2013年に芥川賞を受賞された,黒田夏子さんの作品『abさんご』が,最近文春文庫の1冊となり,発売されています。私も文庫版を拝見して懐かしくなり,手に取ってみました。



『abさんご』を読まれた方はご存じだと思いますが,作品全般を通して,とても不思議な,一言では表現できないような文章と世界観が展開されていきます。



おそらくは,幼い女の子が,お父さんと二人暮らしをしていて,そこにお父さんの新しい交際相手が登場してきたのだろう,その交際相手の登場により,女の子の心が思わぬ方向に向かって動き出したのだろう,ということは感じるのです。



でも『abさんご』の読者は,決してそのストーリーを味わうだけでなく,とても不思議な言葉の世界をさまようことになります。まるで読者自身が,言葉の森に迷い込み,逃げることができないような感覚に陥るのです。



私自身も,『abさんご』が芥川賞を受賞された当時と,さらには近時発売された文庫版と,それぞれを拝読しましたが,読むたびに,不思議な,決して手でつかむことができない世界に入り込んだような気持ちになりました。



私は法律家ですが,法律家も法律という言葉に意味を与え,それを動かしていく役割です。『abさんご』を拝読すると,「言葉」で表現できること,「言葉」で動かすことができることが,私が想像している以上にあることを感じます。さらには「言葉」という存在そのものの深さと可能性をも感じたのです。 





私が文庫版『abさんご』を拝読して改めて感銘を受けたのは,黒田夏子さんの経歴です。黒田さんは大学の国文学科を卒業された後,教員,事務員,校正者として働きながら小説を書き続けた方です。そして,2013年に『abさんご』で芥川賞を受賞された時,75歳になられていました。史上最高齢での受賞でした。



ご存じのとおり,芥川賞は,純文学の世界でこれからの活躍が期待される賞です。その芥川賞を75歳で受賞された黒田夏子さんの姿を拝見すると,改めて「人の成長のスピードは違うのだ」ということを感じました。



人は決して同じ存在ではなく,それはDNAが違っているからです。そしてDNAが違っているのは,生命が生き続ける知恵です。



だからこそ,人はそれぞれ成長のスピードが違っているのです。そのことは私たちに,人は互いに異なる存在であり,それを互いに認め合うことの大切さを教えてくれていると思います。