毎年担当させていただいている,岡山大学法学部の1年生の方々を念頭においた講義「法実務入門」を,今年も担当させていただきました(今年度の講義で使用したレジュメを作花法律事務所HPのTOPICS欄に掲載しております)。



作花法律事務所HP



この「法実務入門」は,岡山弁護士会の弁護士7名が,それぞれ2回ずつ講義を担当して,自分の関心の高い法分野や,自分が弁護士として経験してきた裁判などを通じて,これから法学部で法律を学んで行かれる1年生の方々に,メッセージをお伝えする,というものです。



私は,先週と今週の金曜日の2回で,「憲法の役割,弁護士の役割」と題する講義を行いました。第1回は「社会で発生した事件に光を当てる」,第2回は「紙に書かれた活字である法律に意味を与える」という視点から,憲法の役割,司法権の役割,そしてその司法権の担い手である弁護士の役割について,考えたものです。



これから法学を学んでいこうとされている法学部1年生の方々に,私が法の世界で学んだことのエッセンスをお話するこの「法実務入門」は,実は私自身の弁護士としての歩みを振り返るとても良い機会ともなっていることに気付きます。



ある法学入門の本に,「『入門』とはえてして『出門』である」と書かれていたことを覚えています。自分が講義を担当させていただくと,これまで受けた講義で先生方が,人生をかけて学ばれたことのエッセンスを話してくださっていたのだな,ということに気付くのです。



そのような意味で私自身も楽しみにしている「法実務入門」ですが,講義だけでなく,受講生の方々が提出してくださるレポートを拝見することも,楽しみの1つです。



法学部1年生の方々は,決して法律の知識をたくさんお持ちではないのですが,その分,一生懸命社会のあるべき姿を考えてまとめてくださいます。そのようにして書いてくださったレポートを拝見すると,法律家としての初心を思い出すとともに,法律家としてのあるべき姿をも教えて下さっているような気もするのです。



昨年度,私がレポート課題として出題した設問は,次のものになります。この「弁護士作花知志のブログ」をお読みくださっている読者の方々は,どのように思われますでしょうか。お時間のある時にでも,少し考えていただければ幸いです。



岡山大学法学部1年生の皆さん,熱心に講義を聴いてくださり,ありがとうございました。



(以下の問題が,平成24年度に私が出題したレポート課題です)



裁判というものについて,最も古典的な考え方を示したのはモンテスキューでした。



彼は「裁判官は法律の言葉を発音する口である」ということを『法の精神』の中で言われています。法律にすべて書いてある,裁判官はそれをただそのままに発音する,それだけでよろしい,またそうでなければならないのだ,というのです。



要するに裁判官の恣意というものを一切排除しようというのでありまして,立法府が国民の総意として作った法律をそのままに実現する,それが裁判であり司法である,という考え方であります。



このモンテスキューの考え方に対するあなたの考えを,事例を挙げながら論じてください。