人と比べることで、自分の価値を見出そうとするのは、難しいです。

 

あの人より上だと思うと、

自分に価値があるように感じ、

この人より下だと思うと、

自分なんて吹けば飛ぶような存在に感じてしまう。

 

わたしたちはみんな、顔や体形が違うように、性格も能力も違います。

感性も違うし、得意分野も違います。

 

もっと言うと、この人生に生まれてくる前の過去生が違います。

ということは、人生での課題が違います。

 

何もかもが違うのですから、人生が違って当たり前。

 

それを、

あの人より頭がいいとか、

仕事がうまく行っているとか、

お金があるとか、子供が優秀とか、

本当に意味のない比較なのです。

 

その比較で、自分の方が上だと感じた瞬間だけ、あなたの不安は解消するのでしょう。

 

でも、自分が下だと感じた途端に、不安でたまらなくなってしまいます。

 

だから、人と比べている間は、心が休まるときがありません。

 

人と比べてほっとしたりがっかりするのではなくて、

目の前のことに集中できているかどうかを大切にしませんか。

 

人と比べることで、

私はあまりうまく行ってないとか、

評価されていないとか、

成功していない

と思ってしまうなら、

それは不幸の始まりです。

 

充足感を感じて満足していたはずなのに、

人と比べ始めると、今の自分に満足できなくなってしまいます。

 

今持っているものに目を向けないで、

持っていないものに目を向けて、

「ないないないない」と嘆いてしまうのは、

大いなる勘違い。もったいないです。

 

人はそれぞれ違います。

 

自分とは違う人を見ることで、

感銘を受けたり刺激を受けて、

感性が豊かになったり、

わたしも頑張ろうと思えるのなら、

あなたの世界が広がります。

 

人との違いを楽しむのか、

人との違いに苦しむのか、

自分で選べるのです。

 

自分で選ぼうとしても選べない。

比較を止めたくても止められない。

そういう時は、あなたの中に、

比較している霊や想念が沢山いるということ。

 

そう思って、その霊や想念に、

「愛してます」「光にお還りください」と

祈りながら、愛をかけて浄化してみませんか。

 

人と比べることから離れて、

楽に幸せに生きられますように。

 

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今日も心と魂に愛と光をいっぱい入れて、
神様の愛と光がたっぷり注がれますように。
神様、今日もありがとうございました。
 

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ソウル・セラピーでは、

自分の想いを溶かす時に、

「愛してます」だけでなく、
「ごめんなさい」と言うことも、
よくお勧めしてます。
 
なぜなら、自分の中には、
「愛してほしい」という想念だけでなく、
「謝ってほしい」という想念も、
結構沢山あるのです。
 
たとえば、
「自分のことが嫌い」と言う人の中には、
その人のことを嫌っている人たち(想念や霊)が
沢山いると考えます。
 
自分を嫌っている人が沢山いると思うのは、
あまり気分の良いものではありませんが、
そのために自分を嫌いと思ってしまうのですから、
その人たちに光に還っていただくことで、
「自分を嫌い」という想いを光に還していきたいのです。
 
なので、その人たちに、
いつかどこかの時代で
きっと何か失礼なことをしたのかもしれない
と考えて、「ごめんなさい」と言うのです。
 
心を込めて「ごめんなさい」と謝ることで、
その嫌っている人たちに謝罪の想いが伝わると、
その人たちが許してくれます。
 
「ありがとうございます」
「どうぞ光におかえりください」
とお伝えすると、その人たちが光に還り、
「嫌だ」という想いを感じなくなるのです。
 
「ごめんなさい」ということで、
苦しみから解放されると思うと、
どんどん「ごめんなさい」を言いたくなりますが、
時々「ごめんなさい」を言うと苦しくなることがあります。
 
息苦しくなるときは、
息苦しい想いをした人たち(想念や霊)が出て来ているということ。
 
嫌な気分になるときは、
嫌な想いをした人たちがが出て来ているということ。
 
申し訳ない気がするときは、
申し訳ない想いをした人たちが出て来ているということ。
 
罪悪感を感じるときは、
罪悪感を感じた人たちが出て来ているということ。
 
だから、そこに寄り添って、その想いを溶かしていきたいのです。
 
「息苦しい想いをさせたんだね。ごめんなさい」
「嫌な想いをさせたんだね。ごめんなさい」
「申し訳ない想いをさせたんだね。ごめんなさい」
「罪悪感を感じさせたんだね。ごめんなさい」
 
そうやって自分の中から出て来た想いを拾って、
「ごめんなさい」や「愛してます」だけでなく、
「ありがとう」や「許します」も言ってるうちに、
心の中のモヤモヤも抜けて、すっきりしてきます。
 
ちなみに、「愛してます」を言うと、苦しくなると言う人もいます。
 
同じことなのですが、昔書いた記事も参考にしてみてください。
 
「愛してます」も、「ごめんなさい」も、
自分の心や体の調子に寄り添いながら、
言ってみてくださいね。
 
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今日も心と魂に愛と光をいっぱい入れて
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わたしたちは、無意識のうちに、

誰かと比べて、競争して、戦っているようです。

 

それは、育った環境の影響かもしれないし、

元々持っている資質かもしれません。

 

学校では成績を比べられ、

社会に出たら、仕事や活躍度合いを比べ、

子育て中は、子供の出来を比べられたり、

いつでも比べることが当たり前の世の中。

 

もうそれは止めませんか?

 

張り合って、比べて、そこに残るのは、

勝ったことへの優越感か

負けたことへの劣等感。

 

人を見下すか、自分を見下すか、

どちらにしても、見下しているなら、

それは相手も自分も大いに傷つけます。

 

比べるのではなくて、

お互いを称え合えればいいな。

 

一人一人顔が違うように、

人生でやることが違うのも、当たり前。

 

同じ物差しで比べること自体、

無理なこと。無謀なこと。
そして、無駄なこと。

 

人と比べて生きるのではなくて、

自分の生き方を受け入れられたら、

比べることから生まれる煩悩から解放されます。

 

自分を受け入れて、

お互いを認め合っていけますように。

 

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神様の愛と光がたっぷり注がれますように。
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