ブレイクダンス ~弟~ | 精神世界の中心でブレイクダンスを踊る

精神世界の中心でブレイクダンスを踊る

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私には非常に仲の良い弟がいます。


4つ年下です。


私と弟は、私が大学3年生の時から、東京で一緒に住んでいます。


私が大学三年生の時に、弟も大学に合格したため上京してきました。


家賃を節約するためでもあったのですが、私は弟と話をしたり一緒にご飯を食べたりするのが大好きだったため、一緒に住むことには全く抵抗がありませんでした。




しかし、改めて思い返してみると、小学生や中学生の時は今ほど仲良くありませんでした。


仲が悪かったわけではないのですが、私はどちらかというとスポーツが好きで、外で球技をしたり走り回ったりするのが好きだったのですが、弟は家で昆虫図鑑を読んだりするのが好きというタイプで、共通の趣味や話題があまりなかったのです。




そんな私と弟が仲良くなったのは、高校2年生の時の文化祭 がきっかけでした。


文化祭で、私は同学年の友人達とブレイクダンスを踊りました。


当日はたくさんの生徒達や先生方が見に来てくれたのですが、実は私の弟が様々なところで宣伝してくれていたのです。


「うちの兄が踊るから是非見に来て下さい!」


と、自分の学年の友達だけでなく、他学年の人や先生にまでお願いして回ってくれたそうです。


本人は気恥ずかしいのかそれについてあまり話したがりませんでしたが、後で色々な人から「お前の弟、一生懸命宣伝してたぞ。本当に兄想いの弟だな。」と言われ、裏で動いてくれていたことを知りました。


とっても嬉しかったです。


弟がまだ小さかった時は、お兄ちゃんお兄ちゃんと言ってどこに行くにも着いてきたのを思い出しました。


あの時から何年も経ち、お互い環境が変わり、それぞれ友人も出来たことで話す機会は減っていましたが、まだ自分のことを兄として好いてくれていたのだなと、実感しました。




弟は、文化祭で優勝した私達の姿を見て、ブレイクダンスに興味をもったようで家で一緒に練習するようになりました。


しかし、私の弟はそれまでろくにスポーツをやったこともなく、体力がないうえに運動音痴だったため、私が一生懸命教えても、逆立ちすらまともにできませんでした。


何を教えてもダメで、ブレイクダンスを教えることを諦めかけていたのですが、ある時三点倒立を教えてみたところ、それまで何も出来なかったのが嘘のようにすんなり出来てしまったのです。


どうやら私の弟は頭でバランスを取るのが上手だということが判明しました。


そこで、本来なら他の基礎的な技から地道に練習していくのですが、いきなりヘッドスピンを練習させることにしました。


ちなみに私は今も昔もヘッドスピンは出来ません笑


出来ないのにどうやって教えたのかと思われるかもしれませんが、それはインターネットでヘッドスピンのやり方を調べ、それを自分なりに解釈して試行錯誤しながら教えたのです。


最初はただ三点倒立の状態をキープすることしか出来なかった弟ですが、しだいに少しずつ回れるようになってきました。


今までどの運動をやってもうまくいかなかった自分が、ヘッドスピンでは少しずつ上達していっているというのが嬉しかったらしく、毎日毎日一生懸命練習していました。


そんな弟の姿を見て、上手くなって欲しいと思う気持ちばかりが先行し、つい私の教え方も厳しくなってしまう時がありました。


そんなとき、決まって弟は泣き出すのですが、一通り泣いたあとは、物凄い集中力を出すのです。


一番練習していた時期は、一日8時間ヘッドスピンの練習をしていたことがあります。


私もつきっきりで指導するのですが、私は普通に立っているだけなのに対し、弟はずっと逆立ち状態なのです。


よくそんなに長い時間練習することができたなと、今改めて思い返してみても、驚きます。


きっと、ヘッドスピンでクルクル回ることに、心の底からワクワクを感じていたからこそ可能だったのでしょう。


練習を始めて、三か月ほど経過すると、ヘッドスピンである程度の時間回り続けることができるようになってきました。


この頃には、自宅だけでなく、学校の近くの公民館で練習するようになっていたのですが、練習中の私たちの近くを通りかかった人たちはみな、ヘッドスピン中学生に度肝を抜かれていました。


大人がやっていても目を引きますが、中学1年生の小さな男の子が頭でグルグル回っているというのは、圧巻だったと思います。


ヘッドスピン中学生の噂を聞きつけた地元の小学校の先生から、低学年の子供たち向けにダンスを披露して欲しいとオファーが来たこともありました。


やはり私の弟のヘッドスピンが一番盛り上がっていました。


私が踊っても、子供たちにはあまり伝わらなかったのですが、弟がヘッドスピンをやると、それだけで大歓声でした。


今まで人から大歓声を浴びるというような経験をしたことがなかった弟は、本当に嬉しそうでした。


練習すればするほど上達していき、ヘッドスピンの中でかなり難しいと言われる技も、難なく出来るようになっていきました。


ヘッドスピンという生きがいに出会ったことで、俺の人生は変わった!とよく言っていました。




しかし、ヘッドスピンを始めて一年ほど経ったある日、弟は体の不調を訴え始めました。


ここ数日、やたら肩が凝る、首がだるい、腕が重い、等の不快な症状が治らないと言うのです。


私は、当時はまだ体についての知識がほとんど無かったため、気のせいだよ、筋肉痛みたいなもので、練習すれば治るよ、と無責任なことを言って、無理やり練習を継続させてしまいました。


当然、練習をして良くなることはなく、弟の症状は日ごとに悪化していき、ついに腕に痺れが出るようになってしまったのです。


これは大変なことになってしまった!と家族みんなが大騒ぎしました。


首のMRIを撮れる病院を探し、学校を休ませ、すぐに弟を連れていくことになりました。


私はもついて行きたかったのですが、受験生であったため、学校を休むことは親が許しませんでした。


その日は一日中弟がどうなってしまうのか心配で、授業が全く頭に入りませんでした。


学校から急いで帰ってくると、弟と両親は既に帰宅していました。


どうだった?と弟に聞くと、大声で泣き出してしまったのです。


よく話を聞いてみると、医師からヘッドスピンを辞めろと言われたそうで、もし辞めなければ症状は悪化し続け、そのうち日常生活に支障が出るようになる、と説明されたそうです。


診断は、頸椎ヘルニアでした。


弟は、


「ヘッドスピンを辞めることは本当に心苦しいが、このつらい症状が悪化するのは耐えられない。もう今後ヘッドスピンは二度としない。」


と涙ながらに言いました。


私も泣きたい気分でした。


折角共通の夢中になれるものを見つけたのに、それが無くなってしまうということが信じられませんでした。


さらに、自分があんなに練習させなければ、こんなに酷くなることはなかったのではないだろうかと考え、自分のせいでこんなことになってしまったのだと思いました。


自分の生きがいと呼べるものに出会って、一年ちょっとでそれを奪われるというのは、経験した人にしかわからない辛さだと思います。


それが中学2年生の弟の心に与えたダメージは相当なものだったはずです。


しばらくお互いに落ち込んでいました。


私はブレイクダンスの練習を続けていましたが、弟がいないとなんだか気分が乗らなくて、練習が一気に味気ないものになってしまったように感じていました。




弟が、ヘッドスピンの練習を辞めてから、一か月ほどが経過しました。


以前に比べると、かなり症状が軽減されてきたようで、弟も少しずつ元気を取り戻していきました。


おそらく、まだ若かったため、自己修復機能の働きが良かったのだと思います。


まだまだ完治とは程遠い状態でしたが、かなり楽になってきたようでした。


そんなある日、弟のほうから、ヘッドスピンはできないけど、やっぱりみんなとブレイクダンスを続けたいと言ってきたのです。


これにはメンバー全員が大喜びでした。


しかし、それまでヘッドスピンしか練習してこなかったため、ほぼ0からの再スタートでした。


とりあえずウィンドミルという、足を広げ背中で回転する技から教えることにしました。


通常ウィンドミルを習得するには大体三か月くらいかかると言われています。


しかし、私の弟はこれを1週間で習得してしまったのです!


0からのスタートで、前途多難であるかに思われたのですが、ヘッドスピンで培った体の使い方がウィンドミルにも応用できたようで、あっという間に出来るようになってしまったのです。


こうして、ヘッドスピンは出来なくなりましたが、ブレイクダンスはヘッドスピンだけが全てではないと気付き、他の動きにも次々挑戦していったのです。




弟は、現在ではヘッドスピンこそ出来ませんが、それ以外の大技をかなり高いクオリティでこなせるようになりました。


体も、色々な技を練習するようになったことで、筋肉が発達し非常に逞しくなりました。


大学の入学式では、その肉体を見込まれ、様々な運動部から熱烈なラブコールをうけたそうです。


とても以前に頸椎ヘルニアを患っていたようには見えません。


今は大学の語学の勉強がダンスよりもワクワクするらしく、毎日楽しそうに過ごしています。


たまに一緒にダンスの練習をするのですが、普段あまり練習していないくせに衰えていません。


いつも刺激をもらっています。


私の自慢の弟です。


これは以前に弟が大会に出た時の動画です。


2:27~弟が出てきます。



一度挫折して、そこから不死鳥のごとく復活しているため、肉体だけでなく、精神の強さも兼ね備えています。


あまり褒めると、調子に乗るので、このくらいにしておきますね笑



読んでいただき、ありがとうございます。




ps バシャールも、一番ワクワクすることが出来ない時は、二番目にワクワクすることをやってみましょうと言っていますね。


ワクワクというものは、たとえ何番目のワクワクを選択したとしても、最終的に行き着くところが同じになるようにナビゲートしてくれる道標のようなものなのかもしれませんね。