次の世界バンタム級挑戦者はランキング1位に躍進していたファイティング原田(笹崎)選手に決まる。怪物王者に挑む挑戦者は、果たして何回持つのか?。
19歳にして世界フライ級王座獲得。一躍日本のヒーローとなったファイティング原田(笹崎)選手だったが、3ヵ月後の1963年(昭和38年)1月、タイ・バンコクへ乗り込んだリターンマッチで前王者ポーン・キングピッチ(タイ)に惜敗。笹崎会長と原田選手の師弟は、迷わずバンタム級転向を表明した。
王座を失って2ヶ月で再起した原田選手は、再び連勝を続ける。世界バンタム級王座には、”黄金のバンタム”エデル・ジョフレ(ブラジル)が君臨していた。
ジョフレ
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63年9月26日、原田陣営はジョフレ挑戦の足がかりとして、世界バンタム級3位ジョー・メデル(メキシコ・上写真)を日本に招いた。原田選手は同級4位。
”無冠の帝王”、”ロープ際の魔術師”として日本でも人気のあったメデル。1年前、満を持してジョフレの持つ世界王座に挑んだが、アゴにヒビが入るまで打ち込まれたメデルは6回でKO負け。再起まで5ヶ月を要していた。
ジョフレ挑戦を実現させるためには、ジョフレに敗れているメデルに負けるわけには行かない。いや、負けるはずはない。原田選手はいつものように初回開始ゴングから勢いよくコーナーを飛び出し、左右の連打でメデルに襲い掛かった。
ロープに詰まるメデル。原田選手のラッシュは、途切れることを知らない。まさにファイティングマシーン。場内は大歓声。「これは楽勝!」ファンの誰もがそう信じ込んだ。
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しかし、ガードを固めたその奥には獲物を狙うメデルの鋭い眼光が光っていた。第6ラウンド。前進する原田選手に、メキシコ人の右フックカウンター一閃。ドッとキャンバスへ崩れ落ちる原田選手。信じられない光景。
カウント・シックスで立ち上がるも、今度は右ストレートで再び倒れる。よく立った原田選手は、前に出ることをやめず攻めて出る。あくなき闘志。しかし、またしてもメデルの右ストレートがカウンターとなって火をふいた。6回メデルの逆転TKO勝ち。原田選手は初のKO負け。
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「バンタム級の恐ろしさを知りました」
”黄金のバンタム”は大きく遠のいた。この年、挑戦者のなり手がいなくなったジョフレは2度の防衛戦を、日本と比国で戦ったのみ。世界への足がかりを失った原田選手
だが、休むことなく再起ロードは始まる。
再び上昇気流に乗った原田選手は、64年10月ライバル青木勝利(三鷹)選手との世紀の一戦に3回KO勝ち。国内最強を証明して見せた。メデル戦以後8連勝。ようやくバンタム級にも慣れた原田選手だが、ジョフレ挑戦時には厳しい減量戦も始まっていた。
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ジョフレは家族同伴で余裕の来日。上写真は協栄ジム先代金平正紀会長、高橋勝郎選手と、ジョフレ親子。
「ジョフレが凄い選手であることは耳に入ってきましたけど、同じ人間が同じ目方でやって、負けるわけがない」
「ハラダとのトレーニングは戦いだった」(笹崎会長)
厳しいトレーニングに明け暮れた挑戦者は、自分を信じて戦うのみ。しかし、メデルに倒された原田選手が、メデルのアゴを砕いた男ジョフレに勝てるとは思えない。圧倒的不利。試合は1965年5月18日名古屋。
「会長、スタートはどうしますか?」
「いつも通りやれ!」
笹崎会長はいつものベランメェ調で答えた。第1ラウンド開始。原田選手はいつものように元気よくリング中央に飛び出し、先制攻撃をかける。
「あの野郎、ジョフレ相手に突っかかって行くなんて」
驚いたのは笹崎会長。興奮の15ラウンドは始まった。= 続 く =
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