殺す理由、殺される理由。映画「悪人」妻夫木聡 深津絵里 | 忍之閻魔帳

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(C)2010「悪人」製作委員会

「告白」を観た時、2010年度の邦画No.1は決まったと思ったのだが
その後にまさかこんな作品が出て来ようとは。
芥川賞作家である吉田修一の同名ベストセラーを
これも傑作である「フラガール」の李相日監督が映画化したのが「悪人」である。
吉田作品の映画化は、行定勲監督の「パレード」に続き、今年2作目。
主演は「ノーボーイズ,ノークライ」「ブタがいた教室」の妻夫木聡。
共演は「女の子ものがたり」「ザ・マジックアワー」の深津絵里。
「愛のむきだし」の満島ひかり、「告白」「重力ピエロ」の岡田将生。
永山絢斗、韓英恵、余貴美子、光石研、宮崎美子、樹木希林、柄本明など。
音楽は久石譲。



世の中では毎日多くの方が人の手によって命を落としている。
けれどその事実は、すぐ近くで発生しない限りほとんど自覚することがない。
テレビのニュースで語られる事件はとても事務的で
順番待ちをしている次のニュースに押し出されるように、瞬く間に記憶からも消えてゆく。
良しと定められた時ではなく、人為的に人生を強制終了されられた方の無念や
已むに已まれず人を殺めてしまった者の後悔など、知る由もないし、興味もない。
「悪人」で起こるひとつの殺人事件も、ニュースというフィルターを通せば
「痴情のもつれから来た、自己中心的かつ残虐な殺人事件」へと変貌する。
母親から捨てられ、土木作業員として働き、寂れた漁村で暮らす若者。
背景だけを見て「こんな環境で育った奴ならやって当然」と判断する人々。
マスコミに吊るし上げられる加害者の家族、
哀しみのやり場すら持たず苦悩する被害者の遺族。
表層的な部分だけを拾って善悪を判断する私達の同情や義憤は、いつもとても無責任だ。

この作品の凄いところは、加害者を主人公にしていながら
犯行理由にだけスポットを当てた、犯罪者擁護のストーリーになっていないこと。
殺されて当然とすら思える石橋佳乃(満島ひかり)や、
救いようのないバカボン(=馬鹿なボンボン)の増尾圭吾(岡田将生)ですら、
どこかしらに共感し得る部分を持っている。

どんな理由があろうと、人を殺した事実は変わらない。
しかし、私はこの清水祐一という殺人者を、最後の最後までどうしても憎みきれなかった。
むしろ、ギリギリの状況で見せた最後の優しさに涙が溢れて止まらなかった。
法律に「情状酌量」という判断が存在するのは何故なのか、
この映画を観て初めて分かった気がする。


(C)2010「悪人」製作委員会

祐一と共に出口のない逃避行に出る女性、光代を演じた深津絵里は
本日、第34回モントリオール世界映画祭で最優秀女優賞を受賞した。
試写会でお見掛けした際、「今からモントリオールに行きますが、
良く知らない国の人よりも、まずはここに居る皆さんに楽しんでいただきたいです」と
言っていたのを思い出す。知名度の割に代表作と呼べるものが無かった彼女なので、
これでようやく大女優の仲間入りだ。


(C)2010「悪人」製作委員会

祐一を演じた妻夫木聡は、間違いなく今までで最高の芝居をしている。
「ノーボーイズ、ノークライ」の完成時に
「棺桶に入る時に持っていきたい1本」と言っていたように、
事務所の思惑はさておき、妻夫木本人はこういった重厚な作品が好みなようで
「ヴィヨンの妻」や「闇の子供たち」の路線からさらに一段階上に行った印象を受けた。
原作の大ファンで、読み終えてすぐにマネージャーに版権の行方を調べさせたらしい。
既に東宝が持っていると分かり、諦めかけたところへ
東宝側からオファーがあったのだという。

李監督曰く「テレビドラマの延長線で作ってませんし
油田が爆発したり、そういった派手なことは起こりませんが
1本の作品としては決して負けていないと思います」とのこと。
当たり前だ、「THE LAST MESSAGE 海猿」など比較にもならない。
あ、せっかく監督が遠回しに言っているのに「海猿」と書いてしまった。

「告白」と並び、2010年を代表する大傑作。
お時間のある方は是非とも劇場でご覧いただきたい。
「悪人」は今週末11日より公開。




■BOOK:「悪人 上巻」
■BOOK:「悪人 下巻」
■BOOK:「惡人 / 束芋」
■BOOK:「悪人 シナリオ版」

朝日新聞で連載していた当時、「悪人」の挿絵を担当していた
束芋の作品を一挙に収録した「惡人 / 束芋」も発売中。
原作や映画にも登場するシーンの数々が、束芋の独特の感性で描かれている。


08月01日発売■BOOK:「映画 悪人 フォトストーリーブック」
08月25日発売■DVD:「妻夫木聡が悪人だったあの2ヶ月」
09月01日発売■CD:「悪人」




■DVD:「顔」
■DVD:「誰も守ってくれない」

犯罪者にも同情の余地あり、と思わせる傑作と言えば、阪本順治監督の「顔」。
「悪人」の妻夫木聡は、「顔」の藤山直美に迫る芝居をしたと思う。
マスコミの横暴や被害者・加害者の事情を描いた作品としては
「誰も守ってくれない」に通じる部分もある。
どちらも良作なので、未見の方はレンタルで。



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  タイトル:悪人
    配給:東宝
   公開日:2010年9月11日
    監督:李相日
  声の出演:妻夫木聡、深津絵里、岡田将生、満島ひかり、他
 公式サイト:http://www.akunin.jp/
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