最近読んだ小説  - 塩野七生 「海の都の物語5、6」 -

 

前回、塩野七生さんの作品「海の都の物語」(文庫本)の3、4巻 について書きました。今回は最後として5、6巻について興味が湧いたところを紹介します。

 



海の都の物語〈5〉―ヴェネツィア共和国の一千年 (新潮文庫)/塩野 七生

¥420
Amazon.co.jp
 
 5巻目は「第十話 大航海時代の挑戦」「第十一話 二大帝国の谷間で」という題目で、15~16世紀の歴史を中心に書かれています。

コロンブスが西インド諸島を発見したのが1492年、ヴァスコ・ダ・ガマが喜望峰を回ってインドへ到達する新航路を発見したのが1499年ですが、これはヴェネチィア中を騒然とさせる大事件でした。特にインドへの新航路発見は、東地中海を通らずにオリエントの香味料を手に入れることが可能となりますので、貿易立国のヴェネチィアとしてはその存在意義が失われてしまいます。まさに東地中海が辺境の水たまりと化してしまうことを意味します。

しかし、ここでもヴェネチィアはその現実主義に立った国家経営手法によって切り抜けます。交易上の多角経営です。いくつもの通商路を開拓します。ヴェネチィアはエジプトにスエズ運河建設を提案し、建設の全費用を負担することまで考えていました。また、敵国であるトルコの領土拡大による通商路の治安向上や、競争国ポルトガルの香味料貿易の稚拙さもヴェネチィアを助ける結果となります。

交易上の多角経営ばかりでなく、毛織物、絹織物、ガラス工業といった経済上の多角化も進めていきます。ガラスを原料とした砂時計に至っては全市場を独占するほどで、宣教師から日本の戦国武将に贈られたものもヴェネチィア産だったかも知れないそうです。

 



海の都の物語〈6〉―ヴェネツィア共和国の一千年 (新潮文庫)/塩野 七生

¥420
Amazon.co.jp
 
 6巻目は「第十二話 地中海最後の砦」「第十三話 ヴィヴァルディの世紀」「第十四話 ヴェネチィアの死」という題目で、千年以上も続いた海洋都市の最後となる17~18世紀の歴史が書かれています。
 17世紀のヴェネチィアは平和宣言をした彼らの願望とは裏腹に、戦争ばかりで一世紀を過ごすことになってしまいます。1つはローマ法王庁との政務禁止処分に対する「論戦」と、もう1つは地中海の砦クレタ島の攻防戦に代表されるトルコ帝国との戦争です。この攻防戦は25年にも及びました。そして18世紀、ヴェネツィアは地中海最後の砦を失い、西欧経済の主導権も失い、初めて平和を享受できる状態に達します。著者の塩野さんは、この世紀を「ヴィヴァルディの世紀」と名付けています。

しかし、ヴェネツィアの最後は突然訪れます。1797年のナポレオンによるフランス軍の進駐です。かつてのヴェネチィアが得意としていた外交と情報能力を失ってしまい、1789年のフランス革命の影響を正しく分析し、即座に対応することができませんでした。ヴェネチィアの運命を決めることとなったナポレオンが、かつてはイタリアに属していたコルシカ島の出身であるのは歴史の因縁のようなものを感じてしまいます。

 

ここで1つ、この本を読んで新たに得たちょっとした知識を紹介します。「大航海時代の挑戦」としてヴェネツィアは、経済を交易一辺倒から多角経営に変えていきますが、その1つに出版業界も含まれていました。出版の興隆にとって重要な要素は言論の自由です。この自由は、当時では宗教からの自由を意味しますが、先に述べたようにヴェネチィアはローマ法王庁と「論戦」を挑むほど政教分離が進んだ国家です。最盛期の16世紀後半にはヨーロッパ第一の出版件数を誇るほどでした。このヴェネツィア出版界の基盤を築いた会社として「アルド出版社」があります。アルド社はそれまでの大型の美装本から、安価で携帯できる小型の文庫本に変えることでベストセラーの出版社となります。そして、大型本で使用していたゴシック体の書体が、小型にすると読みづらいと気づき、今日私たちがイタリック体と呼ぶ新書体を発明したのだそうです。ヴェネチィア体と読んだほうがいいのかも知れませんね。

 

これで「海の都の物語」(文庫本)の全6巻全て読み終えることができました。ヴェネチィアは、これまでイタリアの一観光都市というイメージしか持っていなかったのですが、この本を読むことによりその考え方が全く変わりました。この作品は単行本としては昭和56年に刊行されています。私は30年近くもの間、読む機会を見過ごしていたかと思うと悔しいのと、自らの読書量の少なさが残念でなりません。

 



ペタしてね