<ズールー戦争/野望の大陸(ZULU DAWN・米・1979)>★★★★


こんな映画見ました-ズールー戦争

バート・ランカスター、ピーター・オトゥール、ジョン・ミルズとなかなかの豪華メンバーを揃え、戦闘シーンも数千人ものエキストラを使ってアフリカで大規模に撮影されてなかなかの迫力でしたが、我が国では何故か劇場公開に至らなかったのは、背景が南アフリカの地域戦争という馴染みの無さのためかも知れません。

“ズールー戦争”とはWikipediaによれば『1879年に大英帝国と南アフリカのズールー王国との間で戦われた戦争である。この戦争は幾つかの血生臭い戦闘と、南アフリカにおける植民地支配の発端となったことで有名である。英植民地当局の思惑により、本国政府の意向から離れて開戦したものの、英国軍は緒戦のイサンドルワナの戦いで槍と盾が主兵装で火器をほとんど持たないズールー軍に大敗を喫して思わぬ苦戦を強いられた。その後、大英帝国各地から大規模な増援部隊が送り込まれ、ウルンディの戦いでは近代兵器を用いた英軍が王都ウルンディを陥落させ勝利した。ズールーの戦争の結果、ズールー国家の独立は失われた。』そうで、正に英国植民地主義の典型のような戦争だったようです。

>1879年、アフリカ南部のナタールに駐留している英軍のフレア卿(ジョン・ミルズ)とシェルムスフォード卿(ピーター・オトゥール)は、アフリカ情勢を熟知しているダンフォード大佐(バート・ランカスター)の進言も聞かず、手柄欲しさに独断で隣接するズールー王国のイサンドルワナに侵攻します。ズールーのセテワヨ王はこれに激しく抵抗し、近代兵器を備えた英軍に徹底抗戦を挑みます。当初は野蛮な原住民と侮っていた英軍は、槍と楯だけの装備ですが圧倒的人数を有するズールー軍に一気に押しまくられて総退却し、ダンフォード大佐は戦死します。

前半は、英国本土における上流社会のうわついた生活や、軍部上層部の植民地主義や人種偏見思想を交えてはいますが、1870年代の英国の様子が説明的に描かれていてやや退屈しました。しかし、英軍が一方的に国境の川の浅瀬を渡ってズールー国土に侵攻し、一方的に国王に武装解除を要求して平和主義者の国王を激怒させるあたりから俄然緊張感が高まり、依然として“原住民”と見下して弛んでいる英軍に、槍と楯だけで武装したズールー戦士が大地を覆い尽くすほどの大軍となって一気に襲いかかって銃火器を装備した英軍に襲いかかるシーンは、文字通りの人海作戦で十分見応えがありました。それにしても、日本でさえ1500年代から火縄銃にせよ鉄砲類は実践で使用されていたのに、1870年頃にズールー兵士は相変わらず槍と楯だけだったというのは驚きでした。

英軍の敗北で映画は終わりますが、字幕で英国議会では「近代軍を破るズールー人って何者なのだ?」というような議論がなされたと字幕が出ます。イギリス人が如何に優越感や人種偏見を抱いていたかが窺えました。その後、英国は改めて本腰を入れてズールー王国を侵略奪取しますが、改めて欧米植民地主義の悪辣さを感じます。それにしても、この映画はアメリカで製作されましたが、そのアメリカが20世紀になって、ヴェトナムにちょっかいを出して、侮っていた軽装備のヴェトコン・ゲリラに散々苦しめられて多数の犠牲者を出していることを見ると、アメリカも歴史を学んでいなかったと言えます。更に、日本だって1930年代、中国に侵略して侮っどっていた八路軍などの経装備の半日軍の激しい抵抗で頓挫し、結局、敗戦に至ったのですから、余り偉がることは出来ません。結局、欲望に目が眩むと目先のことしか見えなくなり、大局を見失ってしまう、ということは永遠の真実なのでしょう。

それにしても、スター・ヴァリューからも内容の充実さか見ても、何故この作品が日本で劇場公開されなかったのか不思議でした。