毎月の事務所便りの締めくくりに、事務所からの風景として近況を載せています。Web上の仮想事務所なので、どこかのビルフロアーからの景色が目の前に広がっているわけではありませんが、その時々に興味を持ったこと、考えたこと、感じたことなどを書いてみます。

薔薇(その14)

 

バラ(その14)_1

 

バラ(その14)_2

164回目は、薔薇です。薔薇は今年に入って、201646月の事務所便りで紹介しましたので、今回で3回目になります。前回の紹介を春咲きの薔薇とすれば、今回はめでたく秋咲きの薔薇となりました。

ここ数年は春と秋の二回はほぼ確実に咲いてくれるようになりましたで、残りは夏と冬です。夏は暑くて今年は難しかったようです。そうなると今度は冬に期待したいところですが、夏の暑さと冬の寒さに弱いというのは、やはり世話をしている者に似て来るということなのでしょうか。

先ずは、自分自身の身体を鍛えて冬の寒さに負けないように努力しないと、薔薇の方も花を咲かせてくれないですね。

折角咲いたのに、カメラの性能が悪いせいか、どうしても赤い色が鮮やかに撮れません。カメラもそろそろ買い換えないと薔薇に申し訳ないです。

 

 

 

 

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読書シリーズの第二弾になります。今回は島崎藤村の「夜明け前」を選びました。思えば、前回の「武田勝頼」は甲斐武田家の滅亡を書いた小説でしたが、今回は見方によれば江戸幕府徳川家の滅亡の話とも考えられます。それで、この小説を選んだという理由もありますが...この本の出版は昭和48年となっていました。全体的に日焼けして変色してはいますが、その度合いは若干の程度なので読むのに問題はありません。どうやら誰も一度も読んでいないようです。この本は出版されてから今までどのような変遷を辿って来たのか想像もできませんが、誰かに一度は読まれたほうがこの本にとっても幸せではないかとも思うのです。

今回は、十二代将軍徳川家慶の薨去と半蔵の婚礼です。

1-1-2 「十二代将軍徳川家慶の薨去」

七月二十六日には、江戸からの御隠使が十二代将軍徳川家慶の薨去を伝えました。

「また、黒船ですぞ」

問屋九太夫が吉左衛門をも金兵衛をも驚かしたのは、それからわずかに三日杉のことでした。

「長崎の方がまた大変な騒動だそうですよ」

と金兵衛は言ったが、にわかに長崎奉行の通行があるというだけで、先荷物を運んで来る人たちの話はまちまちです。

遠からず来る半蔵の結婚の日のことは、すでにしばしば吉左衛門夫婦の話に上るころでした。隣宿妻籠の本陣、青山寿平次の妹、お民という娘が半蔵の未来の妻に選ばれました。

「半蔵さま---お前さまも大きくならっせいたものだ」

半蔵のところへは、こんなことを言いに寄る出入りのおふき婆さんもあります。おふきは乳母として、幼い時分の半蔵の世話をした女です。

「半蔵さま、お前さまは何も知らっせまいが、俺はお前さまのお母さまをよく覚えている。あのお母さまが今まで達者でいて、今度のお嫁取りの話なぞを聞かっせいたら、どんなずら---」

半蔵も生みの母を想像する年ごろに達していました。

このおふき婆さんを見るたびに、多く思い出すのは少年の日のことです。半蔵は学問好きな少年としての自分を見つけましたが、山里にいて学問することも、この半蔵には容易でありませんでした。

幸い蜂谷香蔵という一人の学友を美濃の中津川の方に見いだします。ちょうど中津川には宮川寛斎がいます。寛斎は香蔵が姉の夫にあたり、二蔵は互いに競い合って寛斎の指導を受けました。半蔵はこの師に導かれて、国学に心を傾けるようになって行きます。二十三歳を迎えたころの彼は、賀茂真淵、本居宣長、平田篤胤などの諸先輩が遺して置いて行った大きな仕事を想像するような若者でした。

黒船は、実にこの半蔵の前にあらわれて来たのでした。

1-1-3 「婚礼」

その年、嘉永六年の十一月には、半蔵が早い結婚の話も妻籠の本陣宛てに結納の品を贈るほど運びます。そこへ、楷書の使いが福島の役所からの差紙を置いて行きます。その差紙には、海岸警衛のための物入りも莫大だとあり、諸国の御料所、在方村々まで上納金を差し出せとの江戸からの達しだということが書いてありました。かねて前触れのあった長崎行きの公儀衆も、やがて中津川泊りで江戸の方角から街道を進んで来るようになります。

吉日として選んだ十二月の一日が来ました。

「半蔵さん、誰かお前さんの呼びたい人がありますかい」

「お客にですか。宮川寛斎先生に中津川の香蔵さん、それに景蔵さんも呼んであげたい」

浅見景蔵は中津川本陣の相続者で、同じ町に住む香蔵を通して知るようになった半蔵の学友です。半蔵らと同じように国学に志すようになったのも、寛斎の感化でした。

山家にはめずらしい冬で、一度は八寸も街道に積った雪が大雨のために溶けて行きました。思いがけない尾張藩の徒士目附と作事方とが馬籠の宿に着きます。来る三月には尾張藩主が木曽路を経て江戸へ出府のことに決定したといいます。こういう場合に、なくてはならない人は金兵衛と問屋の九太夫とでした。

婚礼の祝いは四日も続いて、最終の日の客振舞いには出入りの百姓などまで招かれて来ました。半蔵の継母のおまんは、隣家の息子にお民を引き合わせて、串差しにした御幣餅をその膳に載せてすすめます。新夫婦の膳にも上がりました。吉左衛門夫婦はこの質素な、しかし心の籠った山家料理で半蔵はお民の前途を祝福するのでした。

昔の婚礼の豪華さは、古い映画などで目にしますが、半蔵とお民の婚礼も四日も続きました。その地域の庄屋の役目も担っており、多くの百姓の面倒や相談も受けていたからでしょうが、それだけ人と人、家と家のつながりを大事にしていた時代であって、またそれが当時の社会を基盤として支えていた証拠なんでしょうね。

 

 

 

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『会報 20169月号』(発行:東京都社会保険労務士会)より

企業組織には様々な雇用状況の社員がいます。また、個人や家庭環境なども加えれば、更に多様な社員が混在することになります。このような多様性を尊重し、活かす人事戦略がダイバーシティマネジメントです。仕事と育児・介護の両立支援のための労務管理としてダイバーシティマネジメントを理解する記事が会誌に特集されていましたので、要旨をまとめてみました。

1.女性活用の課題

少子高齢化社会を背景に、社会保障を維持して行くための重要課題として“女性活用”が挙げられています。しかし現状は、職場で子育てをしながら働くことは困難であると考えて辞めてしまう女性も多くいます。“女性活用”を促進するには、妊娠・出産を経ても継続して働き続けられる社会にして行かなければなりません。また、持てる能力を最大限に発揮して会社に貢献する人財をなるように育成して行くという視点を持つことも必要です。

日本は女性の能力が活かされていない国として、先進国の中でも最下位に位置しており、日本の女性労働力率が他のG7並みになれば、GDP4%上昇する、と考える人もいます。

2.ダイバーシティの視点

今年4月から、女性活躍推進法が施行されました。この法令では、最低でも4つの項目

・採用における男女割合

・男女の平均勤務年数の差異

・各月の労働時間

・管理職に占める女性の割合

を数値で分析し、行動計画を作ることを義務付けています。この対象は、実は女性に限定されず、働く人全てにとって働き易くかつ成長する、というダイバーシティの視点を持たなければなりません。

平成17年には次世代法が施行された年でした。その年の各企業の初回行動計画は、女性社員の子育て支援を推進するという視点で、制度導入する企業が多数ありました。しかし2回目の行動計画になると、子育てしていない男女社員を含めた全社的なワークライフバランスの内容に変わりました。子育て中の女性だけを優遇する施策では、職場内で不協和音が生じたからです。

3.人事戦略の考慮点

女性活躍推進についても同様のことが当てはまるのではないかと考えられます。多様な社員が存在する組織内で、互いに違いを認め合い、尊重し、助け合いながら企業パフォーマンスを上げるために必要な施策は何か、を考えることが大前提となります。また、従来の価値観や判断基準に捉われた経営層と管理職層の意識を変えなければ、次代を担う優秀な人財を採用・育成・定着することはできません。

人事戦略には、新たに導入する制度や現状の制度が利用し易くなる環境作りに目を向けることが重要となります。社員の意識調査、他社事例の情報、ダイバーシティ推進施策、管理職啓発研修、キャリアデザイン研修などを包括的に企画・実行して行くことが求められています。

最近、ダイバーシティという言葉を聞く回数が多くなりました。女性推進だけでもその施策は十分でなく、これから更に充実・拡大して行く必要があるので、目の前には課題満載というところです。しかし、諦めて考停止してしまうと何にもならないので、少しずつでも解決して行こうという気持ちだけは失くさないようにしなければなりませんね。

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