親子関係の問題は、夫婦関係の問題に帰着される | 家庭を子どものBASEに 佐伯和也公式ブログ

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「親子関係の問題は、夫婦関係の問題に帰着される」(=夫婦関係の問題が先立つ)

って考えています。

一人親の人は、自分のご機嫌度合、みたいに言い換えてもらえればいいです。



この話は言い換えれば、

「親は、親らしくしてる?」

って話です。



「親は、楽しくしていなければならない」

「親は、笑顔でいなければならない」

みたいな話ではありません。



笑ってたっていいし、怒っていたっていいし、ダラダラしてたっていいし、全然ダメでもいいし、良い親であってもいい。

何だっていいんです。

それが自分らしい、と思っていれば。







こういう話をした時に、時々いただく相談が

「夫婦で価値観が違います」

っていうの。

「私は、子どもを自由にさせたいけれど、夫は子どもに厳しすぎる」

みたいな。



「親子関係の問題は、夫婦関係の問題に帰着される」

って、何が問題なのか?って話です。



「夫婦で価値観が違うこと」

が問題・・・じゃないですよ。



夫婦で価値観が違うのは当たり前です。

価値観が違えば、教育観や、家族観も変わります。



「夫婦で価値観を合わせようとすること」

っていうのは、それはすなわち、

「パートナーの価値観の否定」

に繋がる可能性があるんです。



お互いの価値観が元々似通っていて、夫婦で価値観を合わせやすい夫婦もいます。

でも、お互いの価値観が正反対な夫婦もいます。



「親子関係の問題は、夫婦関係の問題に帰着される」

って、何が問題かって、

「親が、親らしくいられていない」

っていうことです。

 


夫婦で価値観を合わせようとして、パートナーの価値観を否定すれば、

・自分が我慢して、相手に合わせる ⇒ 自分が自分らしくなくなる

・相手が我慢して、自分に合わせる ⇒ 相手が自分らしくなくなる

・価値観が合わさらず、平行線 ⇒ 二人とも自分らしくなくなる

っていうことが起こるわけ。



これは、「親が、自分らしくない」っていうこと。

主語は、『親』なので、自分だけの話じゃないです。

自分と、パートナーをひっくるめての話です。







じゃあ、どうすればいいの?!って。

その答えは、

「価値観を合わせようとせず、自分も相手も認める」

っていうことです。



自分が子どもを自由にさせてて、相手が子どもに厳しくしていたとしても、それを非難しないし、変えようともしない。

「そうなんだ」

って認めてもいいし、

「どうして厳しくしようと思ったの?」

って興味を持ってもいい。



自分が自分らしくいられて、相手も自分らしくいられる。

家庭が、子どもにとって安全基地になるためには、家庭が親にとって安全基地になっている必要があります。

妻がいつも夫を責めたててる・・・そんな家に誰が帰りたいと思うでしょうか。

夫はいつも妻を責めたててる・・・そんな家で誰が安心感を感じられるでしょうか。



夫婦がお互いを否定し、批判し合う心は、子どもにも確実に伝わります。

子どもに夫婦の否定し合う気持ちが伝わった時、子どもの心は不安定になります。

子どもの心が不安定になった時、子どもは夫婦の仲を取り持とうと、自分を犠牲にすることがあります。



子どもが問題行動を起こしたり、病気になったり。

問題行動や病気を起こせば、夫婦の注目はお互いから、子どもである自分自身へ移ります。

そして、子どもに注目している間は、夫婦の意識は、

「子どもを助けなきゃ!」

で一致しているから、夫婦で協力し合える。

その間だけ、子どもの状態は良くなる。



でも、子どもの状態が良くなると、また夫婦仲が険悪になる。

そしたら、また子どもは注目を自分に集めるために、問題行動や、病気を起こしたりする。



もちろん、全ての問題行動や、病気が夫婦の注目を集めるためになされているわけじゃありません。

純粋に身体的な原因を持っていることもあります。

しかし、心因的な原因の場合は、夫婦仲を取り持つために、子どもが無意識に引き起こしている、っていうこともあるんです。

これはザックリと「ストレスによるものですね」って言われたりするんです。





「夫婦仲を良くする」

っていうのは、2人で常に笑い合っていろ、って話ではありません。

「お互いが自分らしくいられるように、お互いのことを認め合う」

っていうこと。



「妻は、こういう人間だよね」

とか、

「夫は、こういう人間だよね」

とか。



そして、

「それでOK」

って思えていること。
 
これがすなわち、
 
「夫婦にとって、家庭が安全基地になっている」
 
っていうこと。





例えば、「夫は、すぐに忘れ物をする」っていうのがあった場合、

「だから、ダメ、何とかしなきゃ」

じゃなくて、

「だから、私がフォローするの」

「それでも、特に困ったことはないからいいの」

みたいな感じで、夫本人を何とかしようとはしない、っていうこと。



そうやって、相手のことを認めていると、気付くことがあるんです。

「忘れているのって、どうでもいいものばかり。本当に大事なものは忘れていない」

とかね。

「何でもかんでも大切にしようとするんじゃなくて、本当に大切なものを大切にしているんだ」

とかね。





「夫婦の価値観が違う」

っていう時に、

「だから、相手を変えなければいけない」

ってやっているということは、

「自分は正義」

「自分は正しい」

って思っているわけ。



それと同時に、

「相手からは何も学ぶことはない」

「相手は何だか低俗な感じ」

と自分を上にして、相手を下にする思想も潜んでいるわけ。



相手を下に見ている時って、イライラするんです。

これを僕は、『頭で怒る』って言い方をしています。

型にはめようとしているだけ。



「相手からは何も学ぶことはない」

「相手は何だか低俗な感じ」

っていう時に、もう一つ同時に起こっていることがあって、

「自分の成長を拒否している」

っていうことも起こります。



家庭の外では成長しているのかもしれません。

しかし、家庭の中では成長を拒否している。

だから、夫婦のことで悩み続けるし、親子のことで悩み続ける。



そして、家庭のことは、家庭の中で気付くしかありません。

僕や、他のなんか偉い人なんかが、

「これがいいよ!」

って言ったとして、その言葉の意味を理解するだけじゃダメなんです。



その言葉を家庭に持って帰って、照らし合わせて、

「そうか!自分の家庭の中では、こういうことが起こっていたんだ!」

っていうことに気付いて初めて、家庭の中での成長が起こります。



しかし、相手を否定している間は、家庭の中での自己成長は起こりづらくなっています。



なぜならば。



価値観の違う相手は、自分が学ぶことがある相手だ、っていうこと。

逆に言えば、価値感の合う相手からは、特に学ぶことはありません。

一緒にいて居心地はいいけれどね。





「夫婦仲を良くする」

っていうのは、

「相手の価値観を認めること」

であり、

「自分の価値観も認めること」

です。




相手の価値観のズレにイラッとする時は、

「私と、あの人は、合わない」

って思うは、当たり前の話です。



その時に、相手に合わせる必要なんて、全く無いし、相手を合わさせる必要もありません。

あるのは、

「どういう理由で、そういう発言をするんだろう?」

「どういう人生を歩んできたから、そういう発想をするんだろう?」

「どうして、そういうことができるんだろう?」

「そうやることで、何がいいのかな?」

って、自分が理解できていない部分を理解しようとすること、です。



価値観が違う場合は、合わせる合わせないじゃなくて、そこには学ぶことがある、っていうことです。

そんだけです。

あとは、学ぶのか、否定し続けて、学ばないのか、です。

もちろん、学んだからって、それがすなわち、自分を変えることを意味しません。
 
学んだ上で、自分は自分のままでもいいんです。

変わりたかったら、変わればいい。
 
変わる必要性を感じていなければ、変わる必要はありません。







「夫婦で価値観がズレていれば、子どもが迷いませんか?」

っていう疑問もあるかと思います。



子どもには、迷わせてあげてください。

それがすなわち、

『考える』

っていうことです。



そして、迷った末に、夫婦どちらの価値観を採用するかは、子どもの自由です。

親としての良さをジャッジするのは、子ども自身です。

子ども自身を認めてみると、その子が求める親像も見えてくると思います。



むしろ、夫婦で価値観がズレていれば、子どもは2人分の価値観を一度に学ぶことができます。

価値観に良い悪いはなくて、

「子どもは、そっちを選んだ」

っていうだけの話です。



子どもに選ばれたからって、偉ぶる必要は無いし、子どもに選ばれないからって、子どもに選ばれるために、自分の価値観を書き換える必要もありません。

「この考えは、たしかに間違っていた」

って気付いたなら変えたらいいし、

「いや、自分は自分だから、これでいい」

って思うなら変えなくてもいい。

自分もひっくるめた家族全体の利益を考えて、選択していけばいいかな、って思います。








★まとめ★

「親子関係の問題は、夫婦関係の問題に帰着される」

っていうのは、

「相手のこと、認めてる?

認めてなかったら、子どものことも認められていないだろうし、夫婦関係からこじれているんだよ」

っていう話。



つまり、お互いの価値観の違いに気付いて、

「自分は、自分のままでいい」

「相手は、相手のままでいい」

って思えているかどうか、っていうこと。



決して、

「夫婦で価値観を合わせましょう」

って話ではありません。



自分の価値観を正義として、相手を断罪したいわけじゃありません。

また、相手の価値観を正義として、自分を否定したいわけじゃありません。

むしろ、そういうことをするから、夫婦関係がこじれて、そのこじれが親子関係にも伝播しているんです。



で、夫婦の価値観の違いに気付いて、認められたら、あとは、どちらの価値観を選ぶのかは、子どもの自由です。

子どもにも、夫婦どちらかの価値観を押し付けたりはしない方がいい。

子どもは、何も言わんでも、それぞれの価値観のいいとこどりをしていきます。



「自分の価値観が間違ってた!」

って自分で納得した時に、自分の価値観を変えていけばいい。





今日の話は、

「家庭が子どもにとって安全基地である前に、夫婦にとって、安全基地になっていますか?」

っていう問い掛けです。
 
 
 
 

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サポート

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