1985年に亡くなられた坂本九さんのヒット曲「上を向いて歩こう」について,とても興味深い記事を目にしました(2014年2月20日付朝日新聞大阪版掲載の記事より)。



「『上を向いて歩こう』 オノさん新訳



『SUKIYAKI』の曲目で1963年に全米チャートの首位を獲得した『上を向いて歩こう』。



歌詞の本来の意味を世界に伝えたいと,オノ・ヨーコさんによる新たな英訳曲『ルック・アット・ザ・スカイ』が2月18日夜,英国の人気歌手オリー・マーズさんの東京・赤坂でのライブで初めて披露された。・・



作曲した故・中村八大さんの長男中村力丸さん(50)が,全米首位から半世紀に合わせて,訳詩を依頼。歌い手には,英国で人気を誇るマーズさんを選んだ。



オノさんは『この曲のスピリットが,再び世界の人々を励ますことになればと思い,英語詞をお引き受けいたしました』とコメントしている。」





坂本九さん(1941-1985)は,戦後の日本の安らぎを与え続けた俳優であり歌手であった方です。人気絶頂の時に,自らTV局のプロデューサーにかけあって,福祉関係の番組を始めたこともある方です。とても心の優しい人だったそうです。



その九さんの代表曲が,上の記事でも紹介されている「上を向いて歩こう」です。この曲は日本だけでなく,1963年にアメリカのヒットチャートでもNO.1ヒット曲となりました。日本語のまま,NO.1となったのです(「上を向いて歩こう」は,日本語の歌詞のまま,日本を含め約70カ国で1千万枚以上売れた,とされています)。



アメリカでのヒットは,レコードの発売よりも先に,ラジオ局から始まったそうです(佐藤剛『上を向いて歩こう』(岩波書店,2011年))。カリフォルニア州中部のフレズノ市の周辺は,日本から移民として移ってこられた方々が多く住む地域でした。そこでとある日系アメリカ人のリスナーが,地元のラジオ局に来て,この曲をかけてほしい,と頼んだそうです。それが「上を向いて歩こう」でした。



レコードを受け取ったDJは「上を向いて歩こう」を気に入り,ラジオでかけてみたところ,大変な反響を受けます。ラジオ局での人気を見たキャピトル・レコードは,レコードのアメリカ発売を決めます。



曲名は,アメリカ人の知っている数少ない日本語の一つである「SUKIYAKI」に決まりました。そして曲は,日本語のままレコードになったのです。つまり,詩の内容は日本語のままで,かつつけられた英語のタイトル(「SUKIYAKI」)もその内容とは関係のない状態で,発売されたのでした。



すると,レコードが発売された1週目の1963年5月11日には,早くもヒットチャートの80位となり,6週目の6月15日には,ついにトップに躍り出たのでした。日本語の曲がアメリカのヒットチャートのNO.1となったのは,後にも先にもこの「SUKIYAKI」だけなのです。





「上を向いて歩こう」というタイトルは,「辛いことがあっても,くじけないでください。涙がこぼれないように,上を向いて歩いてください。」という意味ですね。そこには,九さんの「人生は短いようで長いです。人生には悲しみもあれば喜びもあります。人生は喜びと悲しみに彩られています。たとえ今日辛くても,くじけずに上を向いて歩いていれば,きっと喜びが待っていますよ。」というメッセージが込められているのだと思います。


「上を向いて歩こう」が,歌詞が日本語のままNO.1となったということは,この曲持っている言葉を超えた何かが,アメリカの人々の,さらには世界中の人々の心に届いたということを意味します。



それはまさに,言葉の背後に存在する「スピリット」が言葉や国境を越えて伝わったことを意味するのでありまして,私達が今後の世界を考えていく上で,とても大切なことを教えてくれているように思うのです。



冒頭で御紹介した記事では,曲が英訳されたことで,さらに曲の「スピリット」が広がってほしい,という思いが記載されていました。



実は,東日本大震災があった2011年に,「上を向いて歩こう」は,多くの歌手の方々によって歌われた曲でもあったのです。ベン・E・キングをはじめとする多くの海外アーティストが,作成したアルバムなどで「上を向いて歩こう」をカバーして,震災に遭われた方々へのメッセージを伝えようとしたのです。



若くして亡くなられた九さんが,曲に込められたスピリットは,言葉を超えて愛され,今後も社会に受け継がれていくことでしょう。その思いを,今後も大切にしていきたいと思います。