盛夏
京都では、
祇園祭の山鉾巡行が終わると同時に梅雨が明けるというのが暦なのだが、
昨今では「先の祭」と「後の祭り」という、
「一粒で二度美味しい」というようなことになっているから、
ここら辺りの暦の実感が曖昧になってきている。
つまりは、
梅雨の終わりの最も蒸し暑い時期というのは、
食中毒も多発しただろうし、
そういったことが「御霊」のもたらす災いと見て、
京都の都の結界を再構築するという山鉾巡行によって厄災を打ち祓い、
梅雨明けをもたらすという、
そういうストーリィになっていると見れば、
ちょうどこの日に山鉾が巡行されるというのも辻褄が合っていると言える。
宵宵山や宵山を見に出掛けるというのも、
熱気と湿気でくたくたになってしまうから、
昔々に一度行ってすっかり懲りてしまったことなのだが、
年々暑さが嵩じてくるから、
もう見に行く機会はないかも知れない。
京都の冬の寒さも半端ないものなのだが、
冬の寒さは何とか凌げる方法もある、
しかしながら、京都の夏の過ごし難さはどうにも免れようがないから、
家を建てる時は夏の暑さをどう凌ぐかを先ず第一に考慮すべし、という、
そういう「教訓」が国文を繙くと出てくる。
確かに、風が爽やかに吹き抜ける建て方がされた京町家も少なくはないのだが、
今みたいに、家屋の密閉度を高めてエアコン頼みの生活をしているようだと、
京都盆地を吹き渡る夏風の心地良さというもの実感されなくなっていく。
エアコンで空調されたビルの窓から見る山鉾巡行というのは、
深い「文化行事」ではなくて、単なる「イベント観覧」でしかないだろう。