過去を知る一歩に。映画「永遠の0」 | 忍之閻魔帳

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▼過去を知る一歩に。映画「永遠の0」

寝苦しい真夏の深夜に、ふとつけたテレビで「ヒバクシャからの手紙」をやっていた。
広島・長崎で原爆を体験した方から手紙を募集し
毎年8月に放送しているNHKのプログラムである。
2007年からの6年間で、NHK広島放送局には約1700通の手紙が寄せられたという。
アナウンサーが淡々と読み上げる手紙の内容は
今の私達には想像もつかない壮絶なものばかりだった。
手紙を出す決心を固めるまでに数年かかった方もいると言っていた。

戦争を体験した方の多くは、あまり戦争について語りたがらない。
映画「ひめゆり」にも出演している、ひめゆり学徒の生存者・宮城氏も
戦後40年間は当時の体験を語る事が出来なかったと言っている。
亡くなった友人の死が重過ぎて、戦場跡に出向いたのすら30年後だったらしい。
ようやく語る気力を取り戻した時には、少女は「おばあ」と呼ばれる年齢になっていて
語り継ぐための時間もさほど多くは残されていない。
私達に出来ることは、戦争を経験した人々の声や作品に少しでも触れることだ。

そういう意味で、この「永遠の0」の存在は否定しない。
いくら良く出来ていても、役所広司や水谷豊が主演では若年層には響かない。
岡田准一が主演を務め、三浦春馬や井上真央や染谷将太が脇を固めてこそ
10代、20代のファンが劇場に足を運んでくれるのであれば
随所に見られる演出過多も咀嚼のために必要な手段だったと許容できる。
「ALWAYS~三丁目の夕日」の山崎貴が監督を務めているのも
『万人が気持ちよく泣ける戦争映画』を作るためには適任と言えるだろう。

映画は、祖母の葬儀の場で祖父(夏八木勲)から
「お前には本当の祖父がいた」と告げられた孫(三浦春馬)が
フリーライターの姉(吹石一恵)と共に祖父の過去を紐解いてゆく形式。
故人と関わりのあった人間の元を訪ね歩きながら
少しずつ人物像を形作ってゆく展開は、映画「嫌われ松子の一生」で
甥の瑛太が叔母である中谷美紀の人生を追体験したのと良く似ている。

生前の宮部久蔵(岡田准一)を知る生き証人の
平幹二朗、山本學、田中泯、橋爪功の四人が凄い。
ある者は卑怯者と罵り、ある者は尊敬の念を示し、ある者は謝辞を述べる。
誰の証言が間違っているわけでもなく、
全てが揃って宮部久蔵という人間が出来上がってゆく。

国の為に死ぬことが栄誉とされた時代に
「私は妻と娘のために死にたくありません」と堂々と宣言する宮部が
何故最後は特攻を選んだのか。
映画は当然そこを着地点にして進むものとばかり思っていたのだが
その部分は観客に委ね、特攻シーンをラストに持って来ている。
「せめて特攻が成功していますように」との願いが込められた(かのような)演出で
本作の戦争に対する立ち位置が大きく揺らいでしまったのは残念。

「戦争は反対だが戦闘機は好き」の自己矛盾を抱えながら
「風立ちぬ」を作り上げた宮崎駿ほどの覚悟も、
「硫黄島からの手紙」「父親たちの星条旗」の2部作で
「戦争には勝者も敗者もいないのだ」と訴えた
クリント・イーストウッドほどの強いメッセージ性もないまま
宮部久蔵をヒーロー然としたキャラクターにしてしまったのは勿体なかった。

「戦争版 ALWAYS」ぐらいの認識であれば号泣必至。
若者が観る戦争映画の入門編としては最適の1本。
この映画をきっかけにして歴史に少しでも興味を持ち
過去の名作に触れて下さる方が増えることを祈る。

映画「永遠の0」は12月21日より公開。

★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
  タイトル:永遠の0
    配給:東宝
   公開日:2013年12月21日
    監督:山崎貴
   出演者:岡田准一、三浦春馬、井上真央、染谷将太、他
 公式サイト:http://www.eienno-zero.jp/
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★



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大ベストセラーとなった原作本。
12月18日現在もAmazonの書籍ランキングで1位。




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1945年、小笠原諸島の硫黄島で繰り広げられた壮絶な戦いを、
アメリカ側(父親たちの星条旗)と日本側(硫黄島からの手紙)の
2つの視点から描いたクリント・イーストウッドの傑作。

「父親たちの星条旗」は「勝者の憂鬱」をテーマにした作品。
戦争を続けるため金策に走る国家に操られ、集金マシーンとして
「勝者」の看板を背負わされる兵士達の苦悩が淡々と描かれている。
「硫黄島からの手紙」は、圧倒的な劣勢でありながら
1ヶ月以上も硫黄島を守り続けた栗林中将率いる日本軍の姿を描いた作品。

日本では「硫黄島からの手紙」ばかりが話題になり、
「父親たちの星条旗」とはかなりの差が出来てしまっているようだが、
この2作は言ってみればコインの表と裏。
どちらか片方だけを観てもあまり意味がない。
ハリウッドメジャー作品でありながら「アメリカ万歳」の
チープなドンパチ映画にならずに済んだのは、
スティーヴン・スピルバーグに直談判して監督をもぎとった
クリント・イーストウッドの真摯で冷静な視点があればこそ。




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毎年8月になると読み返してしまうのが、こうの史代の2作。
悲劇的なエピソードを重ねるのではなく、
平々凡々とした生活の背景に「戦争」があった、というアプローチは
黒木和雄監督の作品のようで、まさに傑作と呼ぶに相応しい。
1冊で完結する「夕凪~」が入門編としても最適だが
3巻構成(後にワイド版で2巻構成になった)で
じっくりと描いた「この世界の片隅に」が圧巻。
リアルタイム世代ではなく、戦争を知らない世代が
資料を片手に描き出した作品であるという点にも希望を感じる。
若い方には特に読んでいただきたい。



映画 少年H 水谷豊 伊藤蘭 吉岡竜輝
02月21日発売■Blu-ray:「少年H」

妹尾河童の自伝的ベストセラー小説を、高倉健と共に
多くの名作を世に送り出してきた降旗康男監督が映画化。
戦火の拡大と共に軍国主義が加速してゆく戦時下の神戸を
ある家族の視点で描いてゆく。

映画版「少年H」は、「はだしのゲン」「火垂るの墓」が担ってきた
「戦争とは何か」を、実写映画の形で子ども達にも提供出来る作品である。
時代考証の杜撰さや著者の政治的な思想など批判が多い原作であることも事実だが
戦争を経験した者が直接子や孫に語り継ぐことが出来るのも
せいぜいあと十数年であることを思えば
今後は映画や書物など形に残される作品がその役割を担ってゆかねばならない。
今年で69歳になる降旗監督にも、そんな思いがあったのではないか。




発売中■Blu-ray:「聯合艦隊司令長官 山本五十六 太平洋戦争70年目の真実」

連合艦隊長官・山本五十六を映画化したドラマ。
「戦争回避」をメインにした本作で監督を務めるのは
「八日目の蝉」「孤高のメス」の成島出。

役所広司の演じる五十六が人間味豊かな好人物で
そうであればあるほど、意に添わぬ方向に歴史が押し流されてゆく様を
見守るしか無かった時の気持ちは如何ばかりであったかと胸が苦しくなる。
軍としての大きなうねりに、個人がささやかな抵抗を見せているという構図は
「永遠の0」とも共通する。



戦争の悲劇を様々な形で描き続けた故・黒木和雄監督の名作群から
日本映画史に残る傑作(だと思っている)「TOMORROW 明日」、
原田芳雄と宮沢りえがほぼ二人芝居で火花を散らす「父と暮せば」、
遺作となった「紙屋悦子の青春」をピックアップして紹介。


発売中■Blu-ray:「7回忌追悼記念 黒木和雄 戦争レクイエム三部作」
発売中■Blu-ray:「7回忌追悼記念 TOMORROW 明日 Blu-ray BOX」

「Tomorrow」は、1945年8月9日、
長崎に原爆が投下される直前までを描いた作品。
原爆投下を知らずに何事もなく日々を過ごす人々を淡々と描き続け、
最後の最後で、長崎を「光」が包んで終了する。
光った後の姿を一切描かないことによって、
その瞬間、全てが「無」になってしまったことを強烈に印象づけるのだ。
私としては、本作が戦争を描いた邦画のNo.1だと思っている。


発売中■Blu-ray:「7回忌追悼記念 父と暮せば Blu-ray BOX」

井上ひさし原作の映画化。
宮沢りえと原田芳雄のほぼ二人芝居で展開する舞台色の強い作品で
原田芳雄をも圧倒する宮沢りえの名演が見物。
広島への原爆投下から3年が経過した今も、
自分だけが生き残ってしまった後ろめたさから解放されない美津江と、
そんな娘を励ますべく現れた父・竹造とのやり取りを描いている。


発売中■DVD:「紙屋悦子の青春」

「紙屋悦子の青春」は黒木監督が生涯をかけて行ってきた
「戦争への静かな抵抗」をテーマにした最終作。
昭和20年の鹿児島を舞台に、一組みの男女のひたむきで静かな愛を描いている。
群衆劇のスタイルをとっていた「Tomorrow」からさらに焦点を絞ったような脚本を
「父と暮せば」のような演劇的なセットで描いた秀作だが
残念ながら本作が黒木監督の遺作となってしまった。




発売中■DVD:「一枚のハガキ」

日本人監督の最高齢である99歳で新藤兼人監督が撮った作品。
同じ部隊に所属した100人の兵士が、戦地に赴くか、それとも掃除夫として働くかを
上官の「くじ引き」によって決められ、人生の明暗を分ける。
夫を亡くし、唾を吐きかける場所すら持たないひとりの未亡人(大竹しのぶ)と
偶然「当たり」のくじを引いて命を繋げた男(豊川悦司)。
二人の交流を新藤監督らしいユーモアを交えつつ描いていく。

監督の実体験を元にしていながら語り口はとても穏やか。
まるで監督から昔話を聞かされているような感覚に陥る瞬間が何度もあった。
全てを受け入れて、次の世代への遺言として作品を遺す。
スクリーン一杯に黄金に輝く稲穂が映し出された時、
私達はこの光景を守っていかなくてはならないのだ、と強く思った。




発売中■DVD:「出口のない海」
発売中■DVD:「俺は、君のためにこそ死ににいく」

特攻を扱った戦争映画2本。
残念ながらどちらも(映画として)好みではないのだが、
「永遠の0」を観る上での補完材料としては有益ではないかと思う。