草石のガチンコネット小説 -6ページ目

終わる世界 第7話

部屋に戻ってしばらくの間ぼーっとしていると、
聞き覚えのある、というかついさっきまで嫌というほど聞いた声が
階段を昇ってくる。
そして、部屋のノックをする音。
「んん、おかえりなさ…」
…驚いて声にならなかった。
田中さんがメイド服に着替えている。
そして川村さんがさっきと違うメイド服になっている。
驚いた。
メイド服を着ている女性は大概が残念なやつだと、
いつか山木は僕に言った事があった。
違う…違うぞ山木…
今僕は地上の楽園にいるのかも知れない。
いや、痴情の楽園とでも言おうか。
川村さんの薄紫のメイド服もなかなかだが、
田中さんの濃いピンクのメイド服も否めない、
そもそも二人とも破壊的に地がしっかりしてるからな、
「…ってなに言わすんじゃー!」
「え?」
「え?」
「え?」
三人で三段落ちの締めをくくりました。

とりあえず二人を部屋に上げて、
川村さんがずいぶん気になっていたようなので、
うちのアパートで起きた事件の大体の話をしてあげた。
(ややこしくなるといけないので、斑点の話や、
寝床の向きの話はしないでおいた)
「へぇ、そのホストの人も随分と運がよかったわね。
いや、悪かったのか。んん…」
なんて神妙な面構えを。
「それにしても物騒ですね。夏場に魚介で当たってしまうなんて。」
田中さんも同様だった。
そして二人は二人ソリティアを敢行している。
是非自分の部屋でやっていただきたい。
「川村さん、僕、そろそろ銭湯に行こうと思っているんですけど。」
と、思い切って切り込んでいってみると、
「大丈夫、君はもうすでに先頭を走っているよ、
あせることはない、ランナーを潰すのは距離じゃない、
ペースだよと、ジャイロも言っていたよ。」
ぐはっ、切り替えされた。
「いやいや、その先頭ではなくてですね」
「何っ!では今から行ってしまうのか?」
なんだわかってるんじゃないか…
「本当はわかっていたんだよ、すまないね。
ただ名残惜しくて…」
ふふ、可愛いもんだよな。ちょっと会話が弾んだだけで
こんなにも名残惜しんでもらえるなんて…
「じゃあ、一緒に出ましょう」
「いや、待て」
ん?なんだよ、諦めが悪いなぁ…
「私の部屋の真ん中の畳の下に、トカレフが置いてある。
…持って行くといい…」



「そっちの戦闘でもねーよっっっっ!!!」
鈴虫の鳴き声がとてもきれいでした。

終わる世界 第6話

あの人が医者だとはやっぱり思えなかった。
あごのまわりのひげがもみ上げまでつながっていて、
年齢不詳の汚い男。
どうやら二階に行っているようだ。
ぎしぎしいう階段をゆっくりと昇っていくと
二階に上がってすぐ手前の部屋だということが一目でわかった。
扉が開いていた。
幸いというかなんと言うかここには住民はおろか野次馬も
いなかった。
そもそもここに住んでいる人は大体が変わり者で
生活リズムもめちゃくちゃなんだよな。
その扉の前を通りかかると、さっきの男がこちらに背を向けて
座り込んで何かやっている。
確かここの部屋はホストのにいちゃんが住んでいたような気がしたんだけどな。
そしてそのホストの男はあの男の先で横たわっているようだった。
ゴトン。
そのホストの腕が床に落ちた。
なにも死んだわけではないのだろうがやけに不吉な音だった。
よく見ると腕に黒い斑点のような模様が浮かび上がっている。
あれは確か、貝類特有の特に鮑の肝なんかにある毒素を
服毒した場合に起きる、皮膚で呼吸が出来なくなる症状ではないのだろうか?
そして医者と名乗った男はホストが横たわっている布団の端をつかんで、
ホストの寝ている方向をひっくり返した。
簡単に説明するなら、最初に僕が見たときには
僕から見て右側にそのホストの頭があったのだけれど、
今は左側にある。
どうしたんだろう?
光の加減でもあるのかな?
なんて思っていたら、何か紙切れを丁寧に折りたたんで、
ホストの彼に渡していた。
「それじゃお大事にー…」
え?
診察終了?
??
早くない?
そして入り口に立っていたら、
僕にニコリと笑って、こう言った。
「君も何かあったら、連絡してくるといい。
無償じゃないが、こう見えて俺、いい仕事するぜぇー」
と名詞を渡されていた。
そして驚くことに、入り口から見えるホストの腕には斑点が消えていた。
「じゃ」
といって彼は颯爽と階段を下りていった。
改めて名詞を見ると、
「私に治せないものはない。
あなたの街の狂ったダイヤモンド
田中 清十郎」
と書かれていた。
あえてつっこもうとも思わなかったし、つっこむ相手もいなかった。

終わる世界 第5話

近くの川沿いの道も夕暮れ、涼やかな風が頬を撫でて通り過ぎた。
川村さんは相変わらず田中さんに興味津々なようで、
ガールズトークよろしくで、僕は蚊帳の外といったところだ。
「落語の目黒のさんまって話知ってる?
知らないよね。その話じゃないけど、あたしにとって人間関係ってのは
とってもとっても希薄なもので、偶発的、奇跡的観測、なんだよね。
だから華ちゃんみたいな子と知り合えたことは、
それはもう、宝くじの一等が当たったことと同意義なんだよね。
サカズキ君はああ見えて紳士だから、きっといい関係が
築けると思うのよね。ただ親御さんには必ず連絡すること。
極論を言ってしまえば、あたしが電話してもいいわ。
ちゃんとボイスチェンジャーも持っているし、
親御さんも『お前の娘は預かった、しばらくすれば時期に返す、次の連絡を待て』
って言えばわかってくれるでしょう。」
川村さんは鼻息を荒くして熱弁している。
川村さんそれは誘拐では。
「ああ、それもいいかもですね!なにも連絡なしよりやっぱり
定期的に連絡するのは子供としての義務ですものね。」
田中さんもそれで納得するなよ!
「ああ、その通りだとも!それが子供の義務なら、
それを助長することこそ年配の責務というやつだ。
こんな物分りのいい子他にはいないぞ!どうだねサカズキ君、
嫁にもらってやってくれないか?」
「なんで親御目線になってんだよっ!」
なんてくだらないやり取りを行っているうちに、
アパートに着いた。
なんだろう、アパートの前に人だかりが出来ている。
川村さんはびくびくして僕の後ろに隠れた。
川村さんはとにかく人間が駄目なのである。
ある特定の人物としか会話が出来ない。
だからさっき会話の中にあった、宝くじのくだりはあながち大げさとも言えないのだ。
すると茶色いハンチングキャップをかぶった、
ブルージーンズの灰色のタンクトップに紫のスカーフを巻いた
やや汚い印象を受ける男がその人だかりに入っていった。
僕も川村さんと田中さんを引き連れて人ごみの近くに行こうとした。
すると川村さんも、どういうわけか田中さんもついてくることはなく、
近くを散歩すると言って来た道を戻っていってしまった。
まぁ仕方ないか。
すると今度はその汚らしい男はこう言った。いやもはや叫びに近い。
とにかくその男の声は大きかった。
「私は町医者です!もう安心なので皆さんは騒がず帰って下さい!
人だかりが出来ると住民の方も迷惑ですし、患者の容態にも関わります!」
そういうと彼は颯爽とアパートの中に乗り込んでいった。
その人だかりの一部でこんな会話があった。
「なんだか魚介の毒であたったんですって!」
「やだわぁ、夏場ですからねぇ」
「救急車は呼んだのかしら?」
「なんでも魚介の毒にあたって倒れているところに偶然あのお医者様が
通りかかったんですって!」
「偶然なんてこともあるもんねぇ」
なんだかきな臭い話だな。
部屋に戻るついでに様子でも見るかな。
そもそも誰が倒れたんだか。
気にならないでもない。