「花燃ゆ」:1/4 | 京都暮らしの日々雑感

「花燃ゆ」:1/4

大河ドラマではいわゆる「幕末もの」は流行らないと言われてきたのだが、

私に言わせれば、「龍馬伝」で打ち止めで、

これ以上のテレビドラマは望むべくも無いと思っていたのだった。


最近の大河では、

お江さんが完全にぶち壊して見せて、

八重さんが、後半では単純に「着せ替え人形」と化してコスプレ劇になってしまったし、

女性が主役というと、一年を持たせるのに四苦八苦といった惨状を呈していたのだった。


今回は、意表を衝いて、松蔭の妹を主人公に採り上げるという訳なのだが、

これも、人間関係の仲介役という蔭の役回りらしく、

「軍師官兵衛」のコンセプトを更に繰り返してみせるという感がするから、

一度失敗したことの反省が、

「力の入れ方が足りなかったからだ」とばかりに、

もう一度、いっそう力を込めてやってみて、やはり失敗を繰り返してしまったと、

そういうバカバカしいことにならないか?と、危惧してはいる。


女性目線で歴史を再構築するというのは悪いアイデアではないのだが、

女性目線からは、歴史の水面上に立ち上る「狂」が理解できそうもない。


ただ、第一回を見て、

今までなら、最初の数回は子役がチマチマとエピソードを連ねるところを、

今回はまだ正視に耐えられる。


イケメンを並べてなんとする?という前評判だったのだが、

伊勢谷さんの松蔭は適役だろうと期待している。

そもそも、この役者さん自身の目線に「狂」が含まれているような印象で、

そうでなければ、歴史の歯車を突き動かすような役割は果たせないだろうと思うからである。


初回から正面切っての学問論が熱く語られ、

それはつまり、

私塾としての松下村塾の存在の必然性と歴史的な役割が予告されるということなのだが、

こういう脚本の建て方は最も望ましいのである。


メインテーマの曲が合唱曲になっているのがいい。

オラトリオ、ということなのかしら。