こちら休日社労士Web事務所

こんにちは、勤務社会保険労務士の しろう です。このたび、Web上で事務所を開設しました。
労働保険、社会保険の動向に注目し、社労士会の会報誌の記事紹介、関連法令の改正情報、その他興味ある情報を、勤務社労士の視点から発信しています。

★★ 勤務社労士として、労働保険、社会保険に興味をもたれた方々に、役に立つ知識や情報を発信します ★★

 

これまで次のテーマで連載をしています。

 

★ 雇用保険(1)~(9)

転職・独立に向けて会社を辞めたり、残念ながら自らの意思に反して離職せざるを得ない方は、雇用保険の活用方法についてよくご検討ください。

 左サイドバーのテーマで「雇用保険」を選択ください。

 

★ 事務指定講習(1)~(29)

(平成20年のものですが)の再研究を連載しました。社労士試験に合格された方のお役に立てれば幸いです。

 左サイドバーのテーマで事務指定講習」を選択ください。

 

★ 60歳の選択(1)~(21)

定年後の年金に関する知識をまとめました。60歳前で今後退職を向かえる方は是非一読ください。

 左サイドバーのテーマで「60歳の選択」を選択ください。

 

★ 医療保険のひみつ(1)~(28)

定年退職を迎えようとしている高年齢者の方の医療保険選択の考え方について解説しています。「60歳の選択」と併せてご覧下さい。

 左サイドバーのテーマで「★医療保険のひみつ」を選択ください。
 

★ 年金相談の事例(1)~(39)

年金相談を想定して、よくある相談内容をまとめることで、難しい年金を解説してみました。

← 左サイドバーのテーマで「★年金相談の事例」を選択ください。
 

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↓それではお役に立てることを願っております↓


 

NEW !
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毎週日曜の朝に「NHK俳句」という番組が放映されています。これまでも時々見てはいたのですが、私も番組に合わせて、下手でも一句ずつ作ろうかと思うようになりました。できるだけ続けていこうと思います。

 

本日は「俳句さく咲く」の放映でした。兼題は「はだし」で、テーマは“比喩を使おう!”でした。”はだあし(肌足)”を縮めてできた言葉だそうです。漢字で書くと”裸足”なので、”はだかのあし”かと思っていました。”はだし”という漢字もあり、これは形から推測して、足を洗うために靴や足袋を脱いだ状態、または、足を洗ってきれいになった状態、を表しているのでしょうか。傍題に「素足」という言葉もあります。

 

 はだし子や平成生まれの白き裏

 (はだしごや へいせいうまれの しろきうら)

 

傍題の「素足」は、やっぱり女性のきれいなお御足のために使いたい季語です。歳取るとだんだん女性の足のほうに、見るところが移って行くとよく言います。若い頃はこういう話は全く興味なかったのですが、実際に自分が歳を取ると、この話の真実味がひしひしと分かるようになりました。今度は是非「素足」で詠んでみたいものです。でも、よい句が詠めるほどの経験がないのが困ったところです。足まできれいに整えている女性は、隙がなく完璧に準備して構えている状態のようで、わたしのようないい加減な人間からすると、それだけで尊敬の対象となり、好きだとかどうだとか言う前の問題となってしまいます。

 

 





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 今回のあの頃の思い出は、郷ひろみさんと樹木希林さんのデュエット「お化けのロック」です。この前の日曜に詠んだ俳句が「百物語」を兼題にしていたので、幽霊 → お化け ということで、この曲を思い出しました。よく見たら、作詞:阿木燿子さん、作曲:宇崎竜童さん、というれっきとした立派な血筋の歌謡曲だったんですね。
 

 
 ♪ かなり控え目 隅っこで ♪
 ♪ 遠慮しながら座ってるのに ♪

 
 幽霊の皆さんは、控え目にしてるからこそ怖いので、この歌詞はとっても皮肉が効いてます。それから、百物語のシーンでよくあるのが、参加者の中に幽霊さん自身が紛れ込んでいるというパターンです。もし、百物語を催せば必ず幽霊さんが聞きに来てくれる(いわゆる、ガリレオ先生の言うところの、再現性があるなら試してみればよい、というヤツです)、ということならば、百物語を利用して幽霊という現象を科学的に調査することができるのでは、などと思ってしまうのですが...これぞ正に何も知らない人間の驕りですね。こういうのを戒めるために、幽霊さんは時々現れるんでしょうね。
 
 


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現在、新田次郎さんの「武田勝頼」を読んでいます。読もうと思ったきっかけは、今年のNHK大河ドラマの「真田丸」です。こちらは真田昌幸をはじめとする真田一族が戦国時代の苦難を乗り越えて行く姿を描くドラマですが、それが武田家の滅亡から始まります。甲斐の武田家と言えば、武田信玄が一代で築いた戦国最強とも呼ばれる軍団で、にもかかわらず信玄が病死後は勝頼の代で呆気なく滅んでしまいました。信玄や風林火山の旗印などはよく知っていたのですが、勝頼のこととなると、考えてみるとあまり知りません。特になぜあれほどまでに易々と滅ぼされてしまったのか。調べてみると、新田さんが「武田信玄」に続いて「武田勝頼」も小説として書いていましたので、それでは読んでみようと思った次第です。

今回は、第三部「空」の「先方衆の悲哀」から「血ぬられた上棟式」までです。

  

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「先方衆の悲哀」

高天神城陥落は影響を各方面に与えました。徳川家康は、信長の援助なしに高天神城を落としたということで大いなる自信をつけました。北条氏政は武田勝頼との同盟を破棄して織田、徳川の連合軍に参加しましたが、遠州が徳川の支配下に落ち、更に駿河が併呑されようとしている形勢を見て、武田との関係をもう一度考え直さねばならない事態に立ち至ります。

氏政の重臣松田憲秀は、穴山梅雪が叛旗を翻した時が織田、徳川連合軍の駿河、美濃、信濃から甲斐へ攻め込む日になり、武田が亡びると織田、徳川は直ぐにでも兵を関東へ入れることになると言います。氏政にとって、武田が亡びてもそれ以上に危険な相手がそれに替わることは誠に困ったことになります。松田憲秀は、戸倉の城主笠原新六郎を武田へ叛らせるという策を立てます。そうすれば、出羽武田の勢力下に入ったのと同じになり、穴山梅雪は足下に新しい敵を迎えることになるからです。

高天神城陥落の報は、外部よりも武田内部に大きな衝撃を呼びました。中でも先方衆(さきがたしゅう)と言われている人たちに与えたものは大きかったのでした。先方衆は被占領国の将士たちで、信濃衆、西上野衆、駿河衆など、戦では先頭に立って戦う部隊です。高天神城で戦死した者の半分は駿河衆であり、半分は信濃衆でした。武田勝頼は先方衆を殺すことによって自分たちだけ生き延びようとしている、というような批判も諸方に出ました。

高天神城陥落の真相は、木曾衆、伊奈衆にも大きな影響を与えました。織田、徳川軍連合軍が攻め込んで来た場合、同様な目に合わされはしないかという不安が、武田不信の囁きとなって広がって行きました。

甲斐国内では、高天神城陥落と同時に発せられた築城のための夫役と食糧調達が民衆を動揺させていました。中でも木曽義昌は、不安を超えて恐怖に近い気持ちで新城建築費並びに用材調達御用立ての申し渡しを聞かされていました。最低に見積もっても三千両はかかる計算になります。義昌は家老の山村良利に命じて、できることなら普請の費用の半分は他で賄ってもらえないかを長坂長閑斎に願い出ました。長坂長閑斎は理解を示し、勝頼へ話してみると言いますが、実は木曾に築城費御用立てを申し付けるように主張したのは穴山梅雪なので、そちらからも取り成してもらったほうがよいと言い添えます。

山村良利は駿河の江尻城へ馬を走らせました。梅雪は、木曾を指定したのは長坂長閑斎、跡部勝資、小山田信茂であり、既に決まっていたから諸将に納得されるように取り計らっただけだと言います。そして、築城御用立ての金の方は何とか都合をつけようと言うのでした。同じ御親類衆の穴山家と木曾家が生きるも死ぬも一蓮托生の間柄になりたいのだと言いますが、山村良利は、近頃梅雪が密かに徳川と通じているという噂を思い出して、蒼白な顔で梅雪を見返すのでした。

 

「鎮(しずめ)の城」

山村良利は帰途再び古府中に寄りました。真田昌幸に会うためでした。昌幸は韮崎の築城現場に仮の普請奉行所を置き、築城の指図をしていました。昌幸は、穴山梅雪が用材調達と築城御用立てについて何と言ったか、良利に尋ねました。御用金の方が工面できないと言って言葉を濁すと、昌幸は、このことは長閑斎からも聞いており相談したいと思っていたところだと言います。

何分にも人と費用がかかると言おうとした良利の口を封じるように昌幸は、用材が木曾領内を通る時は木曾の曳子衆によって行い、諏訪まで来たら諏訪衆、甲斐に入ったら甲斐の人々に曳かせようと言ってくれます。良利は涙が出るほど有難く思ったのでした。

木曾へ戻った良利は息子の良候を呼びますが、江尻の穴山梅雪へ送る木曾馬の見立てで忙しいと言われます。木曾家の百合姫と穴山家の嫡男勝千代との婚儀の約束として、結納の品々が江尻から持参されたため、こちらもしかるべき用意をしているとのことでした。そして、結納金として金千両を受け取ったと聞いて、良利はその千両の重みと恐ろしさを禁じ得ませんでした。良利には真田昌幸の顔が浮かび上がり、昌幸に手を合わせて謝罪したい気持ちで一杯でした。

 

「血ぬられた上棟式」

木曾の檜は木曾衆によって鳥居峠を越えて北上し、桔梗ケ原に出ました。そして塩尻峠越えをしようとした時、雨の中で大木が滑り出し、あっと言う間に道を外れて崖を転がり落ち、曳き子衆を下敷きにして重傷三十人、死者七名という惨事が起きました。弔慰金を出してほしいという訴願状が廻りまわって真田昌幸のところに来たのは事故が起きてから二十日後でした。昌幸はその書状を持って来た家老を叱り、家来を諏訪へやって死者や負傷者の慰撫に努めました。しかし、事故以来、不信感を持った曳子衆はそれまでのようには集まらず、一所懸命曳かないのでなかなか木は動きませんでした。

大工や石工の職人衆は、職種別に普請小屋に住んでいました。大工の総棟梁は岡部市郎右衛門であり、代々今川家に城大工として仕えていた家柄でした。彼の下で働く古頭らに矢崎喜右衛門がいて、自分こそ総棟梁になれると思っていました。

九月吉日を選んで、上棟式が行われることになりました。武田神社の神官によってお祓いがなされた後、棟上げの祝儀が進められました。最後に総棟梁の岡部市郎右衛門の長男、市郎兵衛が御幣のついた榊の木を棟の一番高いところに取り付けることになっていました。総棟梁が代理を出したのを揶揄して、よぼ棟梁の代理、と重ねて声が掛かりました。

上棟式の後で酒宴が開かれました。本丸現場で飲んでいた岡部衆の若手大工たちが、二の丸で飲んでいた矢崎衆のところへ乗り込んで来て、うちの棟梁の悪口を言った奴を出せと言ったところから喧嘩になってしまいました。

死人は出ませんでしたが、上棟式の日に現場で血を流すような大喧嘩が持ち上がったことは決して喜ぶべきことではありませんでした。大きな仕事にはこのようなことは必ず起こるものであり、気にすることはない、と昌幸は言いますが、やはりこのことを気にしていたのでした。

 

 

韮崎に築こうとした新城は、平面図では梯形をしており、北の底辺の長さは三百六十メートル、南の底辺は百八十メートル、両辺の長さは四百五十メートルという広大なものでした。しかし、この後の歴史では、織田、徳川連合軍が甲斐に攻め込んで来ると、新たに築いた城は武田自らの手で燃やされてしまいます。現代にその新城が残っていたり再築されたりしていれば、沢山の観光客を集めることができたでしょうに、残念です。

 

 


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