それでも生きてゆく。映画「プレシャス」 | 忍之閻魔帳

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(C)PUSH PICTURES, LLC
11月05日発売■DVD:「プレシャス」

「アバター」
「イングロリアス・バスターズ」
「カールじいさんの空飛ぶ家」
「プレシャス」
「しあわせの隠れ場所」
「第9地区」
「17歳の肖像」
「ハート・ロッカー」
「マイレージ、マイライフ」
「ア・シリアス・マン(原題)」 

今年から作品賞の候補が5作品から10作品に増えたオスカーだが、
無駄に枠を増やすことで選出作品のクオリティが落ちるのではという心配をよそに
SFファン必見の「第9地区」、ヒューマン・ドラマの傑作「しあわせの隠れ場所」、
タランティーノの映画愛が詰まった「イングロリアス・バスターズ」など、
バラエティ豊かで粒揃いなラインナップとなった。
話題の「アバター」が主要7部門全てから外れたのも頷ける。

もし、私にも1票投じる権利を与えられたとしたら、
迷うことなく今回紹介する「プレシャス」を選ぶだろう。


11月05日発売■DVD:「プレシャス」

1987年、ハーレム。
一人の少女が黙々と食事の支度をしている。
彼女の名前はプレシャス。
読み書きの能力を持たず、肥満体型のため性格も内向的で、
心を開いて会話できる友人もいない。
幼い頃より実の父親から性的虐待を受け続け、
16歳にして現在2人目の子供を妊娠中。
亭主を奪われた母親は、プレシャスに対して憎悪を剥き出しにし、
「お前など産まなければ良かった」と非難し続ける。
そんな生活を続けている彼女の心の拠り所は、
綺麗な服を着て歌い踊る自分の姿を、頭の中で空想することだけだった。

ある日、妊娠が学校にバレてしまい、停学処分を受けたプレシャスは
校長の勧めで「EOTO(Each One Teach One)」という
フリースクールに通い始める。
レイン先生という素晴らしい教師との出会いをきっかけに
少しずつ心を開き始めたプレシャスは、次第に生きる力を取り戻していく。

原作は、ハーレムのフリースクールで教師をしていた経験を持つ
女性詩人・サファイアが1996年に発表した小説「PUSH」。
彼女もまた黒人であり、劇中に登場するレイン先生と同じレズビアンである。
監督は、これが2作目である新人監督のリー・ダニエルズで、
彼もゲイであることを公言している。
主演はガボレイ・シディベ。共演はオスカーで助演女優賞を獲得したモニーク、
モニークに負けない熱演を見せるポーラ・パットン。
その他にも、スッピンでの出演が話題となっているマライア・キャリーや
レニー・クラヴィッツといったアーティストが出演している。





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11月05日発売■DVD:「プレシャス」

「Welcome!」と言われながらこの世に生を受けたはずの命が、
何故こうも過酷な人生を歩まなければならないのか。
プレシャス(宝物)と名付けられた彼女は、確かに両親(かどうかは分からないが
少なくとも母親)から溢れるほどの愛情を注がれていたはずなのに、
16歳にして早くも2人目の子の母親になろうとしている。
年齢的・経済的に自立が難しく、父親からも母親からも逃れられない。
第三者から見れば、八方塞がりでお先真っ暗な彼女の人生だが、
意外にも彼女自身からは、それほどの悲壮感は漂っていない。
置かれた環境を嘆きつつ、適当に空想世界でガス抜きしながら日々を過ごしている。
子を産んだ瞬間から、年齢に関係なく女性は母親になるのだろう。
学校からも両親からも、そして病気からも逃げ出さず、
両手に子供を抱きかかえた状態でどう生きていくかを考え、
「それでも生きていくしかないんだわ」と新たな思いで一歩を踏み出す。
まだ16歳のプレシャスだが、母親特有の図太さや貫禄が既に備わっているのだ。

この映画を観た多くの方が、ラース・フォン・トリアー監督、
ビョーク主演の「ダンサー・イン・ザ・ダーク」を思い浮かべることと思うが
「ダンサー」の主人公セルマとプレシャスとの決定的な違いは
絶望の淵から救い出してくれるひと筋の光となる存在が
自分の周りにいたか・いなかったかということではないか。
セルマの周りには誰もいなかった。
しかし、プレシャスの周りにはレイン先生がいた。
「もっと強くならなくては」と自らを奮い立たせ、
己の境遇を嘆く前に、他人を照らす光であろうとするレインの人物像が、
原作者であるサファイアの分身であることは間違いない。
そして、サファイアがレインに託したメッセージを、
ポーラ・パットンが全力で受け止めて好演している。


(C)PUSH PICTURES, LLC
11月05日発売■DVD:「プレシャス」

ソーシャルワーカーのワイスを演じたマライア・キャリーは
これまでのキャリアを棒に振りかねない、まさかのスッピン出演。
プレシャスと両親との距離を見極めつつ、
彼女が社会とどう折り合いをつけていくべきなのかを冷静に見つめている。
聞いた話、ワイス役は元々ヘレン・ミレンが演じる予定だったそうで
年齢的には随分と若返ってしまった。
しかし、ワイスとプレシャスが友達のように会話しているシーンなどを見るに
ピンチヒッターとしてマライアを立てたのは正解だったように思う。

ちなみに、マライアの母パトリシアはアイルランド系の白人、
父アルフレッドはアフリカ系アメリカンとベネズエラ系の血を引く黒人である。
1960年代の異人種間結婚ということで、当時は猛烈な偏見といじめの対象にされ、
1970年にマライアが生まれた後も、肌の色による差別はずっと続いたという。
マライアが本作への出演を快諾した背景には
ハーレムにはこの手の話がゴマンとあるのだということを
世界に広く知って欲しかったからなのかも知れない。


(C)PUSH PICTURES, LLC
11月05日発売■DVD:「プレシャス」

プレシャスの母親役を演じたモニークは、映画の終盤まではただの鬼母でしかない。
亭主を寝取った娘に対して、怒りのエネルギーをぶつけまくるだけだ。
しかし、終盤の数分間で、彼女の全てが明らかになる。
罵声の裏に隠された嗚咽と、暴力に怯えていたからこそ
自らも暴力に手を染めてしまった哀しみを、全身から一気に放出し、観る者を圧倒する。
本年度のオスカーで助演女優賞だけはあっさり決まったというのも納得。

「面白いからお勧め」と簡単には言えない作品だが、
「チェンジリング」や「母なる証明」といった
どっしりした作品がお好みならば、2010年のNo.1作品になる可能性も。
予告編や当記事で興味を持たれた方は、是非とも劇場でご覧いただきたい。

「プレシャス」は明日24日より公開。




■CD:「プレシャス」
■CD:「Precious 輸入盤」
■BOOK:「プレシャス」

レイン先生に出会うまでのプレシャスを救っていたのが音楽。
ということで、劇中に使用される楽曲がどれも素晴らしい出来。
Mary Jane Bligeの「Destiny」は既発アルバムに収録されているため、
残念ながら本アルバムには未収録。

★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
  タイトル:プレシャス
    配給:ファントム・フィルム
   公開日:2010年4月24日
    監督:リー・ダニエルズ
    声優:ガボレイ・シディベ、モニーク、ポーラ・パットン、他
 公式サイト:http://www.precious-movie.net/
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★