子どもはみんな天才だ!佐伯和也 公式ブログ

子どもが学校に行きたくない、行く理由が見つからないということが増えてきました。その時に、親はどうすればいいのか、子どもにはどう接してあげるといいのか。子どもに家庭教師兼メンタルコーチとして活動しています。

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子どもが不登校になった時に、

 

 

・子どもの将来を案ずる

 

・子どもの不登校を問題視すること

 

・子どもをかわいそうだと思うこと

 

・子どもを支援しなきゃと思うこと

 

 

と思っちゃうかもしれません。

 

 

 

そもそも『不登校』って、何だと思いますか?

 

 

 

答えは、簡単。

 

 

 

「子どもが学校へ行かない選択をしたこと」

 

 

 

です。

 

それ以上でも、それ以下でもありません。

 

 

 

不登校とは、

 

「子どもの身に起こった問題」

 

でもなければ、

 

「学校に行けなくて子どもがかわいそう」

 

でもなければ、

 

「学校に行けないことで未来が厳しくなること」

 

でもなければ、

 

「学校に行けないから特別な支援が必要になること」

 

でもありません。

 

 

 

不登校とは、

 

「子どもが学校へ行かない選択をしたこと」

 

に過ぎません。

 

 

 

そこにネガティブな意味付けをするのか、ポジティブな意味付けをするのかは、また別問題です。

 

子どもが学校に行けないからかわいそうなのではなくて、親にかわいそうだと思われているから、かわいそうな子どもになるんです。

 

分かるでしょうか。

 

不登校についてどんな意味付けをするのかは、親ではありません。

 

不登校は親の体験ではなく、子どもの体験です。

 

だから、不登校について意味付けをするのは、子ども自身です。

 

 

 

親が子どもに対してする意味付けは、とても強力な影響力を持ちます。

 

親が子どもの才能を信じれば、子どもは才能を伸ばします。

 

親が子どもの将来を心配すれば、子どもの将来は閉ざされていきます。

 

あくまでも、それはイメージの話に過ぎませんが、親の持つ力を親自身が侮っていると、自分が子どもに仕掛けたトラップ(負の意味付け)に気付かないこともあります。

 

『不登校』は、特にそのトラップに引っかかりやすい出来事です。

 

 

 

何度も繰り返しますが、不登校とは、子どもが学校に行かない選択をしたに過ぎません。

 

 

 

「不登校"だから"問題がある」

 

「不登校"だから"支援が必要」

 

「不登校"だから"かわいそう」

 

「不登校"だから"辛いに違いない」

 

 

 

なんていうのは、親が勝手に意味付けすることではありません。

 

支援が必要なことと、不登校なんて、本来関係がありません。

 

「不登校"だから"支援が必要」

 

って考えているのは、

 

「学校に行かない子どもは非国民だ」

 

とか、

 

「学校に行けない子どもは劣っている」

 

とか、

 

「学校に行かない子どもは生きていけない」

 

って信じている大人たちです。

 

 

 

もっと分かりやすく言えば、こう信じている大人にとって、大切なことは、『学校』であって、『子ども』ではありません。

 

その大人たちにとって、重要度は確実に

 

『学校』 > 『子ども』

 

っていうことです。

 

合わせて、

 

『成績』 > 『子ども』

 

『学歴』 > 『子ども』

 

です。

 

子どものことなんて、見ちゃいない。

 

 

 

「いやいや、子どものこと、ちゃんと見てるし!」

 

 

 

って思ったら、普段の子どもがどんな表情でいることが多いか、観察してごらんなさい、って思うんです。

 

そうしたら、僕らが目指している『子どもの幸せ』の意味は少しは分かるかもしれません。

 

 

 

学校に行くから幸せになるんじゃない。

 

勉強ができたから幸せになるんじゃない。

 

いい学校、いい会社に入れたから幸せになるんじゃない。

 

 

 

子どもが幸せになるのは、未来じゃないんです。

 

 

 

子どもが幸せになるのは、今です。

 

 

 

子どもが「学校に行かない」という選択をしたということは、その方が子ども自身の幸せに近い、ということです。

 

 

 

ここ、見逃しちゃいけないところです。

 

そういう子どもたちにとって、僕ら大人の支援が必要なのかどうかは、子ども自身が決めることで、大人が決めることじゃないです。

 

大人が子どもに支援が必要かどうか決めたとしたら、本人が求めていない支援をしてしまうことだってあります。

 

それはありがた迷惑なだけであって、子どもの進歩を妨げる関わり方にしかなりません。

 

本人が問題を感じていないのに、解決策を提示されても鬱陶しいだけ。

 

 

 

 

 

じゃあ、子どもが学校に行かないことを選択したら、何をどう考えたらいいのか。

 

コーチングの基本で、否定形で述べられていることは、まず肯定形に直します。

 

「子どもが学校に行かない」

 

⇒「子どもは学校に行かない代わりに、何をしたいのか?」

 

です。

 

 

 

例えば、

 

「ピーマンが嫌い」

 

「人参が嫌い」

 

「にんにくが嫌い」

 

「きゅうりが嫌い」

 

「魚が嫌い」

 

って言われたら、

 

「じゃあ、何が好きなの?」

 

ってやるのと一緒です。

 

 

 

「学校に行きたくない」

 

って言われたら、

 

「どうして?」

 

って聞いてもいいけど、そのあとでもいいから、ぜひ

 

「じゃあ、何をしたい?」

 

って聞いてあげてください。

 

 

 

「しばらく心と体を休めたい」

 

って言うかもしれないし、

 

「遊びたい」

 

って言うかもしれないし、

 

「友達と一緒にいたい」

 

って言うかもしれないし、

 

「お母さんと一緒にいたい」

 

って言うかもしれません。

 

 

 

「学校に行きたくない」

 

って言われたら、僕らが問うべきは、その理由や原因ではなくて、

 

「子どもの意識はどこに向いているのか?」

 

です。

 

学校に行きたくない以上、学校以外のところに向いているのは確実だと思います。

 

どこに向いているのかが述べられていないから、それを子どもから聞きます。

 

そして、その向いている方向が叶えられるのであれば、叶えてあげます。

 

 

 

 

 

学校って、僕ら大人は絶対視してしまいがちですが、学校に行ってなくても子どもは死にはしませんし、未来の不幸が約束されるわけではありません。

 

未来の不幸約束されるのではなくて、親や周りの大人が未来の不幸約束させることができるだけです。

 

そこは勘違いしちゃいけないところです。

 

「あなたはなんで学校に行けないの!?」

 

みたいにやっていると、子どもの未来を不幸と契約させようとしている流れです。

 

 

 

「学校に行きたくない」

 

って言われたら、

 

「そっか。いいんじゃない?

 

何かやりたいことあるの?」

 

って聞いてあげてください。

 

 

 

「学校に行きたくない」

 

って言われて、

 

「なんで?」

 

って問いたい場合は、普段から

 

「どうして、学校に行っているの?」

 

って問うていてください。

 

 

 

学校に行っている時は、行っているのが当たり前で、行かなくなった時だけ「なんで?」って問うのは、明らかに偏った思想が入り混じっている感じがするでしょう。

 

子どもたちにとって、学校に行くことは当たり前ではありません。

 

それを当たり前にしているのは、僕ら大人が勝手にやってることなんです。

 

 

 

学校に行くことを当たり前としていなかったら、いいことが一つあります。

 

それは、嫌だな、限界だな、って感じたら、サッとその環境から抜け出せることです。

 

 

 

時々ニュースで、長時間労働を苦に自殺することを報道していますよね。

 

その時に、

 

「そんなに嫌なら、会社辞めれば良かったのに!」

 

って思いますよね。

 

それと同じで、いじめや、学業不振などを苦に自殺した子どもたちの話を聞いた時も、

 

「そんなに嫌なら、学校に行かなければ良かったのに!」

 

って思いますよね。

 

 

 

でも、そうさせないのが『当たり前』という見えない強制力です。

 

人は基本的には、普通でいたい気持ちを持っています。

 

その気持ちは、僕らの想像以上に強力な束縛力を持っています。

 

 

 

なぜなら、集団生活からはみ出すことは、社会的な死(=孤独)を意味することがあります。

 

社会的な死を味わうくらいなら、物理的な死を選んだ方がマシ!と考えてしまうくらい、強烈な意味を持っています。

 

だから、

 

「そんなに嫌なら、辞めれば良かったのに!」

 

「そんなに嫌なら、行かなければ良かったのに!」

 

っていうのは、僕ら『当たり前』を振りかざす外野の発想なんです。

 

僕らが外野でいる限り、彼らの気持ちは永久に理解できません。

 

 

 

つまり、「学校に行くのが当たり前」と思っている限り、学校に行かない選択をした子どもの気持ちは永久に分かりません。

 

そして、「学校に行くのが当たり前」と思っている限り、『当たり前』の強烈な、不登校よりも自殺を選択させるほどの強力な強制力を無意識下に与えている可能性もあります。

 

 

 

そういう意味で、

 

「学校に行きたくない」

 

って言われたら、

 

「そうかそうか!よく言えたな!!偉いぞ!!」

 

「学校には行かなくてもOKやから、楽しくてわくわくすることやろうぜ!!」

 

くらい言ってあげたいんです。

 

 

 

僕らは、子どもを育てる立場の人間ではありますが、その前提で忘れてはいけないのが、

 

「子どもは生きている」

 

っていうこと。

 

『当たり前』や、『常識』を判断基準にしていると、そんな大切なことも忘れてしまいます。

 

だから、自分の命よりも、共同体を優先してしまう。

 

 

 

『不登校』とは、ただ子ども自身が、自らの意志で、学校に行かない選択をしたに過ぎません。

 

それをキッカケに「学校に行く」とはどういうことだったのか。

 

考えてみてもいいかもしれませんね。

 

学校に行かないからって、人生がダメになるなんてことはありませんから。

 

 

 

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面白かった~。

 

量子力学と引き寄せ、何が関係するの?

 

あ~~~~関係するよね、思考も感情も感覚も最小単位の粒々達が動いてるもんね♪

 

風が吹けば桶屋が儲かるのタイムラグを待てた時に、引き寄せた感覚があぁそうだったとなるのですね。 

 

それから、自分の行動が愛なのか恐怖なのかなんて紙一重だな~~~

 

私達は常に引き寄せて生きていて、それなら腹をくくり続けなきゃいけないのね。

 

*************************

 

 

引き寄せの法則って、実は引き寄せてるわけじゃないんです。

 

名前で勘違いしやすいんですけどね。

 

実際起こっていることは、

 

1.それを引き寄せるための正しい行動をして

 

2.引き寄せたい現象を作って

 

3.作った現象を見えるようにして、発見する

 

っていうことをやってます。

 

 

 

やることやったら、あとはもう果報は寝て待て、です。

 

「思考は現実化する」

 

を鵜呑みにして、考えているだけじゃ何も起こりません。

 

考えて、行動をしたから、何か起こるんです。

 

 

 

それと同時に、

 

「思考は現実化する」

 

じゃなくて、

 

「思考できてる時点で、既に存在してる」

 

ってことです。

 

 

 

考えられる以上、自分の中に概念として存在している。

 

ということは、既に身近なところに、そのまんまじゃないけど、その片鱗は既に存在してる。

 

それをキャッチして、前に進んでいくんです。

 

 

 

つまり、『引き寄せの法則』とは、「思い描いたものや事柄を遠くから自分の元へ引き寄せる」のではなく、「既に自分の身近で実現していることに気付く」ということなんです。

 

だから、やることやってるなら、果報は寝て待つのみ。

 

そしたら、ふとした瞬間に、

 

「ありゃ、けっこう叶ってたんじゃん」

 

っていうことが立て続けに起こってきます。

 

 

 

それは奇跡でもなんでもなくて、気付かないうちにそういう行動をしてただけなんです。

 

「こういうことが起こったらいいな~♪」

 

って思ってたら、誰かに話すだろうし、調べちゃうし、それにまつわる行動はしちゃう。

 

だから、特別がんばった感じはしなくても、叶っちゃう。

 

でも、それはしっかりとやることやってたんです。

 

 

 

よくFacebookやブログでも、

 

「ワクワク楽しいことだけやってたら、こんなに収入上がりました~♪あはは~♪」

 

みたいな一見すると、頭の中にお花が咲いてるんじゃないか、っていうことを書いている人がいますよね。

 

それは、僕らの知らないところで、やることやってんです。

 

 

 

「ワクワク楽しいことだけやってたら、収入上がるんだって~♪よ~し、楽しむぞ~!」

 

って書いてて成果が出てない人は、やることやってないんです。

 

 

 

行動してないなら、結果は出ない。

 

行動してたら、それなりの結果が出ます。

 

 

 

思考は設計書で、行動が工事です。

 

で、思考と行動には、移動時間や準備時間などのタイムラグが必ず存在します。

 

そして、事件が起こってから、自分が知るまでのタイムラグも存在します。

 

僕らが『待つ』のは、事の起こりを認知するまでの時間です。

 

 

やることやったんなら、あとは信じて待ってればいい。

 

結果が出なかったら、やり方を変えればいいだけ。

 

 

 

人の行動原理は、愛を与える行動か、恐怖を避ける行動の2つに大別できます。

 

前者なら愛を引き寄せるし、後者なら怖れていたことを引き寄せます。

 

だから、結果にいちいち一喜一憂してたら、どんどん状態はよろしくない方向へ転がっていきます。

 

まぁ、転がっていった先では、「ここまで落ちても大丈夫なんだ」っていう学習をするだけなんですけどね。

 

 

 

感想に書いてくれている最後の一文が、引き寄せの法則の神髄かもしれません。

 

私達は常に引き寄せて生きていて、それなら腹をくくり続けなきゃいけないのね。

 

っていうこと。

 

 

 

腹をくくれば、事態は動く。

 

腹をくくらなかったら、何も変わらない。

 

 

 

真相は、たったそれだけのことかもしれません。

 

 

 

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11/3(木)、のむあやさん(知ってる人は知ってる)に誘われて、花まる学習会の高濱正伸先生の講演会に参加しました。

 

花まる学習会は、「数理思考力を高める」というテーマを持った、もう20数年続いている子どもたちがめっちゃ楽しく勉強ができる塾だそうです。

 

僕が関心の高い「子どもが自分から勉強する」というテーマとも合うんですよね。

 

 

 

講演会の中であった一節が、

 

「子どもの苦手は親が作っている」

 

という話。

 

 

 

学校の先生や、ママ友なんかと話している時に、

 

「うちの子は図形問題が苦手なんですよ~」

 

「うちの子は漢字がてんでダメで~」

 

「うちなんて、英単語を一つも覚えないんですよ~」

 

って言っちゃう。

 

 

 

それで、何が起こるかと言うと、

 

「うちの子は図形問題が苦手なんですよ~」⇒図形問題が苦手になり、図形問題の点数が落ちる

 

「うちの子は漢字がてんでダメで~」⇒漢字が苦手になり、漢字ができなくなる

 

「うちなんて、英単語を一つも覚えないんですよ~」⇒英語が苦手になり、英語の点数が落ちる

 

っていうことが起こります。

 

 

 

この話って、たしかにそうだと僕も思うんですが、パッと聞いただけだと、「親がそう思っていても、子どもに聞かせなきゃいいんでしょ?」って思ったりしませんか。

 

でも、おもしろいことに、この話、子どもが聞いてるかどうかは、実は関係ありません。

 

親がそう思っているだけで、テレパシーのように子どもに伝わって、子どもの苦手意識が形成されます。

 

もしも、

 

「うちの子は全く勉強できなくて~」

 

なんて言っていたら、何の勉強もできなくなるわけです(笑)

 

 

 

有名な心理学の実験で、『ピグマリオン効果』という心理現象を検証したものがあります。

 

まず、2人の先生を用意します。

 

それぞれの先生が受け持つクラスの平均成績は大体同じくらい。

 

すなわち、指導力が同じくらいね。

 

子どもたちは、無作為に、成績の偏りが無いように選出し、それぞれの先生の元でクラスを作るようにします。

 

指導力が同じくらいの先生の元に、成績が同じくらいの子どもたちが集まったわけですね。

 

 

 

そして、それぞれの先生にこう伝えます。

 

A先生には、

 

「この子たちに心理テストをした結果、とても高いポテンシャルが認められました。

 

きっと成績が伸びていくと思うので、自信を持って指導してみてくださいね。」

 

って伝えます。

 

 

 

B先生には、

 

「この子たちに心理テストをした結果、学力が伸びづらい傾向にあり、さらに素行が悪くなるリスクも認められました。

 

このクラスを担当するのは大変でしょうが、がんばてくださいね。」

 

って伝えます。

 

 

 

それで1年後、2年後になると、A先生のクラス(才能あるよ、って言われたクラス)の生徒たちはみるみる成績が上がっていきます。

 

一方、B先生のクラス(才能ないよ、やばいよ、って言われたクラス)の生徒たちは成績が伸び悩みます。

 

 

 

これは何が起こっていたかと言えば、先生が生徒に期待をかけることで、対応が温かくなったり、信頼関係を築けたから、子どもたちもがんばれた。

 

逆に、先生が生徒に不安を抱けば、対応が冷たくなるし、子どもたちが先生を信用しなくなりい、がんばらなくなっていった。

 

 

 

A先生のような「この子たちは才能あるよ」って言われて、生徒がそのように育っていくのを心理学では『ピグマリオン効果』と言います。

 

B先生のようなクラスでは、なぜか『ゴーレム効果』っていう別名がついています。

 

同じ名前でいいじゃないか、って思うんですけどね。

 

 

 

すなわち、冒頭に書いた

 

「うちの子は図形問題が苦手なんですよ~」⇒図形問題が苦手になり、図形問題の点数が落ちる

 

「うちの子は漢字がてんでダメで~」⇒漢字が苦手になり、漢字ができなくなる

 

「うちなんて、英単語を一つも覚えないんですよ~」⇒英語が苦手になり、英語の点数が落ちる

 

という言葉が、子どもが聞いていなくても効果あるよ、っていうのは実験で検証されていました。

 

『ゴーレム効果』の方ですね。

 

立場が親であるか、先生であるかは、それほど関係がないと思われます。

 

 

 

実際、東大へ進んだコーチ仲間の東祐也くんが言ってました。

 

「そういえば、親から『図形が苦手だね』って言われてて、ほんとにできなくて、数学ですごく苦労した」

 

って。

 

 

 

 

 

でね。

 

 

 

 

ここからようやく本題です。

 

メルマガでちょくちょく僕の過去の栄光を書きます。

 

 

 

「小2の時、自分から公文式に行くことを親に志願した」

 

とか、

 

「中学時代、1日10時間以上ゲームしてたけど、中3で学年トップになった」

 

とか、

 

「高校時代、ネット・ゲームをしまくっていたけれど、高3から勉強を始めて、1年浪人したけど国立大学へ進学」

 

とか、って書きます。

 

 

 

親としては楽だと思います。

 

基本的には遊んでいるんですけど、いざという時には全力で勉強をしますから。

 

 

 

で、こういうのを書くと一定確率で存在するのが、

 

「それは、佐伯先生だからできたんでしょう?」

 

っていう人。

 

 

 

この発想ね、ほんっとーに、やめた方がいい。

 

 

 

この発想は、本当は何を言っているのか。

 

さっきのピグマリオン効果・ゴーレム効果の話で言えば、何が子どもに伝わっているか、分かりますか?

 

 

 

「それは、佐伯先生"だから"できたんでしょう?」

 

すなわち、

 

「それは、うちの子にはできませんよ」

 

ってことを言っています。

 

 

 

「それは、佐伯先生"だから"できたんでしょう?」

 

なんて言うから、

 

「それは、うちの子にはできませんよ」

 

なんて言うから、子どもがどんどん勉強できなくなっていくんです。

 

 

 

このからくりには、ほんとに早く気付いた方がいいです。

 

子どもを賢くしたいなら、ね。

 

 

 

僕が特別なんじゃないです。

 

僕を特別視すると、僕の体験からは何も学べなくなります。

 

それこそ、親の思考停止だ、って思います。

 

 

 

だってね、子どもを賢くしたいならば、実際に成績が上がった人の話を聞くべきでしょう?

 

同じように、子どもの成績が上がらない人の話を聞いて、

 

「うちの子も成績が上がらないのよ~」

 

なんて同調するのなんて、自分だけじゃない、っていう安心感を作りたいだけ。

 

子どもを犠牲にして、親の安心感を作るんです。

 

 

 

僕らが、子どもの学力を上げたい、って思うなら、上がってない人じゃなくて、実際に上げた人の話を聞いた方がいい。

 

僕らが、子どもに自分から勉強をしてほしい、って思うなら、勉強嫌いな子どもの話じゃなくて、実際に勉強大好きな子どもの話を聞いた方がいい。

 

 

 

「学力が上がっていない子どもの話を聞いて、その原因を取り除けばいいんじゃないの?」

 

って思うかもしれません。

 

ここも落とし穴にハマる可能性があります。

 

 

 

例えば、「うちの子は、ゲームしすぎで勉強を全くしないんです」っていう人の話を聞いたとします。

 

その話を聞いて、自分の子どものゲームを取り上げたとします。

 

ゲームを取り上げたら、勉強をするって思ったら、大間違いです。

 

ゲームを取り上げたら、子どもが無気力に近づき、生きがいを失っていくだけです。

 

 

 

子どもが大好きなゲームを取り上げたからって、大嫌いな勉強をすることはほぼ無いと思います。

 

いや、あるかも。

 

「親がうるさいから・・・」

 

っていう理由では勉強するかもしれません。

 

 

 

形だけは勉強するけれど、本人が勉強を楽しんでいない。

 

僕は、親の言うことを聞いて、親のやってほしいことをやっている子どものことを

 

『親の劣化コピー』

 

と呼んでいます。

 

親の言うことは、親自身が最も上手くできるはずなので、子どもが親を超える道は、そこにはありません。

 

行き止まり。

 

 

 

「ゲームを取り上げても、自分からは勉強しない」

 

っていうのは、実際に自分が子どもだった時や、子どもの気持ちになってみると、すぐに分かると思います。

 

ゲームを取り上げられたら、まず湧き起る感情は、

 

「勉強するぞー!」

 

というやる気ではなく、

 

「あのクソオヤジ、ゲームを取り上げやがった!」

 

「あのクソババア、ゲームどこにやってん!!」

 

です。

 

つまり、親への怒りであり、親への憎しみです。

 

それが大好きなものであれば、割とガチな怒りであり、憎しみです。

 

 

 

まだ、このように反発していればいいけれど、親に反発せずに服従しているなら、さっき書いた『親の劣化コピー』が始まっているわけですね。

 

 

 

 

 

僕が勉強好きだった一番の理由は、親の育て方、です。

 

もしかしたら、遺伝子とかなんやかんや関わってくるのかもしれませんが、一応、遺伝因子は55%くらいで、残り45%は環境因子で決まるようです。

 

つまり、半分くらいは親の育て方ですよ、って話。

 

 

 

『遊びの解放』

 

は子どもを勉強好きにする関わり方ではありません。

 

あくまでも、子どもの知的好奇心を復活させるための関わり方です。

 

 

 

子どもを勉強好きにするには、知的好奇心をどれだけ満足してきたか、がポイントになります。

 

もっと分かりやすく書けば、

 

・実際に勉強をしている時に、嫌悪感を感じる回数が少ない

 

・実際に勉強をしている時に、楽しさを感じる回数うが多い

 

っていう両方を満たしていくと、子どもはちょっとずつ勉強好きになっていきます。

 

 

 

例えば、親が子どもと一緒に勉強をして、

 

「へぇ!これって、こうなってるんだ!」

 

とか、

 

「あ、そうか!これって、こういうことか!!」

 

とか、

 

「なるほど!こうすれば解けるのか!」

 

とか、

 

「俺ってすごいでしょ!!」

 

とか。

 

そういうことを感じる回数を増やせれば、子どもの勉強好きは高まります。

 

 

 

他にも、子どもの「なんで?」を適当にあしらわないことも大切です。

 

「なんで空は青いの?」

 

って聞かれて、

 

「さぁ?なんでだろうね~」

 

ってやってると、そりゃ楽しさなんて感じませんよね。

 

 

 

楽しさは、「なんで?」の方じゃなくて、「あ、そうか!!」の方で感じます。

 

ということは、

 

「なんで空は青いの?」

 

の先に行かないと、学ぶ楽しさは感じません。

 

 

 

正しい答えをしてもいいです。

 

 

「空気って、何もないように見えるけど、実は小さいボールみたいなのがたくさん浮いてるの。

 

宇宙から地球に向かって光が放たれると、空気のボールに光が当たって、光が方向を変えたり、光の強さが変わったりするのね。

 

このボールに光が当たる現象を『散乱』って言って、この時に光の色も一緒に変わる。

 

で、光って元々白かったんだけど、色が変わって青くなる。

 

同じ理由で、夕暮れ時には、光が赤くなるように散乱するんだ。

 

ちなみに、この現象のことはレイリーさんが見つけたから『レイリー散乱』って言われているんだよ」

 

 

みたいな。

 

 

 

知ってたら答えてもいい。

 

知らなかったら、

 

「なんでだろうね~?

 

スマホで調べてみよっか。」

 

でいいです。

 

 

 

分かれば答える。

 

分からなければ、調べる。

 

一緒に調べてもいいし、親が調べたことを教えてもいいです。

 

 

 

子どもの「なんで?」をどれだけ大切にできたか、というのは、子どもが勉強好きになるかどうかの節目だと思います。

 

そういう意味で、僕がなんで勉強好きになったかと言えば、親に「なんで?」を解消してもらっていたから。

 

特に、父親は僕が「なんで?」って聞いていないことまで教えてくれました。

 

 

 

 

 

子どもが勉強を好きかどうかは、生まれもった形質ではなくて、生まれた後に身に付くものです。

 

子どもが勉強嫌いならば、そう育ててきたんだろうし、子どもが勉強好きでも、そう育ててきたんです。

 

知的なワクワク感を見過ごしてきたか、体験させてきたか、の違いと言ってもいいかもしれません。

 

 

 

こう考えていくと、

 

「佐伯先生だからできるんですよ」

 

は、どれだけ頓珍漢な発想なのか、って分かるでしょうか。

 

 

 

誰でも賢くなる可能性は秘めています。

 

それを活かすも殺すも親次第。先生次第。

 

 

 

 

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この間、教育経済学という分野の専門家、中室牧子さんの書いた「『学力』の経済学」という本を読みました。

 

「子どもは褒めて育てた方がいい」

 

「勉強するためにご褒美で釣るのは良くない」

 

など、巷でまことしやかにささやかれていることが、本当かどうか、実験を通じてちゃんと検証しました、っていう本ね。

 

内容はなかなかおもしろいので、読んでみるのもいいかもしれません。

 

 

 

でね。

 

 

 

データや、研究結果との付き合い方は、持っとかないといけないな、と思いました。

 

実験やそこから得られたデータは、有益な情報だし、それを元にして子どもに関われば、嬉しいことは起こるかもしれません。

 

でも、子どもをコントロールするため、子どもを説得するためにデータや研究結果を持ちださないようにしたい。

 

 

 

例えば、子どもが全く勉強をしないとします。

 

そこで、「高卒と大卒の生涯年収は、4000万円違う」から、「勉強しなさい」って言うとします。

 

「そうなんだぁ!じゃあ、勉強しよう!」

 

ってなることもあるかもしれません。

 

 

 

しかし、一つ見落としがちなことがあります。

 

それは、 「高卒と大卒の生涯年収は、4000万円違う」から、「勉強しなさい」って言っているのが、自分自身だ、っていうことです。

 

言葉は、誰が言うかによって、相手に与える影響は違います。

 

 

 

僕が「子どもをめいっぱい遊ばせると、そのうち自分から勉強する子になりますよ」って言ったら、納得感はある程度あると思います。

 

しかし、子ども自身がその言葉を言ったとしたら、納得感は多くの場合は下がりますよね。

 

同じ言葉を言っているし、その言葉が意味することも同じです。

 

話し手が変わると、その言葉の持っている意味は大きく変わるんです。

 

 

 

もしも、親子関係が微妙な関係で、子どもからしたら「親はゴチャゴチャ言うからめんどくさい」って思っていたとします。

 

その関係性で、 「高卒と大卒の生涯年収は、4000万円違う」っていうデータを持ち出したとしても、子どもからしたら

 

「あーぁ、また違う手口で、俺を勉強させようとしているのか」

 

ってくらいにしか思わないわけです。

 

むしろ、正論を持ちだしてしまったことで、子どもが勉強をするどころか、ますます親子の信頼関係を揺らがしてしまうことがあります。

 

 

 

 

 

この本の中に、「ゲームの時間は30分~1時間程度の子が成績が良い」っていう実験結果がありました。

 

また、この本ではありませんが、別の方から、脳科学的なアプローチで、ゲームに関するコメントも聞きました。

 

 

 

それはそれで間違ってはいないと思います。

 

ただし、そのデータや研究結果を持ちだしてコミュニケーションを取った場合、子どもとコミュニケーションが取れる関係性なのか?っていうことは念頭に入れておきたいんです。

 

僕もデータや研究結果は好きなので、いくつか頭に入っているものはあります。

 

データや研究結果は正論に用いられやすく、どうがんばっても理性的なコミュニケーションしか取れないんです。

 

でも、親子間の信頼関係は感情的なコミュニケーションに基づいています。

 

 

 

今までの親子間のコミュニケーションが微妙だったのに、さらにデータや研究結果を持ちだして正論で子どもを追い詰めると、もはや親の言うことは何一つ信じてくれない可能性も出てきます。

 

逆に言えば、親子間でお互いに気を許せて、お互いの言葉に耳を傾ける関係性が出来ているんなら、

 

「高卒と大卒の生涯年収は、4000万円違うんだって」

 

ってだけ言うと、

 

「マジで!?じゃあ、もっと勉強しなきゃ!」

 

ってなるかもしれないし、

 

「それでもいいよ。俺は俺なりに生きていく」

 

ってなるかもしれません。

 

 

 

親子の関係性が良いものであれば・・・すなわち、普段からお互いの話に耳を傾けていれば、子どもは子どもなりに、言葉を受け取って、感じたり、考えたりしてくれます。

 

しかし、親が一方的に命令口調や、上から目線で話していたり、逆に下手に下手に子どもの言いなりになるばかりであれば、データや研究結果を持ちだしても、子どもはその話をはぐらかしたり、避けたりするばかりだと思います。

 

 

 

データや、研究結果を否定しているわけではありません。

 

それはそれで有用なものですが、使いどころがありますよ、って話ね。

 

 

 

 

 

僕のメルマガ、データや研究結果はほとんど書いていません。

 

その理由は、先にも書いた通り、親子関係で最も大切なのは、データや研究結果じゃなくて、感情的な繋がりだから、です。

 

僕が最も関心があるのも、どうやったらみんなが親子で感情的な繋がりができるのか、です。

 

親子が感情的な繋がりが築けていれば、親子関係で悩む人は、もっともっと少ないんじゃないかな、って思うんです。

 

 

 

これもデータですけど、日本の子どもが自殺する二大理由は、学業不振と、親との不和です。

 

また、殺人事件の被害者と加害者の関係の過半数は、身内や親戚です。

 

 

 

命にかかわる事件は行き過ぎた事例ではありますし、彼らの間に何が起こっていたのかは僕には知る由もありません。

 

しかし、データだけ見るとギョッとします。

 

 

 

ここでね、僕がメルマガでこういうデータを使って、

 

「だから、親子関係を良くしましょう!」

 

って言ったところで、

 

「できるんだったら、とっくにやってるわ!」

 

って話になりそうな気もするんです。

 

 

 

このやり取りって、

 

「ゲームは30分~1時間が最適だっていうデータがあるから、ゲームは1時間までね」

 

って言って、

 

「うっせぇ!ボケ!」

 

って言われるのと同じことだと思うんですね。

 

(こっちが正論で攻めて、相手は聞く耳持たない、ってことね)

 

 

 

信頼関係が出来ていないのに、データを持ち出して、相手を説得しようとするコミュニケーションの取り方って、とっても不毛だなぁ、って思うんです。

 

で、僕は、せっかく心を扱う分野が発達してきて、アドラー心理学が流行り出してきたり、ドラマにも「自尊感情」などのワードが使われ始めたのだから、『信頼関係』という目に見えない抽象的な概念について、学びを深めて、しっかりと築いていきましょう、って思うんです。

 

 

 

僕らが『信頼関係』についての理解が浅いと、「親子なんだから、信頼関係は一番強いはず」って思っちゃうんです。

 

『信頼関係』って日々のコミュニケーションの積み重ねなので、

 

「ゲームは30分~1時間が最適だっていうデータがあるから、ゲームは1時間までね」

 

「うっせぇ!ボケ!」

 

みたいなことを繰り返していると、親子間であっても『信頼関係』は崩れていきます。

 

「親子だから」とかは、あんまり関係無いんです。

 

 

 

『信頼関係』を強めるのか、弱めるのかのジャッジが、コミュニケーションを取るごとに行われるとしたら、月に1度しか会わない知人よりも、毎日顔を合わせる家族の方が、『信頼関係』の増減は大きくなるはずです。

 

つまり、より好かれる、愛される関係も家族の方が実現しやすいし、より憎まれる、恨まれる関係も家族の方が実現しやすいわけです。

 

だから、親子間の『信頼関係』に意識を向けずに、データや研究結果を徒に持ち出して、正論で相手を攻めていったり、命令や禁止のコミュニケーションを取り続けていくと、親子間の方が簡単に『信頼関係』は崩れていきます。

 

逆を言えば、子どもの話を聞いたり、楽しい話題を選択したり、本気の想いを語ったり、一緒に出掛けたり、親子の間で自由意志を基本にしていたりすることで、親子間の場合は、簡単に『信頼関係』が築けます。

 

そういう意味で、親子関係っていうのは、最も脆い関係性でもあり、最も強い関係性でもあります。

 

 

 

で、『信頼関係』についての理解がある上でのデータや研究結果の活用は、非常にいいと思います。

 

それも相手を説得するために使うんじゃなくて、あくまでも「こういうデータがあるんだって!」みたいな話ね。

 

あと、データや研究結果を使うなら、正しく伝えることも大切です。

 

 

 

冒頭に紹介した「『学力』の経済学」の中に、

 

「テレビやゲームをやめさせたら、勉強時間が男子は1.86分増え、女子は2.7分増えた」

 

っていうデータが紹介されています。

 

どっちも約2分しか増えないんだから、無理矢理やめさせるのは、そんなに効果ないよ、って言っています。

 

 

 

これを

 

「テレビやゲームをやめさせたら、勉強時間が男子は18分増え、女子は27分増えた」

 

ってやるのは、データの改ざんに当てはまるわけです。

 

誤りは誤りですけど、データの性質上、正しさを追究しているんだから、伝え手としてもデータは正しく伝える必要があります。

 

データを使って話をしているのに、そもそもそのデータが間違っているなら、相手を騙そうとしている、とも取られかねません。

 

だから、データを持ちだす場合は、文献を明らかにしたり、数値や結果は正しく伝えましょう、っていうことは大切なことね。

 

 

 

 

 

 

僕は、子どもよりも、大人の方がデータに騙されたり、躍らされたりしやすいと思っています。

 

だから、データの扱いも下手に手を出さない方がいいんじゃないか、って思うし、テレビも子どもの心配するよりも、大人が見ない方がいい、って思っています。

 

 

 

大人こそ、考える力を身に付けないといけない、ってことです。

 

 

 

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こちらは、ブログに仙台講演の感想を書いてくださいました。

 

色々と書いてくださっていますが、

 

「ふと、勉強って楽しいと感じました。」

 

の一言が最高に嬉しいですね。

 

勉強好きな大人が増えれば、勉強好きな子どもが増えますよ。

 

家庭内に勉強好きが一人でもいれば、子どもは勉強に嫌悪感は示しづらくなります。

 

「でも、勉強するのって、あんまり好きじゃない・・・」

 

って人は、僕の講演会に来てみてください~!

 

こんなに楽しく学んでいる人がいるんだ、っていう発見ができます(笑)


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これまで

 

「ゲームを許してきた自分」

 

「ゲームをやめなさい!と怒鳴る自分」

 

がいて、どちらが良いのかわからず悩んでいた。

 

 

 

ゲームの話題についていけないとお友達との会話にも困ってしまう現在。

 

家にお友達が大集合してゲームをしている。

 

「ゲームばかりしないで外で遊んでおいで」

 

というと、皆で外でゲームをしている。

 

「ばかじゃないの!?」

 

と理解に苦しんでいたが、佐伯先生の話を聴き、

 

「ゲーム以上に楽しいことがない」

 

「外の世界に出た時に『やめなさい』と言われるから出たくない」

 

という感情が 芽生えることに気付き、まさにその通りだと思った。

 

 

 

「そこまで楽しいのだからしょうがないと割り切ってもいいのかな?」

 

という気持ちになった。

 

寝る前にゲームをしてしまうと「眠れない」ということが多いので、寝る前以外はOKにし、学校から帰ってきてすぐにゲームを始めても「OK」にすることにした。

 

宿題をする時間を時計をちらちら見て、気にしながらやっているようなので、この子は大丈夫だと思った。

 

あとは主人を説得する必要がある。これが一番の難題だ・・・。

 

***************************

 

 

今まで、親が子どもの行動を管理するのが当たり前の子育てが多かったと思います。

 

それで出てきたのが「自分のことを何も決められない子ども」でした。

 

「どうしたい?」

 

って聞いても、何も出てこない。

 

その子のオーラから「先生が決めたことに従います。だから、決めてほしい」っていうのが滲み出ている子に何人も出会ってきました。

 

子どものうちはいいんです。

 

でも、彼らが大人になった時、どうやって生きていくんだろう・・・と一抹の不安を覚えます。

 

 

 

なんで、自分のことを決められない子が出てくるのかっていうと、理由は簡単で、親が子どものことまで決めるから、なんです。

 

『決断』って勇気とエネルギーを消費するから、ある程度訓練がいるんです。

 

決めて、断つんだから、やりたいことを決めると同時に、やらないことも決めているんです。

 

そこを親が肩代わりしてしまうと、子どもは自分で何も決められなくなります。

 

だって、親が決めてくれるんですからね。

 

 

 

僕は、ゲームは好きなだけしたらいい、とは思っていますが、ゲームしていない子に対して、ゲームをした方がいい、とまでは思っていません。

 

自分でやりたいことは、自分の責任を持ってやりましょう、ってことを推奨しているだけなんです。

 

それと同時に、ゲームはやり切っても人間的にダメにはならない、とも思っています。

 

 

 

ゲームをやり込むと、生活リズムが崩れたり、感情が荒ぶったりすることがあります。

 

ゲーム批判をする時は、

 

「生活リズムが崩れないように、ゲームをさせない」

 

「ゲームをすると、感情が荒ぶるから、ゲームをさせない」

 

っていう論調が散見されます。

 

それは一理あります。

 

 

 

でも、本当に大切なことは、自分でゲームとどう付き合うのかを考え、自分の力で生活リズムを整えることであり、自分の理性で感情を何とかすることだと思うんですね。

 

「感情が荒ぶるからゲームをさせない」

 

ってやっていると、もしも、何かの拍子に感情が荒ぶった時に、子どもはどう対処すればいいんでしょう?

 

初めての体験だからきっと分からず、パニックになるでしょう。

 

 

 

「感情が荒ぶるからゲームをさせない」

 

っていう親の考えの裏には、

 

「感情が荒ぶった子どもを見るのが嫌」

 

っていう親の都合が見え隠れします。

 

だってね、子どもが感情が荒ぶったとしても、親に何か危害を加えてきたりしたわけじゃないでしょう。

 

うるさい時は、うるさい!って言えばいいし。

 

 

 

感情のコントロールは、理性で抑え込むんじゃなくて、何度もその感情を体験することで、その感情に身体を慣れさせる、っていうことです。

 

逃げずに向き合う、っていうことです。

 

ゲームだけじゃなくって、野球とか、学業とかでもそう。

 

敗北や、思い通りにならないことは、長い人生の中で何度も体験します。

 

悔しさや悲しさ、怒りと言ったネガティブな感情を何度も体験します。

 

 

 

その体験を何度も繰り返していると、敗北した時の悔しい気持ちに負けないようになっていきます。

 

ゲームの性質は、そういう感情体験をとてもお手軽に、しかも、繰り返しできる、っていうのが特徴です。

 

感情が荒ぶっている瞬間だけを切り取るから、

 

『ゲーム=悪』

 

って思うけれど、子どもがその感情を乗り越えるところまで、しっかりと見届けてあげてほしいんです。

 

 

 

子どもがゲームしていると、なぜか親は待てなくなってしまうのですが、ぜひとも経過観察をしてみてください。

 

実際、僕が関わってきた子も、元々は攻撃性があった子がいましたが、彼もすっかり攻撃性が少なくなり、本来の優しさが出てきました。

 

で、僕がやったことは、ひたすら彼と一緒にゲーム話をし、一緒にゲームをしたことです。

 

 

 

もっと言えば、子どもが攻撃性を持つ場合、攻撃性はゲームが子どもに与えたのではなくて、元々持っていた攻撃性が引き出されただけです。

 

で、どこから攻撃性が与えられたのか、っていうと、自分の行動を制限されたり、怒られたり、自分のことを否定されたりすることから、です。

 

子どもの日常で感じたストレスは、子どもの中で蓄積されます。

 

その蓄積されたストレスが、たまたまゲームという道具を使って発散されているだけなんです。

 

 

 

そういう意味では、親が子どものストレスを蓄積するのをやめましょう、っていうのが大切なんです。

 

子どもがゲームをやりたい場合、子どものゲームを制限することは、子どもの中に溜めたストレスにフタをしているようなものです。

 

だから、時間が経つと、子どもがストレスに耐えかねて、いわゆる問題行動や、不登校や、引きこもりなどになっていきます。

 

もちろん、この話は理由の一つの可能性に過ぎませんが、現代の家庭環境で決して少なくない事例じゃないか、って思っています。

 

親が子どものことを管理している家庭の方が多数派でしょうからね。

 

 

 

子どもに悩みがある時や、思い通りにならなくて困っている場合。

 

親自身が子どものことを押さえ付けていないか、チェックしてみてください。

 

そうすると、子どもの本心が少しずつ見えてきますのでヽ(^▽^)/

 

 

 

 

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僕の一つのライフワークにもなっている文章を書くこと。

 

特にメルマガは、ほぼ毎日書いています。

 

ほぼね、ほぼ。

 

 

 

 

メルマガは、やり始めた時も、今も、僕が書きたいことを、僕が書きたいように書いています。

 

読者目線なんて、ほとんどありません(笑)

 

メルマガで4000文字オーバーなんて、どんだけ読みにくいのよ、って思います(笑)

 

 

 

そう思うんですが、なんでかもうちょっとでメルマガの読者が1000人に達します。

 

なんでやねん!って思うんですけどね。

 

でも、なんやかんや言いながら、メルマガをやり始めて2年しか経ってないのに、もう1年以上も読み続けてくれている人も少なくありません。

 

もっと、短くて読みやすいメルマガやブログ、あるよ?笑

 

 

 

 

 

最も多くいただく声が

 

「大丈夫だ、って思えました」

 

 

っていうもの。

 

これは、本当によく言われる。

 

 

 

僕も、あなたは大丈夫だ、って思いながら書いてる。

 

だから、それがちゃんと伝わっているんだな、って思うと、すごく嬉しくなります。

 

メルマガ登録

 

今日は一応、メルマガの紹介、という体裁の記事です。

 

 

 

 

僕が書いているメルマガのタイトルは、『子どもが自分から勉強を始める親のコミュニケーション』っていうもの。

 

子どもに「勉強しなさい!」的なコミュニケーションを取っている人は、子どもが親に勉強をさせられているわけ。

 

結果を変えるためには、発想を変え、やり方を変えないといけない。

 

 

 

でも、それは決して、苦行だとか、がんばらないといけないとか、そういう類の方向へ変えていくんじゃない。

 

むしろ、今、苦しんでいることを手放し、自分を認めて解放してあげて、緩ませる方向へ持っていく。

 

だから、僕のメルマガで言っていることが理解できてくると、子育てにおける気持ちがずいぶんと楽になっていきます。

 

 

 

子育てに苦しんでいる親って、自分で子どもを縛りつけて、縛り付けていることを自分で責めてるだけ。

 

自縄自縛、っていう状態。

 

自縄自縛な状態が生じる原因は、僕らがそういう教育を受けてきたから。

 

 

 

厳しくしないといけない。

 

がんばらないといけない。

 

サボってはいけない。

 

1日中寝ててはいけない。

 

宿題も忘れてゲームをしてはいけない。

 

 

 

などなど・・・

 

「~しなくてはいけない」

 

をたくさん教えられてきたから、教えられた通りに実行する。

 

そうしないと、『ダメな親』だと思われそうだから。

 

 

 

でも、なぜか子どもを「~しなくてはいけない」で縛り付ければ縛り付けるほど、子どもは勉強しなくなってしまう。

 

だから、もっともっと力を込めて、長い時間、勉強するように、ちゃんとやるべきことをやるように言い続ける。

 

『ちゃんと』とか、『やるべきこと』の中身や、理由を見失いながらも。

 

さっきも書いたけど、その発端は自分自身が学んできたことが、縛り付けられることであり、縛り付けることだった、ということ。

 

つまり、自分で今の苦しい状況を引き起こしているだけ。

 

 

 

それでいつの間にか、口うるさく言わないと落ち着かないようになってしまって、

 

「こんなにきつく言わなくても良かったな」

 

なんて思いながら、また口うるさく言ったり手出ししてしまう。

 

 

 

自分で子どもを縛って。

 

縛られた子どもはモチベーションを失い。

 

その子どもを見た自分は苦しく思い、強く当たる。(ここだけを切り取ると、子育てにイライラしてる、になる)

 

強く当たれば、「本当はこんなことしたくないのに」と罪悪感が生まれる。

 

でも、「やっていることは全て子どものため」と言い聞かせて、また子どもに強く言う。

 

そして、子どもはさらにモチベーションを失う。

 

 

 

っていう無限ループを繰り返している、っていうのが子育ての苦しみの典型的なパターンだ、っていうのが分かってきました。

 

もちろん、ケースとして多いというだけで、全てのケースがこのパターンに当てはまるわけではありません。

 

 

 

で、このパターンを見てもらうと分かると思うんですが、「 その子どもを見た自分は苦しく思い、強く当たる。 」の部分がいわゆる『子育てイライラ』に当てはまります。

 

言い換えれば、イライラする前後には別の状態が続いているわけですね。

 

ということは、イライラだけにフォーカスを当てても、子育てが余計に苦しくなるわけで。

 

だから、僕の基本的な考え方は、子どもにイライラしてもOK!なんです。

 

 

 

なぜなら、僕らは感情を持った生き物なんだから、イライラが湧いてくるのは当然の話。

 

当たり前のことを抑え込んでも仕方のないこと。

 

怒りを抑えこむことよりも、その前後まで視野を広げて、自分がなんでイライラしてるのか。

 

イライラを使って何をしたいのか。

 

実際、イライラしてみて、自分が望む結果は得られたのか。

 

そういうことを冷静に考えてみる時間を持ってみましょう、ってことを言っています。

 

 

 

また、子育てにおいて、仲間の重要性も非常に感じていて、気付いたことを仲間に話すのもアリだと思っています。

 

仲間って、同じ想いを共有した友達、ってことね。

 

考え方の違う人と、無理に一緒にいて、仲良くする必要なんてありません。

 

考え方の違う人とは、そこはかとなく、愛想笑いでもしておけば十分(笑)

 

 

 

 

 

『子育ての苦しみは、自分が発端』

 

っていうのは、事実を正確に捉えたことではありません。

 

あくまでも現状への捉え方の一つです。

 

正しいことなわけではありません。

 

 

 

事実を上手く説明したわけではないのに、どうして僕が『子育ての苦しみは、自分が発端』って考えるのか。

 

その理由は、自分が発端なら、自分の意志で何とかできる、っていうことに繋がりますよね。

 

 

 

僕らは、他人を意図的にコントロールすることはできません。

 

だから、「このイライラの原因は、子どもにあるんだから、子どもが変わらないといけない」って考えると、自分のイライラを何とかするためには、子どもの変化を待たないといけなくなります。

 

子どもが変わらない間、ずっとイライラしていなければならなくなります。

 

 

 

それって結局、他人軸で生きていることに他なりません。

 

自分の人生なのに、他の誰かに生かされていることに繋がってくる。

 

 

 

僕の考え方のベースには、アドラー心理学があります。

 

アドラー心理学では、自分の人生は自分で決定できる、と考えます。

 

逆に言えば、現状も自分が決定してきたことだ、とも考えられます。

 

今やっていることは、自分が選んでやってきたことなんだから、その決定を覆せば、現状だって変えられるよ、というのがアドラーの教えなんです。

 

 

 

だから、イライラを何とかしたい場合は、

 

「私はイライラしてる」

 

っていうのと、

 

「私はイライラしたいから、イライラしているんだ」

 

っていうことを認めてしまうこと。

 

 

 

さっきも書いたように、

 

「子どもにイライラさせられている」

 

というのは他人軸での考えなので、自分自身ではどうしようもなくなってくる。

 

でも、自分が好きでイライラすることを選択していると認めてしまうと、自分で現状を変える糸口が見えてきます。

 

 

 

そうしたら、次に、

 

「どうして、イライラしたいんだろう?」

 

「イライラして、どうなれば良かった?」

 

「イライラして、望む結果は得られているかな?」

 

っていうことを考えられるようになります。

 

こういう自分への問い掛けのことを『自分とのコミュニケーション』とか、『内コミュ』とかって言っています。

 

その対義語に『他人とのコミュニケーション』とか、『外コミュ』っていう言葉もあります。

 

 

 

つまり、イライラしちゃう原因は、単に自分とのコミュニケーション不足だろう、っていう話です。

 

だから、自分とのコミュニケーションを取り始めると、少しずつ気付いていくことが増えていく。

 

で、自分だけで変えていくのが難しい場合は、誰かと一緒に考えてみたり、僕のメルマガを読んでくれたりするといいです。

 

 

 

 

 

僕らは、間違いなく変われます。

 

というか、1日1日、一度として同じ自分であった日はありません。

 

自分自身って、それほど流動的で、諸行無常なんです。

 

だから、

 

「自分を変えることができない」

 

という悩みの正体は、

 

「自分が変化していることに気付いていない」

 

ということ。

 

 

 

「自分は変わらない」

 

「自分を変えない」

 

という宣言をしたとしても、僕らは諸行無常という自然の摂理には抗えません。

 

なので、変わらない宣言は、

 

「変わっていっている自分に盲目でいよう」

 

という宣言に他ならないわけです。

 

 

 

僕は、メルマガを500通ほど出してきましたが、一度として同じ文章を書けたことはありません。

 

ずっと『子どもが自分から勉強を始める親のコミュニケーション』という同じタイトルであり、テーマなのに。

 

 

 

だから、今がどれだけ苦しくったって、必ず変わっていくことができるし、僕らの気付かないところで、実はちょっとずつ変化していっているんです。

 

あとは、その変化を敏感にキャッチしていくだけ。

 

僕のメルマガやブログは、そのヒントとなることを常々発信していっています。

 

 

 

このような長文を繰り広げながら(笑)

 

 

 

いつも長々とお付き合い、いつもありがとうございますm(_ _)mぺこり

 

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子育てに悩む人も、そうでない人も、きっと有益な情報があるはず。

 

たぶんね(笑)

 

 

 

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「量子論的引きよせの法則講座~間違っていたかも!私の引き寄せ…~」

10月21日佐伯和也さん講演会 量子論的引きよせの法則講座 ~間違っていたかも!私の引き寄せ~

 

山田和佳子さんが、僕をどうして仙台に呼んでくれたのか、書いてくれました。

私が佐伯和也さんを仙台にお呼びするワケ①

私が佐伯和也さんを仙台にお呼びするワケ②

私が佐伯和也さんを仙台にお呼びするワケ③

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子どもが自分から勉強を始めるには、どうしたらいいのか。

 

僕がほぼ毎日出しているメルマガのタイトルでもあります。

 

「子どもに勉強してほしい。」

 

それは、多くの親の願いでもあると思います。

 

僕も同意です。

 

 

 

でも、僕らは残念ながら、学校教育の過程において、いかに勉強をさせるのか、というやり方しか教わってきていません。

 

勉強をしたら褒められ、勉強をしなかったら叱られる。

 

そして、何とかして勉強をさせようと、あの手この手を尽くされる。

 

さらに、ひどい場合には、体罰や、親子関係が荒れることもあった。

 

 

 

自分の意志で勉強をしたい、学びたいと思えるような関わりをされてきた人は、むしろ少ないんじゃないかな、って思います。

 

自分がされてこなかった関わりは、自分でやるのは大変です。

 

どんな感情を使えばいいか分からないし、どんな感覚を再現すればいいのか分からないから、です。

 

道具も分からなければ、ゴールも分からないんです。

 

だから、感情、感覚が伴わない行動だけ何とか変えようとしちゃう。

 

 

 

当たり前ですが、それじゃあ変わりません。

 

勉強をしようと思ってしたんじゃなくて、親に怒られるのが嫌だから勉強した、っていうモチベーションになります。

 

それじゃあ、勉強した内容は頭に入らないし、勉強嫌いになっていくだけ。

 

 

 

子どもが自分から勉強を始めるためのモチベーションは、知的好奇心を満たすことです。

 

 

 

「目指しているゴールがある場合も、自分から勉強するのでは?」

 

って思いましたけど、たしかにするかもしれません。

 

けれど、勉強が嫌いな状態で、勉強が必要なゴールはおそらく設定しない。

 

だから、ある程度、勉強が楽しかったり、勉強が嫌いでなかったりすることが前提にあるんじゃないか、と思っています。

 

 

 

子どもの知的好奇心を満たすために、大切なことは2つです。

 

1.遊びの解放

 

2.子どもの関心に関心を持つ

 

です。

 

この2つをやらずに、「勉強しなさい!」だけ言っている場合は、勉強嫌いまっしぐらです。

 

 

 

◆『遊びの解放』

 

『遊びの解放』は、言い換えれば、子どもの好奇心に従ってやりたいことを親が制限しない、っていうことです。

 

子どもが自分の意志に従って、遊んでいくので、自然と知的好奇心を刺激する場面は頻繁に表れます。

 

知識が必要な場面とか、練習が必要な場面とか、何度も出てきます。

 

その過程で、学ぶことや、練習することが、子ども自身の中で当たり前になってくるんです。

 

「学ぶと賢くなる」

 

「練習すると上手くなる」

 

ということが、子どもの体感として身に付いていきます。

 

 

 

ここで言う『学び』とは、学校の勉強を指しているわけではありません。

 

例えば、ポケモンを捕まえた時に、その能力や、覚える技などをいちいちポケモン図鑑開いたり、ネットで調べたりするのって、だんだん面倒になってくるんです。

 

じゃあ、覚えちゃえ!ってことで、ポケモンのデータを少しずつ覚え始めます。

 

自主的に。

 

こうして、ポケモンのデータについて学んでいくわけですね。

 

これも『学び』です。

 

 

 

遊びの中にある学びがどうして必要か。

 

ポケモンのデータを覚えたところで、社会に出た時に役に立つのはポケモン関連の仕事をする時くらいでしょうか。

 

もしくは、人と話す時の話題として。

 

 

 

何を学ぶのか、という部分は、ぶっちゃけ何でもいいんです。

 

それよりも大切なのが、『学びの素養』を作ることです。

 

『学びの素養』っていうのは、

 

・暗記力

 

・集中力

 

・連想力

 

・論理的思考力

 

・忍耐

 

などの学ぶために必要な非認知能力のことを言っています。

 

非認知能力って、上記に挙げたような数値で測るのが難しい能力のことを言います。

 

一方、学力などは認知能力って言うそうです。

 

 

 

学びの素養があれば、何かを新しく学んだ時の吸収率が全然違います。

 

子どもの頃にポケモンや、駅の名前や、色んなものを暗記していた子は、いざ勉強を始めても暗記力は健在。

 

何時間も同じ遊びに没頭していた子は、いざ勉強を始めると一気に没頭できたりします。

 

 

 

しかし、遊びで身に付けた学びの素養を発揮するためには、絶対に外せない条件があります。

 

それが、

 

『主体性』

 

です。

 

つまり、「勉強しなさい!」と言われてやった勉強では、学びの素養を発揮しません。

 

何とかして、その命令を退けたり、誤魔化したりすることに学びの素養を発揮します(笑)

 

 

 

僕が『遊びの解放』を勧める最大の理由は、子どもの『主体性』が最大限に発揮されるから、です。

 

遊びに『主体性』が発揮されるから、自然と学びの素養も発揮されているんです。

 

これが遊びの威力です。

 

子どもを賢く育てたい場合、遊びを軽く見ないことは絶対条件ではないか、と思います。

 

 

 

 

 

◆子どもの関心に関心を持つ

 

子どもが何で遊んでて、何を感じているのかな、っていうところに関心を持つんです。

 

子どもの「見て見て!」に対して、「どれどれ?」って応えてあげる感じ。

 

ここでのリアクションの良さは、子どもの心に響きます(笑)

 

 

 

「子どもの関心に関心を持つ」

 

っていうのは、子どもを見るんじゃなくて、子どもの目線の先にあるものを見るんです。

 

子どもと同じものを見ること。

 

 

 

「子どもが好きなものに関心が持てないんですが・・・」

 

という悩みもよく聴きます。

 

これは言い換えれば、

 

「親目線から、子ども目線に移ることができません」

 

っていう悩みね。

 

 

 

「子どもの関心に関心を持つ」っていうのは、子ども目線を想像する練習でもあります。

 

子どもの好きなものに関心が持てないならば、関心を持つように自分自身を訓練していく必要があります。

 

 

 

これは仮説ですが、子どもの関心に関心を持てない人は、自分自身に色々な制限をかけている人じゃないか、って思っています。

 

制限っていうのは、「~しなければならない」っていうのと、「~してはいけない」っていうやつね。

 

自分の中に制限が多いと、子どものやっていることは、どうしてもしょうもないもので、無価値なもので、無意味で、無駄なものに見えてしまう。

 

だから、子どものやっていることに関心を持つことすら、無駄なことだと思ってしまう。

 

おそらく、具体的な制限で言えば、

 

「自分なんて、どうせ誰からも注目されない」

 

「自分は今まで誰からも注目されてこなかった」

 

っていう思い込みでしょうか。

 

 

 

子どもがやっていることに関心を持てると何がいいかっていうと、

 

 

・子どもがどんな気持ちで、何を考えているのかが分かる

 

・子どものことが分かるから、遊びや学びのレベル調整が親の方でもできる

(失敗した時に難易度を下げてあげたり、飽きてる時に違ったものを与えてみたり)

 

・子どもの自己肯定感が高まる

 

・子どもの中で遊びが次々と完了されていく

 

 

っていうことでしょうか。

 

 

 

特に、僕が重要視しているのが、子どもの遊びが完了されていく、っていうこと。

 

子どもが親に遊びの成果を見せてくる時って、まだその遊びが楽しい時です。

 

で、親が子どもの遊びに関心を寄せてみると、飽きて次のレベルに行くまでの時間が短縮されます。

 

なぜなら、子どもが遊ぶ理由の半分は、親に見てほしいから、なので。

 

もう半分は、純粋に楽しいから、学べるから、ですね。

 

 

 

 

 

◆なぜ、『遊びの解放』と、「子どもの関心に関心を持つ」と、自分から勉強をしやすくなるのか

 

学ぶことを楽しいことの一つだと感じるようになるから、です。

 

学ぶこと=楽しい、と考えるのではなく、感じるんです。

 

ここがポイントね。

 

 

 

子ども自身で言葉にはできないんですけど、なんとなく体で感じるんです。

 

「たくさん覚えられたら楽しい!」

 

「たくさん知っていることは誇らしい!」

 

「理由が分かったらおもしろい!」

 

「新しい問題に挑戦してる自分がカッコいい!」

 

そういうことを肌身と心で感じるから、もう染み付いて離れなくなるんです。

 

 

 

これを言葉で教えようと思っても、無駄です。

 

「ほら、たくさん覚えられた方が楽しいでしょ?」

 

って子どもに言ったところで、体感していなかったら、

 

「そんなわけないじゃん。めんどくさいだけ」

 

って一蹴されます。

 

 

 

でも、身体で学ぶこと、知ること、理解することの楽しさを実感していたら、親が特に何かしなくても勝手に何かしら学んでいます。

 

親、楽。

 

 

 

でね。

 

 

 

この話を書くと、ある一定数で出てくるのが、

 

「要するに、子どもを好きに遊ばせて、ほったらかしておいたらいいんでしょ?」

 

っていう人です。

 

 

 

僕が言いたいことをまとめると、

 

「子どもに好きなように遊ばせて、その遊んだ内容について、コミュニケーションを取りましょう!」

 

っていうことです。

 

 

 

遊びが欠けてたら、学ぶ楽しさの体感ができない。

 

コミュニケーションが欠けてたら、子どもが精神的に育ちにくい。

 

 

 

両方必要なんです。

 

両方とも大切にしていれば、子どもは自分で勝手に様々なことを学びます。

 

親は、その様子をおもしろおかしく見ていればいいだけ。

 

 

 

子どもの成長していく姿を見ることを楽しんでおけばいいだけです。

 

 

 

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2ちゃんねるの創設者に、ひろゆきさんって人がいるんですね。

 

僕は、ひろゆきさんの考え方がけっこう好きで、動画でおもしろいなぁ、って思いながら見ているんです。

 

この間、その通りだ、って思ったのが子どものスマホ依存や、ネット依存の話。

 

ひろゆきさんは、

 

「頭の悪い子がネットを使うのがよくない」

 

ってことを言っているんですね。

 

 

 

表現はなかなか辛辣でグサリと来ますが、僕もおおむね同じ意見を持っています。

 

このメルマガでも、ゲームやテレビの話を取り上げますが、スマホもネットも全て含めて、単なる道具です。

 

道具自体に良し悪しはないと思っています。

 

だから、あとはそれをどう使うのか、っていうこと。

 

 

 

ネットを使ったり、スマホを使った犯罪が出てくると、ネットを規制したり、スマホを規制したりしようとすることもありますよね。

 

でも、それはただいたずらに子どもの欲求を溜めこませてしまうだけで、別の捌け口を求めるようになります。

 

それが暴力だったり、ギャンブルだったり、お酒やたばこだったりするかもしれません。

 

行き過ぎると犯罪ですね。

 

 

 

子どもは犯罪に手を染めてほしくない。

 

それは僕もそうですし、これを見ている方もそうだと思います。

 

じゃあ、犯罪の可能性があるものを規制し始めると、子どもは何の楽しみも奪われてしまいますよね。

 

しかも、ネットに対するリテラシーが身に付かないし、ネットを通じて学べることも同時に奪ってしまう。

 

悪いところを規制したがために、良いところも同時に封じ込めてしまうんです。

 

 

 

『頭の悪い子』っていうと、表現は悪いのですが、僕はちょっと言い換えて、親子のコミュニケーションが不健全な子、って捉えています。

 

親子のコミュニケーションが不健全というのは、

 

 

・親の子どもへの関わり方の原則が賞罰教育

 

・親が子どもへ強権を発動して、規制やルールを問答無用で課す

 

・子どもの話を最後まで聞かない

 

・子どものやっていることに関心が無い、知らない

 

・感情的なコミュニケーションが多く、冷静なコミュニケーションが少ない

 

・子どものことを基本的に信じていない

 

 

というような感じです。

 

 

 

賢さってどうやって身に付くかと言えば、感情的な体験をして、その体験を冷静な目で分析していくから、賢さは身に付くんです。

 

そういう意味で、学校の勉強をしているだけでは賢さは身に付きません。

 

なんでかって、学校で学ぶことは冷静なことばかりだから、です。

 

 

 

例えば、ゲームセンターでUFOキャッチャーにお金をつぎ込みまくる人がいたとしましょう。

 

どうせ取れやしないのに、いつまでもお金をかけるもんだから、注意してやめさせる、っていうのは避けた方がいいコミュニケーションです。

 

なぜかと言えば、UFOキャッチャーで遊ぶという感情的な体験の不足を招くし、子どもの話を全く聞いておらず、子どもに関心も寄せていないから、です。

 

しかも、「この子は無駄なことにお金を使ってしまう」という不信感も持ち合わせているわけですよね。

 

 

 

僕がゲーセンにハマった子に実際に取った関わり方は、まずは一緒に遊びにいってみました。

 

そこからその子が上手くなりたいことは明白だったから、家に帰ってから攻略法をネットで調べてみます。

 

そうしたら、ゲーセン側が確実に儲かるような仕組みがわんさか出てきました。

 

それはそれで構わないのですが、調べた結果をそのまま事実だけ伝えました。

 

「ゲーセンでは、これこれこういう理由で、俺らが損するようにできているんだよ」

 

と。

 

 

 

そう伝えたら、1週間も経たないうちに彼はゲーセンから卒業していきました。

 

僕は、一切やめろとは言っていませんし、やめるように誘導もしていません。

 

調べて出てきたことをそのまま伝えただけ。

 

子どものやっていることに関心を持ち、子どもを信じてみる。

 

僕がやっているのは、いつもこれだけです。

 

 

 

 

 

スマホや、ネットに依存している子は、やめさせようとするんじゃないんです。

 

そもそも、僕らが「子どもがネットに依存している!!」って断じている時点で、とっても短絡的な思考をしてしまっていることに気付く、ということがまず最初にやることです。

 

だってね、親が目撃した時にたまたまゲームしてたり、動画見てたりするだけかもしれませんよね。

 

親が見ていないところでは、もしかしたら、小説読んだり、何か勉強してたりするかもしれませんよね。

 

「いや、うちの子は絶対にそんなことしていない!!」

 

っていうのは、さっき書いた短絡的思考回路と一緒ですからね(笑)

 

 

 

子どものことを信じろ、っていうわけじゃないんです。

 

でも、可能性としては考えられるし、それを否定する根拠は僕らは持ち合わせていません。

 

親が見ていないところで子どもが何をしているかなんて、分からないんだから、僕らにはそれを決め付けることはできないんです。

 

だから、親が見ている部分だけ切り取って「子どもがネットに依存している!!」なんて言いきれないわけです。

 

 

 

さらに、『依存』って何のことかは知っていますか?

 

この言葉の定義を知らなかったら、子どもがネット依存かどうかは僕らには判別できませんよね。

 

言葉の意味を知らないまま、ほんの一部分だけを見て、子どもをそうだと決め付ける、ってとっても不思議なことをしていると思いませんか。

 

親のこうした態度は、子どもに如実に伝染していきます。

 

つまり、深く物事を考えない、っていうことね。

 

 

 

ちなみに、『依存』は何ら問題ではありません。

 

だって、僕らもかなり多くのものに依存して生きています。

 

家が無いと生きていけないし、水が無いと生きていけません。

 

問題にされるのは、『依存症』ですよね。

 

じゃあ、『依存』と、『依存症』の違いは分かりますか?

 

この違いを考えた場合、多くの子どもが親に「スマホ依存だ!」と断じられることのほとんどは、単にスマホが好きなだけ、っていうことだろうな、と思います。

 

 

 

先ほども書きましたが、僕らがやらないといけないことは、子どもからスマホを取り上げたり、制限することじゃなくて、子どもと健全なコミュニケーションを取ることです。

 

子どもをすぐに規制したり、怒りを中心とした感情を伴うコミュニケーションばかりしている場合、子どもは親子のコミュニケーションを通じて一向に賢くはなりません。

 

むしろ、親の短絡的な思考回路が伝染していってしまう。

 

感情的になってはいけないわけではないんです。

 

感情的なコミュニケーションも取り、それと同じかそれ以上に冷静なコミュニケーションを取るから、子どもは感情の深いところも知れるし、視野の広さも知れるんです。

 

その両方を体験するから、子どもは賢くなっていくんです。

 

 

 

「子どもにスマホの使い方を教える」

 

という試みは、すごく難しいと思います。

 

そもそも、そんな話に取り合ってくれない子の方が多いんじゃないかしら。

 

もしくは、「またうるさいのが始まった」って思って、軽く聞き流しているような。

 

教えられる部分は教えたらいいと思いますが、やめさせる意図や、制限する意図を持っていた場合、子どもは聞かないでしょうね。

 

 

 

 

 

親自身が、子どもを決め付けていることを手放せたら、次のオススメは冷静なタイミングを狙って、考えていることを教えてもらう、ということです。

 

「スマホについて、どう考えている?」だと何を聞きたいのかサッパリ分かりません。

 

これも子どもを賢くするためとか、子どもに何とかしてやめさせるため、っていう邪念は手放してくださいね。

 

何か自分にとって嫌な意図を持って近づいてくる人は、たとえ親であっても敵視されます。

 

ただ純粋に疑問に思っていることを子どもに投げかけるんです。

 

 

 

例えば、

 

「やりたいことあるのに、ついついスマホでツムツムしちゃってなー。

 

あんた、何か良いやめ方というか、スマホと上手い付き合い方、知らん?」

 

みたいなのとか、

 

「スマホって、一長一短あるよなぁ。

 

上手く使えば、色んなことを知れたり、楽しくゲームできたりするけど、使い方を間違えば、時間を浪費してしまう。

 

あんたは、どんな風にスマホ使ってるの?」

 

みたいなのとか。

 

 

 

スマホ自体をどうするのかではなくて、スマホから一歩引いた視点からするコミュニケーションを『メタスマホコミュニケーション』と言います。

 

嘘です。

 

そんな言葉ありません。

 

 

 

スマホから一歩引いた視点からコミュニケーションを取りたいから、子どもがスマホをいじっている時にこの話題を投げかけても、子どもには届きません。

 

ご飯食べている時とか、テレビ見ている時とか、子どもが「会話受付OK!」という状態の時に話を振ってみてください。

 

スマホに限らず、日常的に社会の仕組みや、疑問に思っていることを会話のテーマにあげていくと、子どもと一緒に話す頻度も増えるし、子どもと一緒に考える機会も増えます。

 

 

 

「ルールだから」

 

と言って、スマホを制限かけるのは子どもを自分が持っている短絡的思考に巻き込んでいくだけです。

 

そうじゃなくって、子どもと一緒に

 

「なんで、そうなっているのか?」

 

を考えていって、子どもと一緒にルールを考えていった方が生きたルールが作れます。

 

 

 

また、こうやって子どもと一緒に考える習慣を作っていけば、学校の勉強も取り組みやすくなると思います。

 

学校が抱える矛盾にも気づきやすくなりますが(笑)

 

 

 

子どものスマホ依存、ネット依存、テレビ依存などに悩んでいる人は、ぜひ参考にしてみてくださいね~。

 

ちなみに、僕がゲーム依存でもあるし、ネット依存でもあります(笑)

 

 

 

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【仙台】量子物理学講座

※友人のあんでぃくんが描いてくれた量子物理学講座のイラスト(仙台版)

 

 

 

いよいよ来週に迫りました!

 

仙台講演です。

 

山田和佳子さんが声をかけてくれまして実現したこの講演会。

 

まだ彼女に一度も会ったことはありません。

 

それでも僕を信じて楽しみに企画、進行してくれていることに感謝しつつ、和佳子さんの信じる力には頭が下がる想いです。

 

 

 

今回の仙台講演は、とっても盛りだくさんなんですよね。

 

僕が丸一日、喋りっぱなしになります(笑)

 

朝は、僕がメルマガやブログなどで書いている子育てや教育の話。

 

昼は、フリーテーマでの座談会(和佳子さんが仏教話を所望してくれているので、そういう話になるかも)

 

夜は、量子物理学の観点から語る引き寄せの法則の話。

 

 

 

元々、お昼は無かったんですが、和佳子さんに、

 

「お昼は何をしたいですか?」

 

と聞かれたので、

 

「喋りたいです!」

 

って答えたら、座談会になりました(笑)

 

 

 

和佳子さん、おもしろい人でね。

 

「佐伯さんを仙台に呼びたいです!」

 

と言ってくれて、

 

「でも、一人でできるかしら」

 

みたいなことを言っていたので、

 

「じゃあ、仲間を集めてみたらどうですか?」

 

と言ったら、

 

「集めたことない!でも、やってみます」

 

って言ってて、ほんとに仲間集めちゃった(笑)

 

 

 

お片付けの専門家だからか、内面もとってもスッキリしていて、やりたいと思ったことを素直にやれちゃう。

 

そんなこんなで、あれよあれよという間に、仙台講演が決まり、企画がまとまり、募集したらあっという間に満席となりました。

 

いや~、すごいです。

 

和佳子さんを信じて良かった。

 

 

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