バカ国民帝国日本の滅亡◇FooL JAPAN!◇日本人人間化計画

【著作権フリー・人はだれの所有物(奴隷)でもありません。身も心も、著作物も所有物ではありません。所有し、支配してはならないものです。】幸徳秋水死刑100年の怨念、乃木希典自刃100年の無念を引き継ぐ”呪い”のブログ…

ポピュリズム(主権在民、民主主義」の敵は、チンパン国民



主権者は、テレビを信じない。権力の監視と審判は、主権者の仕事だからである。


チンパン国民は、権力の監視はテレビがするものと思って、その仕事を怠けている。



主権者は、言行が一致しているか、申告が事実と矛盾していないかで公僕を審判する。(応援はしない)


チンパン国民は、自分の意見と一致する政治家を応援する。(結局、”自分”の好みが審判の基準)



「悪法も法」について…


主権者は、「相手が悪いことをしても、自分がしていいことにはならない」と考える。


チンパン国民は、「相手がしたなら、悪いことでも、自分にはやる権利がある」と考える…


あるいは、「悪法だろうと、なんだろうと、法は法。お上には絶対服従」と考える…



(゙ `∇´)/ 本当の日本人は”明治維新”なんてことばは使いません…


この漱石や鴎外のように”瓦解”と呼ぶものなんです…




明治のとりとめのない”欧化”…(いまなら”グローバル化”、”IT化”でしょうか)…のなかでも…


日本人としての”自分の姿”を見失うことのなかった樋口一葉の死ををふたりは惜しみます…


資本主義の激流…それは日本に何をもたらしたのか…



日本を理解し、愛し、日本に帰化したアイルランド人ラフカディオ・ハーンも…


”欧化”を急ぐ日本においては、不要な人材とされてしまったのです。




月給400円で請われて東大に雇われたハーンでしたが、200円への減額を示され、退官。


後釜に入ったのが、夏目漱石でした。



漱石を雇うための給料減額提示に、ハーンはあっさり身を引いて、翌年狭心症で他界するのです。

「日本、ますます 悪い なりましょう」と、日本の行く末を心配しつつ…



いま…日本にいる多くは、こうした人たちではありません…


ニセ日本人ばかりが、「自分は日本人」と錯覚しているのです…


明治維新の物語からして、すべてはデタラメ…茶番でした…


そういうことを知っていてこそ日本人なのではないですか?



こんなインチキ日本は…こちらから”願い下げ”…


すでに”ない”のであれば、新しく作るまでです…


新しい人たちとともに…


$バカ国民帝国日本の滅亡◇FooL JAPAN!◇ $バカ国民帝国日本の滅亡◇FooL JAPAN!◇

人間が、組織という「巨人」に喰われていく…

1%課税せよ!不平等是正!ゲームではない経済を!

$バカ国民帝国日本の滅亡◇FooL JAPAN!◇

グローバル・ハゲタカ資本から国民の財産を守れ!
権力・・・とは、欲で釣り、暴力で脅すこと。ゆえに無欲で死を恐れぬ者は無敵である。

それが絶対的自由を得た完全に自立した個人である。

自立した個人とは、ことば(マコト)の刀を差したサムライをいう。
法にしたがうとは、自らの良心にしたがう・・・ということ。


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「みなさん、メリークリスマス!

 

これからは再び、そうやって言えるようになったんだ」

 

 

トランプは、こう発言して盛んに喝采を浴びていたそうです。

 

 

多宗教多民族の国家であるアメリカでは近年、他宗教に配慮して

 

「Happy Holidays」という挨拶が定着していました。

 

 

12月には、ユダヤ教のお祭り「ハヌカ」もあり、学校行事に取り入れて全生徒参加でお祝いしたり、11月の感謝祭では、アメリカにわたってきたばかりの白人が厳しい冬を越すのが大変だったため、現地人であるインディアンに食料面で助けられた歴史的事実を、やはり学校行事の演劇などで伝えてきたという経緯があるのです。

 

今月の16日もアメリカの休日ですが、キング牧師の誕生日です。

 

アメリカは、多くの過ちを冒してきましたが、それに対する反省やケジメをつけるという精神を持ち続け、実践してきたところもあったのです。

 

日本のように、かつての悪事を「なかったこと」にして、「反日だ~」と騒ぐようなみっともないことは、少なくとも許してこなかった良識が、アメリカにはあったのです。

 

 

しかし、それが最近少々怪しい…

 

キリスト教徒が「メリークリスマス」という…そのこと自体、何も悪いことではありません。

 

 

他者に対する配慮を、「自分たちに対する抑圧」と考える被害者根性の疑われる点が、気にかかるのです。

 

またそうした考えは、キリストの教えにも明らかに反しますので、トランプがむやみに分裂を煽っているのだとしたら、彼は間違いなくAnti-Christ なのです。

 

Anti-Crist が、「Merry Cristmas」と叫んで喝采しているとすれば、これ以上に不気味で不吉な情景もありません。

 

Anti-Globalism は、いつ Anti-Crist にすり替わってしまったのでしょうか?

 

まさか…それが、トランプの正体ではないでしょうね?

 

トランプは、プーチンと仲が良いらしいですが、Nationalist (国家主義=国民家畜主義)と評されています。

 

しかし、メディアは、一貫してトランプ旋風を Populism と呼んできました。

 

いまや世界は、白と黒、馬と鹿の違いも分からなくなって混同するようになったのでしょうか?

 

Anti-Nationalism が、通常イコールPopulism なんですけどね?…

 

 

ですから、トランプの正体が Satanist であっても、まったく驚きません。

 

サタニズムは、正反対のものを統合する思想でもあるといいますし、神と人間を区別することなく統合してしまおうという考え方、個人主義をも含むといいますから、必ずしも邪悪な宗教とは言えないのかもしれません。

 

ある意味、もっとも現実世界を直視した…

 

身も蓋もない自他世界を受容する思想かもしれません。

 

 

ですから、正体がサタニストだったとしても、ただちにそれをもってトランプを否定しようと思うわけではありません。

 

矛盾や辻褄の合わないこと…私が気にするのは、常にそこなのです。

 

 

ウソ偽りを常に言う人たち…これが私にとっての「サタン」の定義です。

 

「ポピュリズム」を「大衆迎合」の意味で使ったり、ナショナリズムをそう呼んだりするマスコミ連中や一部の大学教授どもは、私の「サタン」の定義に合致するのです。

 

日本もそうですが、欧米にも、この手の「サタン」には事欠きません。

 

 

たとえば、イスラムは砂漠で井戸を見つけたら、それを独り占めにしません。

 

「アラビアのロレンス」などの映画では、イスラムが井戸を独占するために他を撃ち殺すシーンがあるそうですが(私は、忘れました)、そういうことをやるのは日本人や欧米人です。

 

また最近、フランスで「服従」という物語が発表されて話題になったそうですが、その内容たるやフランス人を初めとしたキリスト教徒たちがやってきたことそのものなのです。

 

ある日、民主的にイスラム政党が政権を握り、何でも「イスラム化」してしまい、宗教の自由もなくなってしまうという内容なのですが、それをイスラム教徒がやるんだというありえない設定なのです。

 

日本でも自分たちのやってきたことを韓国人のせいにしようという薄汚い連中が日の丸つけてぎゃあぎゃあやっております。

 

同じようなデタラメが、欧米諸国でも日本でも、堂々とまかり通っている。

 

 

昨今の「グローバルスタンダード」の押し付けも、欧米諸国がやってきたことですし、

 

キリスト教への回収を無理強いしてきたのも「キリスト教徒」でした。

 

キリスト教徒のなかにAnti-Christ が紛れ込んでいるのです。

 

 

キリストは、主は「怒りの神」ではなく「愛の神」だと説きました。

 

「全知全能の神」あるいは単に「神」というとき、人々がイメージするのは王様や奴隷主のように人民を取り立てるのも処刑するのも自由にできるような権能をもつ存在です。

 

しかし、王様や奴隷主と言うのは、人民を拷問し、意のままに使役しようとする存在です。

 

つまり、キリストはそのような奴隷主のような全知全能の神を全否定したのです。

 

ですから、たとえば大統領のような存在は、もっとも創造主とは似ても似つかない存在なのです。

 

さて、トランプが信仰するのは、「怒りの神」でしょうか「愛の神」でしょうか?

 

 

私は、経済政策なんかよりもそちらの方に、ずっと大きな関心があります。

 

 

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日本人の知能レベルの低さを、またまた証明しなければならなくなりました。

 

まったく気の滅入ることです…

 

東洋経済といえば、ちったあマトモな経済誌だと思っていたのですがね~

 

サギノミストというか、エテ(エテ公)ノミストの提言をうやうやしく紹介しているのです。

 

 

どうやら、ソロモンやゴールドマンでは、科学や経済の基礎がなくても、口先三寸でアナリストが務まってしまうナルイ企業のようです…でなければ、この経歴は詐称ですか?

 

経済ブログなんぞ書いてる連中も、少なからずがカル~ク乗せられておるようですが…

 

 

なんでも「経済成長」とか、「自由競争」とか、そういう話をしたがる人に頭のいい人がいた例がない。物事の根本、本質を見極めようとしない人たちです。

 

 

観光立国だのカジノだの…真に受けている政治家や官僚も少なくない?…

 

いま、仮名デーベッソ・アホキンスというアナルリストがいたとしましょう…

 

そして、あなたのところへきてこう言ったとします…

 

「おたくは稼ぎが少ないですね~。

 

おや?観光資源も労働資源もあるのに、なぜ活用しないのですか?

 

”おもてなし”は顧客第一の精神でなければいけないんです。

 

 

ほら、あなたの娘さん。絶世の美女ではありませんか?

 

こんな観光資源をなぜおカネに換えようとしないのですか?

 

「売る」必要はないです。「顧客にサービス」させればよいのです。

 

 

あれ?あなたの奥さんもいいじゃないですか!熟女がタイプの顧客も多いですよ。

 

これだけの資源があれば、おカネをいくら払ってもいいからサービスを受けたいという人がゴマンといます。

 

あなたの家の労働生産性は、日本のトップクラスになりますよ。

 

あなたの稼ぎでは、家族は守れませんよ。

 

私の提言を入れて家族を守ってあげてください」

 

 

…あなたは、この提言を受け入れますか?

 

さらに、このアホキンス君が、だれかさんと同じように数字を出してきて…

 

「GDP=人口×生産性」

 

と掲げて、「生産性の向上を」などと言ったとき、あなたはどうしますかね?

 

アホキンス君も、やはりだれかさんと同じように「”女性の働き方”が問題」だと謂ったとしたときに、あなたはどうしますかね?

 

昔から日本では若い労働力は安く使えて従順であるので重宝しています。

 

会社や企業グループというのは、ヤクザの社会と同じでピラミッド型をしていますので、全員を出世させたり、賃上げしていたのでは、利益率が落ちてしまいます。

 

もともと「若くて安く使える労働力」だけが必要なのであって、高いカネを払ってでも雇いたい「人材」などというのは、ごくごく少数でしかなく、大衆には無関係なのです。

 

その点女性は結婚したら辞めてくれる人が多いので企業は助かっていたのです。

 

高いカネを払ってでも雇い続けたい「人材」は、女性だってもともと多くはありません。

 

代わりはいくらでもいる

 

これが、企業側のホンネであり、事情なのです。

 

それを「女性の社会進出が少ない」だの言っても仕方がありません。

 

 

ここ数十年、窓口業務はお役所からして、とても親切になりました。若くて有能な女性たちが大いに貢献したのだと思います。

 

しかし、若くて有能な女性は「代わりはいくらでもいる」状況ですから、賃金は上がりません。

 

特異な才能が必要な仕事なら…といいますが、そうなると「変人」でもありますから、そういう仕事に巡り合わなければ、ふつうの「代わりはいくらでもいる」仕事にすらありつけません。

 

 

世の中というのは、思いどおりにいかないのがふつうなんです。

 

それに第一、「経済成長」して、女性は豊か(というか幸せ)になったのでしょうか?

 

 

GDP=人口×生産性……この式に戻ってみましょう…

 

「生産性」といえば、ふつう…生産性=付加価値÷従業員数…と表わされます。

 

 

多くの人は、ここでググるのを止めてはいませんかね?

 

「付加価値」をググりましょう…

 

付加価値 = 売上高 - 外部購入価値

( 外部購入価値…材料費、購入部品費、運送費、外注加工費など)

 

要するに、経費が安く済むか、売り上げが伸びれば「付加価値」は増えるのです。

 

人減らしをしなくても、需要が高まるなどして、高く買ってもらえれば生産性も増えるのです。

 

 

それが、どうして需要増大や価格の上昇の話でなしに、「はたらきかた」の話ばかりになるのでしょう?

 

どこぞのだれかは知りませんが、ここに登場しているアホキンス氏が詐欺師であることは、ほぼ間違いないのではないのでしょうか…

 

 

こう考えてみると、世の中要らない物ばかり、やたら作って溢れさせ、「安いから」というだけでムリヤリ買わされている感じのすることに気づくはずです。

 

グローバル化で、安い商品が入ってきて、これまで職人レベルの「いいもの」が売れなくなり、粗悪で役に立たない商品ばかりになってしまいました。

 

昔の「日本製」は、とても品質がよかった。

 

いまやグローバル化で中国製やベトナム製になり、品質もまあまあなんですが、かつての日本製のようなフィット感がなくなりました。

 

消費者が本当に欲しいものは、もうないか、かなりの高値でないと手に入らないのです。

 

消費者の需要に応えないような商品やサービスばかり、「効率化」で提供したところで「付加価値」が増えるわけないじゃないですか?

 

 

さらに、日銀方式では、「付加価値」は次のように表わされます。

 

付加価値 = 経常利益 + 人件費 + 貸借料 + 減価償却費 + 金融費用 + 租税公課

 

確定申告している自営業者レベルなら、何もむずかしくないでしょうが…

 

要するに、利益+諸経費…と考えたらいいでしょう。

 

 

消費税というのは、この「付加価値」に課税しているのです。

 

「利益を上げる企業に罰を与えるのか!不公正だ!」と企業減税を進めてきましたが、

 

経費にまで課税して、利益がなくても納税することは、もっと不公正ではないのですか?

 

当ブログでは、「消費税は人件費に課税する悪税」と申し上げてきましたが、根拠はこの式にあるわけです。

 

 

それで、どこかのだれかさんではなく、あくまで今回のキャラとして登場させている…

 

アホキンス君の数式に戻りますが…

 

GDP=人口×生産性

 

これは、こう書き換えられますね?

 

GDP=人口×付加価値/従業員=付加価値×人口/従業員…

 

人口に対して従業員が減るほどGDPが増える…という式になっているんですね…

 

つまり、従業員の比率が少なく、働かない人の比率が多いほどGDPは増える

 

 

アホキンス君は、こういう式で「女性の働き方」を説明しているのです。

 

これもまた「真理」なのですが…

 

 

自分の頭で考えることが何より大事なので、この先は一度各自で考えてみてください。

 

また機会があれば『答え合わせ』をいたしましょう…

 

 

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1980年代…米英にAips文明が誕生した。

 

それ以降、世界はAips文明によって侵略され、支配されるようになった。

 

人間の国は、次々と、このサルの国に滅ぼされてしまったのである。

 

世の中、高いカネを払って、若い貴重な時間を費やして大学に行く以上は、賢くなって帰ってきてもらわねばならない。

 

しかし、この頃から大学はサルを養成する機関に成り下がっていたのである。

 

 

通常、学問というのは、先人たちの実績の上に積み上げてこそのものである。

 

先人の教えは理解できない、自分の気に喰わないからと、「新」とつけてデタラメな思想や似非哲学、似非経済学、似非宗教をでっちあげるのが流行したのである。

 

彼らの知能程度は恐ろしく低い。

 

しかし、人民のレベルがさらに低いがために、今日まで駆除も去れずにのさばっている。

 

 

最近、何度も言及している例だが、「ポピュリズム」に「大衆迎合」の意味はない。

 

それを彼らは「大衆迎合」の意味で「ポピュリズム」ということばを繰り返し使っている。

 

ことばの意味も分からずに政治や経済、宗教を偉そうに語っている勘違い勢力なのである。

 

 

こんな知能の低い連中に、翻弄されている人民の知能レベルも救い難い。

 

「こいつら、本当に人間なんだろうか?」と、いつも悩むのだ。

 

 

たとえば、交通マナーを考えてみよう。

 

クルマや歩行者が、それぞれに「自分の自由の最大化」を目指したらどうなるだろう?

 

最大の交通の自由や、みんなの満足が最大化するだろうか?

 

 

「ゆずりあい」

 

…と、教習所で習わなかっただろうか?

 

 

つまり、自分よりも相手の自由や権利を優先することによって、「交通の自由」は実現する。

 

 

また、「歩行者優先」等々、「弱者保護」のルールを学ばなかっただろうか?

 

「クルマは凶器」だと。

 

 

つまり、巨大な企業や国家は「凶器」なのである。

 

それが「弱者保護」のルールを守らなくって、「交通の安全」が実現するであろうか?

 

 

少し前に中国で、二歳児がクルマにはねられて苦しんでいるのに、歩行者はだれも気付かないのか、通り過ぎていき、ついには別のクルマに轢かれて、その二歳児は絶命した。

 

ネットにアップされたこの動画を見て、多くの人が戦慄し、考えさせられた。

 

 

しかし、資本主義、新自由主義、新保守主義は、何も問題がなかったかのように、なお世界に君臨し、のさばっているのである。

 

「個の自由の最大化」が何をもたらすのかは、初めから明らかなことである。

 

交通マナーの場合は、交通の自由と安全を阻害するのである。

 

経済や政治においても、人々の政治的経済的な自由と安全は脅かされる。

 

そんなこともわからないで、政治や経済を語り、運営している米英国民は、本当に人間なのだろうか?

 

「個の自由の最大化」は、相手の自由を抑圧する方向にはたらく。

 

それは、カウボーイ時代のアウトローの”ならず者”文化である。

 

 

そして、その文化は、イエスキリストがもっとも軽蔑し、敵対した文化である。

 

なぜ、米英は自分たちを「キリスト教国家」などと思っているのだろうか?

 

 

キリスト教というのは、イエスキリストの教えとは反対のことをやる宗教のことなのか?

 

 

自分たちの価値観を相手に押し付けることを「帝国主義」という。

 

なぜ、すなおに「帝国主義」を名乗らず、「民主主義」や「自由主義」を取り繕うのか?

 

 

詐欺師、ペテン師の政治経済が、新自由主義であり、新保守主義であり、グローバリズムである。

 

「民主主義」や「自由主義」を正反対に理解しているサルどもを、世界の人民はいつまでのさばらせておくつもりなのか?

 

サルは、山に帰れ。帰してやれ。

 

 

世界の人民よ。もう少ししっかりしろ。

 

サルに支配され、踊らされて、お前ら、それでも人間か?!恥を知れ!!

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ふたりの修行僧が大きく道を踏み外した。

 

師匠は大いに怒り、ふたりを仙術でハエに変えてしまった。

 

「あっ」とふたりが思った瞬間、視界が舞台劇のように暗転したが、

 

不思議なことに何も変わってはいない。

 

それどころか、ふたりは宮殿に招かれて、酒池肉林の極楽の日々を送った。

 

「なあ、あにい、ウチらバチを当てられたと思ったのに、こんなに楽しくていいんだろうか?」

 

「なんだまたその話か、その話はやめろと言ってるのに。酒がまずくなる。これは長い修行に耐えたご褒美さ。これも師匠の仙術に違いない。…ってことは、いつ解けてしまうかもわからない。楽しんでおかねば損だぞ。浦島太郎の話を聞いたことがあるだろう。楽しいときはあっという間に過ぎてしまうんだ。仙術が解けたときにはジジイになっているやもしれんのだぞ」

 

だが、弟分の方は、どうしてもそんな気分になれなかった。

 

楽しければ楽しいほど、無性に不安で居心地の悪い思いに囚われるのであった。

 

そのうち、気分の悪いのが高じて、めまいや頭痛がするようになった。呼吸まで苦しくなった。

 

そのなかでもがいているうちに、突然すべてがみえてきたのであった。

 

弟分の僧は、悟りを開いたのである。

 

 

すると、自分たちは師匠の言った通りのハエになっているではないか!…

 

ごちそうだと思ったのは、動物のフンや死骸であった。

 

兄貴分は、うまそうにフンや死骸を食べている。何の死骸かと思って一瞥して驚いた。

 

「あにぃ!それ、あにぃの奥さんの亡骸ですよ。どうしたんです?わからないんですか?」

 

「何を言っている。うちの実家は金持ちなんだ。喰うに困ることすらない。どうしてこんなところにいるものか、おれがいなくなって、厄介払いができたと思っていたはずさ。」

 

悟りを開いた弟分の僧には、すべてがわかった。

 

兄貴分の家族は、出家して程なく盗賊に襲撃されて皆殺しにされていた。

 

師匠は兄貴分の僧の性格などを考えて、あえて黙っていたのであった。

 

 

弟分の僧は、それからさらに長く苦しんだ。

 

悟りは開いても、術は解けてはいない。自分はハエのままだ。

 

糞と知りながら糞を喰い、死骸と知りながら死骸を喰った。

 

死にたくても死ねない。生きることの執着が、すべてを上回った。

 

 

そして、ついに命尽きたとき、

 

兄貴分の方は、その後もずっと虫けらに輪廻転生し続けたが、弟分の方は人間になった。

 

 

弟分の僧は、その人生で再び悟りを開き、人間の世界がハエの世界と変わらないことを改めて思い知ったのであった。

 

人間たちは、神様を祭って、「自分は救われる」と誰もが信じていたし、「神の恵みと愛」で、きょうもおいしいごちそうにありつき、楽しい出会いに恵まれると思っていた。

 

兄貴分の修行僧のように、それが”天罰”だとは微塵も疑うこともなく、人生を楽しんでいた。

 

 

弟分の僧は、ため息をついて、ひとり呟いた。

 

「せっかく悟りを開いたものの、人々は幸せそうにしている。仏法は、人々を苦しみから救う教えだ。天罰を喜んでいる人たちには、何もできることはない…」

 

                    

 

人間の苦しみは、人間ゆえのもの。

 

畜生として生きている者たちには、”人間の苦しみ”は、ないのだ。

 

 

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グローバリズムの中核をなしているのは、シカゴ学派、ミルトンフリードマンを教祖とするチンパン経済学である。(ネオリベ・ネオコンというチンパン政治学がさらにこれに加わる)

 

サルを操るのは、サルで十分ということなのだろうが、その理論で大統領の仕事やFRB議長の仕事をしていては、ろくなことにはならないだろう。

 

問題は、彼らが自分が人間だと思い上がり、サルに交じって生きている人間までをも支配しようなどと増長したところにある。

 

そろそろ…山に帰るべきではないのか?

 

 

彼らの最近のブームは、「ポピュリズム」を「大衆迎合」の意味で用いることである。

 

「ポピュリズム」に「大衆迎合」の意味はない

 

完全な誤用をいつまでも彼らは続けている。

 

およそ「知性」というものをもたないから、ことばをいい加減に用いることができるのである。

 

 

「エコノミスト」などというのは、一部を除き、そもそもそんなに頭のいい連中ではない。

 

彼らは、しばしば数学が得意で、いろいろと数式を操ってみせるが、具体的にそ数値が何を意味しているかを理解できないでいることがほとんどだ。

 

測定すれば、測定値に誤差が必ず入ってくるが、彼らはそのことすら理解できない。

 

科学者は、測定値を信用しない。常に疑っている。だから、何度でも測定をやり直す。

 

しかし、チンパン経済学者は、自分で測定したこともない、一回だけ測定しただけのものを無条件に信じて平気でいる。

 

科学の基礎がまったくできていないのは明らかだ。

 

そういうやつらが、自由貿易、自由競争、経済成長、効率を信奉するのである。

 

 

サルがバナナが好きだからといって、人間も同じように食べなければいけないのか?

 

エコノミストというサルの仲間だけが、「成長」だの「競争」だのやっていればよいことだ。

 

 

このあいだも、イギリスのチンパンエコノミストが、日本経済の非効率性を述べていた。

 

日本経済に「非効率なシステム」があるので、それを改めれば日本は成長できると。

 

こいつの世迷いごとを信じて出てきた政策が「観光立国」や「カジノ」である。

 

まあ、それらは「一長一短」だと私は思うが、サルというのは「全長」にしかみえないらしい。

 

視野が狭いというか、考えが足りないというか…そこが、人間に及ばぬところである。

 

米英が大学で、せっせとサルをカネかけて育成しているというのも滑稽な図ではある…

 

 

…で、その「非効率なシステム」とは、具体的に何を意味するのかなのだが…

 

ちょうど、中原圭介氏が「なぜトリクルダウンが起きなかったか」を解説した文章の中に出てくる。

 

『アベノミクスが目指したトリクルダウンの論理では、円安で収益が上がる大企業が賃上げや設備投資に動くことで、中小零細企業や地方にも利益がしたたり落ちてくるはずでした。

 

しかしながら、この理論はあまりにも経済の本質を逸脱したひどいものでした。

 

中小零細企業はすでに労働分配率が非常に高く、賃金を引き上げるのが困難であったというのは、初めからわかっていたことであるわけです。

 

大企業の製造業がいちばん労働生産性は高く、中小零細の非製造業がいちばん低くなるわけですが、大雑把に言って、大企業の製造業は労働生産性が1500万円程度であるのに対して、中小零細の非製造業はその3分の1の500万円程度にしかなりません。

 

ところが、中小零細企業全体の労働分配率は優に7割を超え、大企業の5割程度よりずっと高くなっているのです。

 

中小零細企業のコストの大部分が人件費なのですから、労働生産性が引き上げられないかぎり、賃金の引き上げもむずかしいといわざるをえないでしょう。

 

トリクルダウンの理論を生み出した本家本元の米国であっても、アベノミクスが始まる以前から富裕層から庶民へ富がしたたり落ちてくるという事実はまったくなく、トリクルダウンは幻想にすぎないことが明らかになっていました。

 

インフレと株高で潤ってきたのは、富裕層と大企業だけであり、いまでも格差の拡大は深刻な社会問題となっているのです。

 

その結果として、米国の大統領選において、泡沫候補といわれたトランプやサンダースが旋風を巻き起こしているというわけなのです』

 

およそ、「効率」というのは、分数の分子に「利益」を置き、分母に「賃金」等を総計して求める。つまり、賃金を多く払っている企業ほど「非効率」ということである。

 

ほとんどを外注ですませたり、ロボットですませている企業が「「効率がいい」のである。

 

すると、「非効率なシステムを改める」ことをした場合、賃金をたくさん払おうとする企業ほどペナルティーを科せられることになる。

 

現行の消費税を筆頭とした税システムは、給料をたくさん払おうとする企業に罰を与える仕組みになっている。

 

これで、個人消費が膨らみ、インフレが加速するなどということがあるだろうか?

 

 

さらに、「労働生産性」というのがあるが、求め方を調べてみるとよい…

 

これは需要の関数になっている。

 

つまり、買い手が高く買ってくれれば自然にこの数値は上がる

 

しかし、中小零細企業の商品を安く買いたたいているのは大企業である。

 

 

大企業の搾取によって、中小零細企業の労働生産性は低くされているのだ。

 

この状況で「労働生産性の低い企業には潰れてもらいましょう」などとやって、

 

日本経済が成長するのであろうか?

 

 

米英日のエコノミストたちは、サルよりも頭の悪い痴呆症発症中のごとき、わけのわからないことを言っている人たちばかりなのである。

 

一般国民のほとんどは、このサルよりも頭の悪い連中の唱える経済学の「ここがおかしい」とツッコミを入れることもできないでいる。さらに輪をかけて頭の悪いやつばかりなのである。

 

 

これじゃあ…移民やロボットに置き換えられても、仕方がない~よね~

 

 

ネトウヨは、「サヨクの頭のおかしい人たち」キャンペーンをやりたがるが…

 

「エコノミストの頭のおかしい人たち」に気づかないような役立たずでは、

 

つけている日の丸が泣くというものである…

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日銀のイールドカーブコントロールがヘリコプターマネーだという仕掛けはあったものの

 

ほとんど期待だけで”トランプタワー”を築いてしまった年末ラリー…

 

これから金利高、ドル高、原油高の三重苦が世界経済を襲うであろう…

 

年初に気前のいい財政出動で失速を免れた中国経済が堅調なのが救い…

 

供給は削減し、不動産は規制し、金利も上げてくるらしい…

 

中国経済が、減速しつつも堅調だからこそできることである。

 

一方、膨れ上がっている”シャドーバンキング”…リーマン級の爆弾だと思うが、

 

当ブログで繰り返したように、借金はそんなに怖いモノではない。

 

経済が回っている間は大丈夫。米国経済が景気後退に入るようなときに切実化するのだ。

 

アベノミクスのときからも、リスクてんこ盛りのなかで株価は上昇してきたではないか。

 

 

そもそも借金で経済成長しているのだから、常に大暴落と隣り合わせなのだ…

 

それなのに…それなのに…株は上がる…

 

 

最近、そこらはなんとなく掴めてきたのだよ…

 

…で…いつかくる大暴落のときに、ちゃんと買えるように訓練しているわけである。

 

 

日銀と外国人が買う中で年金はしっかり利食っている感じだが、

 

「年金が消えた」とやたらとムダに騒ぐマネーオンチ君たちをあざ笑うかのように

 

日経平均は19000円に乗せて、2016年を終了した…

 

 

20000万円つけにいくと思ったのに…消化不良のまま終わってしまった。

 

近頃は、扶養控除の上限を引き上げたり、教師のクラブ活動勤務の手当てをアップしたり、

 

ハワイに行ったり、プーチンと会ったり、あべらしからぬ政治が続いてとまどったが…

 

植草氏が、ずっと年初の解散総選挙の危険を訴えているのを聞いて納得したのだった。

 

 

つまり…選挙運動である…

 

あべちゃん、しっかりやってるじゃん!…と、チンパン国民に思わせたいのである…

 

それで株価までしっかり引き上げてきて、もう「10兆消えた」などとは言わせない…

 

 

しかし、サヨクもバカというか…反安倍のフリして安倍を応援しているわけだ。

 

 

FRBがバックについていて、日銀黒田が援護射撃を行うのだ…

 

株価操縦というカードを持っている連中に対して「10兆年金が消えたギャアギャア」とやっていれば、こうやって見事に損を消して「どう?」ってやられることくらいわからないのかね?

 

一時は、マイナス金利が失敗して、かなり動揺していたとは思うけど…

 

 

とにかく、いま選挙をやれば、あべがとても有利であろう…

 

日本民族の滅亡を早めるには、その方がいいんだけど?

 

 

ところで…

 

状況は、何も変わっていないなかで「取らぬタヌキの皮算用」で株価が上昇したが、

 

まあ、そろそろ現実に戻ってくるのではないか?…

 

 

金利安、ドル安、原油安のゴルディーな環境でこそ好調になった米国経済が、

 

それらを全部失ってでも好調を維持できるものなのかどうか…

 

 

来年は、今年以上に米中の経済指標の変化に注目が集まることであろう…

 

発表される数値次第でトレンドが反転してしまう危険が常にある…

 

 

植草氏が、日経平均23000円なんてのをぶち上げていたので本を買って読んでいるが、自分が得ている情報以外のものなどほとんどない…

 

世界の主要な株価指数と為替と商品は、毎日場帖につけて時系列化しているし、そのうえでロイターの記事や楽天のレポートを読んでいるので大抵のことは耳に入っている。

 

私の知らない根拠があってブチ上げているのかと思ったのだが…ない!

 

 

…ってことは、最も楽観的なシナリオで23000円つけることもあるってことだろう。

 

世界経済が力強く回復する中での金利上昇ならともかく、基本は金融政策が行き詰って低金利が続けられなくなってきての金利高なのだから”悪材料”のはずである。

 

なんで株を買っているのか?と質問したいくらいだ。

 

しかし、マーケットにカネが流れてくるという見通しがあれば株は上がる…

 

…上がるが、それはリスクと引き換えだか、いつかは反転してくる…

 

それの繰り返しだ…

 

 

けっこう高いカネを取って、レポートだの講演だのやっているが、場帖もつけない人が植草の話を聞いたところで、何の役にも立たないだろう。

 

自分でクルマを運転して、速度計や前方やミラーをちゃんと見ている人が指導教官の話をきけば役に立つが、路上を走ったこともない人が話を聞いてもいまいちなのと同じだ。

 

また、場帖を自分でつけて、経済指標にも目を通していれば植草の話を聞くまでもない。

 

植草の話を聞きに行くというのは、自分で授業に出ずに、植草に出てもらってノートを写させてもらったり、又聞きの話を聞いたりしているようなものだ。

 

そんなことに使うカネがあったら、ノートを買って、自分でつけろ。ノート以外はタダだ…

 

 

それにしても、植草氏が次のように書いているのはおもしろい…

 

『目まぐるしく変動する世界の政治経済金融情勢であるが、これらのすべてを洞察し、世界経済と金融市場の変動を的確に予測する。

 

そのうえで、効果的な投資戦略を構築することが本書の目的である。

 

世界の政治経済金融変動を読み解き、有効な投資成果を上げるべく、読者とともに知的探求の旅に出かけることとしたい。』

 

…あれれ…当ブログとけっこうスタンスが似通っていますね~

 

 

各種指数や経済指標のどこに注目して、どのように用いるのか…

 

植草氏のレポートを読みつつ、自分なりの場帖や投資ノートの作り方を模索していく…

 

そういうことなら、とても有益であろうが、植草氏の予測頼みで儲けようなどというスタンスではやけどする可能性の方が高いのではないかと心配する。

 

予測というものは、必ずハズれるものである…

 

 

それは、マーケットが生き物だから…ということであるが…

 

戦というものが、そもそも相手の裏をかくものだからで、こちらの予想をハズそうとしてくる…

 

予測をハズして、無防備になったところを徹底的に叩いてくるのである。

 

だから、「予測が当たる」と話題になって、書店に並ぶようになったら危ないのだ。

 

 

株価の暴落中も、個人投資家の多くが耐えきれなくなって投げるまで売ってくる。

 

ほとんどが投げてしまったのを確認して、彼らは買い戻しに入る…

 

 

だから、「予測」で当てようとしたって意味がない。

 

 

ほとんどの投資家が投げてしまうそのときになお、自分が踏みとどまっていられるにはどうするかということだが、

 

これは多分、ふたつしかない…

 

ひとつは、下落に巻き込まれるずっと前の、最初の時点で「なげる」(つまり、損切り)

 

それか、もうひとつは、どこまで下げても塩漬けにしておけるだけしか買わない…

 

(下げきったところで確実にナンピンできれば、なおよい…)

 

 

「初動の損切」か「ちょこっと買い」で、

 

耐えられずに投げてしまう(負け組の9割)の個人のお仲間に入らないように

 

していればよいということである…

 

 

ともあれ、株価がさらに上を目指していくには、期待を裏付けする事実が必要である。

 

それがない今は、「根拠なき楽観」のなかにある…

 

 

国民年金基金や確定拠出年金には、ドバっとぶち込んでおくべきだろうが、そうでない部分は「休むも相場」に徹っしてもよいくらいの状況であるとはいえよう。

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人権を、なにやら特別なご利益のあるありがたい特権だと思っているような人が少なくない。

 

 

いわゆる「基本的人権」として、ルールとして定められたものがあるのは、

 

人の命を虫けらほどにも考えない権力相手に守らせるためのものだからだ。

 

 

人類の歴史は、殺し合いの歴史であり、奪い合いと人身売買、奴隷化の歴史である。

 

そうした鬼畜どもとわたりあうために行使する権利…

 

だが、それは話の通じる相手に対しては、ごくふつうの道徳的マナーである。

 

なんら特別なものではない。

 

 

こんな記事をみつけたが…

 

ここにある「七つのタブー」…組合運動などでしばしば犯されている…

 

 

「数の力」等で腕づく力づくで言うことを聞かせようというのは、人権の精神に反する。

 

どこまでの力を行使するかは、警察力発動の場合と同様でなければならない。

 

すなわち、消極原則、比例原則、目的限定原則に則り…

 

”ちょうどぴったり”(=ジャスティス)でなければならない…

 

こちらの威勢を見せつけることが目的であってはならない…

 

 

まだサルのままで人間になっていない人々は、こういうところがわかっていない…

 

~転載開始~

 

昇給交渉で絶対にしてはいけない7つのタブー
Forbes JAPAN / 2016年12月29日 10時0分

 

部下が昇給を要求するのを目の当たりにした上司は大抵、身をこわばらせ、頭を抱え、時に怒りやいら立ちすら感じるものだ。キャリア設計と報酬についての話し合いはチームと組織全体の成長にとっても大切なこと。だがそのための心の準備が出来ている社員は少なく、話し合いを台無しにする初歩的ミスや、容易に避けられる間違いを犯してしまいがちだ。


筆者が設立した働く女性のための情報サイト「BizzyChicks」(www.bizzychicks.org)では、ビジネスで成功を収めてきた優秀な女性たちが、若い女性らに対するアドバイスを提供している。本記事では同サイトに寄せられたノウハウを基に、昇給交渉で避けるべき7つの大きな間違いを紹介する。


1. 自分の「気持ち」や、もっと高い報酬を受け取って「当然だ」といった考えに基づいて昇給を要求してはいけない。特に、相手の同情を引いて昇給を期待するなどもってのほか。交渉の場では、感情は抜きにすること。


2. 頻繁に昇給を願い出ない。業務に就いて1年程度では恐らく話にならないだろう。


3. 誰の時間も無駄にすべきではない。上司と、自分自身に対して正直になること。自分が特に能力を発揮したと思う部分だけでなく、至らなかった部分にも目を向けるべき。自分が100%の仕事をしたと言えるだろうか?


4. 攻撃的な態度を取ってはいけない。はっきりと主張する程度を心がけよう。自分の価値を証明するだけの実績があるなら、むきになって力説する必要はないはずだ。


5. 不平不満や愚痴は禁物だ。仕事量を同僚と比較したり、何年も昇給がないという不満をぶつけたりするのは避けよう。ネガティブな要求をすれば、上司への印象を悪くするだけだ。ポジティブな面に集中しよう。


6. 期待された通りの仕事をしたからといって、生計費調整以上の上乗せを要求するのはお門違いだ。昇給は、期待を上回る成果を出す社員に与えられる。


7. 上司に最後通告を突きつけたり、強迫的な態度を取ったりするのはもっての外だ。人質も賄賂も全く功を奏さない。最悪の場合、自分が口にした脅し文句を有言実行する心の準備をしておかなければならない。万が一うまくいって要求がのまれたとしても、上司はあなたを交渉とチームワークの能力を備えた人材としては評価してくれなくなるだろう。
昇給交渉は、自分の主張が理に適い、タイミングさえよければ、ぜひするべきだ。消極的な態度は、キャリアを築く上で決して得策とは言えない。


外部リンク
• 女性が昇進・昇給を実現する方法は一つだけ 信じてはいけない助言とは?
• 世界で最も稼ぐユーチューバー、2連覇の首位は年収17億円
• 社員のやる気を高めるために上司がすべき「シンプルなこと」

貼り付け元  <http://news.infoseek.co.jp/article/forbesjapan_14485/>

 

~転載終了~

 

必要以上に、あるいはムダに敵対的になることは愚かなことである。

 

前回の『呪いのクリスマス』記事の「汝の敵を愛せ」にも通じる。

 

もっとも、上司は敵ではないのだろうけどもww

 

 

 

 

 

 

 

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このブログを始めてから…とりわけ3・11以降…

 

私が日本人を大きく見損なっていたことを思い知らされるようになりました…

 

 

あまりにも私は日本人に破格の高値をつけていたのです…

 

実際は、きょうもストップ安の東芝と同じ”ボロ株”にすぎなかったわけです…

 

 

小学生から大学生までみてきた経験がありながら最近まで気づかなかったのです。

 

日本人が優秀であるという証拠は探しても、なかなか見当たりませんが、

 

そうではない証拠は日常に腐るほどころがっております。

 

 

きょうも、日本人が人間ではなく、サルであることの証拠を示すことになりそうです。

 

 

今年の『呪いのクリスマス』の記事は、主権在民、民主主義の作り方の原理を述べてきていますが、これらの原理は遡れば、キリストやブッダや、その他多くの古今東西の思想家たちが述べてきたことでもあります。

 

この原理を説かれて理解できないような者が人間であるはずがなく、

 

人間であったとしても、真理真実を求める「信仰のある者」であるはずがありません。

 

 

求める者には、必ず応分に与えられるのが真理真実というものです。

 

 

「他の99匹をおいても、迷える一匹を探し求める」とイエスは言いました。

 

信仰心のない99%のザコは、真実を求める迷える一匹にはるかに及ばない…

 

「え?そういう意味だったの?」なんて言わないでほしいですね…

 

 

日本人は、論理的に考えることができる者が極端に少ない…

 

イメージや感情で考えようとします。論理を司る脳の領域が貧弱なのでしょうね…

 

どうぶつのように生きていますから、ますます脳が退化してしまうのです。

 

それでキリストの教えを理解できずに完全に誤解してしまう。

 

 

天使が”ヘビを狩る者”で、悪魔にとっては”死神”であるように…

 

キリストも、悪魔にとっては”死神”なのです。

 

 

彼は救い主とは言われますが、

 

日本人の99%の鬼畜外道にとっては”閻魔大王”なのです。

 

 

福音は、セキュリティーソフトのようなものであり、

 

人々は、それに対しクリックして、許諾し、インストールしなければなりません。

 

 

「神を信じる」とは、そういうことでして、

 

「信じない者」というのは、セキュリティーソフトを入れていない者に相当するのです。

 

 

神を信じない者は滅ぼされますが、セキュリティーソフトを入れなかったパソコンが辿る運命と同じことなのです。

 

福音は、信じなかったものには黙示録となる…と申し上げてまいりました。

 

「神を信じない」というのは、「交通法規を守らない」ようなものですから、

 

いずれ破滅するのです。

 

 

さあ、きょうはとくに”汝の敵を愛せ”について述べましょう。

 

私にとって”日本人”は、裏切り者”にすぎません。早や”同胞”でもなんでもありません…

 

私にとって”日本人”は邪悪な存在であり、 ”滅ぼすべき敵”なのですよ…

 

 

私が”汝の敵を愛せ”をまさに実践していることがわかりますかね?…

 

日本人を赦し、「救う」ためにやっていると思っていますか?

 

 

日本人を滅ぼすためにやっていることです。

 

 

背理法と応報法、どちらも相手の正義を利用して相手を論破し、裁くわけですが…

 

すると、正義を主張しない者には手出しができませんし、

 

何も過ちがない者を倒すこともできないのです。

 

 

逆に、自分に敵対する邪悪な者たちは、法の戦いに引きづり込めるかぎりは殲滅できる。

 

 

イエスの教えは、ソクラテスの弁証法から、論理的に導くことができる。

 

 

向こうが、ルール違反をしたからといって、こちらがやっていいわけではない…

 

相手がよいことをしようと、悪いことをしようと、こちらのやることは同じなのだと…

 

 

ソクラテスの「悪法も法」の教えの意味です。

 

 

少なくない日本人が…

 

「悪法でも、法は法だ」と解釈しておりますが、ニュアンスは全然違います。

 

日本人の理解では、お上が出した法令には、文句があろうと絶対服従という意味になりますからね~

 

 

もちろん、人権の行使は「相手を尊重する」ので、極力逆らいませんけどね…

 

しかし、悪法をそのまま容認し、放置するわけではありません。

 

悪法を滅ぼす次のステップに移るために、そうするのですよ。

 

 

”汝の敵を愛せ”は、キリスト教や西洋に独特の教えというわけでもありません。

 

同じ教えは東洋にも、次のようなことばで伝えられています。

 

「恨みに報いるのに徳をもってす」

 

 

これも相手がどうあろうと、こちらは正しいことをやるだけだという意味です。

 

論理で考えれば、みっつとも同じ教えであるのに、日本人には別々にしかみえない。

 

なんと知的レベルの低い民族か…と、絶望いたします…

 

 

とにかく、こちらが間違ったことをしなければ、戦いは有利になるのです。

 

ヤクザでも、単純にコワモテで脅しつけたって、そう簡単に相手は恐れ入りません。

 

必ず、何らかの誘いをして、相手に”落ち度”を作らせます。

 

 

相手に契約書にサインをさせるシャイロック戦法もあるでしょうし…

 

相手の”落ち度”によって、ずいぶんと被害を受けたと主張する戦法もあるでしょう…

 

 

相手はその”落ち度”に対しては弁解ができない…恐れ入るしかない…

 

そういう状況で「どう落とし前つけてくれるんだ?」とすごむから効くわけです。

 

 

こうした「呼吸」「間合いの取り方」は、兵法にも応用されています。

 

こちらが地の利を得て、絶対優位の状況のところへ、相手を誘い込んで殲滅する…

逆を言えば、”愛を実践する者”を、味方だと早計して甘くみていると”命取り”になりますよ。

 

 

”愛を実践する者”は、日本人の99%のような邪悪な存在の味方なんぞには決してなりませんからね。

 

 

日本人は、正論を述べるとすぐに話をごまかしてきます…

 

「ま…ま…そんなむつかしいこと言わんと…」

 

「もっと視野を広くもたなきゃ…」

 

「寛容と多様性だよ」

 

「そんなことばかり考えてると、うつ病になるよ」

 

「そんなことばっかり言ってると友達なくすよ」

 

 

たしかに、こちらも「大きなお世話」「余計なお世話」がすぎたようです…

 

「同じ日本人」と思っていたのでね…

 

 

でも、そういう考え自体に問題があるということも、最近よく感じるのです。

 

個人と個人は、そう簡単にわかりあえるわけがなく、「同じ」ということもない。

 

「わかったつもり」でお互いが「同床異夢」にあり、すれ違ったまま共存している…

 

なんとも、居心地が悪いものですよ、これは…

 

 

そして、日本人の99%は、その”わかったつもり”で、とんでもない事態を招きよせてきた。

 

私に説教だか、忠告だか、親切にやっていただいた皆様方…

 

すでに決着は、ついてしまっているのではないでしょうかね?

 

 

 

「悪人を赦す」というと語弊がありますよ…

 

”汝の敵”が、「悪人」である場合、その「悪人」を滅ぼすために「愛する」わけでして…

 

別に赦すわけではない…仲間になるわけでもない…

 

 

相手が善人であろうが悪人であろうが、こちらはただ徳を積むことに集中するというだけ…

 

そのなかで、制裁を加えることがどうしても必要であるとか、適切であるとか、いうことになれば、愛の一環として行うこともあるでしょう。

 

しかし、安易にやることではありませんね…

 

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キリスト的”愛”とは、キレイゴトでもなければ、甘っちょろいものでもない…

 

ビジネスの精神によく似ているというのが前回のお話でした。

 

 

接客の一流、二流、三流で、

 

三流は、やらされている状態…

 

二流は、自分自身の工夫や理解至ってない。

 

一流は、主体的に、創造的に取り組む。「こだわり」があり、「大切な家族」のように向き合う。

 

 

”隣人愛”というのも、そういうことで、”同胞愛”とは、ちと違うのですよ。

 

 

実際に、世の中にはびこり、人々が耽溺するのは”愛”の物語ではなく…

 

”愛”を語った”感動ポルノ”です。

 

「好きな人と結ばれる!」「願いが叶う!」「思いが通じる!」みたいなね…

 

でも、それはキリスト的な”愛”ではない。

 

 

”愛の感動物語”を観ているとき、そして、観終った後、人々はどうしているでしょう?

 

「ああ、私には”愛”が欠けていた。もっと”やさしく”しなければ」とか思う人、いますか?

 

行動が何も変わらないどころか、ファンタジーと現実の落差にだんだんと不満が高じて…

 

「愛がない!愛がない!」と叫び始める…

 

「だれも私を愛してくれる人がいない!」とか…

 

「世の不条理」(ただのわがまま?)に怒り狂って、”愛の裁き”を始めるのです…

 

女性に多いタイプ…

 

私だけをみてほしい…

 

私が一番…

 

男にとっては”愛の実践”を妨げる障害ですらあります…

 

 

♪あなたは、いつも何かに気を取られて、追いかけている…

 

♪本当に大切なものだけを守ればいいのよ…

 

♪ほら、私をしっかり抱きとめて…

 

 

┐( ̄へ  ̄ )┌…みたいにね…

 

 

あなたにとって本当に大切なもの、守るべきものは”私だけ”のハズ!

 

 

((((;゚Д゚))))ガクガクブルブル 怖いですね~”愛の呪い”全開ですよ。

夫婦でも、夫がこういう涙ぐましい(?)努力(?)をしているところは少なくないのでは?

 

この…貴志のひとことに共感しますね~

 

男は、女だけ追いかけてるんじゃないのよ…

 

夢というか、使命というか…大いなるものに身を捧げる存在なんだ…

 

 

”愛”とは…

 

大切なものを守ること…ではなくて…というか、むしろ…

 

大切なものを無償で与えること…なので…

 

 

残念ながら、男は…

 

私のようなタイプの男は…

 

けっして、あなたにとって「私だけのもの!」などにはならない。

 

 

”愛の奴隷”など、まっぴらゴメン!!

 

”5%”には、翼が生えているからね…

 

 

どこまでも…自由に…飛んでいくよ…

 

 

 

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「回っているのは天ではなく、地である」と仮定することで、天体の運動が数式でスッキリと表現できることをコペルニクスが証明して”地動説”の走りとなりました…

 

これを「コペルニクス的転回」と申します。

 

 

似たものに「コロンブスの卵」ってのがありますがね…

 

同じ現実を見ていても、見方を変えることで世界観自体がひっくり返るのです。

 

 

世界の見え方が変わるということは…

 

「世界が変わる」「現実が変わる」こと等しいのです。

 

 

仏教もそうです。

 

弱肉強食の現実を一切否定せず、受け入れる…ただ…

 

「強」が「弱」に「支えられている」…「生かされている」…のように見方を反転させる…

 

すると、非情な世界が、愛に満ちた世界に一変してしまうのです…

 

 

我々、生きとし生けるものは、いのちを奪い合っているのではない…

 

与えあっているのだ!…

 

 

これがまあ…”悟り”なのですよ…極論すればね…

 

 

キリストも、奴隷たちを祝福し、”愛の実践者”として讃えたのでした。

 

もっとも「奴隷根性」は否定しているのです。

 

いやいやはたらかされ、楽をすることばかり考え…

 

拷問でこころがねじくれ、手近の者をいじめてご主人様気分を味わう…

 

あるいは、江戸の仇を長崎でというか…

 

ご主人様には復讐できないので、身代わりの生贄に怨みをぶつけて気晴らしする…

 

この日本人に多くみられるタイプの人間をイエスは激しく呪ったのでした。

 

 

キリストの教えが拡がることで、奴隷たちは文字どおり救われていった。

 

ギリシャでは奴隷は終身制でしたが、ローマでは、はたらき次第では自由民になれましたから、キリストの”愛の実践”の教えは、まさに希望となったことでしょう。

 

ローマにしても、奴隷に希望を与えることで、仕事に身が入るようにさせられましたし、反乱を起こされるリスクも減ったわけです。

 

現代の「アメリカンドリーム」は、まさにその延長にあるものですよ…

 

 

さて、もう少し時代を進めてみましょう…

 

キリストの教えの”愛の実践”が、世界を大きく変える局面が現れるのです。

 

印刷術の普及とともに、一般の人々が聖書を直接読むようになり、そこへマルティン・ルターなどらによる宗教改革のうねりが欧州に広がりました。

 

聖書を直接読んで、人々は誠実に”愛の実践”を始めたのでした…

 

すると…

 

「まこと」を尽くして”愛”を実践しますと、みんなに喜ばれ、感謝されますね…

 

すると、いっぱい”お礼”をいただくことになるし、「また今度も」と依頼がくるのですよ。

 

 

つまり、よい仕事をすれば評判となり、ビジネスとして成功してしまう…

 

大いに儲かってしまったわけです…

 

 

アメリカ人は、ビジネス精神をとても尊重しているように見受けられますが、歴史を遡ればキリスト精神に源流をたどることができるのです。

 

この精神に、動力革命、エネルギー革命を経て成立した機械文明が加わって、資本主義経済を作り上げてくるのです。

 

キリストの実践をみていると、とても共産主義的なのですけどね…

 

キリスト精神を実践していたら、科学革命が加わることで資本主義ができちゃった…

 

おもしろいですね…

 

 

いまや、資本主義は”愛”を失ってしまった…

 

金儲け自体が目的になってしまった…

 

 

しかし、奴隷根性だらけの日本人たちは、ビジネスマインドを鍛えるのが先決かも…

 

 

以下の記事など

 

”愛の実践”には”自由”が不可欠だと述べた前回の趣旨にも通じるところがあります…

 

→「お客様を、三流は『待たせてはいけない人』と考え、二流は『神様』と考える、では、一流は?」JALの元CAが教える! 一流の接客の違いとは?

 

 

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