草石のガチンコネット小説 -15ページ目
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世界の音 第二話

当然と言えば当然なのだけど、
僕はいくら二人きりの世界を感じたところで
やっぱりその子を抱き締めることも
手を握ってあげることも
ハンカチを貸すことも
僕にはできなかった。
僕はそんな夢想主義じゃないし
彼女だってそんな
ご都合主義じゃないだろう。
理由もわからない
人格もわからない
ただただ泣いているだけの可哀想な子に手を差しのべるほど
僕は高慢ちきではないし
不公平じゃない。
ただ臆病者だということだけは自覚している。
僕は大学のある駅に着くと席をたった。
ホームに降りて
後ろを振り替えると
薄いピンクのフェイスタオルで
目を拭う彼女がただただ
前を向いていた。
ちらりと僕の方を見た。
「あなたとは違います、同情しないでください」
と言わんばかりの
夏でも涼しすぎるような
氷のような視線だった。
その通りだと思って
僕はくるりと改札に向かって行った。

駅から大学は全くもって遠くない。
駅を出てすぐにある小さな
とてものどかな商店街を抜けて
その商店街と同じくらいの大きさの公園を迂回した先の
その公園の約三倍は土地がある出来て間もない大学、が僕の大学だ。
大学の3限に間に合わせての登校だった。
今日も大学はのどかで
夏の日差しも薄曇りに隠れ
いい風が吹く
いい日和だった。
教室に入ると
まぁそこそこに
仲のいい、大体隣にいる
山木透がいた。
山木透、スポーツ推薦入学の弓道少年。
短い髪の毛に
僕とは違う長身
僕がまぁ大体170cmくらいなので、まぁ大体四捨五入していけば約170cmくらいなので、
いろんな区切りの中で
もしもmixiに身長を入れる欄があって
カテゴリーに
166~170cmという欄があれば正にそれなので約170cmという表記は正しい。
むしろ170cmでよくね?
という葛藤はさておき
山木は180cm強。
大体やんわりファジーに言って
10cmくらいの差。
四捨五入すれば10cmの差。
いや、20cmの差。
いやいややっぱり大体10cmの差。
性格も僕とは大きく違い
静かで動じたりせず
常に半目開きの水に浮かぶ蓮のような男。
意識せず、気付くと横にいる。
そんなこんなで授業が始まりそして昼食の時間になった。

世界の音 第一話


草石のガチンコネット小説-世界の音



「毎日つまらない」
そんなことをつぶやいて通学の途中の電車を待っていた。
空は概ね快晴。
体温はほぼ平熱。
心拍数も大体平常。
ある程度いい風が吹いたりもする、
暦の上では夏の
月日で言うならば
西暦2010年
8月2日午前10時を12分過ぎた頃だった。
僕はTシャツにジーンズ
オールスターのスニーカーを履いて
模範的な大学生を演じていた。
髪の毛は目にかからないくらいの長さで常にキープしている。
カバンは大学に行くにはやや小さいくらいの
ショルダーバッグ。
新陳代謝はいい方なので
Tシャツが背中にはりついてしまい少し気持ちが悪い。
家でつけてきた制汗剤のスプレーの意味に疑問をもちかけたころに電車はやってきた。
片田舎な僕の地元で乗る電車に通勤ラッシュなんて言葉は皆無。
片側では悪そうな人達は床に座り、
片側では頭の悪そうな女子高校生が椅子に深くもたれかかって
ジャンクフードを食べたり
化粧を直したりと
それはもうここは人の家なんじゃないだろうか
ってくらいのリラックスの仕様だ。
そういったことは
仕様がない。
私用もない。
なんて思ってしまう。
全てのことは公平に平等に扱うべきだと教わって小学校を卒業したのだけれど
中学校に入ると今度は
「ゴミを分別しろ」だとか
「テストの結果に順位をつける」だとか
差別だか区別だか分別だか侮蔑だか
よくわからないものを学んだ。
気付けば一番が大好きになるようにカスタマイズされて
気付けば常にダラダラと生きるようになった。
自己紹介が遅れてしまったのだけれど
僕の名前は
杯 海
(さかずきうみ)
よく中国人に間違えられてしまう
素敵な名前を持つ僕は
18歳の大学一年生だ。
椅子に座って窓の外を見ていると
たくさんの空席があるなかで
僕の隣に女性が座ってきた。
これでもか、というくらいシンプルな容姿の女性だった。
僕の隣に座って瞬間に髪の毛のシャンプーの香りが鼻についた。
見た目がジーンズにTシャツ、垂れた前髪を七三くらいで分けて
丁度胸のあたりまで伸びた髪は鮮やかな程に黒かった。
真横なので、時々トンネルを通る時に
向かい側の窓を鏡代わりにしてではないと顔が確認できないが
とにかくシンプルで整った顔立ちだった。
それと同時に思わず横を見て直接確認してしまう。
彼女は泣いていた。
正面を向いて
まるで顔に用水路があるのかのように
同じ筋道に
寄せては返す波のように
一滴、二滴、
ただただ彼女の太もものジーンズの色を
濃くしていった。
周りは頭の悪い女子やら
悪そうな男子諸君やら
電車の走行時に生じる騒音やらで
うるさくて、
うっとおしくて、
世界は
どうしようもなく
めんどくさくて
ダルくて
うるさかった。
ただこの瞬間、
世界は二人だけだった。
少なくとも僕はそう感じた。
どうしようもなく
一人を強く感じるような
二人きり。
物語が始まる。
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