ザ・コーブが盛り上がっていますが最近ツイッターに居座っているあいつのせいでクジラと聞いただけでいらっとします

↓こいつ

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某社の記者から聞いた話によると、ザ・コーブ弾圧デモに冷静になれと話し合いに行った鈴木邦男は、売国奴などと罵声の集中砲火を浴びたらしい。売国奴って。彼、右翼なのに




学校でカースト制ってインドのことしか習わないけど、血統で継承されて身分間の移動ができなくて婚姻関係の分離がある身分制度を指すので、日本の部落差別も立派に当てはまる。

あ、インドの場合は女性側が婚資を払うことで数ランク上のカーストに上昇婚するという制度。そのために(近年でも)女性が間引かれたりひどい扱いだけど、完全な婚姻の分離でない点は江戸時代の日本よりまし。


Violence And Culture: A Cross-Cultural And Inte.../Jack David Eller

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保守派の思考が支離滅裂なのは、国内向けには(非実在青少年規制に見られるように)道徳心の押し付けが許されると主張するのに対して、国内(国外の間違い)に対しては(ザ・コーブ弾圧に見られるように)道徳心は文化相対主義的だと主張するところ。国内の人間もあなた以外の人間はあなたじゃないんです。

 国外に対しては自分の価値観を押し付けるのが物理的に無理って分かってるから、文化相対主義を唱えて、不干渉を主張するんだよね。一方国内に対しては、違う価値観が存在することを決して認めない。
 僕としては、国内のレベルにおいても、違う価値観の存在を認めるべきと言う立場。べきっていうか、自分以外の人間はみんな自分じゃないっていう、当たり前の事実だよね。ただし、人を傷つけてはならない、盗んではならない、差別はいけない、といった社会契約的な(他者の権利との兼ね合いの)意味の普遍的な原則はあると思う。絶滅の危機にある動物を殺してはいけない、動物であっても不要な苦痛は与えてはならないというのが普遍的な価値であるという主張は、一定の説得力のあるものだと思う。




×××× 「第二ラウンド」の記事がRTされまくる普天間タグ。反対派は狂喜乱舞している。思い通りにはさせない。運動家は根絶やしにする #seiji #futenma #okinawa #minsyu

 普天間問題に関してなんだけど、根絶やしとか言い出すセンスに爆笑した。




議論吹っかけてくるのはいいんだけど@の前にスペース入れないとこっちに表示されないのよ・・・勝手に自家発電されてもこちらも困る

 後になって偶然コメントされてることに気づいて、時間経ってるのにいまさら何か言ってやるのもなぁ…と悶えるときがある。




http://www.yomiuri.co.jp/politics/news/20100617-OYT1T00001.htm 基本的にはよいことなのだけど、これまで抑留についてはソ連に対する国家の請求権は放棄したけど個人の請求権は放棄していないという慰安婦とのダブスタだった

今回日本政府による補償がなされたことを受けて、そのダブスタを追求しにくくなった。慰安婦問題が後退することになりそう。

ちなみに日本政府に対する補償請求訴訟は”戦争は国民が等しく受忍すべき云々”で認められないことが多い。軍人は年金やら遺族年金やら、補償してもらえるのに一億総動員を説いといて一般国民を動員した責任は取らない。それに天皇は何も受忍してないのにね。


 シベリア抑留被害者への日本政府による補償が決定したことについて。
 もう少し説明しておくと、シベリア抑留者についての賠償請求権は、日本政府は日ソ共同宣言で放棄している。しかし、抑留者個人によるソ連に対する請求権が放棄されたわけではないので日本は補償しないから勝手にソ連に請求してくれというスタンスだった。
 その一方で、朝鮮人慰安婦に対しては、日韓基本条約で韓国政府が賠償請求権を放棄したので、個人による賠償請求も認めないという方針をとっていて、明らかなダブルスタンダードだった。
 今回日本がシベリア抑留者に対して給付金を支払ったことで、ダブルスタンドードな点は追求しにくくなった。
 もっともこれまで日本が、個人の請求権は放棄されていないと主張してきた事実はくつがえらないし、独裁政権に経済援助と引き換えに賠償請求放棄を約束させるなんていう、韓国人の人権を金で買い漁るに等しいことを、自分の国が行うことを許せませんが。
 もう一つの問題は、外国籍の人々への補償は今回も放置されたこと。台湾・朝鮮の人々も”日本人として”戦争に参加して、ある人々は”日本人として”戦犯裁判にかけられた。なのに、補償からは”日本人じゃないから”排除される。おかしくない?

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××××1.サンデル『これからの「正義」の話をしよう』(以下「正義」)に出てくる「アフガニスタンのヤギ飼い」の話。あんまり気になるので、元ネタの『アフガン、たった一人の生還』を読んでみた。当り前だが、「正義」の議論に関しては「正義」に書いてあることが全てである。(続)

××××2.作戦中に出くわした「ヤギ飼い」(民間人3人)はタリバンに特殊部隊兵士たちの居場所を教えるかもしれない。その時「ヤギ飼い」を殺すことは正しいことか。事後的にも分かっているのは、「ヤギ飼い」を解放した直後タリバンに包囲され、戦友と救援部隊は全滅したことだけでである。(続)

××××3.「ヤギ飼い」がタリバンに通報したのかどうかは結局わからないのだ。それでも「ヤギ飼い」を殺すことが正しい判断だったと言うのか?生還した兵士は、交戦規定を守れというリベラル派の主張を否定する。20人のアメリカ兵が殺されるよりは、3人のアフガン民間人を殺せと。(続)

××××4.交戦規定もなくジュネーヴ条約も守らないタリバン兵を相手に戦争するのだから、交戦規定もジュネーヴ条約も守れないと。つまり、生還した兵士はこの戦争に正義は存在しないと言っているのだ。「ヤギ飼い」を殺すことは正義に反し、正義に反することを正当化する戦争も正義に反する。(続)

×××× 5.この「アフガン、たった一人の生還」という本は、生還した兵士ラトレルと戦争小説作家ロビンソンの共著になっている。まるでハリウッド映画の様な血沸き肉踊る特殊部隊兵士のヒーロー物語だ。これで「リベラル派への痛烈な批判」(帯のコピー)と言われても困ったもんだ。(終)


こんなもんがリベラルへの有効な批判のわけないじゃん。民間人を殺さなきゃいけないような戦争をそもそもするな馬鹿、って言われて終わりだって。頭悪いな。

話題になっていたサンデルのヤギ飼いの下り読む。前提ぶち壊して悪いけど特殊部隊が問題とすべきは、民間人を殺すか殺さないかじゃなくて、発見された時点で作戦を中止して撤退するかどうかじゃないの?作戦の遂行を前提に議論している時点で、軍隊の独善的な理屈だなあと、本論とは関係ないんだけど

生還した特殊部隊員の手記は、リベラルへの痛烈な批判であると謳われているらしいんだけど、何のことはない、軍隊がどれほど独善的で視野狭窄かを知らしめうるという意味で、リベラルへの強力な援護射撃じゃないか

 ラトレルは重大な支障が生じているにもかかわらず作戦遂行を前提にヤギ飼い(民間人)を殺すか殺さないかという問題設定を行ったことをこそ悔やむべき。

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美味しんぼが左翼すぎるとよく非難されているのだけど、あれだけ保守的な家族観(家族を嫌う人間はさもしい/家族はいつか必ず分かり合える)をテーマにしておいて、フェミニストや女性一般や環境運動家を常にステレオタイプ的に描いておいて、どこが左派なんだ?
 
 社会問題を提起する漫画じゃなくて分かりやすい漫画を描きたいんだろうから、一般の人の共通認識におもねる描き方になるんだろうね。それ自体は表現の自由だと思うけど、リベラルな立場では決して無い。
 外国の文化に対しては寛容だけど、捕鯨に対する強固な支持を見るに、不干渉主義というべきものじゃないかと思うんだよね。それは保守派にもよく見られる。

あと”よくぞ日本人に生まれけり”という会(回の間違い)があった。日本の味を喜ぶ話なんだけど、”日本に生まれ”じゃなくて”日本人に生まれ”なんだよね。

 微妙な言い回しに違和感を感じた。


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