ドイツのゲイの方と、なーがながと討論してきましたぃ。
はい、介護の合間に、こういうのがないと、ストレスがたまりまくります。
英語やドイツ語を使ってないと、なんとなく「物足りない」というか、脳が要求しますんで。
中身としては、以前、私が日本のゲイの方を怒らせたことがあり、その状況と、その意味を、話し合ってました。
「前にね、日本人のゲイの人が、どうしても職場でカミングアウトしたいのにできないのが、おかしい、と主張している人がいてね、私は、素朴に疑問だったの。なんでカミングアウトをどうしてもしたいのかな、と。
で、私は言ったの。「なんで、他人の性生活を、私が知る必要があるんだろう?」って。「あなたが知らせたい以上に、相手が知りたくないのであれば、知らせなければならない、と苦しむこともおかしいんじゃないの?」って。
たとえば、ドイツで職場で、結婚ステータスを聞かれた場合、答える、とか答えないとかは、個人の勝手な話でしょう?
だから、ドイツのゲイの人が、職場でカミングアウトしたくでもできない、という状況ってありえるのかなと。」
「まぁ、ないことはないね。基本的にゲイを差別するようなことは、全く起こらないだろうとは思う。ただし、宗教的に厳しい考え方の多い人の職場では、わざわざ自分から口に出したいと思わないだろうし、そもそも、そんな職場を選びたくないだろうね。」
「多分ね、日本全体の状況としては、カミングアウトしたくてもできない、そしてそれはアイデンティティを見せることも許されない苦しみ、なんだろうと思う。
だけどね、日本人がそれほどゲイに対して嫌悪感を持っているのかどうか、という意味で、疑問なんだよね。
たしかに、ゲイであることをオープンにして生きている人というのは、かなり特殊な職業、つまりは、有名タレントとか、ショーパブとか、そういった場に限られているのが日本の実用だと思うし、通常、男性の俳優などがゲイであることを表明しないようになっているね。だけど、それは、激しいゲイ差別が存在するから、ではなくて、存在すると思い込んでいるから、とも、いえる気がする。」
「実際に、そういった差別を受けたり、差別的な言葉を言われたから、それは全ての人が差別的であるはずだ、とは限らないね。ただし、一度でもそういう経験があれば、カミングアウトはしづらいのは当然だよ。」
「私の疑問ってね、カミングアウトすることがおかしくない、という状況になってくれれば、彼のためにいいなと思うんだけれども、そもそも、なぜ、カミングアウトしなければいけないのか?というのが疑問なんだよ。
あなたはカミングアウトをしなければならない、と感じることがある?」
「自分は犬を飼ってる。二人で暮らしている。その相手のことを、「彼が」と普通に話すことはあるけれども、誰かに向かって、「自分がゲイである、そこを理解しろ」という必要は、ドイツでは、ないといっていいね。すでに、社会的にも、受け入れられているから。両親とか兄弟はまた、別の話になるかもしれない。だけど、それほど苦労せずに、自分は伝えることができたよ。」
ゲイの方のカミングアウトをするべきかしないべきか。そんな話をしています。
つづきはまた。