『月刊社労士 2016年2月号』(発行:全国社会保険労務士会連合会)より
退職した元後輩の暴行で負傷した事例
『月刊社労士』に毎号載せられている「労働保険審査会裁決事例」の内容を要約、情報追加してご紹介します。
<事例趣旨>
請求人はトラック運送業務に従事していましたが、ある日の朝、会社の倉庫で準備をしていたところを元後輩から暴行を受け、右手を負傷してしまいました。請求人は、本件負傷は業務上の事由によるものであるとして療養補償給付及び休業補償給付を請求しましたが、労基署長は業務上の事由によるものとは認められないとして、支給しない旨の処分をしました。
本件は、請求人の受けた負傷が、業務上の事由であるか否か、がポイントになります。
<裁決結果>
請求人が元後輩から受けた負傷は業務上の事由によるものと認められ、療養補償給付及び休業補償給付を支給しない旨の処分は取り消されました。
<事実の認定及び判断>
業務中に他人の暴行によって負傷した場合、それは他人の故意に起因するものであることから、一般には業務起因性はないものと解されます。しかし、負傷の原因が業務にあって、相当の因果関係が認められる場合は業務起因性があると解されます。
元後輩の暴行による負傷が業務上の事由によるものか否かを判断するに当たって、考慮すべき点と、当該事例の検討状況は次のとおりです。
①暴行行為が明らかに業務に関連していることが必要
⇒ 請求人は業務命令に従って、先輩としての当然の行為として加害者に対して各種の指導を行ないましたが、加害者の心中には強い不満や恨みの悪感情が発生したものと考えられ、本件暴行が業務に関連していることは明らかです。
②実際には加害者の私怨に起因している場合があり、その場合には業務起因性は認めらない
⇒ 請求者と加害者の両者に職場外の私的な付き合いは認められず、加害者が私的関係における不満等により本件暴行に及んだと見る余地はありません。
③加害者も同時に負傷している場合には“けんか”と見るべき場合があり、この場合は私怨に発展していることが多い
⇒ 加害者にも負傷が生じているが、これは加害者がいきなり請求人に殴り掛かり、請求人に押さえつけられた後も暴れ続けたため、請求人がやむなく頭突き等をした結果によるものであって、これは正当防衛によるものということができ、両者の間でけんかが生じたとみることはできません。
④請求人が職務上の限度を超えて相手方を刺戟・挑発したような事情がある場合には恣意的に危険を招いたものとされる
⇒ 請求人が加害者を刺戟し、または挑発した事実は認められません。
以上により、請求人の負傷は業務上の事由に起因するものと認められ、療養補償給付及び休業補償給付は支給されることになりました。
請求人からすると、随分と運が悪かったですね。世の中にはいろんな人間がいて、時々常識を超えている場合もあります。会社として事前に請求人を守る何かができなったのかとも思いますが、それは相当に難しいことではないでしょうか。少なくとも、不幸にもこのような事件に遭遇してしまった場合、労災保険で補償されていなければならないですね。