台風一過の一昨日。
嵐の落としものをネコババしに、ちょっと遠回り。
あった、あった、やっぱりありましたょ音譜
おめあてのものは・・・
これ!


嵐が持ち去ろうとして落としたお宝は、もともと秋の持ちものなのだから
嵐のではなく、「秋の落としもの」と言うべきかしら。

楓の並木道は緑を保っています。
紅葉シーズンにはまだ早い様です。
でも今、シーズン前の大セールとばかりにとても美しく紅葉している木があります。
桜の木です。
桜が散りゆく中で他の草木の色が変わりだすのは、春も秋も同じです。
次の季節へのもの怖じを、先んじて体現して皆を引っ張ってくれている様にも映ります。
春の目覚めの第一歩もなかなか大変なことでしょう。でもそれ以上に、
長い長い眠りの世界へ独り踏み込む秋の第一歩は、かなりの覚悟が要ることと
秋の桜の木をいじらしく感じずにいられません。


ポール・ヴェルレーヌの “Chanson d'automne” 。

落葉

秋の日の
ヰ゛オロンの
ためいきの
ひたぶるに
身にしみて
うら悲し。

鐘のおとに
胸ふたぎ
色かへて
涙ぐむ
過ぎし日の
おもひでや。

げにわれは
うらぶれて
ここかしこ
さだめなく
とび散らふ
落葉かな。

上は、上田敏による訳ですが、堀口大學は最初の節を

秋風の
ヴィオロンの
節(ふし)ながき啜泣(すすりなき)
もの憂き哀しみに
わが魂を
痛ましむ。


と訳しています。

「ためいき」
「すすりなき」
どちらも桜の散りゆく姿にぴったりだと私は思うのです。
だけれどヴァイオリンはすすり泣きかなぁ、と思い、
この絵は大學大先生の一節めをタイトルにいただきました。


(ちなみに、帽子はどんぐりのお下がりですハロウィン )

ともあれ、これから深まりゆくにつれ、秋の落としものが楽しみな私です。