1/20発売の本誌ACT208の続き妄想です
ネタバレものなので、未読の方、コミックス派の方はバックプリーズ!!
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霜月(と書いてブタと読む)がおだてられて、なけなしのやる気振り絞って木に登りましたよ~…
キョコさんサイドを書いてみたので、ACT208妄想はside/Rとside/Kにタイトル修正しました。
ACT208妄想 side/K
『知ってるはずだよ?キョーコちゃん』
煌めく太陽の下で愁いを帯びた視線に釘付けになった。
『古より変わる事のない呪いにかけられた姫や王子を救う最も伝統的な方法…』
長い指先が、柔らかそうな唇を撫でるのがスローモーションのようだった。
いつかどこかで感じた、お腹の底がぐらりと熱する様な感覚。
(………だってコーンは、魔法で敦賀さんの容姿をしてるんだもの……)
その感覚は唐突に現れる夜の帝王を前にして、戦慄よりも早く私に襲い掛かる感覚だ。
(コーンも…そんな表情、するんだ……)
思わず足元に視線を逸らしてしまった。
容姿は髪色と瞳の色の違う敦賀さんとはいえ、仕草表情で醸し出すその人の雰囲気や人柄は違うはず。
そうやって別人格を作り上げて演じることで、見るものに演じる物語に引き込むのが役者の仕事だ。
なのに…
(コーンの魔法は、性格や仕草まで写し取ってしまうものなの…?)
遊び人だと断定してしまうほどの、世の女性が放ってはおかない美麗な先輩のいろんな面は見てきた。
坊として接して、そんな中でも恋愛値は低く本気の恋愛に苦しんでた彼も知っている。
だからこそ、きっとこれまでは本気ではない遊びの恋愛をたくさん経験してきたんだろうとも思っている。
これから先の未来、敦賀さんの隣に誰かが立つ所なんて本当は見たくない。
過去いくら本人の自覚が無い本気ではない恋愛だったとしても、隣に並んで…少なくとも男性としての彼を知っている女性は存在するのだろう。
通り過ぎた過去は消えはしないのに、胸の中に渦巻いたのは…
(…やだ、私ったら…)
コーンの表情から敦賀さんを連想し落ち込みかけたが、今はコーンを呪いから解放する方法を考えていたことにはたと気が付いた。ついつい自分の世界に入り込む悪癖に頭を振ってコーンを見上げれば、真っ直ぐ私を見ていた碧眼はうつむいて、つま先に落ちていた。
反応を返さない私に呆れたのだろうか?
(そ、そうよね!呪いの解除法は童話ではキスが鉄板だわっ!)
思考を先ほどのコーンとの会話まで巻き戻す。伝統的な解除方法は試す価値があるのだろう。
少しでもきっかけが掴めれば、早速…とコーンに近づいた。
敦賀さんスケールの長身だと彼の唇には私の身長じゃ届かなくて、両手でコーンの肩を掴んで引き寄せる。
近づいた敦賀さんと同じく整った美貌にやっぱりドキリとしてしまうが、コーンはコーンであって敦賀さんじゃないんだから!と目を瞑って形の良い唇に自分のそれを押し付けた。
「どう?コーン。これで呪いが解ける?」
顔を離して止めていた息をぷはっと吐き出す。
(うう…コーン固まっちゃってる…。私なんかにキスされて、嫌だったかしら…?)
でもでも!自分で言うのもなんだけど乙女としてはばっちり保証できる清らかな身の上なのだから、ここは薬と思って我慢してもらわなきゃ!と弱気になる心を叱咤する。
コーンがお願いすれば喜んでキスしてくれる女性はたくさんいるんだろうけれども、ひっそりと生きている妖精としては自分の正体を晒して回ることはできないのだろう。
(この際、私だからとか贅沢は言ってられないはず!)
そう思っても、無表情のまま動かないコーンに不安が募った。
「コーン?どう?呪いが解けた感覚って分かるのかな?笑えそう?」
いろんな考えが渦巻いて、とにかく何か反応してほしかった。
「……ダメ…」
ほどなくして、無表情は変わらないままコーンから返答があった。
「そ…か…」
笑おうと努力してくれたのかもしれないが彼の表情は変わらなかった。
「私みたいな人間の庶民の力じゃやっぱり無理かぁ」
やっぱり私じゃコーンの役に立てなかったようだ。言い訳がましく呟いてコーンから後ろめたさで視線を外した。
ダメと言われて心の底に浮かび上がった罪悪感。
コーンの呪いを解除するためなのに、魔法で敦賀さんに見える容姿にほんのちょっと漏れ出てしまった私の毒悪な感情。
(もしかしてそれが…)
「…だって、今の…キスじゃない」
(…え?)
「……役者の心の法則なんて…使っちゃダメ」
コーンの口から出た単語に思わず固まった。
(役者の心の法則…?)
全く意識などしていなかったのに、敦賀さんから教えられた教義がどうしてコーンの口から出てくるのか。
魔法でその人をの姿を借りると、その人の記憶まで妖精は借りられてしまうんだろうか?
「呪いを解くには、キスに『気持ち』が伴わなきゃ…」
「…え…?…」
続いた言葉に思考が引き戻された。
童話では目覚めのキスを交わした相手と愛し合って結ばれるのが定番のハッピーエンド。
(コーンを愛してなきゃダメってこと…?)
コーンの事は大好きなのは間違いない。幼い頃、彼と一緒に過ごした時間は私の宝物だ。
この奇跡の海で再会できたことだって、この上ない幸福。
だけど…
(…私が敦賀さんが好きだから…好きな人がいるから…?)
だから役不足なんだろうか?それとも、コーンにキスする瞬間、一瞬でも敦賀さんと重ねてしまったことを見抜かれているのだろうか。
「キョーコちゃんの、ファーストキスが欲しい」
急速に脳裏で緊急警報が鳴り響いた。
(ファーストキス…?)
どうして?
コーンはさっき私の記憶を盗み見てショータローにキスされたこと知ってるじゃない?
急速に、自分が何度も振り払った感覚が隣り合った二つのパズルのピースがハマるみたいにカチリと音を立てた気がした。
『最上さんがファーストキスだと思えるものがファーストキスでいいんだよ』
「何でもしてくれるって…言ったよね?」
『…ありがとう――…』
真っ直ぐ私を射抜くコーン少し陰のある視線が、かつて頬に熱を感じたあと至近距離で射抜かれて囁かれた敦賀さんの表情と重なる。
「コ…ーン…?」
自分の中の何かが暴かれそうで、無意識に一歩退いていた。でも次の瞬間には距離を詰められていてまた囁かれれる。
「俺の呪いを解いて、キョーコちゃん」
「…………」
怖いくらい、真っ直ぐ私を見る瞳は私の内に蜷局を巻いた毒悪な何かを見透かしているようで。
どうしてか、責められている気分だった。
(…動けない)
この感覚は知っている。
心の底が冷えていくように、視線に縛られて動けない。
他の人には見えづらい、敦賀さんの怒りの波動を感じた時と同じ感覚。
「……くれないなら……勝手にもらうよ」
動けないでいれば、のそりと大きな猛獣が身じろぎしたかのようだった。
一段低くなった声色に、逸らせない碧眼が黒く重い闇の焔を宿しているかのように暗く沈んでいく。
(―――この ヒト……ダレ―――…?)
輝く笑顔を失っていても、どんなに自責で苦しそうでも、穏やかな雰囲気を纏った妖精からは想像できないような闇色のオーラが私を縛り始めていた。
頤にひやりと感じたのはコーンの指先で、この南国でなんて冷たい指先だろうと思った。洋服越しに腰部に感じた冷たさも同様だ。
遠くはない過去に同じ感覚を敦賀さんに抱いたはず…。
脳裏で点灯したアラートが激しく点滅をはじめ、視界が赤と黒にフラッシュする幻覚すら見える。
「2度目は…無いよ」
唇が触れ合う距離で囁かれた言葉は、音としてではなく空気の振動として直接私に響いてきた。
「……え?」
『プライベートでは同じ人には2回は使えないから』
以前にこの声で聞いた台詞に、凍りついた私の唇がかろうじて疑問の音を紡いだ。
『だからね』
「だからね」
記憶の中の敦賀さんの声と、敦賀さんの声のコーンの言葉が重なる。
目の前には闇色を湛えた碧眼が赤茶の色彩を反射させた。まるで闇夜に光る猛獣の光彩のようだ。
たった二つ、繋がったピースの周囲にはたくさんのバラバラとたくさんのピースが降り注いでくる。それがカチカチと音を立てて本来あるべきところに帰っていく。
(…コー…ン…?)
『今後は十分気を付けて』
「これが、君のファーストキス」
(―――…夜の帝王―――…!)
視界いっぱいに広がったこの世に二つとないと思っていた端整な顔立ちが、色香を纏って口元だけ妖しげな笑みの形にうっすらと染まった。
近づきすぎて影になった視界は明度を失い、明るい金髪も碧の瞳もモノクロに映る。
滴る色香の微笑を湛えつつも闇を含んだ暗い色合いは、カインヒールを演じていた時の不安定だった敦賀さんそのものだ。
急速に組み上がったパズルのピース。
そのパズルに描かれているのは…
(―――…敦賀さん…っ…!!!)
本能的にはじき出した答えに、視界が真っ赤に染まった。
目の前の妖精は尊敬する先輩の姿を借りたのではなく、その人そのものだ。
急に込み上げた感情は、
怒りなのか
苦しさなのか
切なさなのか
複雑に入り混じっていて何色をしているのか分からない。
奪われるより先に奪っていた。
唇を合わせる行為では激しく渦巻く感情は治まらず、衝動的に歯を立てて咬みついた。
舌先に広がった鉄の味。その味に心の内に広がったのは小さな愉悦。
それは衝動的に跳ね上がった熱を急速に冷ますと同時に頭の中に燃え上がった焔も一気に鎮火した。
「……っ!?」
相手に与えた痛みでグイッと肩を押し戻された。
冷えた頭は自分の行った行為を冷静に認識し、今度は別の意味で頭に熱が上った。
痛みに驚いたであろう、彼の顔を見れない。
(…私、敦賀さんに…なんてこと……)
尊敬する先輩なのだ
毒悪な感情は見せてはいけない
醜い想いを同じ道を歩み者として傍にいることで満たしたいほど
―――…愛しているの
「……欲しいなら、あげる……これで呪いが解けるなら…あげる」
声が震えた。
俯いたまま言葉を絞り出す。
コーンは…彼は、私の気持ちが欲しいと言った。
呪いを解いてと懇願してきた。
(私の気持ちなんて、とっくに奪われているのに……!)
最初にコーンに捧げたキスで想ったのは…
「今ので、2回目。…コーン、今のキスで…私の気持ち…伝わった?」
ヒドイ言い分だと思う。
痛みを与えた自分の行為をキスと評した。
「…え…?」
私の心を奪っておいて、別人として求めておいて、挙句とっくに持っているモノに気づかず欲しいだなんて。
2回目のキスは怒りとしか受け取れないだろう。
自分が逃げないように、コーンが…敦賀さんが逃げられないように、肩に触れていた指先に爪が喰いこむほど力を込める。
覚悟を決めて顔を上げた。
きっと私はひどい顔をしてるだろう。
泣くまいと思っていても、顔が熱くて鼻の奥がツンツンと痛む。それでも目を逸らしてはいけない気がした。
「……ごめん…」
本当は謝らなければならないのは私のはずだ。
でも謝罪の言葉を口にして気まずそうに視線を逸らした目の前の人は私の怒りに心当たりがあるのだろう。
逃すまいと、頬に手を添えてしっかりとその瞳に視線を絡める。
「…コーン、なんで謝るの?」
「………」
私の中の確信を現実にするために言葉を紡ごう。
急速に唇が乾いて、震える声は更に掠れていた。
「…………なんで、謝るんですか?……敦賀さん…」
繋いだ視線の先で、驚きに揺れる瞳がある。それは私の中の確信を確かなものにしてくれた。
(……ごめんなさい)
形のいい唇の咬み跡から赤が滲んでいる。痛みを与えたことを詫びたくて、獣のように傷に舌を這わせる。舌に感じた敦賀さんの鉄の味が甘く染みて、自然と唇を合わせていた。
「……これで、3回目」
2度目はないと言った敦賀さんの言葉を借りた。
プライベートで同じ人には2度と使えないと言ったのだから、誰の者にもならないと思っていた敦賀さんのファーストキスはこれで私のモノだと思い至った。
「地獄に堕ちる人でなしの女となら…きっとこれ自体悪魔の呪い、ですね」
私はなんてヒドイ女だろう。
呪いを解くと言って、呪詛をかけた。
愛おしすぎて苦しくて
自分の醜さが恐ろしくて
でも、コーンの……敦賀さんのあの神々しい笑顔に会いたかった。
彼に触れた喜びで頬を伝う雫たちが熱くてたまらない。
涙で滲む視界の先で、ゆっくりと驚きで見開かれていた碧眼が細められた。
「……やっと……笑ってくれた……」
金色に輝く妖精の王子の微笑は
私が焦がれた愛おしい人の
甘やかで神々しい笑顔だった