自分をあきらめるにはまだ早い 手塚真輝 著

「自分をあきらめるにはまだ早い」


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ISBN-10: 4887596804

ISBN-13: 978-4887596801


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2009-11-21 16:22:36

脅迫。

テーマ:ブログ

初めてその人に会ったのは、午後の夕暮れに差し掛かるちょっとの前の寂しい時間だった。


僕は玄関から少し離れたところでミニカーで遊んでいた。

少しだけ玄関のドアが開いて、家の中はもう充分暗くなっているであろう装いをまとったその人が僕の名前を手招きしながら呼んだ。


僕は元気良く玄関に走って行った。


その人は試合後のサッカー選手のように頭にタオルを被せて、真剣な顔で僕を見つめていた。


黙って僕を見つめ、そして少し周りを確認して


スーッとタオルを右手で引いた。


恐ろしい真剣な顔にピッタリの、夕暮れ前の陽の光を反射させた真っ黒なパンチパーマがそこにはあった。


僕は怖かった。恐ろしかった。


初めての恐怖という感情だった。


言葉が出なかった。



「誰にも言っちゃ駄目だからね」



そう言ってその人はまたタオルを被って、暗い部屋の中に入って行った。


閉じられたドアの前で僕は佇んだ。本当に佇んだ。


すぐにドアを開くことが出来なかった。そして途方に暮れた・・・・・






本当の出会いはもっと前にあるのだけれど、僕の記憶の中で、その人との出会いはその時だった。


既に3年くらいは一緒に住んでいて、いや厳密にはその前からその人の中に僕は住んでいて、これからもずっと一緒に住んでいくその人からの、脅迫。

知り合いなんて家族しかいない僕へのそんな脅迫。


最も古い僕の記憶は、母からの脅迫だった。


つづく







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2009-11-13 20:17:50

時間について考える時間で、時間が経って、時間に踊らされる。

テーマ:ブログ

結論が出ている訳でもないし、自分が何を言いたいかも、何を求めてこんなことを考えているのかもわからず、でも自分の中で大きく考え方生き方が変わるんじゃないかと思って漠然と考えている。


「時間」について。


先日4億円も3年間に稼いでいることがわかった茂木さんが書いた本「あなたでもわかる相対性理論」を読んだ。(余談だか茂木さんは最近の仕事の多さに疲れ、文化人というか自分のような仕事をするひとはこんなに儲かるんだよと世間に教えるためにわざと脱税で捕まり一旦仕事を休もうと思ったからであると信じている)


相対性理論については全くわからなかった。僕らが日々振り回される時間というものは相対的であって、それ自体の存在自体は益々意味がわからなくなった。


時間と言うものは単純にそれだけで存在することはない。


退屈な時間。楽しい時間。嬉しい時間。


~な時間。というそれだけでは存在しない存在の「時間」。


同じ空間で僕と誰かが過ごしても、それはお互いにとって同じ時間ではなくて、100時間に感じるくらいであったり、1時間にも感じなかったり。でも第三者からその2人を見れば同じ時間で。


昨日小宮一慶さんの時間力についての講演に行って来た。


時間をコントロールすることが人生の質上げに繋がるということで、そのために24時間の使い方、1週間という区切った単位での使い方、そして考え方。習慣化を取り得れることによって前向きな時間を増やし質の高い時間を増やそうということだ。

とてももっともで、自分が不毛に過ごす時間の多さに情けなさを感じてしまった。


皆に共通で皆に平等で誰のものでもない時間。社会の中で生きる我々にとって意識する時間を、仮に社会時間と名づけよう。



タイムイズマネー。誰にでも平等に与えられているものが時間だ。


時間を大切にしなければいけないという漠然とした教えが刷り込まれ過ぎていて、時間という奴に一喜一憂させられ過ぎているのが当たり前になっていて。


社会の中で生きるうえで時間という誰にでも共通の単位をうまく使えば、社会の中でより有意義に生きられるということは勿論わかっている。


しかし僕という個体が存在してから当たり前に、ずっとくっついているこの「時間」という存在は一体どれだけ相対的に考えなければいけないのだろう。


同じ時間でも100歳まで生きる人と50歳まで生きる人では同じ1時間では絶対ない。


社会の中で利益を出して可能性を増やしていこうと思って存在している会社。そしてその中で生きる僕は社会時間という共通の中でどれだけ良いパフォーマンスをするかはとても重要なことだ。


しかし僕という唯一無二の個体において、生まれてから死ぬまでという、僕時間だけを考え、そして社会時間と言う枠を外して考えると、


時間とは全く持って価値を見出せないものになる。


もし仮に明日地球が滅亡するなら・・・とかの話って実はこの初めて社会時間ではなくて僕時間について考える時間であるのかもしれない。


社会時間と僕時間をどれだけシンクロさせることが出来るかが、人生の充実度なのか。


そんな充実度とか満足度とかの話ではない。


このあまりにも僕の日々を、僕の感情を左右させる。時間って野郎は一体何なんだ。



僕時間に単位なんて持ってはいけないのではないか。


僕の生きる尺度に時間の単位を考えないほうがいいのではないか。


僕にとって大事なことは他人との相対的な時間の濃密度なんて考えないことが本当の生き方なのでは。




ただ社会の中で社会時間の単位で99パーセント生きている僕が、こんなことを考えることがかなりの不毛地帯であって、そして時間に踊らされているのであって、益々時間野郎にやられる訳で。


ここまで読んで、こんな僕のブログを読んでくれた人にも不毛地帯を与えてしまってごめんなさい。









2009-10-26 12:42:29

重い涙。

テーマ:ブログ

菊池 国内球団入りの希望表明 !


「野球に対する取り組みを語り継がれたい」

同級生も彼の取り組みが認められなかったら誰が認められるんだろうって言っていた。

結果ではなくて、取り組み。

甲子園で背中の痛みに耐えながら投げて、そして負けて泣きじゃくりながら、

「このメンバーとなら人生最後の野球になってもいいと思って投げた。。。」



意気込み。



メジャーではなく国内に決めた記者会見。

周りの大人が、新しく群がる大人が、才能を買ったという大人が、彼を翻弄する。



大人ってなんだ?


皆それぞれ自分の意見を言う。君はこうしたほうがいいと。

フラッシュを浴びて怒る郵政の西川元社長。
化粧が取れないように、うつむきながら涙を垂らしたノリピー。


18歳の少年が、自分が今どんな気持ちかなんて、もう整理できるわけないし、ぐちゃぐちゃなのは当然。

目から一筋の涙が頬をつたう。

黙って。

ただ一筋。


スーっと。

それに反応して更に響くフラッシュの音と光。



ニキビ顔の少年の頬をつたう一筋の涙。

感情が溢れたんだ。溢らしたんだ。



あんなに重い涙を見たのは久しぶりだ。



感情が溢れるような日々を僕らは過ごしているのだろうか?

溢れる日々を過ごしているのだろうか?


悔しい、嬉しい、悲しい・・・・・溢れるんだ。感情は。



尊敬の念と、自分の不甲斐無さを痛感した。


感情にリミットはない。

溢れるくらいの毎日を送りたい。

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