アメリカの映画に『黄昏(たそがれ)』があります。1981年に製作された作品です。湖畔の別荘を舞台として,人生の黄昏を迎えた老夫婦と,その娘,さらには娘の結婚相手の連れ子との心のふれあいを描いた内容です。



ストーリーは次のようなものです。ニューイングランドの別荘でバカンスを過ごしている老夫婦のところに,娘が子を連れて訪れます。その父と娘の関係はうまくいっていませんでした。そのため,父は娘への愛情の示し方が分からず,ぎくしゃくした関係が続きます。そんな二人の関係を,娘が連れてきた子が少しずつ溶かしていきます。



実はこの映画で娘役を演じたのはJ・フォンダ,そして父役を演じたのは,J・フォンダの実の父であったヘンリー・フォンダでした。そして実際の親子であるJ・フォンダとヘンリーとの関係も,うまくいっていなかったのです。



名優として知られるヘンリーでしたが,アカデミー賞の主演男優賞を取ることができずにいました。名作と知られる1941年の『怒りの葡萄』では,アカデミー賞主演男優賞にノミネートはされたものの,受賞を逃しています。またこれも名作として知られる陪審裁判をテーマとした1958年の『十二人の怒れる男』でも,受賞には至りませんでした。



父ヘンリーの人生に,欠けたままとなっているピースであるアカデミー賞主演男優賞を取らせたいと,J・フォンダは考えて,『黄昏』の主演男優が父親になるよう尽力したと言われています。そして本当の人生においても確執を繰り返した娘である自分自身が,その娘役として出演したのです。






私達は,両親を始めとする家族,そして古里に対して,複雑な思いを抱くことがあるのではないでしょうか。でも,どのような思いを抱いたとしても,親子であることには変わりなく,また他に親子である人は存在しないのですね。



葛藤と確執を繰り返したJ・フォンダが,複雑な思いを抱きながら,それでも父ヘンリーの人生の晩年に賞を取らせてあげようとし,その作品に自分自身が出演をした姿は,そのことを教えてくれているように思います。






J・フォンダの思いがかない,『黄昏』でヘンリーは,見事初めてアカデミー主演男優賞を,史上最高齢の76歳で受賞しました。でも,その授賞式にヘンリーの姿はありませんでした。



授賞式でヘンリーの代わりにオスカー像を受け取ったのは娘のJ・フォンダでした。そしてヘンリーは,アカデミー賞授賞式の数ヶ月後である1982年8月12日に亡くなられました。『黄昏』が彼にとって最後の映画作品となったのです。



映画は,その監督を始めとする出演者,さらには関係者の方々の思いとメッセージが込められたものですね。その思いが私達の心を揺さぶるのです。この『黄昏』についてのヘンリーとJ・フォンダとの思いも,私達の心に,何か特別な感情を醸し出しているように思えます。



親は親として。子は子として。それぞれがこの世にたった一つだけの存在です。あまりに当たり前のそのことを私達はもっと大切にするべきことを,『黄昏』は教えてくれているように思います。