今日は、大林史宜です。


人間の弱さの現れが出るのは、
弱い立場にある者(スケープゴート)
を見つけて皆で叩くことです。


古今東西問わず、繰り返されてきた
現象ではないでしょうか。


けれども、皆が容赦なく
人を非難する現状は、
ちょっと異常にみえませんか。


しかも、バッシングをしているのは、
一部のクレーマーと呼ばれる人々ではなく、
至って普通の人たちなのです。


バッシングの対象が見つかれば、
皆がなりふり構わず次々に
飛びついて非難するのです。


最近でも、そんな現象が散見されました。

公務員はけしからん、
東電はけしからん、
生活保護受給者はけしからん・・・


「正しすぎる」世界の
追及かもしれません。


しかし、「正しくない」ものを
「正す」ことで、世の中は
クリーンになるのでしょうか。


いや、むしろこうした「正義感」が
横行することが、社会の多様性や
寛容性を損なうことにならないか。


何か大事なものがこぼれ落ちて
いくんじゃないだろうか。


そんな思いを抱いたりします。


いい加減だったり、曖昧に
見えたりする人間の行動の方が、
いい結果を招くかもしれないのです。


むしろ、場合によっては、
臨機応変で柔軟な判断を
生むこともままあるわけです。


また、失敗しないことを
前提に行動するより、リスクを

取って挑戦しようとする人間の
本能こそが、進歩を
可能にしたともいえます。


リスクを犯して新たなフィールド
に臨んできた開拓者精神こそが、
社会の発展を支えてきた。


そんな考え方もあるのです。


しかし、今、世の中に蔓延しているのは
失敗やミスを激しくバッシングする風潮です。


そして、非難の対象とならないための
過剰なほどのマニュアル化、システム化が
いたるところで行なわれているように思えます。


教育や医療の現場でもその兆候が
あちこちで見られます。


他にもビジネスの現場や
ごく日常的な人間関係においてさえ、


非難を受けそうな失言や失敗を
未然に回避することに躍起に
なっているように見えます。


そういう過剰なリスクマネジメントが
至るところに見られます。


でも、その先にあるものは、
いったい何なのでしょう?


誰もがリスクを回避しようとすれば、
結局は「当たり障りのないように
やっておこう」といったことなかれ主義に
行き着くでしょう。


あるいは人の失敗は批判するけれど、
かたや自分のことになると
「余計なことはいわないほうが無難」と
ばかりに口をつぐんでしまう。


要するに、揚げ足取りの世界。


失敗はないし、比較的安全だけれど、
そんな世界は誰のためにもならない。


進歩もなければ、面白いことも何もない、
まさに「クリーンすぎる」世界。


果たして、それはみなさんが
住みたい世界でしょうか。


人は失敗もするし、ウソもつくし、
ズルいこともする。


「ほどほどの感覚」を
みながなくしてしまった「正しい世界」は、
息苦しく、生きにくい。


しかし、今の風潮がこのまま続けば、
確実にそういう社会になってしまうでしょう。


「ほどほどの感覚」を大事にする

寛容と忍耐でどっしり構えた

住みやすい社会を取り戻しましょう。



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