今日は,皆さんと代理母(だいりぼ)の問題について考えてみたいと思います。



タレントの向井亜紀さんが2000年に子宮摘出手術を受け,その後夫の元プロレスラー高田延彦さんとの受精卵を米国人女性に移植して,代理出産で2003年に双子の男の子が誕生しました。



実は代理出産は,アメリカでも一部の州では認められているものの,外の州では禁じられています。またイギリスでは認められているのですが,ドイツやフランスでは禁止されています。この向井さんご夫婦の事案では,代理出産が認められているネバダ州で代理出産契約を結んだものです。



代理出産後の手続も州によって異なるそうなのですが,ネバダ州では,代理母による出産をした後で,依頼者夫婦が代理母夫婦を相手取って,自分達の子であるという裁判所への申し立てをするそうです。



そして,裁判所が,依頼者夫婦と生まれた子との間に法律上の親子関係が認められる,とした上で,その内容の出生証明書を出すことを行政に命令する,というふうにしているようです。そして皆さんもうお分かりでしょうが,この法律上の親子関係は,あくまでもアメリカ国内でのものです。


実は日本では,代理出産を適法であるとする法律も,違法であるとする法律もありません。その日本で向井さんご夫妻は,代理出産が適法とされているアメリカのネバダ州で親子関係が認められた双子の男の子について,東京都品川区で夫妻の子供であるとして出生届を出そうとしたところ,区役所で出生届を受け付けてくれなかったのですね。



そこで向井さんご夫妻は,品川区が出生届を受理するように,東京家庭裁判所に申し立てをしました。まず東京家庭裁判所は代理母出産による出生の場合には,高田さんとの父と子の法律上の親子関係は認められるけれども,向井さんとの母と子の法律上の親子関係は認められない,という判断をしました。



そこで向井さんご夫妻は東京高裁に即時抗告という不服申し立てをしました。すると,東京高裁は逆転の判断を下して,向井さんとの母と子の法律上の親子関係も認められる,としました。



その理由ですが,東京高裁は,①上述したように,双子の男の子が出生した後で,ネバダ州の裁判所で,高田さんご夫妻が代理母夫婦を相手方として高田さん向井さんご夫妻が男の双子の法律上の親であることを確認した上で,その内容の出生証明書を出すことを命令する,という判断が出されているのですね。その事実と,②日本で代理母契約を禁止する法律上の規定がないことや,③日本社会で代理懐胎を否定するだけの社会通念が存在しない,ことを理由にして,向井さんを2人の男の子の母親である,という判断をしました。



ところが最高裁判所は,その高等裁判所の判断を破棄して,向井さんと2人の男の子との法律上の親子関係は認められない,としました。



その理由ですが,最高裁判所は,①ネバダ州の判決は日本の民事訴訟法118条という,外国判決の効力を定めている規定における「日本の公序良俗に反する判決」に該当して,その効力が認められない,②日本法において母子関係の成立を直接明記した規定はないが,母と嫡出子との関係は民法772条1項が懐胎し出産した女性が出生した子の母であり,母子関係は懐胎,出産という客観的な事実により当然に成立することを前提としているし,母と非嫡出子との関係は最高裁判例により出産という客観的な事実により当然に成立する,とされていること,③科学的な発展により生殖補助医療により子を出産することが可能となっているけれども,その方法によって出生した子の親子関係については,社会一般の倫理感情を踏まえて,医療法制,親子法制の両面を踏まえた立法による解決が望まれること,としたのです。


東京高等裁判所の判断が,いわば科学の発展を日本の民法上の母子関係の解釈の中に取り込むものであったのに対して,最高裁判所の判断は,科学の発展は発展として認めるけれども,そのことにより発生する問題はその発展に適応した新しい立法によるべきである,としたわけです。



また,東京高等裁判所の判断が,アメリカの裁判所で向井さんと双子の男の子との法律上の母子関係が認められていることを重視して,それに対して日本で法律上の母子関係を認めなかったら国際的に見て,アメリカと日本とで母子関係について異なる法律上の地位となってしまう(アメリカでは母親は向井さん,日本では母親はアメリカ人の代理母となってしまう),それを避けたい,という思いがあったのではないかと思います。



それに対して最高裁判所の判断は,アメリカと日本で異なる法律上の地位が発生しても(つまりアメリカでは母親は向井さん,日本では母親はアメリカ人の代理母となってしまっても),新たな立法を行うならまだしも,解釈によって日本における現在の身分法秩序を安易に変えることは好ましくなく(世界的に統一的なルールを作りやすい取引法とは身分法は異なる,ということです),そこから生じる結果は,現在の主権国家が並立している現状からするとやむを得ない,という立場なのかもしれません。


それでは,向井さんと双子の男の子との親子関係を否定した最高裁判所の裁判官は,その不都合をどのようにして補おうとしているのか,といいますと,特別養子縁組をすればいい,というものでした。



民法の家族法は,大学の法学部の3年生くらいで学ぶのですが,特別養子縁組というのは,通常の養子縁組ですと,養親との親子関係はできるけれども,実親との親子関係は残るのですね。だから養子は養親からも実親からも相続を受けることができるのですけれども,より真の親子関係に近い養子縁組を,という声を受けて,実夫や実母との法律上の親子関係を残さず,養親との親子関係のみがある養子縁組として作られたのが特別養子縁組です(特別養子縁組を結ぶと,実親からの相続は受けなくなります)。


実は最高裁判所の裁判官の補足意見というものがありまして,これは最高裁判所の裁判官が,判決とは別に,判決の内容には賛成なのだけれども,個人的な意見を書く,というものです。この中で2人の裁判官が日本の民法の特別養子縁組ができるので,日本法において向井さんと双子の男の子との間の法律上の親子関係を認めなくても,酷な結果とはならない,としたのです。


ところが,特別養子縁組の成立には,養親となる者と実親となるものとの間で,養子縁組についての意思の合致が必要とされています。



そしてアメリカ国籍を有する双子の男の子について考えると,ネバダ州法では双子の男の子の母親は向井さん,特別養子縁組をする母親は,日本法により向井さんになり,アメリカと日本の法律の相違によって,双方の親が同じ人になってしまうことになってしまうのです。



そのような実親と養親が同じ人の間でなされる特別養子縁組は有効なのか,という新しい問題がここに生じるのです。



実は,向井さんご夫妻は最高裁決定の後で記者会見をされ,お子さんの出生届日本で出すことを断念し,日本国籍は取得せずに米国籍のまま育てていくことを明らかにされています。お二人がされた記者会見では,最高裁決定度,東京法務局から「2週間以内に男児の出生届を出さないと,今後日本国籍を与える機会はない。」との連絡があったそうです。


さらに向井さんご夫妻は,最高裁決定の後で裁判所に行き,特別養子縁組について聞いたところ,裁判所の方から,私見では特別養子縁組は難しいのではないか,と言われた,という話を記者会見でされています。



そうなってくると,向井さんご夫妻とお子さんとの間の法律上の親子関係を否定した最高裁判所の立論には根拠があったのか,ということになりますね。


ただ,裁判所の職員の方から「難しいのではないか」と言われるようなことを,法解釈論として認められる方向に持っていくことは,法律家のまさに腕の見せ所です。



無理だろう,と言われるところを,上手に法律を使って,法律の形式的な適用によって悲しい思いをしている方のその思いを,少しでも減らすことが法律家の役割です。向井さんと男の双子との間に特別養子縁組を成立させる方法はないでしょうか。


特別養子縁組について規定した民法817条の6の条文には「特別養子縁組の成立には,養子となる者の父母の同意がなければならない。ただし,父母がその意思を表示することができない場合又は父母による虐待,悪意の遺棄その他養子となる者の利益を著しく害する事由がある場合は,この限りでない。」と書かれています。



この条文に「ただし,父母がその意思を表示することができない場合」というのは,養子となる者の父母(実父母)が,例えば精神的な問題で意思表示ができないような場合を念頭において,そのような場合には養子となる者の父母の同意がなくても特別養子縁組を認めよう,という規定だと考えられます。



でも,それを日本とアメリカの両国で法律制度が異なるために,養子となる者の母が養母と同じ人となってしまうように,事実上養子となる者の母が意思表示できない場合には,その同意なくして特別養子縁組を認めよう,という趣旨であると解釈をすれば,向井さんご夫妻とお子さんとの間の特別養子縁組も認められるのではないでしょうか。


実は,最近の新聞記事によりますと,向井さんご夫妻とお子さんとの間の特別養子縁組を,日本の家庭裁判所が認めた,という報道がされていました。おそらくその家庭裁判所の裁判官は,民法817条の6について上述したような解釈の立場を採り,日本法で養親となる母が向井さん,アメリカの法で養子となる者の母も向井さん,という特別養子縁組を認めたのだと思います。



この事件は,日本とアメリカの法律制度の矛盾の間で辛い思いをされた向井さんご夫婦とお子さんについて,たとえ日本法の下では法律上の親子関係は認められないとしても,それでも一番親子が幸せになるように,法律家が法を解釈し,動かしたものであると言えるのではないでしょうか。