次男のサッカーの試合が続いたせいか、、、
洗濯かごには山のようにユニホームやら、タオルやら、うんざりするほど汚れたソックスが積まれていた。
10時過ぎには家を出る予定だったのに、
リビングで新聞を読みながらコーヒーを飲んでいたしゅうが途中で干すのを手伝ってくれて、
ようやくベランダに洗濯物が並んだのが11時。
目的のデパートにたどり着いたのは12時ちょっと前になっていた。 
 
 
予想通り、、、駐車場は満車に近い状態で自走式のスロープを上へ上へと上って行かなくてはならない。
ようやく駐車スペースを確保できたのは、最上階だった。
人混みと待つことや並ぶことが大嫌いだったしゅう。 
昔は、彼とデパートに来ると、それが気になってしまって、買い物を楽しむどころじゃなかった。
私はなにも悪いことをしていないのに、1時間ほどデパートの中を歩いているとみるみる機嫌が悪くなるのだった。
それが、最近は、、、
「まぁ、、、週末だし、混むのは仕方ないよなぁ」
と言いながら、歩くのが遅い私に歩調を合わせてゆっくり歩いてくれるし、
少々並ぶのを覚悟しなければならないレストラン街での食事も特に嫌がるそぶりも見せずに
店の前に置かれた順番待ちの椅子に座ってくれる。
その変貌ぶりは嬉しいに決まっているが、その反面、、、
「これも『歳』をとってる証拠なのかなぁ、、、」
と、なんにでも反発していた若い頃のしゅうを思い出して、、、どこか寂しさも感じるのだった。 
 
  
「先に昼飯にするか?」
車から降りてエレベーターに向かって歩きながらしゅうが言った。
「そうね、、、そうしようか。 今ならまだ12時前だし、そんなに待たなくてもいいかもね」
それでも、5分や10分は店の前で順番待ちをするようだろうなぁ、、、  
 
 
そう思いながら、ふと前を見ると、子供を2人連れた夫婦がゆっくり歩いてた。
子供はまだ小さい、、、おそらく幼稚園か小学生の低学年だろう。
ジーンズ姿の夫婦は30代前半くらいか?
どこにでもいる家族連れ、、、 笑顔の子供達が微笑ましい。
私たちよりも一足早くホールに入って、エレベーターが来るのを待っていた。
やがて、一基しかない小型のエレベータが上がってきて扉が開いた。
若いお父さんが一足先にエレベーターに乗り込むと、開閉ボタンを押して子供達が入ってくるのを待っている。
 
 
「ほら、、、乗って」  
 
お母さんが子供達を急かすように後ろから追い立てていた。きっと、、、後ろにいる私達が気になるのだろう。
子供達がエレベーターの中に入ったのを見届けて、私たちも歩を進めた。   
と、、、、
「あ!! ちょっと待って!」 
  
すぐ前でエレベーターに乗り込もうとした若いお母さんが大きな声を出した。
乗り込もうと歩き出していた私は危うく彼女の背中に追突しそうになった。  
   
「忘れ物!ねぇ、、降りて! ちょっと、、降りなさい」
そう言いながら、中にいる子供達の手を引っ張って外へと連れ出した。
「あ、、、すみません。 お先にどうぞ」   
     
後ろで待っている私たちを気遣ってしきりに頭を下げている。
「なんだよ? なにを忘れたんだ?」
お父さんも私達に頭を下げてエレベーターから降りてきた。   
   
彼らがなにを忘れようが私たちには関係ないが、お母さんの慌てぶりを見るといったい何を忘れたのか気になる。
さぞかし重要なモノに違いない。
お財布でも忘れたのかしら? 
     
入れ替わりにエレベーターに乗った私たちは「1F」のボタンを押す。
ホールでは、お母さんがバッグの中をのぞき込みながらその大切な「忘れ物」を探していた。 
    
「やっぱり車の中に忘れたんだ、、、」
「何をだよ?」
のんびりとした旦那さんの声にいらついたか、お母さんの甲高い声が響いた。
「携帯よ!」  
  
扉が閉まってホールの会話は途切れた。
「なんだ、、、財布じゃなかったんだ」
しゅうがポツリとつぶやいた。  
    
「そうだよね~~。私もそう思ったわ」
「それにしても、、、あんなに血相を変えるくらいに『携帯』って大切か?」
しゅうが不思議そうに首をかしげる。   
    
「そうねぇ、、、忘れると困るけど、、」
「ふ~ん、、、そんなもんかねぇ。俺なんか出来れば持ちたくないと思うけどね」
しゅうは休日、携帯をもって歩くことはまずしない。出かける時も車の中に置きっぱなしになっている。   
   
「若い人はなおさらなんじゃない?」  
「でもさ、、、さっきのはどう見たって夫婦だろ? 夫婦とその子供2人だよな?」
夫婦と子供達の顔が脳裏に浮かんだ。   
    
「そうだと思うけど」
「家族が全員一緒にいるんだぞ。 携帯なんか必要ないじゃないか?」
「あら、、、どうして?」
「子供とダンナが一緒にいるんだ。 すぐに連絡しなくちゃいけないことなんて無いじゃないか」
「緊急の連絡は、家族の事だけじゃないわよ」
「そりゃぁ、そうだけどさ」   
     
エレベーターが3Fに止まって、扉が開いた。
4,5人の人が乗り込んできて私達の会話も途切れた。
寿司でもつまむか、、、  
  
しゅうの意見に従って、寿司屋のカウンターに腰を下ろした。
私は、ランチの「ちらし寿司」を、しゅうはビールと刺身の盛り合わせを注文した。
「さっきの事だけどさ、、、おまえは携帯が無いと不安か?」
しゅうがビールを飲みながらまた『携帯』の話を切り出した。   
    
「そうねぇ、、、不安って事はないけど、やっぱり不便だと思うわ。
    だって、生徒との連絡も今は携帯に頼ってるし、、、メールだって一日数件は必ず届いているし、、、」
「不便ねぇ、、、だけど、つい数年前までは携帯をそんな風に使ってなかっただろ?」
「うん、、、最近かなぁ。 小学生が携帯を持つようになったのは、、、ここ2~3年だし、、、」
「だろ? 確かにあれば便利かも知れないけど、なくっちゃどうしても困るってモノでもないだろう?」
「それはそうだけど、、、現実にみんなが持っているんだから『利用』しない手はないでしょ?
                       あなただってよく言うじゃない、『道具は使いようだ』って、、、」
「そりゃそうなんだけど、、、俺が言いたいのはさ、さっきの夫婦、、っていうよりも奥さんだけど、
          エレベーターホールでのあの慌てぶりは尋常じゃなかっただろう?   
   
                          おれはてっきり財布でも落としたのかと思ったよ」   
  
 
グラスにビールを注ぎ足している。    
   
  
あぁ、、これで帰りの運転は私ね。   
    
「たかが携帯を忘れたくらいであんなに慌てなくてもいいと思うんだよな。
    イヤ、、、むしろ、せっかくの休日、、、  
   
        家族水入らずで過ごしている時に無遠慮な携帯に邪魔されなくて好都合じゃないか。」
「そうねぇ、、、」
「いつもの事だけど、俺は休みの日に携帯は持たない。 
         つまらない電話で、せっかくの休みを台無しにされたくないしね」
「でも、もしそれが大切な商談だったら?」
「休みの日に大切な商談!?そんなモノないさ、、、大切な商談っていうのは急に決まる事なんてない。
   ちゃんと事前に先方とも相談して、スケジュールを調整して、行うモノだよ。 
       今日いきなり、これからどうですか?なんて商談はたいして大切じゃない証拠だよ」
「じゃぁ、、、たとえば、お店で事故とかあったら?」
「携帯が無い時代だって『事故』や『トラブル』はあった。 でも、それは店の責任者が自ら解決していた。
    どうしても、判断できないような事は上司に、、、それでもダメな場合は俺の家に連絡をしてきた。
                      でも、そんなトラブルは年に1度もないさ。」
「そう言えば、、、お店でぼやがあって、、、土曜日の夜に電話が入ったことあったわね」
「あったな。 でもあの時だって、結局、店長が自分でちゃんと処理したんだよ」   
    
お待たせしました…   
   
色々なネタが綺麗に並べられたちらし寿司、、、 私は子供の頃からこれが好きだ。
しゅうはまだお寿司を注文する気配はない。
しばらくは 「携帯電話への愚痴」に付き合わされる事になりそうだ。
ま、、、それも悪くない。
私はしゅうの話しが好きなのだ。

この記事を書くきっかけとなった「こころさん」の記事です。

読んでみてね♪リンクあり→ 「挙式までの2人の道のり」

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