とせよ」と教えられたのです。法輝山 光西寺法話 http://houkizan.sakura.ne.jp/text8-10.html より

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  • 17 May
    • 5月~ オルタナティブ協議会、精神医療被害連絡会のお知らせ

      オルタナティブ協議会、精神医療被害連絡会の勉強会・サードオピニオン会のお知らせ 全国セミナー、東京、神奈川new!!!~私たちが目指す回復のかたち~ ○サードオピニオン会とは・・ 「新たな視点からの選択と対話による回復」サード・オピニオン会の開催予定 東京 6/11 6/12 7/10 (東京は参加者多数の為、十分に対話出来ないため、1回あたりの参加者数を10名としました。) 神奈川 6/5 7/3 8/7 大阪 5/27 6/24 7/22 8/26 名古屋 5/25 7/17 8/20 9/17 10/15 西宮(兵庫) 5/26 6/23 7/21 8/25 福岡 5/30 6/27 7/25 三島(静岡) 7/16 8/21 9/18 10/16 高松 5/29 中津川(岐阜) 5/22 学会・講演会 5月27日 中川聡先生講演会「子どもに向精神薬」って大丈夫? 発達障害児支援LOF教育センター主催 6月25日 日本臨床心理学会大会 こころの「医療化」を問う 姫路 6月26日 全国オルタナティブ協議会全国大会 姫路 減断薬の為の基礎知識(お薬を深く学ぶセミナー) 未定 クスリに頼らないオルタナティブ講座 未定 神奈川オルタナティブ協議会【オルかな】主催イベント 7月17日 高齢者医療と介護を考える 精神薬ゼロを目指す特養から学ぼう! 関西オルタナティブ協議会【オルかん】主催イベント 5月21日 初夏の京都でバーベキュー 5月28日 「子どもに向精神薬」って大丈夫?勉強会 6月4日 身体をゆるめる ゆるりの会

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  • 12 May
    • 注目!!!熊本の精神科サバイバーからのメッセージ

      オルタナティブ協議会、精神医療被害連絡会のお知らせ 5月15日四谷、中津川、高松、名古屋、大阪、福岡、京都 NEW!!! 熊本の精神科サバイバー かよさん からメッセージ頂きました。 以下、転載 震災後から公やその他の団体や機関で心の健康に対する相談窓口が開設されています。 「平成28年熊本地震・東日本大震災 -こころのケア-」「こころの健康相談電話」「心の緊急電話相談」「発達障害者の人たちの相談窓口」「子どもの心の悩みについて」の児童相談所による相談窓口「避難所での暴力・いやがらせの相談窓口」など。 「心の健康確保」「こころの不調が出ることがある」と謳い、「地震のあと普段と違う環境に置かれている発達障害の人たちとその家族へ の避難所生活のアドバイスや、生活支援を受けることができる『福祉避難 所』の紹介などを行う」とHPなどでお知らせしています。 医師や臨床心理士、専門の職員やスタッフがサポートやアドバイスをするとの事。あくまで相談までなら良いですが、延長線上に有り得る【薬物療法】には手を出さないでほしいです。薬でメンタルケアを行おうなんて考えは持ってはいけません。 薬ではなんの解決にもならないし、服薬を続ければ薬物中毒に陥るか、その副作用により帰らぬ人になってしまいます。 【おくすり】 = 【毒物】であることを認識して下さい。(過剰な)薬の投与は本人の本来持っている回復力(自然治癒力)を妨げてしまいます。 心の問題は、薬に頼らず医療とは異なった自らの(別の)視点から対策をとることが大切だと思います。心を痛めた本人が自ら考えることが出来ない状態の場合は、周囲の人間がサポートすることが大切だと思います。 辛いからといって病院に行って病名を付けてもらって安心しようなんて思わないで下さい。お医者さんの「薬を飲めば楽になる」「気力が湧いてくる」「仕事がまた出来る」などといった甘い言葉に惑わされないで下さい。 心の問題や被災ストレスによる不調は、医師の処方する西洋薬が本当の「おくすり」なのではなく、「本人や家族、周囲の人間の支え合いや思いやり、考え方、時間」が本物の「おくすり」だと思います。 先日5月9日にKAB熊本朝日放送 -つながる情報テレビくまパワ- で放送された内容を記します。HPにも載っています。 特別企画「子どもの心のケア」 震災で大人と同様に子どもも大きなストレスを抱え、ストレスに対応する力がまだ十分でなく、解消できないままにしているとPTSD(心的外傷後ストレス後遺症)という精神疾患につながる恐れがある。 大きな地震のあとに子どもたちに変化がでるのは自然なこと。 子どもたちなりにこの困難を乗り越えようとしている。 変化は子どもから出されるサイン。 周囲にいる大人がこのサインを見落とさないことが大事。 【幼少期】赤ちゃん返りをする 親にくっついて離れない できていたことができなくなる 一人で寝るのを嫌がる 怖い体験をしたことで安心できる人のそばにいたがる [対応]:抱っこ、添い寝、一緒に行動してあげる 【小学生】同じこと起きるのでは?と怯える 同じ話、遊びを繰り返す 口調、行動が荒くなる 消極的になる 気持ちを言葉で表すことがまだ上手にできない時期 [対応]:悩みを口にできる機会をつくる 恐怖や不安、悲しみの感情を否定しない 【中学生】過度に心配する 無力感や罪悪感を持つ 無茶な行動をとる 反抗期になる 感情が複雑化し整理できにくい時期 [対応]:想いを共有する 存在や努力を認めて承認欲を高める 上記の内容から私がお伝えしたい事は、 どんなに深刻な心の状態であっても、大人でも子供でも医者の処方する薬に簡単には手を出してほしくないという事です。服薬する前に、西洋薬の副作用や危険性について詳しく知ってから検討して下さい。 重要なメンタルケアというものは、信頼関係のある人間との間で行われる事が真心の癒しによる真の治療だと思います。 薬物療法を勧める専門家に頼らない事が大切です。 専門家は当然家族や親しい知人ではなく赤の他人です。アドバイスを鵜呑みにしないで下さい。 自分の身に降りかかった災難を解決する突破口を見つけるのは自分であって 医者や他の専門家ではないのです。どんなに辛い状況であろうと、そこから目を背けてはいけません。苦しくても、この窮地を乗り越える力をつけて行かなければ、 新たに待ち受ける多くの難関を通り越して行くことは出来ません。 あなたやあなたの周りの人たちの底力が問われる大事な時です。 自戒を込めて 熊本、精神科サバイバー かよ

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  • 11 May
    • 減薬も本人中心主義の原則を守るべき

      オルタナティブ協議会、精神医療被害連絡会のお知らせ 5月15日四谷、中津川、高松、名古屋、大阪、福岡、京都 NEW!!! 現代日本の精神科医の主な仕事(専権事項)は、診断(病名をつける)と処方箋を書くこと 診断や処方に口を出すと、 「何様だ」 と怒られることがある。 まるで、一般市民は、医療や薬に口を出してはならないような言い草である。 医療はサービスの一つであり、基本的にその選択権・決定権は市民にある。 インフォームドコンセントを経ていない投薬は基本的に障害行為であって、人権侵害である。 市民には、その診断や投薬の根拠を知る権利があり、その上で初めて治療に合意できる。 自分の受けている(受けようとしている)医療を知ることに対して何の制約も受ける必要はない。 その市民の知る権利を嫌がるということは、自身の診断や処方に自信が無いと思われても仕方がないではないか。 奢り以外の何物でもない。 クスリのことは、医師よりも、精神科サバイバーの方が良く知っている。 何より、自らが服薬の経験者であり、文字通り死に物狂いで情報を探し求めた結果である。 私の知識の多くも彼らに教えてもらったものだ。 自分で選択するという行為は、回復の為の第一歩である。 人は自分で決めたことは自分で責任が取れるのである。 もし、それが出来たならば、その人は精神病から卒業である。 もちろん、それが茨の道であることは言うまでもない。 診断と服薬の問題を横において、何がリカバリーだと思う。 本人中心主義と言いながら、私(医師、カウンセラー)治す人、私(患者)治してもらう人という関係性を問わないとは如何なものか? 精神病とは何か? クスリとは何か? 診断とは何か? それを知らずに自己決定など不可能である。 当人を取り巻く周りの人間に出来ることは、ただ、その自己決定のお手伝いをすることだけ。 誰も治すことなど出来ないのだから当たり前だ。 医療や福祉による(実質的な)治療の押しつけは人権侵害だが、家族による治療の押しつけも同様に人権侵害になりかねない。 現実の自傷他害、明らかな急性症状、他とのコミュニケーションが一切取れないような状態で無ければ、これは免責されない。 子供だからとか、病気だからとか、 高齢者、障害者を理由に、その自己決定の原則を逸脱することは許されない。 これは減断薬においても同様に守られるべきものだと考える。 本人を差し置いて、家族が減薬を決めることなど出来ない。 ただし、この日本の非常識な多剤大量処方を受けて、混乱状態にある場合は別だが、どんな状態であっても説明の手間を省くべきではない。 知識不足、経験不足は、精神症状の直接的な発症要因である。 敵意や妄想や幻聴も、自己に閉じ籠ることにより、強化され固定化される。 良く良く考えてみてもらいたい。 知識不足、経験不足では、人間は合理的な判断など出来ない。 子供が、夢見がちで非現実的な行動をした時、我々はそれが子供がいまだ成長過程にあることを知っている。 それらを獲得する経験を経て、子供は徐々に社会に適応する能力を獲得していく。 家庭内で何も経験していない子供が、小学校でいきなり、集団秩序を守ることを要求されても出来るはずがない。 子供に必要なのは、知識や経験である。 ヘリコプターペアレンツ*1と呼ばれるような親の元では、こどもは経験不足になりがちだ。 経験不足の子供は、怒りの表現方法さえ学んでいないのだ。 初めての経験をした時、それを拒否する言葉や方法を学んでいなければ、問題行動で示すしかなくなる。 病名を付けて、投薬する前にやるべきことは山ほどある。 統合失調症の多くは、思春期に発症する。基本的に若い人に発症する。 そもそも、統合失調症なんて病名がある訳ではない。それを発達障害と言い換えても何の意味も無い。 精神科診断は、医学ではない。単なるお医者様ごっこのようなものだ。 統合失調症ではなく発達障害だったという診断をうけ、誤診だと憤慨している当事者にあったが、それはそもそも誤診ですらない。 生物学的な問題がある可能性はあるが、現在の医学水準ではそれは解明されていないし、あったとしてもそれは発症要因の一部に過ぎない。 子どもへの投薬は、薬過敏だから問題なのでもない。 (子供のクスリの代謝力は大人より強い。子供は自分を守るように出来ているのだろう。) そもそも、出来上がってもいない成長過程の脳に暴力的に作用する薬を飲ませてはいけないということだ。 逆に、投薬こそ、子供の発達を阻害する最大の要因である。 異論のある方には、こう問いたい。 「ただの科学物質であるクスリにこの複雑な人間の心を治療する力があると思いますか?」 「長期に投薬を受けて、その人が幸せになったという研究を見たことはありますか?」 何処を探したってそんなものは無い。 我々が、この厄介な問題に対して持っている武器は、 そのあまりにも不完全な対症療法としてのクスリと、不完全な人間の心に対する理解である。 我々に出来るのは、その危機を引き起こした原因と思われるものを、少しでも改善していく努力だけである。 魔法のような解決策はないことを知らねば、そのスタート地点にも立てやしない。 自己決定をし、自己で責任をとる。それ以外のゴールはあるだろうか? 薬物治療の先に何か希望はあるだろうか? ただし、クスリが良くないことが分かったとしても、減断薬を焦ってはならない。 減断薬も本人を交えて慎重に計画を立て、慎重に取りくむべきである。 投薬前の問題より、さらに問題は複雑化している。 重ねて言うが、本人中心の原則はくれぐれも守って頂きたい。 今月のサードオピニオン会・こども関連セミナーでは、私からの話題提供はこれにしようと思う。

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  • 05 May
    • こどもへの過剰診断・過剰投薬被害の防止(発達障害者支援法改正)に署名下さい

      こどもへの過剰診断・過剰投薬の防止 署名お願いします!!!オルタナティブ協議会、精神医療被害連絡会のお知らせ 中津川、高松、名古屋、大阪、福岡、京都 NEW!!! 最初は、私の亡くなった家族のように、不要な診断、投薬を受けて被害に合った人たちがどうにか出来ないかと考えていた。 ちょっとした不眠や不安から、精神科に繋がり、不要な診断と投薬を受けて悪化していった人たちである。 その人(未来の被害者を含む)たちに対する多剤大量処方やデタラメ診断を止めさせること、私の関心事はそこにあった。 その活動は、ある意味上手く行った部分もある。 抗うつ剤の売上は減少し、うつ病患者も頭打ちとなった。不十分ではあるが、多剤大量処方も規制され始め、睡眠薬や抗不安薬の依存性も知られるようになった。 この人たちは、減断薬で比較的上手く回復出来ることが多い。うつ病の元々の転帰の良さも、それを後押ししてくれるからだ。 ところが、ここ数年、そういう人たちに混ざり、それまで私が持っていなかった視点の患者たちが私の前に現れたのだ。 所謂、本物(のように見える)の統合失調症患者とその家族である。 彼らを知って、正直、私は迷宮に入り込んだ。 ただ、多剤大量処方が悪であることのコンセンサスは、全ての患者・家族に共通して得られた。 彼らにとっても、多剤大量処方が蔓延したこの日本の精神医療において、その改善の効果は大きい。 けれども、薬を減らした後、その先の答えを私は持っていないことに気付かされたのだ。。 そこで、そもそも、その人に薬が必要であったのかという問いを立てることにした。 その問いを解くために役立ったのが、 伝統的な精神病理学(ブロイラー)やフーコーの著書、ウィタカーの著書である。 (最近は脱病院化や脱学校化を唱えたイリイチに凝っている) そこに記述されていたのは、如何に医療というものが、権力や金に結びつくと危険な存在になるかということである。 医療化の問題を問わずして、この問いは解けない。 過剰診断で薬漬けにされた患者はもとより、かつての医療化以前の統合失調症患者の大部分も、地域で暮らすことが出来て、薬も不要であったことを知った。彼らの主張は、現在の精神医学の専門家たちの研究が如何に偏っているかと言うことを知らしめていた。 統合失調症患者が一生薬を飲まねばならないという言説は明確に否定できる。 しかし、そもそも薬が必要なかった患者が、長い間の服薬を通じて新たな精神症状を発病した場合。 その予後(転帰)については答えが無い。 そもそも、薬剤性の精神疾患の予後など誰も研究していないのだ。 (精神医学は、まるでそれが無いかのように振舞っているのだから) 総論として、大部分の患者に薬が必要でないことは分かったが、誰に薬が必要で、誰に薬が必要でないという個別の答えを私は持っていない。だが、同時に、とうの精神科医も持っていないこともわかった。 答えも持っていないにもかかわらず、わかったふりをして治療と称して漫然とクスリを処方しているだけである。 彼らを支えているのは、科学でも医学でもない。ただただ、その権威による。 イタリアの精神医療改革を成し遂げた医師達がそうであったように、この問題に取り組むための個々人(医師であれ、福祉であれ)には自分達が無力であるとの自覚が必要である。そこからしか、新たなオルタナティブは生まれない。我々はその第一歩を踏み出そうとしている段階に過ぎない。 欧米で進められたリカバリーや社会医学的な取り組みも、その限界は明白である。 その理念だけでどうにかなるほど、この問題は易しくはない。 精神障害者となり、薬を飲みながらでないと、年金や生活保護が受けられず、生活が成り立たない人々。 当然、その人たちに対するオルタナティブを私は持っていない。 はっきりものを言えば、現在の状況は八方塞がりである。 私の活動を、破れ傘で台風に立ち向かうようなものだと揶揄されることがある。 そういう人たちは、得てして医療関係者や福祉関係者である。 その多くが、良識者と呼ばれ、現在の医療システムや科研費などで飯を食っている人たちである。 理解できるが、具体的には出来ない。総論賛成、各論反対の人たちである。 クスリに反対するのであれば、医学モデルそのものにも反対すべきだと私は思う。 それを責めようと思ってはいない。患者会も、家族会も同様、その立ち位置からは見えるものが違うのだ。 私は私の出来ることだけをやるので放っておいて欲しい。 これが正直なところだ。 だが、確信を持っているのは、私にそれを実現できる可能性は限りなく0であるが、私の主張はオリジナルではなく、他国ではある一定の支持を集めるオルタナティブであることだ。 一度捨てた人生をかけるには十分すぎる可能性を持っているのである。時間が後押ししてくれるもの間違いない。 目指すところは実にシンプルである。 当事者が、自分で決め、自分で出来ることを増やしていくだけ。 天は自ら助くる者を助く、我々に出来るのはその些細なお手伝いだけである。 その手伝いに、肩書は必要ない(まあ、あれば便利だが)。 我々が目指すのは再生(回復)であり、治療ではない。 とやかく言わずとも、あとはやるだけである。 そうした状況で、一つ忌々しき事態が起きている。 発達障害概念の広がりとそれに伴う過剰診断・過剰投薬の問題である。 また、診断・投薬を拒否するとそれが育児ネグレクト(虐待)と取られるというおぞましき事態である。 うつ病や統合失調症の問題に携わっている人には、この問題の根深さが痛い程わかるはずだ。 しかし、残念なことに、発達障害に関わる人々の多くが、うつ病や統合失調症における負の歴史を知らない。 発達障害概念が広がる以前から、統合失調症やうつ病の過剰診断により薬漬けになった子供を何人も見てきた。 大人であれば、成長後、出来上がった脳に対するダメージであるが、子供のそれは取り返しのつかないものになる。 成長過程の脳が、向精神薬という暴力的な影響を受けるのである。それも、思春期以降ではなく、それ以前の段階でだ。 これはもう、誰も責任が取れない。 大人のうつ病や統合失調症の薬漬け問題より、さらに対応は難しい。 子供の薬漬け問題は、多剤大量処方問題と同様に、立場を超えて共闘できるものだと思う。 ただでさえ難しい問題をさらに難しくしないでもらいたい。 こどもの薬漬けによって引き起こされるのは。 明確な臨床的医原病であり、社会的医原病であり、文化的医原病である。 うつ病や統合失調症においては、ケースにより、明確な精神医療の役割はある。 (そのほとんどは医学的な役割ではなく、社会的な役割であるが) しかし、この子供に対する精神医学の役割はほぼ無い。 科学的でもなければ、医学的でもない。そのかけらもない。 そして、この愚を犯しているのは、米国や我が国など限られた国でしかない。(欧州諸国はそれほど毒されていない。) 国連やWHOでさえも、医学モデルではなくて社会モデルでやれと言っている。 医療化を排し、教育を教育者の手に、子育てを一般社会に取り戻して頂きたい。 共感頂ける方は、是非署名下さい。 こどもへの過剰診断・過剰投薬被害の防止(発達障害者支援法改正) また、この問題の解説を大阪、京都で行います。 キーワードは、脱医療化、脱学校化。 ご興味のある方は是非参加ください。 5月27日 中川聡先生講演会「子どもに向精神薬」って大丈夫?大阪 発達障害児支援LOF教育センター主催 5月28日 「子どもに向精神薬」って大丈夫? 京都 関西オルタナティブ協議会主催

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  • 30 Apr
    • 減断薬すれば良いってもんじゃない

      こどもへの過剰診断・過剰投薬の防止 署名お願いします!!! オルタナティブ協議会、精神医療被害連絡会のお知らせ減断薬の為の基礎知識(お薬を深く学ぶセミナー)in 東京 5月1日新宿!!! 一般論として、減断薬が有効な手段であることは間違いない。 私の周りには、減断薬の結果、目覚ましい回復を果たした人々は大勢いる。 現代日本の精神科は、間違いなく過剰投薬である。過剰投薬を、普通の投薬(?)にするだけで回復に近づく。 もっと言うなら、最初からクスリを使わないのが一番良い。→前記事 国立精神神経センターの論文でも、(統合失調症における)単剤で充分であることが示された。 近年の多剤大量処方の規制は、減薬が正しいと国も認めたということだ。 断薬したほうが予後が良いという研究もある。 そもそも、薬物治療の転帰が、伝統的な精神病理学の示す予後に劣るのだから、現代の薬物治療が失敗しているのは明白である。 まず問うべきは、 その人に向精神薬は必要であったかどうかである。 そもそも、抗うつ薬が有効なのは重度のうつ病だけ、それ以外には効果より弊害の方がはるかに大きい。 よって、気分障害(うつ、双極性)と診断されている方は、もっとも減断薬を試みる価値がある。 問題は統合失調症と診断されている方である。ごく一部ではあるが、薬が必要な人は居る。 急性期や、一直線に悪化を辿るような事例、自傷他害の事例など。 (良くなったり、悪くなったりを繰り返す場合の予後は良いと伝統的な精神病理学は示している) 必要と言っても、一生必要な訳ではない。 統合失調症は、基本的に若い人の病気で、年齢を経るに従って症状は軽減してゆく。 だが、減断薬が上手くいかない人が居るのも事実である。 問題は、誰が上手く行って誰が上手く行かないか、誰にも判断がつかないということだ。 驚くほどの多剤大量処方でも、案外楽にやめることが出来る人も居れば、短期のほんのわずかな量の服薬でも後遺症が残る人も居る。 ということは、減断薬は、本人以外誰も決められないということだ。 真実を知ったある精神科医のジレンマそして取った行動 もっとも危ういのは医師任せにすること。薬漬けにした張本人に減薬など出来るわけがない。 私も含め、専門家は基本的に無力である。 無力であるからこそ、減断薬も、前記事のオープンダイアローグのような取り組みの中で行われるべきだと思う。 無力ながらも、関係者全員で知恵をふり絞り、出来ることはすべてやるくらいの心構えが必要である。 長期の向精神薬の影響下にあったということは、何らかの薬剤性の精神症状(身体症状も含む)を呈していると考えるべきで、何らかの回復への対処が必要だろう。また、服薬前の危機的状況が改善されていない場合には、そもそもの問題への取り組みが必須である。 さらには、この精神医療との関わりそのものがトラウマとなり、新たな精神症状を引き起こす場合もある。社会に対する不信、薬漬けに加担した家族への不信、様々な喪失、将来への不安などが、その人の新たな人生の危機となるのである。 減薬と同時に、様々な心の葛藤を受容し、危機を克服する必要がある。それは、最初に精神科に関わることになった最初の危機よりむしろ深刻である。 だが、それを成し遂げた時、以前の自分より遥かに逞しくなった自分に気が付く。 それまでと全く違った価値観の中で、より自由になった自分に気が付くはずだ。 元の自分に戻るのではない。 私の知っている精神科サバイバーはそんな人たちだ。

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    • 被災で大変な方、薬害症状で大変な方、その他の辛い症状をお持ちの方に-熊本在住の精神科サバイバー

      オルタナティブ協議会、精神医療被害連絡会のお知らせ減断薬の為の基礎知識(お薬を深く学ぶセミナー)in 東京 5月1日新宿!!! 熊本の精神科サバイバーより 被災で大変な方、薬害症状で大変な方、その他の辛い症状をお持ちの方にと思いました。先日21日にNHKあさイチで放送された内容を簡単にまとめました。詳細は個人でお確かめ下さい。【おことわり】電磁棒やペンキャップの内容はあくまで私個人の体験と案であり、tvあさイチの内容ではありません。電磁棒の購入を勧めるものではありません。必要かどうかは個人で判断して下さい。持病があったり、辛い症状のある方、健康に問題のある方は、事前に詳細を確かめてから行うかどうか判断して下さい。宜しくお願い致します。【心身のストレスにふくらはぎ(小康のツボ)のマッサージ】ある程度強くて良い。高血圧や心疾患があるなど持病のある方はマッサージを弱めにする。自分の感覚で程度を図ること。10秒を1日3回朝、昼、晩。(目安)【ストレスに頭のてっぺんを指で押す】(少し爪を立てて行うと尚良い)(衛生面に注意)相手とペアでやると良い。パニックやストレスに有効。血液循環良くなる。10秒を1日3回朝、昼、晩。(目安)【便秘対策に歯を食いしばった時に盛り上がる場所の中央を指で押す】涎を出し、免疫力を高める。10秒を1日3回朝、昼、晩。(目安)【便秘対策に骨盤の突き出た部分とへそを結ぶ線の中央を四本の指で押し込む】10秒を1日3回朝、昼、晩。(目安)【こま切れ睡眠(寝れる時に寝る)】10分眠れたら10分眠れたんだとプラスに考えることが大切。不眠で辛いなど眠れないと不安が高まるが、興奮するからといってアルコールに手を出さないように。アルコールは交感神経を刺激し興奮させる。【日に当たる】夜眠りやすくするホルモン:セロトニンが出る。外光が大切。日陰でも良い。【眠気対策】ミント、ゆず、ライムなどの覚醒系のアロマオイルを使用する。リフレッシュする。(無い場合は果物の皮などの成分をティッシュに移して袋に入れて嗅ぐ。)《以下は私個人の経験と考えです。》【電磁棒(つむじ風くん)】薬害による筋肉異常(筋硬直、筋委縮、筋緊張など)や(ネットで他の方もおっしゃる)交感神経マックス振り切れ状態、そして電磁波などによる蓄電感電状態に有効と思います。マッサージや鍼灸等を継続して受けられない方は御家族や知人に行ってもらうと良いと思います。電磁棒無購入の方はペンのキャップなどの丸い部分で代用するか、他のマッサージ棒を使用するなど別の手段を取られたら良いかと思いますが、この場合は電気に対して(どれほど)有効かは分かりません。私個人の場合、不眠状態や背中の激痛時、揺り戻しの際に電磁棒で症状の大変な箇所を押してもらうといつの間にか気絶したようにぐっすり眠っていました。頭部、顔面の筋肉異常、その他の首、肩、腰の症状にも有効でした。断水や症状の段階で半身浴、入浴が出来ない状況や状態の方は、筋肉の状態や心身の症状が辛いと思います。その方の状態、状況、段階で出来ることを行う事が大切と思います。禁断症状と震災の辛さの二重苦で地獄の苦しみだと思いますが、必ず乗り切れると思っていただきたいです。先日にお話ししたホッカイロも有効と思います。極度の冷えや筋肉異常があり、お風呂に入れない場合に、ホッカイロをタオルで包んで巻いて首に当てる、背中に沿って衣服の上に布ガムテープを使って貼ります。(発汗による冷えに注意して下さい。)(ガムテープで汚れたり使えなくなってもよい衣服を使用して下さい。)(可能であれば自然素材の衣服が良いですが、合成のものでも触覚異常などで違和感が無ければ、その場しのぎで使えば良いと思います。家計の事情で購入しない方は使える衣服を使えばよいと思います。ホッカイロではなく陶器の湯たんぽを使ったが良いこと、合成の衣服は自律神経に影響するという事も分かってはいますが、家計の苦しい方や湯たんぽが使えない状況の方は可能な手段を行う事が大切だと思います。)口喝による水分補給は欠かさない事が大切だと思います。頻尿症状があっても水分が欲しくて仕方ない状態で我慢しない事が大切だと思います。当人が当人のお医者さんであり、本人の体は本人が一番理解していると思います。水分調整の加減なども自分で判断する事が大切だと思います。症状も体質も個々で異なりますが、個人で個人の禁断症状への対策や方法を考え出すことが大切だと思います。地震とそのストレスによる症状増強や揺り戻し、パニック発作等が出る場合、私個人は天然塩を舐めて緩和させます。半身浴もそうです。以前はもっと対策が必要でしたが。震災で心身を痛めた方、悲しみ、興奮、不安、不眠などで辛い方に、どうか薬に手を出さないで他の手段を取って頂きたいです。

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    • オープンダイアローグは日本で実践できるか!?

      オルタナティブ協議会、精神医療被害連絡会のお知らせ減断薬の為の基礎知識(お薬を深く学ぶセミナー)in 東京 5月1日新宿!!! 最近、オープンダイアローグのような取り組みをやっている医師は居ないか? とのメッセージを頂く。 親しくしている精神科医からも、やりたいという話も聞いた。 こうした取り組みが実践されることを期待するが、正直、色々と物申したい。 まずは、ブームのきっかけとなった動画のサイトの説明文を引用させて頂く。 (赤線は私が付与) Wild Truthより フィンランドの北部深く、北極圏から石を投げたくらいのところに、革新的なファミリー・セラピストたちが地域の伝統的なメンタルヘルス体制を変革し、ヨーロッパで最悪の統合失調症治療結果から、初回精神病に関しては世界で最高の統計的結果を出す体制に変えた。彼らはこのアプローチを「開かれた対話」と呼ぶ。 彼らの原則は、複数の薬剤と合意によらない入院の時代には先進的に思われるが、驚くほどシンプルである。彼らは危機にあるクライエントに即座に会い、危機が解消するまで毎日会いつづける。入院とその結果伴う烙印を回避し、サービスを必要とする人たちの自宅で会うことを好む。そして、おそらくもっとも論議を呼ぶのは、彼らが向精神薬の使用を極力避けるということである。 彼らはまた、グループで働く。精神病は人間関係とかかわりのある問題だと見ているからである。彼らは治療のプロセスに助けを必要とする人の家族や社会ネットワークも巻き込み、臨床家たちは一人きりの孤立した状態ではなく、チームで働く。さらに、彼らのアプローチはかかわる人たちすべての意見、特に危機にあるその人の意見を重視する。最後に、彼らのサービスは、フィンランドの社会的医療の中で、無料で提供される。 -引用以上 初回精神病に関しては世界で最高の統計的結果を出す体制 とは、私に言わせれば、当然の結果である。この喜ばしい結果をもたらす要因として、統合失調症の自然転帰の良好さを上げねばならない。 自然治癒は4割以上であることが前提である。 彼らが向精神薬の使用を極力避けることにより、統合失調症のそもそもの自然転帰がもたらされたのだ。 統合失調症の最大の悪化要因は薬物治療である。精神疾患を脳の病気とは捉えていないのだがら当然である。 発症後、半年以上もの間、診断名も付けなければ投薬もしない。その間に患者は回復していくのである。 オープンダイアローグを評価するなら、自然転帰との比較である。薬物治療より良いのは当然。 *英国でも、発症後、半年程度は診断名もつけず、投薬もしないのが当たり前になりつつある。 入院とその結果伴う烙印を回避 とは、脱施設化である。 彼らは治療のプロセスに助けを必要とする人の家族や社会ネットワークも巻き込み、臨床家たちは一人きりの孤立した状態ではなく、チームで働く 彼らのアプローチはかかわる人たちすべての意見、特に危機にあるその人の意見を重視する リカバリーの基本である本人中心主義を実践し、医師を中心としたヒエラルキー構造を排し、フラットな人間関係の中で行われている。 病気を脳の病気と捉えず、病気は人間関係の中で引き起こされると考えている。 *社会精神医学のいう「精神症状を脳の病気と捉えずその人の人生の危機に対する正常な反応」と同等な考え方 また、危機は、人々が諦めないで、関わり続ける事によって克服される。 妄想や幻聴、幻覚は消すものではなく、その過程で消えていくものである。 *我が国でも、当事者中心主義やリカバリーへの取り組みはいくつかあるが、薬物治療の弊害を棚の上に挙げたやり方は、このオープンダイアローグとは似て非なるものである。*イタリアなど他の西欧諸国と同じく、地域での回復を目指す社会精神医学を取り入れていることが分かる。オープンダイアローグは完全なる社会モデルではないが、取り組む人々の基本姿勢は社会モデルそのものである。 このオープンダイアローグを我が国で実践するためには、いくつかの条件が必要である。 その条件とは、 ・診療報酬体系に組み込まない(組み込んだ瞬間に医学モデルとなる) ・医師や専門家が、そのヒエラルキーから自ら降りて、フラットな関係性を築けること そしてなにより、 ・患者、家族を始め、そのコミュニティの人々がチームを信頼していること である。 さらには、病気が治る前提の支援システムも必要。 現在のわが国では、病人であり続けることでしか生きていけない人々が大勢いる。 医学モデルではなく、社会モデルとしてこうした人々を支援せねばならない。 今後、脱医学モデルでやれるかどうか見ものですね。 医師の専権事項とは、診断と投薬。 治療ではなくて回復を目指すのであれば、これは誰にでも出来る。 そこに無限の可能性を私は感じる。 (セラピストは重要な役割を持つが、医師の手下である公認心理師には出来ない。残念。)

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  • 29 Apr
    • 専門家信仰と疾病概念は社会の自浄能力を奪う

      オルタナティブ協議会、精神医療被害連絡会のお知らせ 減断薬の為の基礎知識(お薬を深く学ぶセミナー)in 東京 5月1日新宿!!! 東海地震が30年以内に来ると言われて、もう30年以上たつ。 それより先に、阪神淡路、東日本、新潟、そして熊本が来てしまった。 先日の熊本の震度7の地震のおりは、余震に注意と言いながら、その後の6強が本震で、前震と言い換えた。 これってつまり、地震予知は出来ないってこと。 川内原発を止めてくださいと言う署名運動をシェアしたが、あっという間にやら10万越え。 そういう声には科学的根拠がないから止めないなんて、原子力規制委員会が言っていたが、そもそも、動かして良いという根拠も無い。 地震国日本に住む我々は、どこに居ても地震に遭遇すると考えねばならない。 地震の専門家も原子力の専門家も、リスクを評価する能力など無いし、何か起きたとしても責任が取れるわけでもない。 九州は、太陽光発電が広がりすぎて、買取を止めたのをご存知だろうか。 東京電力は、原発が一つも動いていないのに、史上最高益である。 原発を動かさねばならない理由などない。 これって結局、人命より、利権と金を優先しているということか。 専門家のふりをした悪質な嘘つきを重宝がるのは、もうやめて頂きたい。 本物の専門家は、自分の限界を正しく認識している。 医療過誤裁判でも、実際、裁判官は、協力医(専門家)の意見を尊重する。 専門家の嘘を見抜く能力が裁判官に無ければ、正しくさばけるわけもない。 同じような構図は、精神医療問題にも、ワクチンにもある。 ワクチンのことを医師は知っているのか? 地震学者が、実は地震のことをよく知らないように、医師はワクチンのことを知らない。 児童精神科医は、発達障害のことを知っているのか? 児童精神科医なるものは、つい最近、専門家と名乗っただけで、子育てを知らない。 実は日本うつ病学会も日本ADHD学会も、出来て10年に満たない未熟な学会なのである。 精神科医がうつ病や発達障害の専門家であるはずがない。 何故なら、2000年以前においては、主として統合失調症の患者を診ているだけで、 現在のようなフレッシュなうつ病患者や発達障害児をたいして診たことは無かったのである。 同じように、 精神科医は自死の専門家ではないし、 ひきこもりの専門家でもない。 ましてや、子育ての専門家でもない。 せめて、自分たちの使う薬の専門家で在って欲しいが、残念なことにくすりの専門家でもない。 (これは薬に慎重な良識派と言われる医師たちも同じ) では、病気の専門家なのか。 残念ながら、それも怪しい。 政治家も、行政も、この怪しげで、明らかに能力に欠けた専門家たちに判断を任せる愚行を犯している。 結局、自衛策は、専門家任せを止めて、自ら学び、自ら実行する以外にないのである。 私は、政治家や行政、はたまた専門家自身の自律作用に期待することはやめた。 精神科クスリ漬け医療からサバイバルを果たした人々に共通するのは、医者任せ、専門家任せをやめたことである。 そもそも、私のところに辿り着いたのは、医者任せでは、何も解決出来なかったからだろう。 私もまた無力である。 だが、(専門家も)無力であることを自覚しているからこそ、自分で真正面から問題に取り組めるのである。 先日、自死遺族が言っていた。 自死対策でやらねばならないことが沢山ある。 虐め問題や、借金、連帯保障、孤立・・・などなど。 自死はうつ病が引き起こすという側面だけ捉えた自死対策は、そもそもの問題から人々の目をそらす。 うつ病対策≒自死対策では何も解決しないのである。 疾病概念は、問題をすり替え、社会の自浄能力を奪う。 子供たちの薬漬け問題では、 専門家のふりをする児童精神科医とそれに乗っかる行政、教育現場において、 クスリを飲まなければ学校に通えないとか 医療を拒否したら、親のネグレクト(虐待)として児相が介入するとか などと言う、恐ろしい話が聞こえてきた。 今月、関西で、この問題を取り上げた勉強会を開催します。 薬漬け医療・福祉から子供を守るには我々は何をすれば良いのでしょう? 自衛行動を取らねば、この国に未来はありません。 問題意識をお持ちの皆さまの参加をお待ちしております。 5月27日 大阪 中川聡先生講演会「子どもに向精神薬」って大丈夫?  発達障害児支援LOF教育センター主催 5月28日 京都 「子どもに向精神薬」って大丈夫? 関西オルタナティブ協議会主催

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  • 14 Apr
    • 野村総一郎(元日本うつ病学会の会長)の変わり身

      オルタナティブ協議会、精神医療被害連絡会のお知らせ 島根講演会 New!! 元うつ病学会の会長で、防衛医大病院長、野村総一郎氏の記事を読売新聞(4月13日朝刊、記者は佐藤氏)が掲載。 ネットでリンクが貼れないようなので、私が野村氏の発言を抽出。 「臨床の第一線から離れ、少数の患者さんを時間をかけて診るようになると、次々と回復していった。」 「丁寧な診療を行えば、回復する患者は増える。良好な診療結果を示すことで、精神科診療のあり方を見直す動きにつなげたい。」 利益にこだわらない診療を始めたら、患者が次々と回復していった? 正直言って、はらわたが煮えくり返るような思いである。 裏をかえせば、利益にこだわれば、薬漬け医療はやっても良いと受け取れる。 SSRIを夢の薬として、旗を振っていたのは一体誰だったんでしょう? 彼は、現在のデタラメうつ病薬物治療を蔓延させたA級戦犯である。 彼のような変わり身を果たした例は他にもある。 SSRIやDSM関連の海外書籍を翻訳したりして、良識派に転身した医師など。 私なら、のうのうと違ってましたなんて言えない。取り返しのつかない結果を生んだのだ。 さらに、記事では、野村氏の薬物治療ではなく、認知行動療法的なカウンセリングが有効だったと紹介されている。 「精神科診療では医師の決めつけは禁物で、結論を出すのは患者さんだが、患者さんの状況をより細かく感じ取れるようになったのは、『人生案内』のおかげ」*人生案内、野村氏が読売新聞上で担当している人生相談コーナー 薬物治療でなければ、認知行動療法やカウンセリングというが、薬物治療.を取り上げられた精神科医になんの価値があろうか? 悲しいかな、この程度か。人生相談やって出来るようになったんですか? そもそも、うつ病の自然転帰は良好である。野村氏が役に立っているかどうかは怪しい。 とは言え、この変わり身は腹立たしいが、社会的にみればよい傾向である。 かつてのDSMの編集委員長の変わり身も、 元日本うつ病学会会長の変わり身も、 雅子様の主治医の変わり身も。 我々のかねてからの主張が実ったことに変わりはない。 彼らの旗振りに従って、せっせと薬を処方した現場の精神科医も怒ってしかるべきである。 梯子を外されたんですよ。 仲間と最近話しているのは、うつ病治療に関しては、どうやら改善傾向にあるということだ。 現在の問題の中心は、発達障害や認知症である。 これらに興味のある方は、是非、このうつ病薬物治療にまつわる歴史を学んでほしい。 我々は、うつ病治療の矛盾をずっと指摘してきた。 いつだって我々の方が正しい。何故なら、経験者は我々だからだ。 発達障害においては、うつ病治療に輪をかけて、最初から論理矛盾を起こしている。 発達障害概念はあっても良いが、医学で治療する必要などない。 医療は、奥に引っ込んで呼ばれて出てくるぐらいで丁度良い。 精神科医が人生の達人ではないように、子育ての達人でもないからだ。 オルタナティブ協議会の考えるリカバリーとは 4月17日 薬に頼らないオルタナティブ講座 新宿 自己決定の為の薬の知識を学びます 5月1日 減断薬の為の基礎知識(お薬を深く学ぶセミナー)in 東京 断薬読本購入希望の方

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  • 13 Apr
    • 合法覚醒剤と違法覚醒剤 子供に飲まして安全ですか?

      オルタナティブ協議会、精神医療被害連絡会のお知らせ 島根講演会 New!! 違法覚醒剤(コカイン)と合法覚醒剤(メチルフェニデート、商品名:リタリン、コンサータ)のドーパミン活性 同じですね。 アーティストが覚醒剤を使う理由で時々言われるのは、仕事が、はかどるからという理由。 3日ぐらいなら寝ないで勉強が出来るからと、受験生が使ったり。 これってADHDの子供が勉強できるっていうのと同じ。 そりゃそうだ。ほぼ変わらない。 両方やったことがあるって人が居たが、違いは、「気持ちいいかどうかだけ」と証言。 シャブもMDMAも、そもそも医薬品。 後に違法とされた。 こんな代物をクスリが医薬品として許される大義名分は、 「医師が、慎重に使用すれば大丈夫」ということだが、 もちろん、そんな技量はない。 こんなチェックシートで診断されて、こんなものが処方される。 もっと問題なのは、このチェックシートを誰が使うかである。 親や教師が使って、医師が直接診ないままに診断が下されていないか? そもそも、このチェックシートを見て、医学的診断が出来ると思うのか? そう思うのなら、悪いが、頭がおかしいのはあなたの方だ。 この薬で躁転し、次に出されるのが、これ 抗精神病薬(これはセレネース) こんな薬が、治療ではなく、管理目的で投与される。 わが国の処方実態はこちら 子供への向精神薬投与の実態―子供への向精神薬の使用を容認するひとへ 我が国の非常識がよくわかる。 オルタナティブ協議会の考えるリカバリーとは 4月17日 薬に頼らないオルタナティブ講座 新宿 自己決定の為の薬の知識を学びます 5月1日 減断薬の為の基礎知識(お薬を深く学ぶセミナー)in 東京 断薬読本購入希望の方

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    • 対話会の効用

      オルタナティブ協議会、精神医療被害連絡会のお知らせ 島根講演会 New!! あなたの為とか子供のためにと言いながら、服薬を強要する。 強制的な服薬は明らかな人権侵害である。医療とは本来、傷害行為であることを忘れてはならない。メスで体を切ることと、脳に影響するクスリを強要することは傷害行為であることに変わりがない。その傷害行為を許されるためには、十分な説明と本人の同意を必要とする。(このあたりを法律家は真剣に考えて頂きたい、精神医療被害は医療過誤ではない。傷害、殺人事件である。)服薬を強要している人は、クスリを信じているから出来るのだろうが、そういう人は残念ながらクスリのことを何も知らない。現在の精神医療のやっていることは、治療ではなくほぼ管理である。(もちろん管理が必要なケースもある。だだし、それは管理と呼ぶべきだ。) これを読んでいる人に伝えて置かねばならないことがある。いきなりこれを周囲の人間に訴えても、ほとんどの場合無駄だということだ。いや、さらに追い込まれるだけである。 これはじっくりと作戦を立てて取り組まねばならない。また、陰謀論などと一緒に語るべきではない。確認出来ないことを言って不安を煽るのは詐欺師の常套手段である。 確認不能なことは、どこまで行っても陰謀論のままだ。 精神医療問題は、陰謀ではない。悪徳製薬会社の悪行も、御用医師の悪行も、精神科病院と政治との癒着も事実である。 確認不能な陰謀論と一緒に語られると、真実も妄想に括られてしまう。 真実であったとしても、どんなに説得しても、ほとんどの場合、その場では徒労に終わる。 統合失調症の妄想と同じで、思い込みはなかなか外せない。 人は自分の信じたいものを信じる。信じたくないものには目を背ける生き物だ。 ましてや、暴言、暴力を耐えてきた家族であれば、尚更である。 私自身、誰かを説得出来た試しはない。納得してくれるのは、実際、服薬を経験して苦しんだ人か、自分の犯した罪に自ら気が付いた人たちである。 私自身も、家族を失って始めて、これに気がついた大馬鹿ものである。 どうすれば、伝わるのだろう。どうすれば、変わるのだろう。 試行錯誤を経て、たどり着いたのがサード・オピニオン会である。百聞は一見にしかず。どんな言葉よりも、リカバリーを果たし、薬漬けから生還した人々(サバイバー)と実際に会うほうが説得力がある。実際に回復した人たちの姿が他の人を変える。私の会には、そうしたサバイバーが参加してくれている。実は、医師は、こうしたサバイバーを見たことがない。何故なら、その人たちは、二度と精神医療に関わりたくないと思っているからだ。 新しい参加者が居る時には、サバイバーに過去の状態を話して貰うこともある。今の状態だけみれば、その人が精神病であったとは信じられないからだ。薬漬けの時代の姿をみれば、立派な患者に見えたはずだ。暴力や自殺企図など普通に経験している。 病気は治らない、一生薬を飲まなければいけないという言説(思い込み)は崩れる。 サード・オピニオン会には、服薬していた本人も、家族も、支援職も、医療職も居る。多くのサバイバーは、かつての加害者と同じような立場の相手に対しても、実に冷静に率直に話をしてくれる。(罪を憎んで、人を恨まずの域に達している)この事実は、この人がもはや、社会で普通にやっていける状態であること示している。いや、むしろ、経験を通じて、大きく成長していることを示すものである。その姿は、新しい参加者にとって希望となる。その姿をみて、ものの見方が劇的に変わる場合もある。サバイバーを見て、他の家族を見て、変わるのだ。サード・オピニオン会が、患者会、家族会と違っているのはその点においてである。カール・ロジャースのいうエンカウンターグループとしての機能を持っている。 内在化した問題を、外在化させて語る効果も大きい。深刻な問題をさらっと話せる雰囲気がここにはある。 自殺企図も暴力も、ここではタブーな話ではない。当たり前のこととして話し合える。 人々の間で負った傷は、人々の間でしか癒せない。 さらに皆を勇気づけるのは、参加者のリカバリーが目に見えて進んで行くことを確認できることである。その人の回復を心から祝福する。一人の回復はさらに皆の回復を促進するのだ。 どこかの減断薬施設や病院で、減断薬に成功しても、環境が変わらねば、家族が変わらねば、元の木阿弥になるだけ。もっと言えば社会が変わらねば何も解決しないことになる。社会を変えることは、もちろん、至難の業である。我々の試みは、破れ傘で台風に立ち向かうようなものだと揶揄されることもある。 だが、他に何か策があるだろうか?無謀と言われようが、これしかないと私は思う。専門家も同じだ。症状を一時的に抑えることは出来ても、社会を変える能力はない。 しかし、社会全体を変えることが出来なくても、毎日でなくとも、生活の一部に安心して居られるコミュニティがあることで何とかなる人もいる。社会モデルでの主役は、専門家ではない、コミュニティを構成する一人一人である。それは対症療法のようにすぐに結果が分かるものではない。この理念を共有した人々のコミュニティの中でおきる少しずつの変化が、治療的効果を発揮し、再発を防止する。 それは変えたのではなく、それぞれが変わったのである。 先日の新宿でのサード・オピニオン会には、ある女性が2年ぶりに参加してくれた。 クスリをやめて、彼女は明らかに変わっていた。 積極的に自分の人生に取り組むためにやってきた。 オルタナティブ協議会の考えるリカバリーとは 4月17日 薬に頼らないオルタナティブ講座 新宿 自己決定の為の薬の知識を学びます 5月1日 減断薬の為の基礎知識(お薬を深く学ぶセミナー)in 東京 断薬読本購入希望の方

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  • 12 Apr
    • 現代日本社会は監視装置!?

      オルタナティブ協議会、精神医療被害連絡会のお知らせ 島根講演会 New!! ミシェル・フーコーは、この社会を、監獄のような監視装置(パノプティコン)と例えた。 さらに、残虐な暴力ではなく、生の権力による管理社会の到来を予言した。 この日本社会で起きていることはまさに、医療や福祉の名を借りた生の権力による管理だ。 学校も、会社も、病院も、施設も、もっと言えば家庭も、この監視装置の機能を持っている。 フーコーは凄い。 お天道様に申し訳ない。 という言葉を使うことがある。 意識はしていないが、どこかから神のような存在が間違った行いを見ているように感じる。 私の中に内在化した神が、私の行いを戒めるのである。 一方、近年、町中には監視カメラは劇的に増えている。 神と言う抽象的な存在ではなく、我々は現実に監視されている。 これを内在化すると、これは行いを戒める効果もあるが、不安を感じる。 オープン・ダイアローグのマジックミラーの下りと同じである。 誰かに狙われていると感じる。 盗聴されている。 これは、ほんとによく聴く話だが、無意識にこの監視装置の存在を内在化した結果ではなかろうか? お天道様の例のように、これは人の極端な行動の抑制に役立つこともある。 不正を防止したり、生産性を上げたりする効果もある。 しかし、これが上手く機能するのは、監視相手が信頼に足る存在である場合に限られる。 一旦、信頼を失うと残るのは不安である。 オルタナティブ協議会の考えるリカバリーとは 4月17日 薬に頼らないオルタナティブ講座 新宿 自己決定の為の薬の知識を学びます 5月1日 減断薬の為の基礎知識(お薬を深く学ぶセミナー)in 東京 断薬読本購入希望の方

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  • 09 Apr
    • 精神症状を人生の危機における正常な反応と捉えるか?それとも脳の病気と捉えるか?

      オルタナティブ協議会、精神医療被害連絡会のお知らせ 島根講演会 New!! 人はすぐに早急な答えを求めるが、手っ取り早いやり方なんて存在しない。 試行錯誤を重ねながら、最善の方法を探していく以外に道はない。 お任せ下さいなんて甘い言葉を信じて、こころの問題を、医療に丸投げするなんて愚の骨頂だと私は思う。 出来もしないことを引き受ける医療の方はさらにおかしい。 もし、本気で、自分は精神疾患を治せると考えている医師がいるなら、そちらの方が治療を受けた方が良い。 良い医師は、自分が無力なことを知っている。 精神症状を脳の病気と捉えた瞬間から、人は思考停止に陥る。 当初「私は病気じゃない」と抵抗していた人も、社会全体からの「あなたは病気だ」との圧力に屈して、そのうち諦めてお行儀のよい患者となる。 抵抗して暴れる人が一旦落ちついたなら、こう聞きたい。 「なんで暴れたのか教えてくれ」 その怒りの正体を知りたい。きっと何か理由はあると思うのだ。 素朴な疑問がある。 もし、精神障害が脳の機能不全である障害ならば、障害者としてサポートするのが普通ではないか。 必要なのは治療(医学モデル)ではなく、社会に適応してゆく(社会モデル)ことだろう。 国連もそう言っている。 何故、薬を飲み続けなければならないのだ。 統合失調症が一生薬を飲まなければならないと言うのは明らかな嘘だ。 障害者であることと、薬を飲む飲まないは関係ない。 これは、次の要望書に書こうと思う。 薬が必要な場合もあるだろう。前記事のワシントンポストの投稿に出てきたような、頭の中で絶え間なくうるさい幻聴が聞こえたり、コミュニケーションが全く図れないようなケースだ。だが、現在この国で精神障害者としてデイサービスに通う患者さんにどれくらいそういう難しい人が居るだろう? 何度も書くが、統合失調症であれ、うつ病であれ、ずっと薬を飲まなければならないようなケースは1割にも満たない。 10人精神科に掛かったならば、9人は卒業できるはず。 これが、かつての精神病理学で示されていた精神疾患の転帰だ。 もし、時代が違うというのならば、治すべきは社会そのものである。 何も押し付けるつもりもない。 精神障害者で居たければ居ればよい。 それが、自分の選択であるならそれもよし。 (しかし、この服薬前提のシステムの中では、クスリってものを学べば学ぶほど、その選択は危うく感じる。) しかし、もし当人が別の選択肢を希望するのであれば、出来る限りの関わりを持ちたいと思う。 知ってることは惜しみなく伝えたいが、決して押しかけて説得もしない。 提供できるのは、あくまでオルタナティブな考えである。それも別に私が思いついたものでもない世界のスタンダードな考え方の一つである。 私の会に参加すると、まず、 精神症状をその人の人生の危機における正常な反応と捉えることと、脳の病気と捉えること。 どちらを選びたいですか?と問われることになる。 そこから、全く違った世界が見える。 対話の効能、リカバリーの実践 4月10日 新宿 サードオピニオン(精神疾患)相談会・対話会 オルタナティブ協議会の考えるリカバリーとは 4月17日 薬に頼らないオルタナティブ講座 新宿 自己決定の為の薬の知識を学びます 5月1日 減断薬の為の基礎知識(お薬を深く学ぶセミナー)in 東京 断薬読本購入希望の方

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  • 07 Apr
    • 減薬もリカバリーの原則に従って取り組むべき

      オルタナティブ協議会、精神医療被害連絡会のお知らせ 島根講演会 New!! 長い間、精神科処方薬を服用していると、いつの間にか様々な症状が新たに加わる。 薬の副作用で引き起こされる症状もあれば、その間の様々な失敗により追い込まれた結果、本当に様々な精神症状が現れる場合がある。 服用前にはなかった、単なる薬の副作用(添付文書に載ってる)では説明不能な症状だ。 (いや、そもそも、副作用の情報自体いい加減なので、本当のところは誰も断言できない。) 人が怖くなって外出出来ない。 不安が高じて、ぶつけようのない怒りや悲しみが爆発を起こす。 ひきこもり状態の中で、少ない情報を紡いで妄想や幻聴を作り上げる。 狭い家族関係の中で悪者捜しをし、多くの場合家族を悪者にして恨む。 (確かに毒親は居るが、悪者は他にも大勢いる) 内在化した他者の眼差しが、幻視を生む。 減薬後の過敏症が高じて、被害妄想が生まれる。 減断薬がきっかけで、これらが現れることもある。 医者は、もともと持っていた病気が顕在化したと言うが、そんなことは誰にもわからない。 いずれにせよ、分かっているのは、長い治療生活の中で、新しい精神症状を発症したということだ。 減断薬はただすれば良いというものではないと常々言っているのは、その為だ。 減断薬は強力な選択肢であるが、全てではない。 最近、リカバリーに注目しているのは、 これが、統合失調症患者のリカバリーに使えるだけでなく、薬剤性の精神症状を訴える人にも使えると気が付いたからだ。 いや、薬漬けになっていない統合失調症の患者の方がリカバリーは容易だと思う。 ほんとに薬漬け精神医療は罪つくりだ。 薬物治療に躍起になるのは、本当に愚かな考えだと思う。 薬は病気を治さない。どころか却って長引かせる。 大切なことは、症状があろうとなかろうと、その人が生き生きと生活できることだろう。 症状があっても、自分でそれをコントロール出来るようになれば、普通に社会で暮らすことは出来る。 症状を消すことより、症状を自分でコントロールすることを目標にすべきである。 多くの場合、統合失調症様の症状は、楽しく生きていくことで少しづつ自然に消えていくものだ。 統合失調症は基本、若い人が発症するものだろう。歳を重ねることが味方となる。 悪化し、退行していくのは極わずかである。 (伝統的な精神病理学でもそう定義されている) 問題は、誰が、そのごく僅かに含まれるのか、判断不能なことである。 次は、ワシントンポストへのある精神科医の投稿です。 私は、この選択が正しいと思う。 真実を知ったある精神科医のジレンマそして取った行動 一部抜粋 医者というのは、その領域において「一般に認められた標準的診療行為」にとらわれます。自分自身が調べて得た結論が、その一般に認められた診療行為と対立する場合はどうすればよいのでしょう。一般に認められた診療行為が、実は自社の薬に有利になるような製薬会社の宣伝によって歪められたものであり、疑わしく信頼性のないものだとしたら・・・。2年前、私はこの問題を患者さんたちを交えて話し合う決意をしました。自分の読んだ内容、そこから導き出した私の結論、と同時に相反する他の精神科医の意見を、患者さんたちに説明したのです。今、私がモニターを続けているのは、それまで飲み続けてきた抗精神病薬の断薬を選択した患者さんたちです。中には20年、あるいはそれ以上の間、服用を続けていた患者さんもいらっしゃいます。モニターを通じて一番印象的なことは、患者さん自身がその意思決定において慎重かつ細心の注意を払われることです。こうした話を患者さんとの話ですると一気に薬を減らしてしまうのではないかと心配する精神科医も多いのですが、私の経験ではそういうことはありません。確かに中にはそういう患者さんもいます。これは特に過去に何度か薬をやめようとしたことのある患者さんに見られた傾向です。しかしほとんどの患者さんは慎重でした。私が追跡した64人の患者さんのうち、減薬を試みることを選択したのは40人。22人は現状の用量を維持することを選択され、急に薬の服用をやめてしまった患者さんは4人しかいませんでした。 このエピソードで重要なのは、あくまで本人を交えて減断薬は決定されているということです。 ここでも、本人中心の原則は貫かれている。 対話の効能、リカバリーの実践 4月10日 新宿 サードオピニオン(精神疾患)相談会・対話会 オルタナティブ協議会の考えるリカバリーとは 4月17日 薬に頼らないオルタナティブ講座 新宿 自己決定の為の薬の知識を学びます 5月1日 減断薬の為の基礎知識(お薬を深く学ぶセミナー)in 東京 断薬読本購入希望の方

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  • 06 Apr
    • まず最初に書き換える言説-専門家信仰

      4月10日 新宿 サードオピニオン(精神疾患)相談会・対話会 4月17日 薬に頼らないオルタナティブ講座 新宿 5月1日 減断薬の為の基礎知識(お薬を深く学ぶセミナー)in 東京 精神科処方薬による薬物中毒からリカバリーを果たした精神科サバイバー達に共通するのは、減薬を自分で決めていること。 減薬することを自分で決めることは、自分の人生を自分で決めて良いというリカバリーの基本原則を実践する第一歩である。 それは、今まで問題の悪化のスパイラルから脱し、改善のスパイラルに変転する基点となる。 減薬を決意するためには、ある言説の書き換えが必要となる。 製薬会社と御用医師、それにまんまと洗脳されていた社会から押し付けられた言説である。 精神疾患は薬物で治療できる→薬物は一時的に症状を抑えるもの 医師が病気を治してくれる→病気は自分の力で治る 専門家(医師)の言うことは正しい→正しいとは限らない といった言説の点検とその書き換えが必要である。 これは様々なリカバリーモデルを生みだした当事者の回復の物語にも共通する。 当人を苦しめているのが、病気ではなく薬やその治療の形であるなら、この言説の書き換えは必須である。 それは医療を敵対視し、排除することではない。 本来の在るべき役割に立ち戻ってもらうということに過ぎない。 義務教育が学校に行くことではないのと同じように、医療は、あくまで我々市民が選択するサービスの一つだ。 押し付けられるものではないという、至極当たり前のことを言っているに過ぎない。 押し付けられて治るのなら良いが、医療に精神疾患は治せない。 この間、ベーシックインカム勉強会に参加してくれた精神科医が的を得た話をしてくれた。 「薬物治療で治ったという人は、薬物治療の弊害にも負けず回復した強い人だ。」 こうした見識を持つ医師なら、頼りになる専門家として、もろ手を挙げて歓迎する。 病気を治す権威(医師)である前に、回復を願う一サポーターであれという単純な話だ。 (この権威と金儲けを手放すことが出来ない医師には退場頂くしかない) オープン・ダイアローグにおいても、 マジックミラーの向こうに居た専門家が、患者の傍に行き、患者の生活の中に溶け込むことがその一歩だった。 薬を使うかどうかの決定も、当人とその周囲の人々を交えた対話の中で時間をかけて行われるのだ。診断や投薬は選択されるもので、押し付けられない。(軽症の場合には、そうしているうちに回復する。オープン・ダイアローグが実践される地域で病気の発症率が低下するのは当たり前である。) 自己決定を可能にする当事者主体の取り組みとは、そうした対等な関係性の元でしか成立しない。 様々な専門技術より、そのフラットな関係性のある空間の方がはるかに重要なのである。 何度も言うが、押し付けの薬と診断の問題を棚の上に挙げた(医療の権威主義を温存したままの)リカバリーなどあり得ない。 また、そもそも、何故、精神症状を発症したかを考えれば、当人を取り巻く環境や人間関係に手を付けない訳にはいかない。 社会精神医学の言う「精神疾患はその人の人生の危機における正常な反応」と捉えるならば、改善を図らねばならないのは当人だけでなく、その周辺すべて(家庭だけでなく社会も)である。リカバリーは関わるすべての人に必要となる。 逆に精神疾患を生物学的な問題と捉えることは、問題を当人だけの責任としてしまうのだ。医者に治してもらうという関係性が成り立つのは、精神疾患が治療可能な病気である場合に限られる。 選択肢は多ければ多い程良い。医療もその一つだ。 サポーターの役割は、そもそも非常に楽しいものだ。誰かの役に立つという喜びは、リカバリーの基本。 その喜びを知ったなら、もう元には戻れない。 リカバリーをサポートして、一番リカバリーをするのは、そういう人なのだ。 まず、言説を書き換えるべきは、薬を信じ、診断を信じている医師本人である。 イタリアのバザーリアのように、目の前の患者を治せていないことを直視し、チャートの無い船旅に出かける以外に道はない。

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  • 04 Apr
    • 減薬とリカバリー

      4月10日 新宿 サードオピニオン(精神疾患)相談会・対話会 4月17日 薬に頼らないオルタナティブ講座 新宿 5月1日 減断薬の為の基礎知識(お薬を深く学ぶセミナー)in 東京 減薬すれば良くなる。 一般論としてそれは正しい。 何故なら、疫学的にみても、薬物治療の転帰は、プラセボや、自然転帰に負ける。 次の画像は、樋口輝彦氏が製薬会社主催のセミナーで使ったプレゼン資料。 何気に使われているが、ここに書かれているのは、薬物治療よりCBT(認知行動療法)の方が優れているという研究の数々である。 私は、認知行動療法が良いとも思っていないが、これはうつ病の自然転帰が良いことの証拠として見ることが出来る。 英国NICEでは、軽症のみならず、中程度のうつ病に対しても薬物療法を奨めていない。 さらに、初診から半年間は診断名さえつけない(当然投薬はしない)ことが、主流になりつつある。 昨年、今年の多剤大量処方に対する診療報酬のペナルティにより、わが国もやっと諸外国並みの処方に近づく第一歩を踏み出した。 次は、抗うつ剤+統合失調症薬+睡眠薬といったカクテル処方の規制だ。 海外の単剤とは、全てのカテゴリーの薬の含めて単剤である。脳に作用する向精神薬は、全て同一カテゴリーである。 だが、減断薬を行うか否かはそう簡単に決められない。 減薬を行うことを一番すんなり決めることが出来るのは、次のような人だ。 ・過剰診断(特にうつ病関連)、過剰投薬によって長患いになった人 ・障害者年金など、精神科街角牧畜ビジネスに組み込まれていない人(もしくはそこから脱したいと願っている人) ・多剤大量処方を受けている人 しかし、減薬したからと言って薬を飲む以前のそもそもの問題が解決するわけではないし、むしろ事態は悪化している。 薬の影響下で引き起こした常軌を逸した行動により引き起こされた様々な問題。 失われた人間関係、家庭や仕事、時間を取り戻すのは容易でない。 多剤を少量まで減らすことに躊躇は要らないが、そこから先は手探りになる。 減薬はいわば、引き算であるが、同時に免疫力を高めたり、そもそもの問題に取り組むといった足し算も同時に取り組むべきだ。 一番の理想は、自然と薬を飲むことを忘れるようになることだ。 現在、ニュージーランドで始まったナラティブアプローチの資料を読んでいるが、 そこに実例として書かれているのは、精神科薬物治療を受けながら行き詰った方の事例である。 ナラティブアプローチに取り組む方々が、薬の害に気が付いて居るのかは不明であるが、私に言わせれば、こうした事例は、薬物中毒からのリカバリーの物語である。 ナラティブでも、ストレングスモデルでも、IPSでも何でもよい。 これらリカバリーモデルは、いわば足し算の取り組みである。 減断薬のリカバリー物語も、精神疾患からのリカバリー物語も、チャートの無い船旅である。 それぞれの物語をそれぞれで作り上げるしかない。 我々、周囲の人間の役割は、その自己決定のお手伝いに過ぎない。 自己決定のためには、正しい情報と社会から押し付けられた言説の書き換えが必要。 そのためにリカバリーモデルは役立つ。 自己決定の原則は、なかなか厳しい取り組みだが、それ以外にリカバリーは望めないと思う。 自分で決めたことは、自分で責任を取ることが出来る。 暴力や毒親(親だけを悪者にする)の解決もはかれる可能性がある。

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  • 28 Mar
    • 精神医療から社会保障制度を考える-関西ベーシックインカム勉強会

      オルタナティブ協議会、精神医療被害連絡会のイベント サードオピニオン会 3月28日 博多 サードオピニオン(精神疾患)相談会・対話会 本日開催!!! 4月10日 新宿 サードオピニオン(精神疾患)相談会・対話会 4月20日 名古屋 サードオピニオン(精神疾患)相談会・対話会 4月21日 神戸 サードオピニオン(精神疾患)相談会・対話会 4月22日 大阪 サードオピニオン(精神疾患)相談会・対話会 4月25日 博多 サードオピニオン(精神疾患)相談会・対話会 5月15日 新宿 サードオピニオン(精神疾患)相談会・対話会 薬に頼らないオルタナティブ講座 薬に頼らないオルタナティブな取り組みとは?3月20日 名古屋 定例勉強会 市民の為の精神医療の知識 3月21日 薬に頼らないオルタナティブ講座 大阪 4月17日 薬に頼らないオルタナティブ講座 新宿 4月24日 島根 勉強会(予定) 減断薬の為の基礎知識(お薬を深く学ぶセミナー) 5月1日 減断薬の為の基礎知識(お薬を深く学ぶセミナー)in 東京

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  • 18 Mar
    • 多剤大量処方規制-平成28年度診療報酬改定- 向精神薬は種類ごとに2剤まで

      3/26(土)15:00~ベーシックインカム勉強会関西講演(トークライブ、ネット配信されます) 3月26日 大阪 「精神医療」から社会保障制度を考える~メンタルヘルスの罠と対話なき社会~このイベントでは、精神医療福祉の話から広げて、政治、経済まで語ります。関西の方是非どうぞ。3月19日 サードオピニオン(精神疾患)相談会・対話会 in 相模大野 3月20日 オルタナティブ協議会定例勉強会in名古屋 3月21日 薬に頼らないオルタナティブ講座 in 大阪 社会モデルでのリカバリー その他の予定はこちら 私が、この問題を追及し始めたのは、多剤大量処方によって家族を亡くしたことがきっかけだった。 これまでの要望書でも毎回、最重要項目として挙げてきた。 多剤大量処方を最重要とした理由は、 多剤では、それ自体の患者への悪影響はもちろん、それぞれの薬剤の問題を覆い隠すからだ。 薬害の救済をもとめるには、薬剤と副作用の因果関係の証明が必要になるが、多剤はそれを不可能とする。 欧米では、抗うつ剤の自死作用が認められ、被害者は金銭的補償を受けて居るが、それも単剤処方で、因果関係が明白であるからだ。 2014年の診療報酬改定では、睡眠薬、抗不安薬、抗うつ剤、抗精神病薬ごとに4剤でペナルティ。 (「精神科継続外来支援・指導料」をゼロ算定、および処方料・処方箋料・薬剤料をマイナス算定) 3剤は報告義務が課せられた。 前回の要望書の提出時に、この診療報酬に対し厚労省の担当者に改定の御礼を申し上げた。 さらなる規制をお願いしたが、担当は何も言わなかった。 この国では、医師の処方権は驚くほど守られているが、さすがに国も規制せざるを得なくなったのだと思う。 しかし、日本精神神経学会はこれに抵抗し、例外規定を設けさせた。 理由は、患者のためにならないとのことだったが、患者のためになるエビデンスなどあるはずもない。 金儲けのためか?いや、それより、医師の中には権限が制限されることを極端に嫌がる輩がいるということだと思う。 そして、今年2016年の診療報酬改定では、さらに4剤が3剤に改められた。 あまりにも遅い対応だ。 こんなにわかりやすいデタラメを正すだけに半世紀もの時間を要したわけだ。 だが、小さな成功ではあるが、我々の想いが実ったことになる。 これで、多剤大量処方の被害者は、万単位で減るだろう。 もちろん、甚だ不十分である。 単剤化、カクテル処方の規制、ベンゾジアゼピンの長期処方、オフラベル処方、バルビツレート酸(ラボナ、ベゲタミン)の規制など問題は山積みである。 そこまでやって初めて欧米並みになるに過ぎない。 そこまでやっていれば私の家族は命を落とさずに済んだと思う。 その先には、 そもそも、これらの向精神薬が治療薬なのか?薬物治療は有効なのか? 精神科診断とはなにか? 精神医療とはなにか? という根本的な問いが待っている。 今回の診療改定をみると、地域移行に対する姿勢も強く見て取れる。 そこでの懸念は、医学モデルから社会モデルへ移行が同時に行われないのではないかということ。 実は、ここまで我々の主張は、否定されたことがない。 要望書の回答は常に0回答であるが、数年後には何らかの形となって実現している。 誰も責任を取らないこの国では、改革はこのような形をとるということか。 この圧力を弱めるわけにはいかない。 しかし、改善までの気の遠くなるような時間を待っている訳にはいかない。 各国の精神保健改革では、プロ市民とでもいうべき市民による市民運動が改革を先導した。市民レベルで出来ることさっさとやっていきたい。

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プロフィール

アリスパパ

性別:
不良中年おとこ
誕生日:
植木等と一緒
血液型:
雑なA
お住まいの地域:
東京都
自己紹介:
【プロフィール】 スクラッチで起業して14年。 ベンチャーというよりアドベンチャーな経営。 ち...

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