• 26 Aug
    • 悲しみを病気にしたい人たちー複雑性悲嘆回復プログラム

      全国自死遺族連絡会の田中幸子さんのFBより これが行政の悲しみの考え方です 長い時間悲しみが続くと「複雑性悲嘆」精神疾患です 悲しみの病理化~ (保健師さんたちもご家族を亡くされてみたらわかります) 大切な方をなくされた後に、つらく悲しい気持がしばらく続くことは一般的な反応ですが、時には嘆き悲しむ気持が長い時間激しく続くことがあります。落ち込んだ気分が続き、亡くなった事実を受け入れることができない等の状態が続くと、心身に大きな影響が生じ、専門的なサポートが必要になることがあり、その状態を「複雑性悲嘆」といいます。 複雑性悲嘆に関連した精神的問題を抱える方の回復を支援するため、集団認知行動療法プログラム「こころサロンENERGY」を実施することといたしました。 実施にあたっては、精神科医師、臨床心理士など、専門のスタッフが対応しますので、安心してご参加ください。プログラム複雑性悲嘆の回復をサポートするために開発された認知行動療法プログラム「ENERGY」を実施します。 全6回のセッションです。プログラム及び個別面接でお伺いした内容については秘密を厳守しますので、ご安心ください。開催日時:隔週土曜日 全6回プログラム 午前10時30分から12時30分まで 第2期…8月6日、8月20日、9月3日、9月24日、10月8日、10月22日 (注)8月6日は午後2時45分から4時30分まで 10月22日は午前10時から12時まで と時間を変更します。対象:自然災害被災、自死、事故、犯罪被害、疾患等により家族等大切な人を亡くし、強い悲しみを常に感じる、失った家族のことが頭から離れないなどの状況が続いている方で、以下の内容に当てはまる方 ・死別後1年以上経過している方 ・身体疾患あるいは精神的問題で通院している場合には、主治医から参加の承認が得られている方 ・基本的に全てのプログラムに参加が可能な方 言葉が悪くて申し訳ないが、胸糞悪くて反吐がでる。人の悲しみを~プログラムでなんとかしようとする人たち。その1年以上悲しみが続いたら病気というその1年はいったい誰がどのように決めたのだ。 12年近く経った今でも、亡き家族の誕生日が来るたび、共に訪れた記憶のある場所に近づくたび、共に聞いた曲が聞こえて来る度、共に暮らした年号の数字をみるたび、こうして、文章を書いていても、胸は張り裂けそうになる。 頼むから、放っておいてくれ。悲しみは他人がどうにか出来るものではない。 悲しみが消えて無くなることも苦しいのだ。苦しいが、苦しいから救われる一面もある。いや、悲しみが消えてはこまるのだ。悲しみだけではない、怒りや自己嫌悪も消えることなど無い。傷は消えて無くなることなど一生無い。深く刻まれて自分の一部となる。悲しみはすでに私の人生の一部だ。 10年以上経過して、直後の血の吹き出るような悲しみは今は無い。時間薬と、新しい生活の中で、少しずつ未来を足していく。それぞれやり方、歩みの中でしか、その直後の強烈な痛みは消えない。 怒りや悲しみを綴ることによって折り合いをつける人も居る。懺悔のような暮らしで、罪を償おうとする人も居る。子どもの日記を本にして、なんとか生きた証を残そうとする人も居る。私の活動に参加して、同じ過ちを犯さないように他人をお世話することで心を落ち着けようとする人も居る。 しかし、何をやっても無駄なのだ。悲しみは消えないことは皆わかっている。それでも、何かしないと生きていけない。どこをどうしても割り切れない理不尽な現実の中で生きていくのだ。 面白おかしい人生があるのか知らないが、悲しみに満ちた人生も大切な人生である。それより、人としての一番の不幸は、悲しみも怒りも失うことだと私は思う。 こころの専門家なんて輩に出来ることなどなにも無い。 こんなところまで、医学モデルが出しゃばってくる異常。悲しみを癒すプログラムなどあってたまるか。人は、人生はそんな薄っぺらな単純なものでは決してない。

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  • 19 Aug
    • 始まりはデパス(ついに向精神薬指定)

      サードオピニオン会・講演会のお知らせ 西宮、東京、神奈川、福岡、大阪、香川、静岡(三島)、愛知、中津川(岐阜)、富士見(長野) 減断薬読本購入希望の方  当たり前のことが当たり前になっただけ。こんな当たり前なことに、こんなに時間が掛かってしまうことが問題である。改善は喜ばしいことだが、あまりにも遅すぎる。デパスもベゲタミンと同様、2011年の日本精神神経学会雑誌(巻頭号の冒頭)で既に注意喚起され、精神医療被害連絡会の要望書でも再三指摘している。デパス・アモバンの向精神薬指定など生ぬるい。処方期間の制限など、より厳しい規制が必要である。 私の家族の場合も始まりはデパスだった。デパスが厄介なのは、抗不安作用に加えて、多幸感を感じさせる作用があることだ。より依存しやすく、離脱症状も深刻なのだ。にもかかわらず安易に処方される悪魔のような薬、その後の多剤処方薬中毒の入り口だ。 デパスやソラナックスといった短時間作用型の抗不安薬の場合、 中毒になっているかどうかは、服用の様子を聞けば簡単にわかる。 やむにやまれず、一日、3回服用するようになるようになるからである。 そうなら、既に立派な中毒患者である。ベンゾジアゼピン系(類似デパスを含む)の性質が悪いのは、耐性もすぐに出来る(効果が無くなる)くせに、やめられなくなることである。 使うなら耐性が出来ないように頓服にとどめるべきだが、 医者からは、毎日飲むように処方(強要)されるのだから、 これは間違いなく医原病である。 デパスはファン(中毒者)も多いから、また反発を食らうだろうが、 ベゲタミン同様、この規制の方向性はもはや国も学会も認めた既定路線である。 厚労省の医薬品規制の姿勢は、基本、医師の裁量(自律)に任せるというものだが、 一向に改善されず、目に余る場合に規制されるのだ。 多剤大量処方の規制も、ベゲタミンの販売停止も、今回のデパスの向精神薬指定も同様である。恥を知れと言いたい。  デパスで思い出すのは、国立市のあるクリニック。そこの医師は、自身がうつの経験があるということで、精神科医になったという経歴だった。自身が、おかしのラムネのようにデパスをかじりながら診察をしていたという。カルテ開示に同行すると、その医師は既に他界(死因は不明)。雇われの医師が居たが、待合室に座って待っていると、多くの患者に対して無診察処方が行われているのが分かった。経営はその医師の妻。夫の死後も薬漬けビジネスに躍起になっている様子。結局、誰も幸せになどなっていやしない。

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  • 18 Aug
    • 8月~ オルタナティブ協議会、精神医療被害連絡会のお知らせ

      オルタナティブ協議会、精神医療被害連絡会の勉強会・サードオピニオン会のお知らせ オルタナティブ協議会編集 減断薬読本をご希望の方はこちらから~私たちが目指す回復のかたち~ ○サードオピニオン会とは・・ サードオピニオン会の理念と目標 「新たな視点からの選択と対話による回復」 こどもを取り巻く精神医療の功罪を考える講演会 in 和泉市(大阪) New!!! サード・オピニオン会の開催予定 三鷹(東京) 9/3 二俣川(神奈川) 9/4 10/2 11/3 大阪(本町)  8/26 和泉(大阪) 8/24 NEW!!! 名古屋(愛知) 8/20 9/17 10/15 西宮(兵庫) 8/25 福岡  8/29 9/26 10/31 三島(静岡) 8/21 9/18 10/16 高松 未定 富士見町(長野) 9/10 NEW!!! 中津川(岐阜) 9/11 学会・講演会 10/10 世界精神保健デーイベント!! NEW!!! 関西オルタナティブ協議会【オルかん】主催イベント 8/27 新大阪(大阪) オルかんサルサワークショップ(うつ病撲滅) NEW!!! 減断薬の為の基礎知識(お薬を深く学ぶセミナー) 未定 クスリに頼らないオルタナティブ講座 未定

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  • 06 Aug
    • こどもを取り巻く精神医療の功罪を考える-こどもの被害チャート

      サードオピニオン会・講演会のお知らせ 西宮、東京、神奈川、福岡、大阪、香川、静岡、愛知、中津川(岐阜) 減断薬読本購入希望の方 うつ病で起きたことを知っている我々は、発達障害という疾病概念が受け入れられない。 そのキャンペーンが製薬企業主導で進められていること。 家族会への寄付とそのロビー活動。 6.5%が問題があるとする文科省の通達のデタラメ。 →全国の教師に対するアンケート(医師がみたわけでもない)で、県ごとに3-10%のバラつきのある結果を平均した数字である。そもそも客観的でも医学的でもない数字が独り歩きをしている。 学会医師と製薬企業の利益相反。 医学モデルに毒されたスクールカウンセラーや福祉。 前記事で指摘したうつ病ビジネスと同じ構造がある。 精神科 街角牧畜ビジネスの利権構造-ほんとうにこれで良いのか 精神医療薬害被害者は驚くほど同じような経緯を辿る 国連もWHOも医学モデルではなく社会モデルでやれと言っている。 国連からは、製薬企業と関連した研究への懸念も出されている。 そもそも障害なのか疾病なのか・・・ 障害ならば、医学モデルの出る幕などない。 障害に薬を使うとはどういうことなのか? 治療なのか管理なのか? この概念はうつ病概念以上にいい加減である。 しかも、薬物治療の影響は大人のそれとは比較しようもない程大きい。 先行する米国では、ADHD→双極性障害の流れだったが、 この国ではADHD→統合失調症の流れである。 9月25日に大阪和泉市でこの件のセミナーやります。お近くの方是非参加ください。 こどもを取り巻く精神医療の功罪を考える

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  • 05 Aug
    • 精神科 街角牧畜ビジネスの利権構造-ほんとうにこれで良いのか

      サードオピニオン会・講演会のお知らせ 西宮、東京、神奈川、福岡、大阪、香川、静岡、愛知、中津川(岐阜) 減断薬読本購入希望の方 かつて医師会武見太郎氏は、精神医療を牧畜業と称した。 現在の精神医療もあまり変わっていない。いやむしろ悪化している。 32万床のベッド数は、漸減しているように見えるが、実は回転数を上げて総入院者数はむしろ増加している。 長期入院から、短期入院の回転数を上げているのだ。 社会的入院から、実際に状態の悪化による短期入院となっている。 隔離拘束も、電気ショックも増加しているのは、それだけ状態が悪くなっているのだろう。 長期入院者に対する世界的な批判に対応するために、統合失調症患者を外に出すかわりに認知症患者を入院させている。 (認知症患者を精神科が診ているのはこの国だけである) それどころか、今では、患者を治さず、地域のデイや就労支援事業所に通わせ、再入院を繰り返すという形でその規模を拡大しているのだ。 薬物治療は、患者を治さず、再入院を繰り返すようにするための道具である。 統合失調症であれ、うつ病であれ、薬物治療が始まる前の時代では、ほとんどの患者は入院は一度であった。 図は、この街角牧畜ビジネスの利権構造を図式化したものである。 この凄まじい利権の金の出処は、大部分が税金であることに留意頂きたい。

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  • 04 Aug
    • 精神医療薬害被害者は驚くほど同じような経緯を辿る

      サードオピニオン会・講演会のお知らせ 西宮、東京、神奈川、福岡、大阪、香川、静岡、愛知、中津川(岐阜) 減断薬読本購入希望の方 精神医療の薬害被害者は驚くほど似たような経緯を辿る。 このチャートは、21世紀に入って、製薬会社の薬販売キャンペーンにより激増した気分障害系の被害チャートである。 (子供や統合失調症系の被害は若干違う。) サードオピニオン会には、様々なケースの当事者、家族が参加されるが、 最も、回復効果が出るのはこのチャートに該当する人達である。 一部の統合失調症患者に対しては、その内容は別にして精神医療の明確な役割はあるが、この人たちはそもそも、明確に精神医療に関わるべきではなかった人たちである。 ちょっとした不安や不眠、不調で受診して、最終的には障害者福祉手帳を持つ精神障害者となる流れである。 診断名は、①不安・不眠→②うつ→③双極性障害→④統合失調症と変化してい行く。 本当は、ただの薬物中毒の悪化であるが、追い込まれた末の様々な失敗が問題をさらに複雑化し、抜け出せなくなっているのである。 会に参加される人はこのチャートの何処かに居る。④から①の順に被害は比較的軽い。 向精神薬の副作用症状の多くは、精神症状であるが、 精神医学は、こうした副作用症状をそもそもの病気の症状に取り込むことにより、薬物治療を正当化している。 被害の正当化だけでなく、さらなる薬漬けの理由に利用するのだから恐れ入る。 この被害から脱するためには、まず、自身に起きた被害を知ることである。 薬害被害を前提として語るストーリーは、病気の悪化のストーリーよりも合点がいく。 その間に起きた様々な問題も、了承可能になるのである。 このストーリーを当人と周りの人間が共有すれば、多くの問題は了承可能な出来事に変化するのである。 サードオピニオン会での対話の効能はここにある。問題を外在化させ、家族ごと問題を解きほぐしていく。 もちろん、それが出来たとしてもそれはスタート地点にたったに過ぎない。 薬が減るごとに、現実が襲い掛かってくる。まず襲ってくるのは怒りと悲しみ。 私も経験した。回復の為にはこれは避けて通れない。 けれども、なにより回復の喜びが、克服の後押しをしてくれるのである。

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  • 03 Aug
    • 善意のいう名の人権侵害(次々と再生産される言い訳)

      サードオピニオン会・講演会のお知らせ 西宮、東京、神奈川、福岡、大阪、香川、静岡、愛知、中津川(岐阜) 減断薬読本購入希望の方 「患者さんの為に」という言葉は、ベッドが空くという経営上の理由の前には意味をなさない。 「利用者さんの為に」という言葉も、自分たちの給料が減るのなら意味をなさない。 大抵のことは、利益優先でも許されるが、これは人命と尊厳に関わることであって、本来いかなる理由があろうとも正当化できない。 このジレンマを覆い隠すために、精神医学やその周りの福祉では、様々な言い訳する。 その言い訳は、都合よく正当化され、次々と再生産される。 長い間、何故こんなことが正当化されるのか理解できずにいたが、精神医学の歴史を知ればその極一部なら説明可能である。 精神医学の歴史は、そのまま自己正当化とその再生産の歴史である。 薬物療法至上主義の生物学的精神科医は、自分たちの失敗を覆い隠すために実に多くの嘘を付いてきた。 処方薬による薬物中毒症状を病気の悪化と言い換えたり、 離脱症状を退薬症状と言い換えたり、 抗うつ剤による躁転を双極性障害(本人の元からある症状)としたり、 抗精神病薬のジストニアやアカシジアといった症状を統合失調症の症状としたりといった都合の良い解釈である。 最大の嘘は、ただの鎮静を治療と呼び、精神疾患は治らない病気としたことである。 そうすれば、どんなに悪化しようが、死のうが、そんな病気なんだと納得することが出来るのである。 20世紀には、うつ病は比較的転帰の良好な治る病気だった。 患者の多くは3か月から6か月位で回復していった。 薬物治療のメリットは、その回復を早めること位しかないのだが、薬物治療ではうつ病は治らない。 治らないとなると今度は難治性うつなんて診断が濫用される。 そこで、今度は難治性うつに効果があるとして、抗うつ剤と統合失調薬(ジプレキサ、エビリファイ)との併用が一般化された。 うつ病治療にとって、統合失調症薬の併用の解禁は、パンドラの箱をあけることになる。 何故なら、そもそも難治性うつの患者など、めったに居ないし、統合失調症薬の安易な使用は、あらたな精神病の重大な発症要因である。 うつ病が治らないという研究など何処にもないが、実際には誰も治らないというおかしな状況はさらに強化される。 この事実を正当化出来るのは、うつ病は治らない病気と再定義することだけである。 ここ20年で、うつ病を理由とした精神障害者が激増した。精神障害者のための就労支援の現場には、うつ病を理由とした利用者が溢れている。 誰も回復などしてしないのだ。 精神科病院の若い医者やスタッフは、うつ病が治らないことに何の疑問も抱いていない。 専門家の言葉を盲信する患者や家族も、それに疑念を呈さない。 こんな恐ろしいことはあるだろうか? 誰も悪意がある訳ではなく、いやむしろ自分たちは最善を尽くしていると思っているのだ。 実際に、そこに居る医師やスタッフの顔をみればわかる。 その正義面が、被害を再生産していることに気が付いて居ないのだ。反吐がでる。 この10年で、色々な角度から精神医療被害を見てきた。 最初から、薬の件は問題視してきたが、一週回ってまた元に戻ってきたのだ。 激増した精神疾患患者の問題は、その主たる原因はやはり薬にある。 どんなにリカバリーを語ろうが、薬の問題をどうにかせねば、その努力は無駄である。 デタラメ薬物治療の上に実践される薬以外の治療法は、薬によって全て無効化されるのだ。 医療は基本傷害行為である。脳に作用する薬の投薬は外科で患者の身体にメスを入れることと何も変わらない。 この概念に疑念をはさむ人は居ないだろう。 きちんと薬を飲むことが重要と言うのは、 一部の重症の統合失調症患者に向けての言葉であったが、 いつの間にか、全ての患者に向けた言葉に再生産されたものに過ぎない。 善意の陰謀(メダワー)とは良く言ったものだ。

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  • 20 Jul
    • 医療の外で出来ること-社会モデルでのメンタルヘルス

      サードオピニオン会・講演会のお知らせ 西宮、東京、神奈川、福岡、大阪、香川、静岡、愛知、中津川(岐阜) 減断薬読本購入希望の方 オルかん サルサワークショップ(うつ病撲滅)今週の土曜日です!(於、大阪) 医者の世界は狭い。タコ壺と表現する人も居る。 医者の常識は、医者の常識であって社会の常識には成り得ない。 こころの問題は、人類が誕生して以来のテーマだが、 こころの問題がこれほど医学の問題として扱われた時代はかつてない。 精神医療の被害は、過剰診断、過剰投薬、過剰拘束という形であらわれるが、 それを引き起こしているのは医療化である。 福祉や教育というのは、医療より広く、別に扱われるべきものだが、それが医療に浸食されている。 最近、良識派と思われている医師たちから、精神医療に対する批判が聞かれるようになった。 これは一見良いことのように思えるが、良いことばかりではない。 こころの問題がこれほど医学の問題として扱われたことに対する反省が伴わなければ、大勢に変化なしである。 精神保健改革を成し遂げたイタリアの医師達は、「自分たちは無力だ」と言った。 言い換えれば、自分たちの常識が間違っていたとの自覚を得たということだ。 良き薬物治療がある訳ではない。 誤診でも、誤処方でもない。 自分たちのやってきたやり方が、根本的に誤っていることに気が付いた時、初めてスタート地点に立てるのである。 医療過誤裁判も、医学の常識で争われる。 これが、精神医療で、原告が勝てない最大の理由だ。 過剰診断、過剰投薬、過剰拘束を医療過誤として扱うということは、医学の土俵で戦っているということ。 これでは勝てやしない。 精神医療の行ってきた凄まじい過剰診断、過剰投薬、過剰拘束は、重大な人権侵害である。 人権問題として闘うべきものだ。 世界は、この医療化の問題に気が付いている。 WHOや国連が、精神保健を医学モデルから社会モデルにしようとしているのは明らかだ。 こころの問題を、医学ではなく、もっと大きな視点でとらえろということでもある。 イタリアの精神保健改革 当事者から生まれたリカバリーモデル 今流行(?)のオープンダイアローグ これらには、驚くほど共通点がある。というか殆ど同じである。 枝葉の理論の違いはあるが、そこに流れる哲学は共通している。 ナラティブアプローチやIPS、ACTなどにも、共通した哲学がある。 その根幹はどう考えても脱医学モデルである。医者の狭い常識の範囲では、これらは活用できない。 ・施設ではなく地域 ・診断にこだわらない ・薬物治療に対してはネガティブ ・権威・専門性への異議 ・当事者中心 ・自己決定と自己責任 ・個別化の原則 ・リスクをとる ・役割を得る ・治療ではなく回復 捨てなければならないものだらけである。 精神科病院という狭い世界で、神のように振舞っている医者にそれができるだろうか? 出来るわけはない。人間はそれほど器用ではない。 彼らが変わる前に、社会が変わるのだ。 精神科医の選択は大きく分けて2つになるだろう。 一つは、現在の立場ややり方(医学モデル)に固執し、社会に煙たがられながら生きていくか、 社会に出て、一人の対等な市民として、その役割を果たすか。 そうなるまで、どれくらいの時間が必要なのかはわからない。 しかし、ここのところ急激に社会が変わりつつあることを私は実感している。 これまで、タブーとされていた(思いこまされてきた) ・医学に物申すこと ・診断に口を出すこと ・処方に口を出すこと に、以前ほどの大きな非難の声が聞こえなくなってきたのだ。 国民が自ら学ばねばならない理由 薬物治療以外の解決策を探す人々にまずお伝えせねばならないのは、こうした変化である。 皆さんが直面しているジレンマは、そのまま医者たちのジレンマでもある。 自己決定は、リカバリーの最重要事項であるが、医学モデルで、決定権を握っているのは、医者である。 服薬を半強制しながら、リカバリーを語るなかれである。 そもそも、他人の頭の中のことなど、誰もわかるはずはないのである。 わかるいうならば、それは神か詐欺師である。 リカバリーにおける個別化の原則は、その人の問題は、その人独自のものとして扱い、定型な対処はしないことだが、 うつには抗うつ剤、統合失調症には抗精神病薬という薬物療法は、そもそも、個別化の原則を守っていない。 医療で、リカバリーに取り組もうと思えば、まず医学モデルを捨てなくてはならないのだ。 それが出来ない人々にこれらが出来るわけはないのである。 リカバリーモデル(社会モデル)は、市民主導でなければならない。 我々が主催するサードオピニオン会は、 他の医者に意見を聞くセカンドオピニオン(医学モデル)とは違って、医療の外(社会モデル)からの意見である。 社会モデルであるということは、これら社会モデルでのリカバリーのやり方は、精神疾患を超えて、様々な問題に応用できるということでもある。 先日の愛知のサードオピニオン会では、介護と母娘との関係性の話が出た。 そのケースでは、誰も精神疾患にはなっていないが、このケースでもリカバリーの概念は有効である。 メンバーが、「オープンダイアローグ」は何にでも使えるねと感想を述べたが、 まったくもって、その通りなのだ。 母と娘の間で硬直化した関係性に、他者が関わることにより、変化が生じるのだ。 残念ながら、現代日本の分断されたコミュニティでは、他者が関わることがなかなか難しい。 フィンランド、ラップ地方でのオープンダイアローグが成立するのは、その基盤として信頼できるコミュニティが存在しているからだろう。 そこでは、専門家は、専門家である前に、良き友人で無ければならない。 良き友人に出来ることは沢山あり、それが専門家であればさらに良い。 だが、友人でない専門家に出来ることは何もないのである。 自身の悩みを沢山の人に聞いてもらえる人は幸せだ。 どんな苦難に陥っていても、皆でワイワイやっているうちに痛みは軽くなり、立ち向かう気力が生まれる。 専門家に相談するよりも、ずっと効果がある。 医学モデルを捨て、決定権を医師から自分取り戻すことは、実は大変な選択である。 知識を得なければならないし、なにより自分に向き合わないといけない。 子供の頃から、従順であることを強いられてきた日本人には、なかなか出来るものではない。 けれども、傍に、ともに向き合ってくれる人々が居てくれるのならどうだろう。 人の人生には口を出すなと我々は教わってきた。 だが、いざ問題が起きた時、狭い人間関係の中でそれを解決するのは不可能である。 社会で引き起こされた問題の解決策は、やはり社会の中にあるのである。 狭い医学の世界にそれを任せるなどあり得ない。 サードオピニオン会は、そうしたともに向き合ってくれる人々のコミュニティ作りも目的としている。 困難(処方薬中毒)に陥っていた人が回復し、今度は話を聞く側に回る。役割を得ることにより、その人の回復はさらに進む。 回復が回復を再生産するのだ。 本来は、普段の生活とともにあるべきだが、現代日本ではなかなか難しい。 せめて月に一度でも、そうした場を提供したい。 月に一度だけでも、驚くほどの回復を見せる人は大勢いる。 これが週に一度になり、いつか日常になれば、毎日がオープンダイアローグである。 本家のオープンダイアローグが、回復まで関わり続けるというのはそういうことだ。 かくいう私もこれに気が付いたのは最近のことだ。 過去の自分が恥ずかしい。 だが、いくつになっても、人に関われるのは至上の喜びである。 沢山の人の人生に関われることは、喜び以外の何物でもないのである。 社会モデルとは、誰もが当事者であり、かつ支援者である状態をさす。 あえて、言い直すならば、誰もが患者で誰もが医者なのである。 難しく考える必要はない。ただ困難を皆で分かち合える共生の社会をつくるという単純明快なことに過ぎない。 わざわざ、リカバリーとかオープンダイアローグと呼ばなければならないのもおかしい。

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  • 13 Jul
    • 化けの皮が剥がれ始めた新薬(エビリファイ、ジプレキサ、リスパダール)

      サードオピニオン会・講演会のお知らせ 西宮、東京、神奈川、福岡、大阪、香川、静岡、愛知、中津川(岐阜) 減断薬読本購入希望の方 会に来た母娘。 娘さんが、ジプレキサをはじめとする薬を複数服用している。 話している間も落ち着かない。手も震えている。 どうみてもアカシジアである。 様子を尋ねると、開口一番「病気であることを認識して・・・」などどという。 わざわざ、そんなことを言うのは、日常的に病識を問われているということだろう。 処方は、多剤、量も多い。 「あなたは病気だとは感じられない。その震えや不安はアカシジアだと思う。」 その場では、「ありがとう」と答えたが、後日、主治医の言ってることと真逆であることに混乱しているという。 薬も減らないという。 ある地方の男性。 病院の牧畜ビジネスに気が付きようやく脱出。 ACTの訪問支援を受けている。 数か月、薬ゼロで過ごしていたが、 ACTの医師から、「過去へのこだわり」が強いという理由でエビリファイ3mgが処方される。 12mgまで増量したいと言っている。 エビリファイを3mgから6mgにしたところで、そわそわが悪化。 ACTの医師も所詮、こんなものかと心底がっかりである。 「過去へのこだわり」が強くて何が悪い。それで何故エビリファイ。 患者中心とかあなたの為に力になりたいとか言うまえに、根本的に間違っている。 こんなのが地域リカバリーとは情けない。 ジプレキサやエビリファイが錐体外路症状を引き起こしにくいというのは悪質な嘘である。 健康なボランティアに4mgのセレネースを処方すると約半数にアカシジアは発症する。 セレネース4mgとはCP換算で、エビリファイ8mg、ジプレキサ5mgである。 リスパダールなら2mgである。 アカシジアの発症を疑うのは当たり前ではないか。 その、そわそわの正体は、おそらくアカシジアである。 お薬信仰をまず捨てなければならないのは医師の方だ。 アカシジアによる自死 どんな新薬も、発売後10年ほど経つと本当のことが分かってくる。 発売時には、夢の新薬として宣伝され、次の薬が出始めると副作用が明らかになる。 その繰り返し。そんなことを何十年も繰り返している。 その間、犠牲になるのは、常に患者である。 リスパダールが登場した時、医療関係者は、本当に夢の薬が現れたと思ったそうだ。 これまで、寝たきりで、EPSやパーキンソン症状に苦しむ患者が、セレネースからリスパダールに変えた途端、急に元気になったのだ。 この時の経験が、今でも関係者に強く根付いて居る。 薬理プロフィールをみると、それは当然であることがわかる。 セレネースがドーパミン受容体の7割を占有する量(*パーキンソン症状がでるのも70%から)が用量として設定されているのに対し、リスパダールは4割程度を占有する量が設定されている。患者が動けるようになったのは、ドーパミン阻害作用が変薬により低下したからである。 それまでの薬(セレネース)があまりにも酷かったので、リスパダールが夢の薬に思えただけある。 この変化は、精神科病院での死亡退院の死亡要因も変えた。 (悪性症候群→誤嚥性肺炎) 同じように、高齢者施設でのリスパダールの濫用により、誤嚥性肺炎は増加しているはずである。 また、リスパダールは、抗プロラクチン症やEPSが少ないと宣伝されたが、結局そうでないことが判明した。 リスパダールは、抗プロラクチン血症やアカシジアをもっとも惹起する薬である。 リスパダールの安全神話はとうに崩れている。 このように、それまでの薬があまりにも酷かったので、新薬が良い薬のように扱われることはいくらでもある。 バルビツレート酸系の睡眠薬のあまりに酷い致死性と比べて、ベンゾジアゼピンの安全性は語られるが、 それは比較して安全なのであって、ベンゾジアゼピンが安全なわけではない。 SSRIが発売された時には、3環形抗うつ剤の致死性や抗コリン作用が問題視されたが、最近の抗精神病薬とのカクテル処方により、それらの副作用はかえって増強されている。 その他、エビリファイがパーキンソンを起こしにくい。 ジプレキサがうつにも効果がある。 なども、誇張であったことが判明している。 新薬が、旧薬(定型抗精神病薬)より優れているという根拠は崩れている。 むしろ、薬力価が高い分だけ、副作用の発現率は悪化しているはずだ。 それとともに、治癒率も寛解率も下がっているはずだ。 CP換算300~600は適正だなんてのもおかしい。エビリファイcp換算値300は12mgである。 そもそも、ジプレキサやリスパダールなどは、そのや薬物プロフィールから言ってcp換算では比較できない。 (CP換算値は、主にドーパミン遮断力だけの比較である。) また薬の悪口を書いたが、精神医療被害は単なる薬害ではない。 薬害とは、薬の欠陥や知られざる副作用により引き起こされるものだが、精神医療被害は薬だけでは説明できない。 製薬会社の販売戦略による薬の効果を最大限に誇張し、副作用を最大限に矮小すること。 それに乗っかった御用医師。 宣伝をそのまま信じて患者に処方する思考停止の医師達。 だが、この説明だけでは、こんな被害は起きやしない。 もし医師が、本当に患者をみているならば、こうした間違いにはすぐに気が付くはずだからである。 投薬に口を出すと途端に機嫌が悪くなる医師。 副作用を病状の悪化としか捉えない医師。 患者の健康や生命より、利益を優先する人々。 薬害だけならば、まだマシである。

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  • 08 Jul
    • 改善したものと悪化したもの-一番手強いのは市民の医者信仰と思考停止

      サードオピニオン会・講演会のお知らせ 西宮、東京、神奈川、福岡、大阪、香川、静岡、中津川(岐阜) 減断薬読本購入希望の方 これまで、精神医療被害連絡会として3度、要望書を提出した。 直近の要望書がこれである。精神医療改善の為の要望書目次だけでも眺めて頂きたい。要望書の内容が実現したものが幾つかあることを確認いただきたい。 ここ数年で改善したものと悪化したものを整理したい。 改善しつつあるものは、 ・うつ病患者増加の頭打ち(微減)・それに伴う自死者の微減・多剤大量処方の規制(同種薬3剤(2015年)まで、2剤(2016年)まで)・睡眠薬の依存性が認められた(日本睡眠学会、半年毎に休薬を推奨) ・製薬企業からの医師への金銭供与の一部公開 ・ベゲタミンの販売停止 ・統合失調症の減薬ガイドライン研究 などである。 逆に悪化したのは、・うつ病治療に対するカクテル処方の流行(うつ病治療に統合失調症薬を使用)・発達障害概念の広がりと子供や知的障害者への薬漬け治療・精神医療による認知症患者の囲い込みと薬漬け治療・統合失調薬の適応外処方の蔓延(子供、高齢者、うつ病患者への使用)・職場へのメンタルヘルスチェック制度の導入 ・電気ショックの増加 ・隔離/拘束の増加 である。 こうして、具体的に指摘することが重要である。 議題に上らなくては、改善圧力はかからない。 こうしてみると、改善したものも結構あるがけっして喜べない。まるでモグラたたきである。 うつ病薬物治療の惨劇を知っている我々は、発達障害概念の広がりや職場のメンタルヘルスチェック制度が如何に危険かを知っているが、いまだ社会はその危険を知らない。 もはや、犠牲者は大勢出ているが、犠牲者は自分が犠牲者であることも知らず、加害者は加害者であることも知らない。 統合失調症薬の適応拡大や乱処方が引き起こしている被害はさらに悪化している。 この活動を始めた10年前には、薬の危険性を指摘すると、随分と攻撃を受けたが、最近は少なくなってきた。 そして、実際、精神医学界は、あまりにも遅く、不十分ではあるが、明らかに方向転換しつつある。 精神医学界内部からも、我々の意見に賛同するような発言が増えた。 多剤大量処方への批判―どう落とし前つけてくれるのか? 重要:日本精神医学会最高権威、樋口輝彦氏の発言―突っ込みどころ満載だが言質を取っておこう― しかし、多剤大量処方のデタラメを自ら認めた内容であるが、2015年の規制に対して日本精神神経学会は反対声明を出した。 地に落ちた日本精神神経学会-もはや学会とは名ばかりの利益団体 これは学会員の総意ではなく、一部の幹部が出したものだ。この抗議を打ち消す形で、2016年には更なる多剤の規制が行われたのだ。 何かしらの変化は起きているのは間違いない。 我々の意見に賛同しながらも、(我々の活動を指して)まるで破れ傘で台風に立ち向かうようなものだと言い放った皆さまには、それは明らかな間違いであったと申し上げたい。 これらのわずかながらの成功は、何をどう言われようが我々は圧倒的に正しいことの証明である。 しかしながら、腹立たしいのは、この甚大な被害の責任を取ることも無く、まるで自分たちで気が付いたように上手に方向転換しようとしていることだ。 私がこの十年で学んだことは、この国は誰も責任を取らないということ。この国の薬害の歴史もそれを裏付けている。 2010年、ドイツの精神医学界は、ナチス時代の精神科医の悪行を70年たって謝罪したが、何故70年も経った後なのか、一説によると当時の関係者が皆亡くなったからだという。それと同じように、このデタラメをまき散らした精神科医達は責任を取ることはないだろう。 地獄に落ちろと念ずるのみである。 いずれにせよ、責任を取れと言う被害者の声は、黙殺される。 この国はそういう国だ。原発事故でも同じ。 憲法を独自に作る?核武装?この国の指導者に、この社会に、そんな器などあるものか。 私はこの国に心から幻滅している。 それでも、この活動を続けていけるのは、関わることで随分多くの人々の回復に立ち会えるからである。 皮肉であるが、この被害があまりに甚大で、デタラメであるから、一つを正せば、大勢が回復のチャンスを得られるのである。 精神薬に限らず、薬の過剰投与の問題は表面化した。 少なくとも、薬の害がタブーではなくて、話題に上るようになったことは大きな進歩である。 主な反論は、相変わらず。 「必要な人が適切な薬物治療を受けられなくなる」 といったものだ。 一見、まともに思える意見だが、突っ込みどころ満載である。 そもそも、適切な薬物治療とは何か? そもそも、薬が必要な人は誰か? そもそも、薬は病気を治療するのか? そもそも、誰の為の投薬か? そもそも、精神疾患とはそもそも何なのか? そして、精神医学とは、医学とは何なのか? このように聞けば、帰ってくる答えは、たいてい 「お医者様が言ってるのだから間違いない。」 である。 いつものことではあるが、具体的に問うているのに、帰ってくる答えは漠然としている。 つまり、自分で考えてもいない。自分で決めてもいないのである。 実は、改善を阻む最大の壁は、この思考停止と医者信仰である。 これは、社会レベルでの改善を阻むと同時に、個別の患者の回復も阻むのである。 我々は、それを問う。 具体的に、きちんと問う。 それも、当事者や家族と一緒に問うのである。 共に学んで、共に考え、決断し、最善の道を探すのである。 自分で考え、決断し、責任を取ることは、茨の道であるが、これ以外に、回復への手立てはないのである。 逆に、自分で考え、決断し、責任を取ることが出来れば、その人はもはや精神疾患患者ではない。 ここ数年の変化で、我々は無力でないことが証明された。 これからは、これまでの改善圧力に加え、オルタナティブで闘うことが出来る。 実績(回復)も上がり始めた。 今までは、医学モデルの範囲での改善を求めてきたが、オルタナティブは社会モデルの推進である。 医学モデルよりも、大きな視点での取り組み。 医師を排除しているのではない。社会モデルでの医師の大切な役割ももちろんある。 だが、医療はどこまで行ってもサービスである。どう使うかは市民が決めることである。押し付けるなと言っているのだ。 いずれにせよ、医師も、コメディカルも、この医学モデルから社会モデルへという流れには抗えない。 21世紀の医療の形は、社会モデルであると私は信じている。 もしそうならないのなら、この社会は終わりである。 社会モデルが実現した時、このモグラ叩きも終わる。

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  • 03 Jul
    • セルフヘルプグループのすすめ

      サードオピニオン会・講演会のお知らせ 西宮、東京、神奈川、福岡、大阪、香川、静岡、中津川(岐阜) 減断薬読本購入希望の方 治療は病院でするものだが、回復(リカバリー)は社会(コミュニティ)の中でしか起こらない。 病院内や、施設で行われるリカバリーへの取り組みは部分的な効果しか発揮できないと思う。 何故なら、治療は、症状を抑えるために行われるが、回復は、その人がその人なりに生きていけることを応援するものだからだ。 せっかく症状が軽減された(減薬できた)としても、肝心の生活コミュニティがそのままでは元の木阿弥である。 だからこそ、回復は家族、地域社会を巻き込んで行われなければならない。 そのための第一歩がセルフヘルプグループだと私は思う。 患者も家族も、孤立した状態で、頼りが病院だけならば、回復のチャンスは得がたい。 何より、医療がその人の回復を信じていないのだからなおさらである。 一口にセルフヘルプグループといっても色んなものがある。 一番お手軽なのは、FacebookなどのSNSで、インターネット上で作るセルフヘルプグループ。 すぐに作れて、すぐに人も集まるが、すぐに飽きられるし、容易に壊れる。 なんのリスクもないため、お気軽に好きなことを書き込める。 本人は、真面目に書いているのだろうが、これがトラブルの種となる。 それでも、ネット上のセルフヘルプグループは有用である。 各地で孤立する同志を繋ぐ機能、広く社会に告知する機能は捨てられない。減薬の為の情報交換や、励ましあいももちろん有用である。 しかし、実際の回復に効果的なのは、実際に顔の見えるセルフヘルプグループである。 私が関与しているのも、ある種のセルフヘルプグループだ。 私のところにやってくる人の目的は様々。 その目的に我々の会がそぐわないことも多々ある。我々は何も押し付けはしないが、逆に、押し付けも拒否することになる。 セルフヘルプグループは理念に賛同いただける人に利用してほしい。 しかし、正直なところ、困るのは、思いが強すぎて、それが受け入れられないからといって、そのグループを破壊して去っていく面々(デストロイヤー)である。被害連絡会でも、オルタナティブ協議会でも、少なからず遭遇する。そして、何度も破壊される。 その度にまたやり直すのだが、これは仕方がない。この問題に取り組む全ての人に身に覚えがあるだろう。 何人もの人が活動を始めて、消耗し、そして去っていった。 残念だが、これは避けて通れない。これに耐えられないなら最初からやめたほうが良い。 けれども、その筋金入りのデストロイヤーが時々驚くような回復を見せる時がある。だから門戸はいつも開かれている必要もある。 この手の活動がうまく行かないのは、大抵仲間割れが原因である。 時折、何故、他のグループと一緒にやらないのかと非難されることもあるが、私は別々で良いと思う。 沢山のグループが出来て、それぞれが頑張れば良い。いちいち、合意を求めていたら、それこそ纏まらない。 目的も立場も違うのである。 精神医療被害連絡会は、きちんと怒るためのグループ。 遺族会は、きちんと悲しむためのグループ。 そして、オルタナティブ協議会は、快復のためのセルフヘルプグループである。 それぞれの役割は違う。一緒にはやれない。 私は、基本、精神医療の被害者遺族である。当事者を抱えた家族ではない。 なので、当事者や家族のセルフヘルプグループのお手伝いは出来るが、主役には決してなれない。 欧米には、様々なオルタナティブ団体がある。 カナダのケベック州ではなんと精神保健関連団体の4割がオルタナティブ団体であるらしい。 (オルタナティブ団体とは、メンタルの問題を病として捉えず、よって薬物治療にネガティブな団体である) 理念を共有した人々が、共に生きるための自助グループを自ら作り、ネットワークを構築している。 イタリアの有名なピアによる労働組合もその一つと呼んでよい。 ベルリンでは、月に2度ほど、様々なセルフヘルプグループの参加するフェスティバルが開かれ、人々は自分にあった団体を探して参加している。 十分では無いが、各国政府もオルタナティブ団体支援のための予算を割いている。 オルタナティブ団体は、医療や行政が決めた枠組みに沿ったものではない。それぞれの人の必要に応じて作られたセルフヘルプグループである。 その人を中心に置き、個別化の原則を貫くからこそ効果が期待できる。医療や行政が決めた画一的なサービスではリカバリーは起きないのである。 うつ病だから抗うつ剤を服用するとか、統合失調症だから統合失調症の薬を服用するなんて画一的な対応は、個別化の原則から一番外れたものでしかない。 税金を払うということは、自分たちの代わりに政府や自治体にやってもらうということ。 自分たちでやれることをやれば、実は税金はこれほどまでに支払う必要は無くなる。 セルフヘルプグループの活性化は、効果的な財政健全化策でもある。 精神医療に関して言えば、家族会や当事者会も既にある。 最近、そこでも、盛んに、リカバリーや当事者中心が語られる。 一見、良いことのように思えるが、その前提は、やはり「精神病者であること」「服薬すること」なのである。 当事者中心と言いながら、診断と投薬は押し付けているのである。 さらに経済的な意味でも、医療や行政の決めた精神病者としての枠組みからは逃れられない。 医学モデルは、一部の統合失調症患者には有用であるが、大多数には不要であると思う。 そこに居る大多数の人は、元々そこに居る必要のない人たちである。 私に価値があるとするなら、それは私が精神医療に対するしがらみを持たない人間であることだ。 21世紀に激増した偽りのうつ病患者のほとんどは、本来、精神病者である必要のないただの処方薬による薬物中毒者だ。 この人たちには、精神医療と持ちつ持たれつの関係性は必要が無い。 事実、サードオピニオン会が一番効果を発揮するのは、この人たちである。 必要のない治療を受け、10年も、20年も、うつ病で薬漬けになり、人生の幹の時代を失った人たち。 この人たちが、障害者で居続け、服薬をし続ける必要など何処にもないのだ。 この人たちには、失った人生を取り戻すためのセルフヘルプグループが必要だと私は思う。 新しい人生を生きていくための、新しい価値観、新しい環境、新しいコミュニティが必要である。 また、統合失調症と診断されている患者とその家族にも、社会モデルでのセルフヘルプグループは必要である。 統合失調症患者が、一生、服薬しなければならないなど、嘘も甚だしい。 医学モデルでの支援が必要な人もいる。しかし、それは、ごく一部である。 親御さんが亡くなったあと、精神科病院で面倒を見てもらわねばならないこの現状(服薬もセットで)は異常である。 すぐにでも、本当のセルフヘルプグループを作るべきだと思う。 デイケアもグループホームも自分たちの手で作り上げるべきだと思う。 しかし、現状をみると、あまりにもパワーレスである。 その状況を打開するためのお手伝いなら出来るかもしれない。 発達障害という言葉は使いたくもないが、発達障害児を抱えた親御さんも同様である。 子どもに向精神薬など論外。そのうち、統合失調症のような障害に悪化する。 専門家から子育てを自分自身の手に取り戻す必要がある。 専門家から教育を自らの手に取り戻す必要がある。 子育てや教育が医学モデルになるなど、悪夢以外の何物でもない。 行政サービスの改善に期待しても無駄、自ら作り上げる以外に方法はないと私は思う。 国連もWHOも、メンタルヘルス対策は社会モデルでやれと言っている。 欧米の歴史を見れば、改革はいつも市民運動が先導している。 その中心は、当事者たるパワーを持ったプロ市民であるべきである。

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  • 28 Jun
    • 一流の詐欺師は9つの本当で1つの嘘をつくが三流の詐欺師は1つの本当で9つの嘘をつく

      「医師の大量処方が覚せい剤中毒死の約25倍の死者を出している」とした伊藤隼也さんの著書が非難されている。 山本一郎なるブロガーが、そのデータの解釈における1つのミスを引き合いに出し、他の正当な批判まで一緒くたにすることでその評判を落とそうとする記事をYahooに投稿している。 元になったデータは、2010年に知り合いの新聞記者が私に送ってきた東京都監察医務院の研究論文である。 伊藤氏と小学館編集部が使ったデータはそのフォロー論文2011年版である。 山本一郎なるブロガーが指摘しているのは、「医師の大量処方が覚せい剤中毒死の約25倍の死者を出している」という記載である。 突っ込みどころ満載であるが、明確に指摘しておく。 -ブログより転載- 伊藤さんの問題を指摘されている内容が結構派手でして、このTogetterまとめでもあるとおり「『自殺者』と『抗うつ剤の売り上げ』がほぼ同じ時期から増え始めていた!」とか「医師の大量処方が覚せい剤中毒死の約25倍の死者を出している」などと、明らかにトンデモなもので、まあ単純にガセネタの類ではないかと思います。 本書第2章「医師の大量処方が覚醒剤中毒死の約25倍の死者を出している」の根拠は、監察医務院福永氏の報告書で「06年~10年の死因不明遺体に対する行政解剖13499件において検出された薬物は覚醒剤136件に対し医薬品等3339件」というもの とりわけ、医師が抗うつ剤などの大量処方が理由で自殺者が増え、結果として覚せい剤による死者の25倍に至るというデータは、問題の発端となっている東京都監察医務院の資料を見ても確認できません。また、医師に直接取材した体になっていますが、死者の絶対数の話であって、死因や母数に関しては何の情報も記載されておらず、死亡率での比較であるべき本件ではまったく信頼できる記述になっていません。 まず、事実を確認しておく。 データ元は、 『平成22年度厚生労働科学研究費補助金(医薬品.医療機器等レギュラトリ分担研究報告書監察医務院における薬物検出の実態関する研究分担研究者福永龍繁東京都監察医務院院長研究協力者谷藤隆信同上(主任)柴田幹良同上(主任)』 である。 小学館の本の記載で間違っているのは、検出件数を死亡者数としたことである。 覚せい剤の検出数139件に対し、医薬品び検出数3339件である。 139×24=3339 これが24倍の根拠である。 東京都監察医務院に確認したところによると、 剖検による検出数と言うのは、 医薬品の場合、 胃内容物、血液、尿であり、1死亡当たり約3件検出されるという。 つまり、1死亡例当たり3件の検体があるということだ。 覚せい剤の場合は、胃には検出されないので、血液、尿から検出される。 つまり、1死亡例当たり2件の検体があるということだ。 死亡者数に換算するなら、 医薬品の場合は三分の一(小さく見積もって)、覚せい剤は二分の一にすれば、ほぼ死者数に換算できる。 3339/3=1113 139/2=69.5 1113/69.5≒16 正しい記述は、 「医師の大量処方が覚醒剤中毒死の約16倍の死者を出している」 となる。 24倍は確かに間違いであるが、事実は16倍である。 「明らかにトンデモなもので、まあ単純にガセネタの類ではないか」という記述は適当ではない。 東京都医務監察院の扱った不審死の中で、覚せい剤の死亡者数の16倍の処方薬中毒による死者数が居るのは事実である。 さらに正確を期せば、「薬物中毒死と判定された中で、医師の処方した向精神薬が覚醒剤の16倍の中毒死が確認されている」 と記述すれば文句なしである。 さらに、今年、発表された研究 「過量服薬による致死性の高い精神科治療薬の同定」精神神経学雑誌118-1(2016) では、次のように記述されている。 日本では、急性期病院への緊急入院が必要な主要疾患の中で、過量服薬は救急救命センターへの搬送率が最も高い傷病であることが示されている。また救急センターにおける過量服薬による搬送者数は増加傾向にあり、その多くが精神治療薬を過量服用していることが明らかにされている。加えて 過量服薬による搬送者数の増加は、精神科診療所の増加に伴っているとの指摘もある。さらに、精神科通院中の自殺既遂者の多くは、致死的手段の実施前に過量服薬をし、衝動性が高まった状態で既遂に至っているとの報告もある。 これは、衝動的に自死した事例の背景(薬物中毒とされていない事例)にも、過量服薬(過量処方)が絡んでいることを指摘しているのである。 事実、全国自死遺族連絡会のデータでは、20代、30代、40代の自死者の精神受診率はほぼ100%である。 厚労省のデータでも自死者の50%以上が精神科受診中であったことを示している。 つまり、覚せい剤の16倍どころではなく、さら多くの死に向精神薬の関与が疑われるのである。 実際に、我々被害者会の証言もそれを裏付けている。 この山本一郎成るブロガーが数字の間違いを指摘しているのは、この24倍という数字だけである。 あとは、一部の悪徳医師がやっているだけのことで、全ての医療を否定しているなどと記述している。 一つの間違いを元に、すべてを否定するという、三流の詐欺師はこの山本氏の方である。 他の主張の間違いもデータで示して頂きたい。 精神医療が、うつ病患者を治療出来ているというデータも示して頂きたい。 多剤大量処方が何故規制されたか? 日本睡眠学会が何故、睡眠薬の処方を6カ月ごとに休薬せよとのガイドラインを出したのか? 何故、ベゲタミンが販売停止になったのか? これらをちゃんと説明して頂きたい。 多剤大量処方の規制に対して、精神医学界の重鎮は、自分達医師がちから及ばずであったと述べている。 この多剤大量処方の規制に対して、我々被害者はずっと主張してきたのである。 伊藤氏と小学館の記事、本はその主張を強力に後押ししてくれたのである。 この山本一郎成るブロガーは一体何者なのか? 伊藤氏が、グラビアカメラマンであったことにも触れて、人格攻撃しているところなど、誹謗中傷以外の何物でもない。 この記事が公開された途端、 子宮頸がんワクチン推進の利益相反だらけの医師達が大喜びしているが、 何なんでしょうね。 ベゲタミンが販売停止になったのは、 我々の主張、それに伴う精神医学会の注意喚起。 それでも、被害が減少するどころか拡大したからである。 注目されていなかった東京都監察医務院の中毒死データが世の中に出されたからである。 多剤大量処方の規制、薬物中毒死の主役であるベゲタミンが無くなることで、どれくらいの被害が食い止められたであろうか。 この山本一郎氏のこの記事は、これまでの被害者の血の滲むような努力、そして製薬会社にベゲタミンの販売停止を申し入れた精神医学界の行為をもないがしろにしかねないものである。

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  • 22 Jun
    • セルフヘルプの時代到来!?

      サードオピニオン会・講演会のお知らせ 西宮、東京、神奈川、福岡、大阪、香川、静岡、中津川(岐阜) 減断薬読本購入希望の方 私の人生はトラブルだらけだが、それでも、私が心を病むことはない。 不自由な現実は多々あるけれども、心はいつも自由だ。 怒り狂って、何度も絶望して、そして開き直る。皮肉なことに、開き直って初めて、別の道を見つけるのだ。 他人や社会から押し付けられた価値観をかなぐり捨てることでしか得られない自由もある。 こうした回復への道のりもあるのだ。 比較優位を感じていたいから、いわゆる勝ち組は自らを勝ち組足らしめる価値観を他人に押し付ける。 学歴で優越感を感じる人が、自らが勝ち抜いてきた現在の教育を肯定するように。 年配の人は、昔はこうだったと自身の成功体験を押し付ける。実際は、誰もが豊かになれたそういう時代に生まれただけなのだが。 20世紀後半は苦労はあっても幸せな時代である。 しかしながら、現代は、もうそんな時代ではない。 現在の社会システムは、いまだ当時の成功体験を捨てきれない、時代遅れの成長を前提とした大量生産、大量消費の為の管理システムだ。 これは、個々の個性よりも全体の利益を一番に考えるあたかも軍隊のようなシステムである。 それでも、国全体が豊かになっていけばよかったが、成長が望めない今、ただの上から下への搾取システムとなっている。 似たような大人しい人間を大量生産するのは、いつでも替えがきくということである。結局、使い捨てである。 支配者から見れば、個性は邪魔なのだ。 そうしたシステムでは、家庭は、兵隊である働き手を支える役目であり、子供は、将来の兵隊予備軍である。 軍隊のようなヒエラルキー組織では、一番重要なのはそのポジション。 上は天国だが、下は地獄。 どこのポジションを得るかで、人生の良し悪しが決まる。 だから、そのポジションを得ることにやっきになる。 大学受験や就活に失敗して、この世の終わりのように感じてしまうのもその為だ。 一流大学に入り、一流企業に勤める。 資格を取って、医師や弁護士となる。 目的がそのポジションを得ることしかなければ、一旦、そのポジションを得たら、そこであがりである。 その職業の本分は二の次となる。 軍隊の中で、どんなに人権侵害を主張したって無駄である。 軍隊では、一人の命より、組織の利益の方が優先されるのだ。一人の兵隊の命や尊厳など二の次。 教育は新しい従順な兵隊を作るための組織。 医療は、傷ついた兵隊を早く戦場に送り直すのがその役割である。 一人一人の兵隊の幸せなど実はどうでも良いのである。 国全体がこのような軍隊式組織である以上、権力者に大胆な改革は望めない。 保身以外の行動は期待できない。改革は、自らのポジションを危うくするからである。 自己のポジションが危うくなるような状況に追い込まれて初めて改革に着手する。 だからこそ、改革は市民活動が先行せねばならないのだ。 精神保健改革の一番の近道は、市民が覚醒して不用意に精神医療に近づかないことである。 市民はその拒否する権利を死守せねばならない。 何故、ホームエデュケーションやフリースクールが増えているのか。それは公的教育が、信頼に値しないからである。 兵隊養成教育から逃げ出したのだ。 やむを得ず選んだ方も居るが、積極的に選択している方も多い。覚醒した市民は既に少なからずいるということだ。公的教育の教師を批判しているのではない、その軍隊的な管理システムがダメだといっているのだ。スクールカウンセラーなどを置く前に、そのシステムを見直すべきだ。まず、教師を軍隊式システムから解放してやれ。 私の会では、自己決定の原則を特に大切にする。 この軍隊式システムに慣れ切っている人にはこの自己決定がなかなか難しい。 だが、減薬のためにも、回復のためにも、それは必要不可欠である。 自由とは、自分で決めて自分で責任を取ることでしか得られない。 それが出来たとしたなら、精神病者であろうがなかろうがもはやどうでも良くなる。 自己決定をすることを少しづつ経験し、学ぶことが回復へのステップそのものなのである。 精神疾患の病名を持っていようがいまいが本来はどうでも良いことだ。 病名は本人の為では決してない。 何なら自分が決めれば良い程度のものでしかない。 精神医学は、科学的な装いを纏っているが、突き詰めていけば診断も薬も甚だいい加減なことが理解できるはずだ。 精神医学は、臨床に使えるような代物ではない。 よって、精神疾患当事者とか当事者家族とか支援者とかの区分も本来的にはどうでも良い。ただ困っている人とその家族で十分だ。 福祉は、医療とは関係無しに、ただ困っている人を支援すれば良い。 病気かどうか判断出来ずとも、困ってることはわかるはずだ。 大切なことは、自分で決めることができるか否か、いや自分で決めたいと思っているかどうかである。 そして他者からコントロールされない代わりに、他者をコントロールしないことである。 自由を得るためには、責任も果たさねばならぬ。 逆にそれが出来ればもはや精神病患者ではない。症状を消す治療よりも、如何に社会に適応できるか、その工夫に注力すべきである。 これが医学モデルではなく社会モデルで取り組むということだ。 社会モデルの本質は、自立を促すことである。 社会に適応さえできればそれでよいはずだが、肝心の社会が軍隊式社会、効率至上主義ではそもそも適応するべき社会がない。 この国は、教育も会社も病院も、そしてママさんの公園コミュニティでさえも、この軍隊システムにどっぷり漬かっている。 だから、せめて自分たちの周りぐらい、生活の一部にでも、この軍隊式社会と一線を画すコミュニティを創り出す必要がある。 国や医療の作った医学モデルのもとでは、真のリカバリーは実現不可能である。 国に陳情して改善を求めるのも大事だが、所詮、医療や国や行政のやる仕事は、魂の入っていないお役所仕事でしかない。 待っていたとて、どうせろくなものは作りやしない。前記事で書いた通り、規制はモグラたたきでしかない。 道を切り開くのは結局切羽詰まった市民のほうだ。セルフヘルプは、絶望した我々に残された生き残るための最終手段なのだ。 税金を払って、国や行政にやってもらうのではなく、我々自身が自分で出来ることを増やしていくのだ。 税金を払うということは、自分たちの代わりに国にやってもらうということである。 逆にいえば、税金が足りなくなるということは、市民のセルフヘルプ能力が下がっているということでもある。 本当に財政再建したいのなら、市民のセルフヘルプ能力を上げるしかない。 クレクレ君が、要求すればするほど、自分の首を絞めるのだ。 資格や専門家制度を作り、福祉サービスを増やすと、ますます自分たちの首を絞めている現状に気が付いて居るだろうか? 精神科医が増えただけ、PSWが増えただけ、お客さん(患者)は増えていく。 精神科医にもPSWにも本来的な大事な役割はある。 それは、(言い方に問題があるかもしれないが)ホンモノの重症の精神疾患患者の支援であるが、あなた達の目の前の患者の多くはそうではなく、本来そこに居る必要のない人たちである。他に選択肢がないから仕方なくそこに居るだけだ。 イタリアの精神障害者によるセルフヘルプは、労働組合を作るまでに発展した。 就労支援という名の搾取システムが横行するこの国とのこの違いを直視すべきである。 自分が亡くなったあとの子どもの行く末を心配する家族にもセルフヘルプは必要。 このままでは、結局、非人道的な施設で生きるほかない未来が待っている。 医学モデルを捨てられない現在の医療や福祉に期待しても無駄である。40年も入院ベットをろくに減らせないこの国に期待しても無駄、待っていては、永遠に精神医療の牧畜ビジネスに囚われたままである。他人任せでは何も解決しないこと、家族だけで抱えるのは不可能なことは、もう十分学んだのではないのか。いまこそ、知恵を出し合って、未来を自分たちの手で切り開く必要がある。今が最後のチャンスである。 クライシスセンターやクライシスハウスを自分たちの手で作り上げるのだ。そのお手伝いならいくらでもやる。 統合失調症は、家族の中で一番弱くて、優しい子に発症するともいわれる。家族の問題児は、実は家族の問題を一手に引き受けているのかも知れないのである。もし、学校や家族以外のコミュニティをもっていたなら、そこまで追い込まれることはなかったのではないか。挙句、全てをその子を病気とするということは、全ての責任をその子に負わせるということだ。さらに社会からは家族の問題とされるのだ。この国は冷たい。何でもかんでも当人と家族の責任とされるのである。 学校や会社、地域、行政、そして国の責任は一体どこに行った。 この国は先進国でも何でもない。弱者切り捨ての、いや弱者を骨の髄までしゃぶりつくす凄まじい人権侵害国家だ。どうにもこうにも、にっちもさっちもいかないくらい困ったところで、「可哀相ねー」「お医者様に見てもらいましょうねー」「お薬飲みましょうねー」最後には、「障害者にはこんなサービスがありますよ」で、立派な障害者が出来上がる。 関係のないと思っている市民も他人ごとではない。 家庭と職場、学校だけの人間関係はあまりにも狭い。 逃げ場のない狭い人間関係、価値観が人を追い込む。 人生には、無限大の可能性があるはずだが、今の社会は、無味乾燥な従順で画一的な人間を作る装置のようなものだ。 精神障害者が精神障害者としての未来に制限されるように、兵隊は兵隊としての未来に制限されているのだ。 そこからはみ出たものが、負け組とされ、ちょっとした躓きで病気とされるのである。 格差拡大とともに、日を追うごとに勝ち組からこぼれ落ちているのである。 明日は我が身である。 自分たちのコミュニティ(セルフヘルプグループ)は自分達で作る以外にない。この軍隊式社会の外にだ。沢山のそうしたコミュニティに参加している人ほど、人生は盤石だ。そうしたコミュニティは、治療的側面(治療と言う言葉は使いたくはないが)も併せ持つ。 お上任せはもうやめにしたい。 セルフヘルプグループは、その為のもっとも有効な手段に違いないのだ。 今までの歴史をみてもそれは明白である。社会を変えることが出来るのは自助努力だけである。 行政サービスが追い付いてくるのはいつも一番あとである。

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    • ベゲタミン販売停止のその後-次の課題

      サードオピニオン会・講演会のお知らせ 西宮、東京、神奈川、福岡、大阪、香川、静岡、中津川(岐阜) 減断薬読本購入希望の方 多剤大量処方、ベゲタミンの販売停止。 当たり前である。 当たり前のことを改善するのに何十年もかかるこの国は一体なんだと思う。 しかし、このタイミングで、矢継ぎ早に変化が起きた。 もしかしたら、時代は思ったより早く変わるのかもしれない。 医学モデルから、社会モデルへという世界の潮流も後押ししてくれる。 我々が運動を始めた当初、精神科医からはこんな声が聞こえてきた。 「今までこれでやってきたのに、何故今更言われなければならないのだ」 理由ははっきりしている。 それまでの精神科ユーザーは、統合失調症の患者さんとその家族が中心であった。 社会から取り残され、精神医療の世界で生きる以外の選択肢はなかった。 良くも悪くも生活共同体として精神科に従わなくてはならなかったのである。 20世紀末の病気啓発ビジネスの始まりとともに激増した、不眠や不安、フレッシュなうつ病といった患者とその家族は居なかったのだ。 この人たちは、精神科に従う必要はないのである。私もその一人だ。 そもそも私は精神医療に関わりのなかった一般市民である。 巻き込まれて初めて、精神医療の世界を知った。 それまでの私の世界は、コンピュータ業界と顧客であった金融業界だった。 その業界でも、汚い利権の話も沢山見聞きしてきた。 当時の大蔵省の役人やベンチャー企業の暗部なども知らない訳ではない。 コンピュータ業界でも、金融業界でも、悪いやつは見事に悪いやつだった。 そしてやつらは頭が良かった。 だが、金融業界などはルールが明確で、ルール違反は明確に罰せられた。 法治国家としてのルールは守られていたのだ。 その私から見ると、精神医療の問題はあまりも酷いのだ。 まず驚いたのは、ルール無視の無法地帯である。医師の処方権、裁量権なるルール無視の特権。 科学を装っただけのインチキ治験。科学的なものと文学的なものがごちゃ混ぜだ。 さらには、大学教授と名のつく精神科医の頭の悪さである。 論理的な思考さえ出来ていれば、こんなひどい状況など起きるわけはないのである。 職業倫理などかけらもない。 最初は、何が何だか理解不能であった。 これは、被害に気が付いた皆に共通している。 私自身、確信をもって批判が出来るようになったのはつい最近である。 今なら、わかる。 精神医療被害は、この頭の悪い精神科医に権力を与えてしまった社会に問題がある。 頭の悪い精神科医が、誰にも注意されずに調子に乗って、被害を拡大していったのである。 悪意ならまだまし、考えても居ないやつと闘うことほど難しいものはない。 多剤大量処方の規制も、ベゲタミンの販売停止も、画期的な出来事だ。 山積みの問題からみれば、些細な改善だが、それ以上に意味がある。 これまでは、医師の処方は原則、アンタッチャブルであったのだ。 そこにメスが入ったことに大きな意味があるのである。 多剤大量処方の規制の折、大御所、樋口輝彦が言ったのは、 「本来、自律するべきであったが力及ばずであった。」である。 これで、終わりにされることはないと思うが、次にやるべきことを挙げておきたいと思う。 次の要望書には明確に指摘させて頂く。 ・ベゲタミン以外のバルビツレート酸系睡眠薬の規制(ラボナ) ・デパスへの注意喚起 ・カクテル処方に対する警告(特にうつ病への抗精神病薬、ベンゾジアゼピンの併用) ・原則単剤の明確化(種類ごとではない、全ての向精神薬で単剤) ・筋注薬剤の単剤化 ・治療ガイドラインの順守 どれも当たり前のことである。警告の上、また従わないなら、規制していただきたい。 さらに、こんなことは書きたくもないが、書かざるを得ないのは、 ・自分で使う薬ぐらい、医薬品添付文書は読め ・読んだら守れ ・薬を使った後に現れた症状は副作用を疑え ・効果の出ない治療はやめよ ・副作用がでたら、副作用止めを出すのではなく、その薬をやめよ ・子どもへの向精神薬の乱処方をやめよ これらは、程度が低すぎて要望書にどう書けばよいのかさえ迷う。 そもそも、こんなことを注意される医師など、存在してはならないのだ。 いかにレベルが低いのか、理解して頂けるだろうか? ここまでは、薬物療法における批判だが、ここまで改善されてやっと欧米並み。 いや、薬物療法が基本人権侵害であることの自覚を加えて、やっと欧米並みである。 これだけやるだけで、年間数十万人単位の被害が減るだろう。 実現したなら、統計の数字にも明らかに表れるだろう。 これでもまだ、不十分である。 薬物治療は、自然転帰に負けるのである。 薬物治療そのものを見直さねばならない。 そんな馬鹿なと思われるだろうか? 10年前までは私もそう考えていたのだ。

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  • 20 Jun
    • 終わりゆく精神科病院!?PSWの行く先

      サードオピニオン会・講演会のお知らせ 西宮、東京、神奈川、福岡、大阪、香川、静岡、中津川(岐阜) 減断薬読本購入希望の方 胸がすっとするような記事に出会った。 Slave Worker か Social Weaverか PSW協会山口大会鼎談での高木さんの発言から 全く持って同感である。是非じっくり読んでいただきたい。 高木さんの推進するACTに対しては、当初私は社会モデルの実践として大変期待していたが、医学モデルになり下がっていると思っていた。 きちんと頑張ってくれている方がいることに感激している。 これはPSWの学会での発言記事である。当たり前のことを言っているのだが、PSWの学会でこうした内容が語られることに感慨を覚える。 私の会には、何人ものPSWが参加してくれているが、皆、悩みが深い。 私にその仕事を人権侵害扱いされながら、現場で踏ん張ってくれている。 PSWはその成り立ちから呪われている。患者の人権擁護がその職業理念として掲げられているにも関わらず、そもそも精神科医の手下として作られた歴史がある。肝心の精神科医が人権侵害と言われかねない行為を行っている現状では、それに従うことは人権侵害に加担することになる。 もう一度確認して頂きたい。 ・そこ(病院、施設)に居る人は本当にそこに居るべき人なのか *うつ病は治るのが当たり前、統合失調症で重症化するのは一割 ・何度も入退院を繰り返すのは何故か *かつての患者の大部分は入院は1回だけ ・イタリアは病床5千で日本はなぜ30万なのか *大多数の患者は地域で生活できる 凄まじい間違いを犯している。 高木さんは、精神科病院は終わっていると述べている。 その通り、世界はとうに変わっているのだから当たり前である。 病床数の問題ではない。世界は医学モデルから社会モデルに代わっていくのである。 社会モデルでは、PSWは主役になり得るのである。 これは早い者勝ちだ。 是非興味のあるPSWの方は、是非サードオピニオン会に参加してみて欲しい。 我々が目指しているのは地域でのソーシャルワークである。 患者(とされている)と家族と市民目線で語り合って、地域での可能性を探って欲しい。

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  • 17 Jun
    • 嬉しい報告-サードオピニオン参加者からのメッセージ

      サードオピニオン会・講演会のお知らせ 西宮、東京、神奈川、福岡、大阪、香川、静岡、中津川(岐阜) 減断薬読本購入希望の方 暗い記事が続いたので、ひとつ明るいやつを。サードオピニオンの参加者からメッセージ頂いた。 先程、市役所で、精神通院医療の自立支援医療支給申請の取り下げ手続きしてきました。簡単でしたが、取り下げ理由は、転居、死亡、その他…だけ。その他に、快復の為と書きましたが、とても複雑な気持ちです。(*^_^*)思えば3年前、知り合いに、とてもいいからと〇〇の病院を勧められ、そこで、すぐに自立支援受けなさい、お薬も少なすぎと多剤になり、すぐに躁転。思い出したくない3、4ヶ月。躁転では?と思い、伝えると、違うからと10万持ってバリ島行ってらっしゃい…と。近くの医院に転院し、パキシルやめたけど、よくならないといろんなお薬のみました。私が無知過ぎましたが…、恐るべし、精神医療の世界。知れば知るほど、深みにはまりそうです。(>_<)オルタナに参加し5ヶ月。お薬のんで14年。感慨深い⁉︎です。長くなりました。m(_ _)mご指導、ありがとうございました💞。追記。最後の通院日、先生はとても怪訝そうな顔をされ、早口になりましたね…と。私、本当は早口で、フットワークの軽い人です。本来の自分に戻るごとに、躁転⁉︎心配されてます、今。。・°°・(>_<)・°°・。 最初は、何言ってんだこの人みたいな目で睨まれてた。 薬を減らしていくにつれて、みるみる変わっていった。 かなり元気になっても、暫くは混乱。薬を減らして良くなっていくことと、今までの14年信じて服薬きたことのギャップを埋められなかったようだ。 信じてきた主治医とは真逆のことを言われているのだから無理はない。 最後の一剤は、知らないうちに御自分でやめられていた。 そして今では、すっかりサポーターの一人。もはや、あの暗い顔した病人はどこにもいない。 一人一人の変化が、他の参加者の変化を生む。 これが醍醐味だ。皆、嬉しそうだ。私も嬉しい。 薬止め止め教の教祖みたいに言われているが、決して薬を止めることを強要してなどしていない。 正しい知識の提供と選択肢の提案、そして自己決定のサポートである。 知識のベースは、全て一級品の文献である。 主治医と意見が合わないのは、圧倒的にその主治医が勉強不足であるからだ。 もちろん、全てが上手くいくわけではない。 中途半端な知識での減薬は事故を起こすし、減薬の押しつけなどもっての外だ。 それでも、そもそもの自然転帰が回復を後押しする。 こうして、またひとり、障害者を卒業したのだ。 うつ病は治るのが当たり前。←常識 統合失調症であっても、4割は治癒。残りのほとんども薬なしか、ほんの少量の薬で問題はない。 多剤大量処方の規制、ベゲタミンの販売停止などは、我々の主張が正しいことを証明してくれた。 我々は、圧倒的に正しい。

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  • 16 Jun
    • ゼプリオン死亡者100人に近づく

      サードオピニオン会・講演会のお知らせ 西宮、東京、神奈川、福岡、大阪、香川、静岡、中津川(岐阜) 減断薬読本購入希望の方 ベゲタミン販売中止の記事を書いた途端、次はゼプリオンである。 読売の佐藤記者が書いてくれた。 抗精神病薬「ゼプリオン」使用後の死者80人超に 海外ではほとんど死亡事例の無いこの薬、何故日本でだけこれだけの死者が出るのか。 理由は簡単、デタラメな併用の為である。 ゼプリオンについては何度もこのブログで取り上げているので、興味のある方はブログ内検索を使って参照して頂きたい。 2014年に問題になった際、精神医学会の見解は、「他のクスリの死亡率と変わらないから問題なし」であった。 この発言をした医師の利益相反は、佐藤記者が指摘してくれている。 ・海外では死亡事故はほとんどないのに日本だけこれだけ死亡事故が起きている ・他の薬と死亡率が変わらない この意味が分からないのだろうか? つまり、元々沢山、殺しているということだ。 私の仲間の看護師は、 「私は人殺しになりたくない」と言って、ゼプリオンをうつのを拒否して精神科病院を退職した。 問題は、ゼプリオンだけではなかったのだ。 医師だけではない精神科病院に勤める薬剤師も看護師も同罪であることをお忘れなく。

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    • ベゲタミン販売中止-万感胸にせまるが-

      サードオピニオン会・講演会のお知らせ 西宮、東京、神奈川、福岡、大阪、香川、静岡、中津川(岐阜) 減断薬読本購入希望の方 さて、長らくご愛用いただいて参りました下記製品は、公益社団法人日本精神神経学会から「薬物乱用防止の観点からの販売中止」のご要望を提起いただき、社内検討を進めた結果、2016年12月31日をもちまして弊社からの供給を停止し、以降は流通在庫品限りで販売中止とさせていただきたく、謹んでご案内申し上げます。塩野義製薬ホームページ 薬物中毒死の半数以上を占めるベゲタミン。ついに販売中止となるそうだ。 年間、少なくとも1000人以上の薬物中毒死を出してきたベゲタミンがやっと消えてなくなる。 そう、私の家族の命を奪ったあの薬である。 そして、私が被害者活動の中で、多剤大量処方とともに最重要課題として取り組んできたことだ。 共に戦ってきた仲間から、この一報を聞いた時、不覚にも涙が出た。 喜びの涙ではない悔しくて悔しくて仕方がないのだ。 この薬が無くなることは当たり前のことだからだ。 前回の厚生労働省への要望文(2014年5月)より該当部分を抜粋- バルビツレート酸系睡眠薬の外来での処方禁止ベンゾジアゼピンと同効薬でありながらその依存性、習慣性、何より致死性が遥かに上回るのがバルビツレート酸系薬品である。これらの使用を推奨する論文やガイドラインは皆無である。難治性の不眠や違法薬物の治療に有用との意見があるが、もちろんバルビツレート酸に不眠を治療する効能はないし、この薬の安全性(常用量の10倍で致死)を考えれば、呼吸管理施設のある入院施設での使用に限定されるべきである。そもそも現在の安全性の認可基準では、認可されようのない過去の遺物である。少なくとも、外来での処方は禁止して頂きたい。バルビツレート酸系睡眠薬の弊害は東京都監察医務院の研究においても明白で、この規制が薬物中毒による死者を激減させることは明白である。速やかな規制(外来処方禁止)をお願いしたい。 現在、年間約17万人(2012年警察庁調べ)が不審死として死亡しており、その数は年々増加の一途を辿っている(10年で5万人増)にもかかわらず、何の調査も対策も行われておらず、その死因は正確に把握されていない。監察制度の普及が都市部の一部に止まっていることに加え、監察の結果が十分に分析・研究されておらず、犯罪性の有無の確認のみにおいて利用されているにとどまっている。東京都監察医務院の報告によれば、薬物中毒死と診断されたものの大半が、処方された向精神薬による中毒死である。過量服薬による救急搬送の増加が、救急医療崩壊の一因となっており、救急医からも向精神薬の過剰処方を問題とする声が上がっている。そうした中で過量服薬を単純に患者のパーソナリティや病気の問題に帰する考え方は、向精神薬の持つ依存性や耐性形成といったそもそもの特性を考慮しておらず、過量服薬者は、処方薬による薬物依存症(医原病)に陥っていることを問題とすべきである。自死と同様に安易な診断、安易な処方の蔓延がこの中毒死・過量服薬の最大要因である。また薬物中毒死と診断されていない事例でも、心疾患、肺疾患、肝機能障害など、向精神薬の代表的な副作用と不審死の関連が疑われる。 さらには、安易な向精神薬による薬物治療の副作用による健康被害は、生活保護受給者、自立支援利用者、精神疾患での障害者の増加にも大きく影響している。また生活保護費における医療費の割合は、一般国民の医療費の割合に比べて非常に高く(約4倍)、過剰な医療の関与が疑われる。安易な薬物治療が膨大な数の医原性の精神疾患を生み、貴重な労働力の損失と血税の無駄遣いが行われている。こうした背景には、医師の知識不足による多剤大量処方や意味不明なカクテル処方、抗不安薬や睡眠薬の安易な処方といった不適切な薬物治療が存在しており、向精神薬を扱う医師の資質が強く疑われる。学会からも抗不安薬の処方や外来でのバルビツレート酸系睡眠薬の使用に関する注意喚起が行われているにも関わらず(2011年)、その注意喚起の効果は見られない。向精神薬は、向精神薬及び麻薬取締法によって規制される危険薬物であり、麻酔薬と同様に、徹底した再教育を受けた専門医だけに処方が許されるように規制すべきである。また内科医など精神科以外での向精神薬の処方は禁止するべきである。 もともと、外来で処方するような薬では最初から無かったのだ。 その危険性は、50年前から分かっていたことなのだ。精神科病院内で覚えたデタラメ処方を、町中に出て行った精神科医が外来でばら撒いたのだ。 ベゲタミンの致死性は群を抜いている。無くなれば、薬物中毒死は各段に減るだろう。 多剤大量処方とベゲタミンの規制で万単位の不要な死が避けられることは間違いない。 しかし、この薬が無くなったとしても、デタラメ処方は続くだろう。ベゲタミンの代わりに、抗精神病薬、特にジプレキサやリスパダールの適応外使用が取って代わるだろう。その影響で、呼吸停止の代わりに、心疾患や誤嚥性肺炎、内臓不全の死者が増えるだろう。 現在、ベンゾジアゼピンの規制を求める活動が行われている。どんどんやって頂きたい。 もう、私が率先しなくてもこのような活動が行われることに感慨を覚える。 しかし、ベゲタミンより、さらに茨の道だろう。 ベンゾジアゼピンという薬品が悪いのではない。 もともとベゲタミンという薬に罪はない。それを使う医者が悪いのだ。 ベゲタミン同様、添付文書でもガイドラインでもベンゾジアゼピンの危険性は既に指摘されている。 今回のベゲタミンの販売停止は、どんなに危険性を指摘しても改めない医師がいることに対し、ついに製品そのものを無くすという最終手段に出たということだ。 悔しいのは、 多剤大量処方の規制についても、ベゲタミンの販売停止についても、 こうした結果は大変喜ばしいものであるけれども、 誰も反省していないことだ。 こうした規制をお願いに行くたび、それは医師の自律に任せるべきだとの意見を何度も頂戴した。 そんなことを言ってる間に、半世紀ものあいだ放置されてきたのである。 一体何人死んだのだろう。数十万、下手をすれば百万かもしれない。 その無念はどうすれば良いのだ。 今、目の前の、薬物中毒の人たちをみるたびに思う。 その異常な肥満、手の震え、アカシジア・・・ その原因薬は、ベゲタミンでもベンゾジアゼピンでもない。 主役は、すでに抗うつ剤、抗精神病薬、気分調整薬である。 何処まで行っても、モグラたたきということか。 あの人たちは変わらない。人間はそれほど変わらないのだ。 人は反省しない生き物だ。 私だって、自身の身に降りかかるまで気が付かなかった。 人に言われて反省する人などほぼ居ない。 結局、変わって見せる以外に方法はないと思う。 この問題の根源は、社会のあり方、それぞれの人々のあり方にある。 精神医療は、社会の鏡である。 社会が変わらねば、この悲劇は終わらない。 その為には、誰かに変えてもらうより、まず自分が変わることのほうが近道である。

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    • 「説明足りず処方、後遺症」 あまの男性、藤田学園と医師提訴 -薬害というより人害

      サードオピニオン会・講演会のお知らせ 西宮、東京、神奈川、福岡、大阪、香川、静岡、中津川(岐阜) 減断薬読本購入希望の方 2016年6月7日 16時00分 「説明足りず処方、後遺症」 あまの男性、藤田学園と医師提訴 藤田保健衛生大病院(愛知県豊明市)の精神科で受診した同県あま市の40代男性が、十分な説明を受けないまま副作用の強い薬を処方され障害を負ったとして、病院を運営する学校法人藤田学園(豊明市)と担当医に対し、慰謝料など9900万円余の損害賠償を求める訴訟を7日、名古屋地裁に起こした。 訴状によると、男性は2012年12月に精神科を受診した際、「痛み止め」として抗うつ薬を処方された。服用直後に腹痛と吐き気に襲われ、その後も突如、意識を失ったり、窓ガラスに自ら激突したりして救急搬送を繰り返すなどしたが、医師は適切な処置を取らず障害を悪化させた、と主張している。 男性は現在、不眠や頭痛に加え、光や音に過剰に反応してしまう自律神経障害や、直前の行動が思い出せない記憶障害があり、ほぼ寝たきりの生活を強いられているという。 男性の妻は「医師から副作用の説明があれば、夫は薬を飲まなかった。安易な処方で深刻な健康被害に苦しんでいる」と訴えている。 藤田学園は取材に「代理人を立てて協議をしている最中であり、直接のコメントは控えたい」としている。 (中日新聞) 最近、薬害という言葉に違和感を持っている。 そもそも、どんな物質でも、毒は毒。 使い方によっては、塩でも、醤油でも毒。砂糖も毒。 薬そのものを問題視するより、使い方を問題視すべきと考えるようになった。 精神医療のほとんどは薬害ではなく、人害ですよ。 デビット・ヒーリーは、SSRIよりも、その毒性は市販の鎮痛剤の方が高いという。 ならば、市販薬として売った方がマシだとまで言っている。 つまり、市民が自分で調節して飲む方が、医師に処方されて飲むよりかえって安全だというわけだ。 自分に合わないと思ったら、その薬はもう飲まない。 精神医療被害の問題点はこうだ。 ・医薬品添付文書には、製薬会社が責任を回避するためのリスク情報が多数記載されているが、医師はそれを順守しない。 ・治験は、第三者によるチェックが入っていないため、製薬会社は都合の良い情報だけ記載する。 ・薬剤の用量は、体重や性別などを考慮せず、大雑把な量が設定されている。 ・適応外処方については、治験を行う怠慢を棚に上げ、医師の裁量に任している。 ・医師はお構いなしに適応外処方を乱発する。 ・非常識な多剤大量処方により、個別薬剤の問題が発覚しにくくなる。 ・薬に副作用はつきものだが、医師はクスリの副作用を認めたがらない。←これが一番理解に苦しむ ・副作用を認めずさらに別の薬を盛る。 医療以外では、こんなことは起こらない。 例えば、自動車というものは、事故を起こせば、けが人や死亡者もでる。 運転手の責任が問われ、車そのものに欠陥があれば、自動車メーカーには賠償金が課せられる。 薬には、はなから副作用が出ると書いてある。 それも、1万人に1人と言うレベルではない。 抗精神病薬を飲めば、半数の人にジストニアやアカシジアのような副作用が出る代物である。 製造業でいえば欠陥品である。 事故が起きるのは当たり前なのである。 実際に、何十万人以上の人たちに事故は起きているのである。 それを揃いも揃って、薬の副作用ではないと言い張る。 この心理状況はどういうことなのだろう。 処方が間違っていたと非難されているように感じるのだろうか? 権威的に振舞ってきた手前、今更間違ってましたと言えないのか? そもそもやましいと感じているのかもしれない。 この問題を解決するのは実に簡単なことだ。 最初から、薬が欠陥品であることを認め、その欠陥(副作用)を詳細に説明し、 患者と共に慎重に、試行錯誤を繰り返して治療を行えばよい。 本来、治療とはそういうものだ。 しかし、医師は、自分の処方に意見されることを嫌う。 医師の周りのスタッフは医師を神のようにあがめ、その医師からの一方的な処方を押し付ける。 患者の為と言いながら、服薬は実質強制である。 患者にとっての最大の不幸、致命的なのは、医師がそれ程、その薬について詳しくないことである。 (ちゃんとした医者ほど、そう思っている) 抗うつ剤が、10人に1人程度にしか効果が無いこと。 ベンゾジアゼピンによって2割から4割くらいが、薬物中毒になること。 抗うつ剤でも、抗精神病薬でも、脳に作用するものには離脱の問題が引き起こされること。 遺伝的体質で、特定の薬剤を代謝出来ない人が居ること。 ・・・・・・ こうした事実を無視して、とりあえずこれみたいな形で薬が簡単に処方される。 これを人害と呼ばずしてなんと呼ぶ。 被害は、権威的な知識不足の医師とその取り巻き、それを盲目的に信じた患者、それを放置した社会の間で起きる。 例え10万人に1人(0.001)でも、被害を受けた人にとっては、100%の現実である。 1人の不利益で9万9999人が利益を得たなら、9万9999人は、その不利益を受けた人を救うべきだ。 本来の薬害とはそういうものだ。 しかし、向精神薬は、副作用が出るのが当たり前のような薬だ。 あまりに頻発するため、だれもそれを重要視しなくなる。 デタラメも慣習となれば、そんなものだで済んでしまう。 例え医師が、まともな使い方をしたとしても、製薬会社の副作用救済はいくら金を出しても足りないだろう。 向精神薬とはそんなものだ。 儲からなきゃ、製薬会社はもはやその薬を売らない。 医師が、その役目をきちんと果たし、薬を慎重に扱ったなら、被害は最小限に留められる。 そうして初めて、この薬という欠陥品は社会に認められることになる。 そうなって初めて、薬は有用である。 薬は、毒だという認識で丁度良いのだ。

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    • さくらさん(熊本在住)からのメッセージ

      5月30日のNHKホームページより「地震でストレスを感じるなど変化 小中学生600超に」の概要をお伝えします。 熊本県益城町では地震後ストレスを感じるなどの変化が見られた小中学生が600人を超え、特に小学生は4人に1人に上がっていることが町の教育委員会調査で分かった。こうした子どもたちは心のケアが必要になる可能性があり、町は県などにスクールカウンセラーの増員を要請。「ぼーっとしてやる気が出ない」「眠れなかったり怖い夢を見たりする」「食欲がない」などがアンケート調査で上がった。東日本大震災で子どもの心のケアに当たった専門家を招き、子供のストレスを和らげる授業を行った。「自分が楽しいと思うこと」「嬉しいこと」「ほっとすること」を話し合い、互いに意見を交わすことで仲間意識が強まり、心の負担が軽くなることをまず教員が学んだ。心を落ち着かせるために後ろの人が同じ方向に向いた前の人の肩にそっと手を当てるだけでも効果があることを体験した。教頭先生は「子どもたちの不安は簡単に解消されるものではないので、時間をかけて心のケアに取り組んでいきたい」と話す。現在も小学校の体育館で避難生活をする女の子は、地震後1人になることを極度に怖がるようになり、トイレに1人で行けなくなったという。また、余震が続くなか、頭上を気にするようになり、避難所で寝るときは天井に取り付けられたライトの真下になる場所をいやがるという。何でも好きなものを絵に描くという授業で、周りの友だちが動物などを選んだが、女の子が描いたのは「将来、住みたいおうち」。その絵には1階部分が頑丈なレンガ造りの3階建ての家が描かれ、女の子は「丈夫で強くて、地震があっても耐えられるから」と描いた理由を話す。その子のお母さんは「大人だったら困難を乗り越えて、ここが踏ん張りどころだと分ってはいますが、子どもには口で言うだけでは分らないので心配です。何とか乗り越えてほしいと願っています」と話した。 報道にもあるように、今回の震災により心身の不調を訴える方が多くいらっしゃいます。以前からあったのかもしれませんが、最近「震災ストレス障害」という言葉をネット上でも見かけませんか?「心的外傷後ストレス障害(PTSD)」と言ったり、「震災ストレス障害」と言ったりして、患者の心の状態に上手く病名を付けるのが得意なお医者さんが存在します。病名をつけて【おまけ】で付いてくるのが【お薬】ですが、この厄介な【おまけ】に手を出してはいけません。お薬:医療用治療薬は【合法の薬物】で、【違法の麻薬や覚せい剤の類似品や同等のもの】になります。ということは、医者の指示に従って服薬し続ければどうなるのかをお分かりだと思います。薬物依存に陥り、人格は変わり、健康な日常生活は送れなくなってしまいます。医者信仰の強い人は「薬は自分にとって必要なもの」という被洗脳状態になりますが、こういった状態になると薬から離れることが困難です。「薬がないと自分は生きていけない」という誤った考えに陥ります。これは完全な「思い込み」です。自らその洗脳を解いて下さい。自分に何が起きているのかを直視して下さい。現実から逃げないで下さい。私自身も身の張り裂けるような経験のあとに医者に掛かってしまい、「まず2週間飲み続けて下さい」という指示を守り服薬し続け、薬物中毒に陥りました。「自分は心の病だから薬を飲まなくてはいけない」という取り返しようのない過ちを犯していたのです。そしてその副作用により本来の自分の人格ではない自傷や自殺を考えた別の人間になっていました。人によっては、他人に危害を加えたり、殺人に至ってしまう人もいます。被災で愛する人が亡くなってしまったり、大切な家が壊れてしまったり、眠れなかったり、将来が不安でどうしようもなくても、薬には手を出さないで下さい。お願いです。私と同じように中毒に陥ってしまったら、今あなたが苦しんでいる以上の災難に遭うことは間違いありません。服薬し続ければ、飲み続けないといけなくなり、(薬に対する)耐性ができてしまい、量が増えたり、副作用症状に対して新たに他の種類の薬を追加することにもなります。薬を使わない心の問題への対策はありますよね。下の内容は自分の苦い経験から学んだものですが、参考にして頂ければ幸いです。自分の家族や親しい人と地震に関すること以外の楽しい話をする、気分転換に散歩をする、自分の好きなことをするなど、ハッピーホルモンを活性化させ、リラックスモードを高める方法はたくさんありますね。不安や睡眠不足による体の不調は、気持ちが乱れたり、疲れて神経が高ぶっている状態なので、首の後ろを温めたり、足湯をしたり、マッサージをしたり、背中を温めることも効果がありますね。その人の気持ちがいいと思えることをするのがいちばん効果的ですよね。自然を見ることももちろんです。ふさぎ込んで家や避難所から出ないのではなく、できる運動を外でも行って、体の健康を保とうとする姿勢が大切です。断水が続く地域の方々は入浴することが困難かもしれませんが、可能であれば銭湯などの温泉施設に行き、疲れた体を癒して下さい。風呂好きな日本人にとって入浴は欠かせないものですよね。お風呂に入りに行けるのに行かないで疲れをため込んでいては良くなるものも良くなりません。被災で大変な中で、前向きな考えを持てないことは自然なことだと思います。しかし、何とかこの困難を乗り越えていって下さい。薬は人の心を治してはくれません。少し考えると当たり前のことで、人の心は物で治すものではないのです。あなたの心を治す方法の一つは、親しい人との間に生まれる愛情のこもった言葉のやりとりだと思います。その積み重ねが、わだかまりで凍てついた心を洗いながし、解きほぐしていくのではないでしょうか。長い文章になってしまいましたが、読んで下さった方々にお礼を申し上げます。服薬をしていて当事者であることに気づいていない方、減薬真っ只中の方、断薬後も後遺症で苦しんでいる方、将来被害に遭うかもしれない方のことを思うと辛くてたまらなくなります。皆さまお一人お一人の協力が必要になります。このメッセージを一人でも多くの方にお伝え下さいますよう、心よりお願い申し上げます。 さくら

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プロフィール

アリスパパ

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【プロフィール】 スクラッチで起業して14年。 ベンチャーというよりアドベンチャーな経営。 ち...

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