TVのNHK教育放送で毎週放送されている『TED』は,アメリカだけでなく世界中から注目されている番組です。ご存じの方も多いと思いますが,さまざまな活動をされている方が,舞台の上で「プレゼンテーション」を行い,自分の思いを社会にアピールする番組なのです。

 

 

 

その『TED』で先日放送されたのが,アメリカで検察官をされている方のプレゼンテーションでした。「検察官が思い描くより良い司法の姿」と題されたプレゼンテーションです。

 

 

 

まだ30代と思われる若い検察官(アダムさん)は,次のように言われました。「自分は,お金をもうけるために,ロースクール(法科大学院)に行きました。その夏休みの裁判所でのインターンで,人生を変える出来事に出会ったのです。

 

 

 

それは,実際に刑事裁判を受けている被告人の姿でした。中には,何度も犯罪を繰り返している被告人もいます。

 

 

 

裁判官に刑を告げられる被告人の姿を見て,『なぜこのようになる前に,彼の人生を変えてあげられなかったのだろう』と思ったのです。

 

 

 

その様子が忘れられなかったアダムさんは,検察官になることを決めたのでした。そしてアダムさんは,検察官になった後,自分の出身地であるボストンの,治安の悪い地域の少年犯罪を担当されたのです。

 

 

 

プレゼンテーションでアダムさんは,忘れられない事件について話をされました。ある高校生の窃盗事件です。

 

 

 

公立の高校に通っている高校生が,30台のパソコンを盗んだ罪で逮捕されました。担当検察官であるアダムさんが,彼を起訴するかどうかを決めることになりました。

 

 

 

被害の大きさからいえば,起訴することが通常の事件です。でもアダムさんがその高校生になぜ犯罪をしたのかを聞くと,家が経済的に苦しく,大学への進学費用がなかったから,パソコンを盗んで売ったのだ,と言ったのです。

 

 

 

多くの刑事事件,特に少年事件を担当されたアダムさんは,悩みます。彼を起訴すると,当然前科がつきます。前科がつくと就職に大きな影響を与えます。それが,再犯の危険を生みます。

 

 

 

アダムさんは言われます。「検察官は,通常無難な判断をします。でも考えてみると,検察官はとても広い裁量を与えられているのです。大統領でもじゃまできない広い裁量です。

 

 

 

そして私は思ったのです。彼に更生してもらうためには,今回あえて起訴するのではなく,盗んで売ってしまったパソコンをできるだけ取り戻し,取り戻せなかった分は被害弁償を行い,さらには社会奉仕活動や反省文を書くことを課すべきだ,と。

 

 

 

罰を与えるのではなく,彼が二度とこのようなことを繰り返さないために検察官はどうするべきかを考えた結果でした。」

 

 

 

そしてアダムさんは,数年後に起きた,とても感動的な出会いの話をされました。「あるパーティでのことでした。私がサンドイッチをほおばっていると,どこかで会った方が近づいた来たのです。

 

 

 

誰だっただろう,と私が思い出そうとしていると,実はその方は,私が担当して起訴をしなかったパソコン30台を盗んだ元高校生だったのです。

 

 

 

起訴されず,前科がつかなかった彼は,その後大学に進学し,銀行に就職し,その時には支店長にまで昇進されていました。おそらくは私よりも良い給料をもらっていたはずです。

 

 

 

罰を与えるだけが検察官の役割ではない。より良い『司法のあるべき姿』を追い求めるのも,検察官の役割だと思います。」

 

 

 

私が司法修習生だった時,検察庁で修習を受けました。その時感じたのは,「犯罪を犯した方のことを一番考えているのは,実は検察官なのではないか」ということでした。

 

 

 

検察官が求刑の重さを決める時,それは犯罪を犯した人が,どのような罰を受ければ,もう二度とそのような過ちを犯さないか,という観点から決めるのです。

 

 

 

また取り調べの時,また裁判の時,犯罪を犯した人にとても厳しい言葉をかけるのも,そのような思いをしたことを決して忘れないでほしい,その思いを抱いている事で二度と犯罪を犯さないでほしい,という思いがあるように感じました。

 

 

 

その検察官の思いを感じながら,司法修習終了後弁護士となった私は,弁護人という立場から刑事事件に接しています。そして弁護人として発生した事件に光を当てます。それは検察官とは違う「より良い司法の姿の探求」なのだと思います。

 

 

 

TEDでプレゼンテーションを行ったアダムさんは,プレゼンテーションで「検察官には少年の人生を変える力がある」と言われました。またアダムさんは,番組でプレゼンテーションを行った後,少年の更生のためのNPOを立ち上げたそうです。それも「より良い司法の姿」の実現のための,アダムさんとしての探求です。

 

 

 

検察官は検察官の,弁護士は弁護士の,それぞれの思いが交錯するのが司法権です。でも,その思いが向かう先には,「司法がより良い姿になってほしい。司法に関わることになった人のその後の人生が,より良いものになるような司法であってほしい。」という願いは変わらないのだと思います。

 

 

 

そしてその思いは,日本においても,アメリカにおいても,人と人とのふれあいの中で司法が運営されていることが同じである以上,決して変わらないのだと,アダムさんのプレゼンテーションを拝見して感じたのです。