「自分はすごい」と思いたい人は、人に対して優越感を持ちたいので、無意識のうちに、自分と人を比べては、人を見下したり、それが敵わないと、自分を卑下したりします。


だから、「自分はすごい」も、「自分はダメだ」も、どちらも同じこと。


「自分はダメだ」「わたしはまだまだです」という言葉が、謙虚になるか、卑下になるかの違いは、その言葉を人と比較して言っているのか、つまり劣等感から使っているのかどうかによるのです。


そもそも「自分はすごい」という想いはどこから来るかというと、人と自分を区別して、比較して、自分だけが特別だと思いたいエゴから来ます。

 

だから、傲慢になるのも、卑下になるのも、エゴの働き。

 

「人を見下す」と言われると、「そんなことしていない」と言いたくなると思いますが、見下している人は、結構多いです。


わたしも、思い切り、見下していましたあせる

 

自分の方が優れているとか、まだましだなと思うことで、自分はそれほど酷くないと安心したいのでしょうね。


だから、自信がない人ほど、人と比べて安心したがります。


自分はすごいんだとすごくアピールする人は、実は自信がないのです。 


心の中で見下すことは、相手にはわからないと思うかもしれませんが、やっぱり大切にされていないことや軽んじられていることなど、ちょっとしたしぐさや言葉からも、わかるものです。

 

見下されたと感じたら、誰だって、いい気はしないですよね。

 

「あの人、イヤだな」と思うものです。

 

その想いは、いつかどこかのタイミングで、ブーメランのようにあなたの元に戻ってきます。


そして、それだけでは終わりません。

 

もし、あなたのお子さんが、あなたの目の前で、人から馬鹿にされたり、軽く扱われたら、どんな気がしますか?

 

すご~く嫌な気分がしますよね。

 

仕返ししたくなるかもしれませんし、わざと意地悪したくなるかもしれません。

 

それと同じことをしていることになるのです。

 

目には見えなくても、どんな人にも、その人を見守っているご先祖様が沢山いらっしゃいます。

 

その人のご先祖様たちの目の前で、その人を馬鹿にしたり、軽んじたり、見下していることになるのです。

 

そうすると、、、、。

 

誰も見てないし気づかれていないと思っても、相手の身内の目の前で、相手を見下していることになるのです😱

 

どんな人も、神の子です。

 

誰の中にも、神の光が宿っています。

 

ご先祖様たちだけでなく、神様の前で、神様の子を見下していることにもなるのです。

 

神様は仕返しはされなくても、宇宙の法則で、自分が出したものは帰ってくるのを体験することになるのです。

 

だから、どんな人も尊重して、大切に接することを心掛けたいものです。

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今日も、心と魂に愛と光をいっぱい入れ、想いを溶かしてくださいね

神様、今日もありがとうございました。
 

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