資産10億以上の富裕層をきょうも生み出しているアメリカ…
しかし、”金持ち”になっても悩みは尽きない…
「おカネでは解決できない問題もある」というのもそうだが、それはきょうはさておいて…
資産1億円のケースから考えてみよう…
資産1億円は、”金持ち”か?…それとも”貧乏人”か?…
アメリカの資産家たちの間では、”4%ルール”というものが言われている…
だいたい資産が1億円あったとしても、運用平均はせいぜい4%程度という意味だ。
すると、それは”年収400万円”にしかならない。
勤め上げてリタイアしたときに1億の資産があったとしても、
そこから得られる年収は400万円(税引きで320万円)でしかない。
これじゃあ、つまんないからと…
家も買って、クルマも買い換えて、旅行もして、孫にもお小遣いなんて言っていたら
年金収入以外のカネはなくなってしまう。
ちょっとガマンして、半分の5000万だけ使ってしまえ…
その場合は、資産運用で入ってくるおカネは200万(税引きで160万)となってしまう。
健康でずっといけばよいが、寝たきりになったり、介護が必要になれば、いくらかかる?
そうすると、「ゆとり」をもつためには、1億の資産をもったところでカツカツだと言えよう。
『金持ち父さん』では、
「とてもたくさんのおカネを投資に回す必要がある」と教えている。
経済的自立、経済的自由は、だれしも夢見るところであろう。
「少なくとも雇われの身に甘んじなくてもいい境遇」になりたいものである。
…というか…
”雇われの身”の分際で、「自分は経済的に自立している」と思っているノーテンキばかりの…
日本人というのが、私にはよくわからないのだが…
それはさておき、
資産家の悩みは、”子どもや孫たちのこと”なのである…
ある程度、学習もし、経験も積まないことには、
「とてもたくさんのおカネを投資に回す必要がある」ということがわからない…
それだけのカネがあれば、
欲しいものが手に入る、好きなことができる、と思ってしまう。
若ければ若いほど、その衝動は止めがたいものであろう。
親としては、”経済的自由”を遺してやりたいのに、これを渡せば放蕩生活に落ちてしまうのではないか?
そんなことなら、財産など残さない方がよいと…そこまで考えるのである…
節約に節約を重ねて、やっと手にした”経済的自由”も、何で失うことになるかわからない。
ゲスな貧乏人には、ドケチの守銭奴か何かに思われるかもしれないし…
実際、「金持ちは敵だ~」と騒がれたときに
バカどもが「敵」と思ったのは、こうした倹約家、貯蓄家であった。
資本家ではなかった。
また、ストライキを打つのはいいが、小さな会社でそれをやり、倒産させてしまった。
競合する大手のスパイが組合運動を焚きつけたフシもあった…
戦う相手がどこにいるのかすらわかっていないのが人民というものなのである。
そして、第一日本においては、おカネの話をすることには大きな危険が伴う。
ビジネスマインドのない、おねだり乞食とタダノリ市民が圧倒的多数だからだ。
また、キレイゴトを抜かす…
「おカネよりも大切なものがある」
だ~から、おカネの奴隷にならないように、
おカネに支配される側から、おカネを支配する側になろうとする努力の邪魔をするなよ。
日本人は、”おカネを支配する努力”が足りなさすぎる…
それで、「再分配を~」「格差をなくせ~」では説得力がない。
日本人よ、社会をではなく、まず自分を「革命」せよ!
ビジネスマインドを身に着けてから、格差是正や再分配を説け。